広報活動

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2009年3月11日

理化学研究所

予防接種などの要となっている免疫記憶の形成・維持に必須の分子を同定

- ワクチンの働きなど、生体防御機能が長期間保たれる仕組みの解明が大きく前進 -

ポイント

  • リン脂質分解酵素「PLCγ2」が、免疫記憶の形成と維持の主役と判明
  • 場所と時間を制御して遺伝子を欠如させるマウスを作製、高次な免疫反応を解析
  • 免疫記憶の記憶期間をコントロールしたワクチン治療薬の開発に期待

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、ウイルスやスギ花粉など外部からの異物(外来抗原)の再侵入を察知し、生体を防御する反応機構の要となる「免疫記憶」の形成と維持に、リン脂質分解酵素として知られている「ホスホリパーゼCγ2(PLCγ2)」が必須であることを発見しました。理研免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長)分化制御研究グループの黒崎知博グループディレクター、疋田正喜上級研究員(現・京都大学医学研究科AKプロジェクト)を中心とする国際共同研究グループ※1による成果です。

インフルエンザや花粉症予防のワクチン接種は、生体防御のメカニズムを活用しています。その原理は、接種したワクチンに含まれる病原体に特徴的な構造を、生体の免疫系が「記憶」し、実際に病原体が侵入してきた場合に、その記憶を呼び起こし、速やかに病原体を排除するというものです。近年の社会問題となっているエイズウイルスやSARSウイルスなどに加え、世界的感染が危惧されている新型インフルエンザに対しても、免疫記憶のシステムがどのような機構で制御されているのかを明らかにすることは、長期にわたって防御効果を保持するワクチンを開発する上で、非常に重要であると考えられます。

研究グループは、Bリンパ球※2において、抗原受容体シグナルを伝えるために必須であるPLCγ2遺伝子が、抗原に感作した時だけ発現しないようにプログラムしたコンディショナル・ノックアウト(cKO)マウス※3を作製し、Bリンパ球の動態を詳細に研究しました。その結果、最初の抗原感作に対しては、ほぼ正常に免疫応答を起こすものの、再度の抗原投与に対する応答は強く抑制していました。このことから、PLCγ2タンパク質が、免疫記憶の形成に非常に重要であることが明らかとなりました。さらに、免疫記憶が形成された後に、PLCγ2遺伝子が働かなくなるようにプログラムすると、免疫記憶の重要な担い手の一つ「記憶Bリンパ球※4」の数が減少しました。これらの結果から、PLCγ2タンパク質は、免疫記憶の形成のみならず、維持にも必須であることが分かりました。今後、高性能なワクチンや免疫賦活剤の開発への応用が期待されます。

本研究の一部は、日本学術振興会科学研究費、内藤財団の助成を受けて行われたもので、米国の科学雑誌『The Journal of Experimental Medicine』(3月16日号)に掲載されます。

背景

天然痘を防ぐワクチンとして普及した種痘法の開発以来、さまざまなウイルスに対するワクチンが開発され、医療に貢献してきました。ワクチンが有効に働くためには、「免疫記憶」といわれる生体防御機構が必須であることが明らかとなっています。すなわち生体は、一度遭遇した病原体などの抗原を記憶しており、再度、同様の抗原が侵入してきた場合には、速やかにかつ激しい免疫応答を引き起こし、異物を体内から排除します(図1)。こうした免疫記憶の現象は非常によく知られ、広く医療に利用されていますが、どのような機構でその記憶が獲得され、場合によっては数十年にわたる長期間、どのように記憶を維持しているのか、という点に関してはほとんど解明されていませんでした。そのため、理論的な背景に基づくワクチンの開発、免疫記憶の異常が原因と考えられるアレルギーや種々の免疫疾患の治療法開発で困難に直面しており、免疫記憶機構の解明は社会的な急務です。

研究手法と成果

免疫記憶の試験管内での研究には、数年以上の長期にわたって免疫担当細胞を試験管内で培養し、繰り返し免疫応答を誘導させる独自の培養システムを確立する必要があります。しかし、異物ごとに免疫システムが違うことや、未知の異物の侵入に反応する新たなシステムが定常的に開発できないことから、細胞レベルの研究は困難です。そこで、マウスに代表されるモデル動物を使って、直接生体レベルで免疫応答を誘導させて、個別にシステムを解き明かしていく研究を行うことが必要です。一方で、マウスのどの部位のどの遺伝子が記憶応答に重要であるのかを明らかにすることは、生体全体の膨大なシステムを相手にすることが必要なことから、非常に困難です。このような問題を克服するために、研究グループでは、特定の細胞で、特定の時期に、狙った遺伝子だけを働かなくする「コンディショナル・ノックアウト(cKO)」という手法を用いたcKOマウスを作製し、免疫記憶に関する研究を遺伝子レベルで行ってきました(図2)。

