要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、国立大学法人大阪大学(鷲田清一総長)、国立成育医療センター(加藤達夫総長)、国立大学法人東京大学(濱田純一総長)と共同で、細胞の恒常性を維持する必須の微量元素「亜鉛」の濃度などを調節する亜鉛輸送体※1が、アレルギー性接触皮膚炎※2の発症に重要な役割を担っていることを発見しました。これは理研免疫・アレルギー科学総合研究センターサイトカイン制御研究グループの平野俊夫グループディレクター(大阪大学大学院生命機能研究科/医学系研究科 医学部長)、西田圭吾上級研究員、国立成育医療センター研究所の斎藤博久研究部長、大保木啓介研究員、国立大学法人東京大学医科学研究所の中江進特任講師らによる共同研究の成果です。
亜鉛は、私たちの生命の維持に重要な役割を担う必須微量元素です。生体では発育、成長、創傷治癒(ちゆ)、免疫能、皮膚代謝、味覚や嗅覚、精子の活動性、中枢神経系の機能などさまざまな機能に関与しており、亜鉛欠乏が成長障害、免疫不全、神経系の異常などを来たすことがすでに報告されています。また、生体内には、亜鉛と結合して機能を獲得する転写因子や酵素、シグナル伝達物質などのタンパク質が300種類以上も存在すると考えられています。亜鉛は、これらのタンパク質に必須な成分で、細胞内では亜鉛輸送体により、亜鉛の恒常性が厳密に維持されています。
研究グループは、22種類ある亜鉛輸送体の1つであるZnt5タンパク質に注目し、その遺伝子欠損マウス※3を調べた結果、アレルギー性接触皮膚炎の発症に重要な役割を担っていることを世界で初めて発見しました。これらの発見から、細胞内の亜鉛濃度を人為的に制御することにより、アレルギー性接触皮膚炎を治療する新規の薬剤開発が期待できます。
本研究成果は、米国の科学雑誌『Journal of Experimental Medicine』に掲載されるに先立ち、オンライン版(5月18日号)に掲載されます。
背景
亜鉛は、私たち生命の維持に重要な役割を担う必須微量元素です。生体内における亜鉛の恒常性維持は、亜鉛輸送体により厳密に制御されています。亜鉛輸送体は現在22種類見つかっており、細胞質における亜鉛濃度を上昇させる方向性の輸送体として14種類のZIP(ZRT, IRT-like Protein)ファミリータンパク質と、逆に細胞内亜鉛濃度を減少させる方向性の輸送体として8種類のZnt(Zinc transporter)ファミリータンパク質があります。サイトカイン制御研究グループは、亜鉛の持つ機能について研究を進め、免疫細胞である樹状細胞の成熟が、亜鉛輸送体のタンパク質の量の変化により制御されていることを明らかにしました(2006年8月7日プレス発表)。
また、多くの人が一度は経験していると思われる“かぶれ”は、化粧品、香水、制汗剤などの香料、時計、ネックレス、ピアスなどの金属類、ダニやほこりなどのハウスダストなど、皮膚との接触によって引き起こされるアレルギー性接触皮膚炎です。
さらに、この皮膚炎は、動物モデルにおいて免疫細胞であるマスト細胞※4が発症に関与していることが知られるようになってきました。これまで、亜鉛がマスト細胞の活性化に重要であることは明らかになっていましたが、亜鉛輸送体そのもののアレルギー応答における役割は不明でした。
今回、共同研究グループは亜鉛輸送体が、実験的接触性皮膚炎の発症にどのような役割があるのかを解析しました。
研究手法と成果
アレルギー応答に深く関与しているマスト細胞において、亜鉛輸送体の発現レベルを確認した結果、亜鉛輸送体のファミリータンパク質の中で、Znt5が高発現していることを見いだしました。
この、Znt5遺伝子が欠損したマウスを用いて、皮膚に抗原を感作※5させ、その5日後、同様の抗原をマウスの耳に接触して接触性皮膚炎を誘発させました。興味深いことに、Znt5遺伝子欠損マウスは野生型と比較して、著しく耳の腫れが軽減し、アレルギー反応が低下することが判明しました(図1)。すでに接触性皮膚炎による耳の腫れには、マスト細胞から産生される炎症性のサイトカイン※6がかかわっていることが知られています。このため、さらにZnt5遺伝子欠損マウス由来の培養マスト細胞を用いて、抗原刺激依存的なサイトカイン分泌能力を調べたところ、予想通りZnt5遺伝子欠損マウス由来のマスト細胞で、サイトカインの産生が低下していることを確認することができました。
詳細なメカニズムに関して解析を行ったところ、Znt5遺伝子欠損マウス由来のマスト細胞では、サイトカイン産生に必須であるシグナル伝達分子PKC/NF-κBの、シグナル伝達経路が障害されていることが分かりました。特に、プロテインキナーゼC(PKC)※7の活性化に重要な細胞質から細胞膜へのPKCの移行が障害されていました。これらの結果は、亜鉛輸送体Znt5がアレルギー性接触皮膚炎において重要な役割を担っていることを示すとともに、Znt5がサイトカイン産生に重要なPKC/NF-κBシグナル伝達経路を調節する新規の分子である可能性を示すものとなりました(図2)。
今後の期待
今回研究グループは、細胞内亜鉛の恒常性維持に機能している亜鉛輸送体がアレルギー性接触皮膚炎の発症に深く関与していることを発見しました。これらの発見により、細胞内亜鉛濃度を人為的に制御することで、アレルギー性接触皮膚炎に対する新規の治療薬開発が可能になる手掛かりを得たと期待できます。
発表者
理化学研究所
免疫・アレルギー科学総合研究センター
サイトカイン制御研究グループ
グループディレクター 平野 俊夫(ひらの としお)
Tel: 045-503-7056 / Fax: 045-503-7054
お問い合わせ先
横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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