今回の研究では、Bリンパ球の分化成熟や、抗原による活性化に必須であることが知られているホスホリパーゼCγ2(PLCγ2)タンパク質をコードするPLCγ2遺伝子を解析のターゲットとしました。具体的には、Bリンパ球が抗原と出会って活性化したときに、PLCγ2遺伝子が選択的に機能しなくなるcKOマウスを、米国ハーバード大学やイタリアIFOM(FERIC Institute Molecular Oncology Foundation)のグループらと共同開発し、このcKOマウスに、ウイルスなど外来抗原のモデルとなるタンパク質を投与して、目的のタンパク質であるPLCγ2の役割を詳しく調べました。

その結果、初回の抗原の投与に対しては、ほぼ正常な抗体産生が認められたものの、同一抗原を再度投与すると、野生型マウスは、免疫記憶の働きにより抗原排除のために大量の抗体を産生するのに対して、cKOマウスは、PLCγ2遺伝子を欠失しているBリンパ球からの抗体産生が、野生型と比較して再投与1週間目に最大10分の1以下まで抑制されていました(図3)。また、体内における免疫記憶の担い手となるはずの記憶Bリンパ球の数も、本来であれば、免疫記憶の形成に十分な数の記憶Bリンパ球が生成されているはずの時期である抗原の初回投与後40日目に、最大20分の1まで激減していることが明らかとなりました(図4)。このことは、外来抗原の排除に非常に重要である免疫記憶の形成に、PLCγ2タンパク質が必須であることを示しています。

さらに、最初の免疫で免疫記憶を正常に形成した後で、PLCγ2遺伝子を機能しなくさせることができるcKOマウスも開発しました。このマウスで同様の解析を行ったところ、最初の免疫応答の際に生成した記憶Bリンパ球は、PLCγ2遺伝子の欠失後に約6分の1と著しく減少しました(図5)。このことは、免疫記憶の形成だけではなく、記憶の維持にもPLCγ2タンパク質が必要であることを示しており、ほとんど知られていなかった免疫記憶の維持機構の謎に迫る、まったく新たな研究成果になると考えられます。

今後の期待

従来解析が困難であった、高次な免疫反応である記憶応答に関する種々の遺伝子の働きを、cKOマウスの手法を用いて明らかにすることができました。この結果は、今後の同様の研究に大きなブレークスルーをもたらす可能性を秘めています。これまで、免疫記憶の形成や維持に必須なシグナル分子は、ほとんど知られていませんでしたが、今回、PLCγ2タンパク質がそのような役割を果たしている分子であることを明らかすることができました。今後、PLCγ2タンパク質がどのようなメカニズムで免疫記憶の維持を担っているのかを明らかにすることで、より長期に渡って働きを維持できるワクチンや、逆に、不要な免疫記憶をリセットすることで種々の疾患に対応できる治療薬の開発が期待されます。

発表者

理化学研究所
免疫・アレルギー科学総合研究センター 分化制御研究グループ
グループディレクター 黒崎 知博(くろさき ともひろ)
Tel : 045-503-7019 / Fax : 045-503-7018

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel : 045-503-9117 / Fax : 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

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補足説明

  1. 国際共同研究グループ
    米国ハーバード大学 Klaus Rajewsky 教授、イタリアFOMCプログラムリーダー Stefano Casola 博士、理研免疫・アレルギー科学総合研究センター免疫記憶研究グループの竹森利忠グループディレクター、加地友弘研究員ほかとの共同研究による。
  2. Bリンパ球
    生体防御に重要な役割を果たしているリンパ球の一種。体に侵入してきた異物を認識して、それらを排除するためのタンパク質である抗体を作りだす。
  3. コンディショナル・ノックアウト(cKO)マウス
    狙った時期に、狙った種類の細胞でだけ、特定の遺伝子が働かなくなるように遺伝子操作したマウス。このマウスを利用することにより、体内に存在する多種多様な細胞のうち、特定の細胞での目的遺伝子の働きを選別して調べることができると考えられている。
  4. 記憶Bリンパ球
    体内に異物がはじめて侵入してきたときに起きる免疫反応中に、活性化したBリンパ球の一部が、数カ月から数年にわたって異物に対する反応性を記憶したまま生き残る細胞となる。この細胞のことを記憶Bリンパ球と呼び、同じ異物が再び侵入してきた場合に、極めて速やかに免疫反応を起こすことが知られている。しかし、どのような機構でBリンパ球がこのような性質を獲得するのか、また、長寿命を獲得するのかについては完全には明らかになっていない。

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免疫記憶の概念

図1 免疫記憶の概念

コンディショナル・ノックアウトマウス

図2 コンディショナル・ノックアウトマウス

PLCγ2遺伝子欠損マウスでの免疫記憶応答の低下の様子

図3 PLCγ2遺伝子欠損マウスでの免疫記憶応答の低下の様子

PLCγ2遺伝子欠損マウスでの記憶Bリンパ球数の減少の様子

図4 PLCγ2遺伝子欠損マウスでの記憶Bリンパ球数の減少の様子

PLCγ2遺伝子欠損マウスでの記憶Bリンパ球の生存性の低下の様子

図5 PLCγ2遺伝子欠損マウスでの記憶Bリンパ球の生存性の低下の様子

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