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2009年7月14日

独立行政法人 理化学研究所

『Plant & Cell Physiology』創刊50周年記念特集号を解説

-オミックスとバイオインフォマティクス研究の発展が環境問題など解決の糸口に-

ポイント

  • 植物におけるオミックスとバイオインフォマティクス「Omics and Bioinformatics」を特集

要旨

日本植物生理学会が発行する国際学術誌『Plant & Cell Physiology』は、インパクトファクターが国内ライフサイエンス系雑誌第2位(2008年3.542)の地位を築いています。創刊50周年にあたる今年は、植物科学の重要トピックスに焦点を当てた特集号を3カ月おきに発行しています。2009年7月号は、植物におけるオミックスとバイオインフォマティクス「Omics and Bioinformatics」を特集テーマに掲げ、人類社会が抱える環境問題、食糧問題、エネルギー問題解決への新たな糸口の発見につながることを解説します。掲載される最先端研究の論文6報のうち、4報が理化学研究所の研究成果です(残り2報はそれぞれ、奈良先端科学技術大学院大学、産業技術総合研究所の成果)。

Plant & Cell Physiology』(英語)

特集号の概容

●巻頭言
Shinozaki and Sakakibara(篠崎、榊原)
Omics and bioinformatics: an essential toolbox for systems analyses of plant functions beyond 2010(オミックスとバイオインフォマティクス:2010年以降の植物機能システム解析のための必須ツール)
●論文①
Sawada et al.(澤田ら)
“Omics-based approaches to methionine side-chain elongation in Arabidopsis: characterization of the genes encoding methylthioalkylmalate isomerase and methylthioalkylmalate dehydrogenase”(シロイヌナズナのメチオニン側鎖伸長へのオミックスを基盤としたアプローチ:メチルチオアルキルマレートイソメラーゼとメチルチオアルキルマレートデヒドロゲナーゼ遺伝子の特徴付け)
●論文②
Fujiwara et al.(藤原ら)
“Proteome analysis of detergent resistant membranes (DRMs) associated with OsRac1 mediated innate immunity in rice”(イネにおける先天性免疫に関わるOsRac1と関連した界面活性剤抵抗性膜のプロテオーム解析)
●論文③
Kojima et al.(小嶋ら)
“Highly sensitive and high-throughput analysis of plant hormones using MS-probe modification and liquid chromatography-tandem mass spectrometry: an application for hormone profiling in Oryza sativa(MSプローブ修飾と液体高速クロマトグラフィータンデム質量分析機を用いた植物ホルモンの高感度、高速解析:イネのホルモンプロファイリングへの応用)
●論文④
Kuromori et al.(黒森ら)
“Phenome analysis in plant species using loss-of-function and gain-of-function mutants”(機能欠損及び機能付加型変異体を用いた植物のフェノーム解析)
●論文⑤
Mitsuda and Ohme-Takagi(光田、高木)
“Functional analysis of transcription factors in Arabidopsis”(シロイヌナズナにおける転写因子の機能解析)
●論文⑥
Makita et al.(蒔田ら)
“PosMed-plus: an intelligent search engine that inferentially integrates cross-species information resources for molecular breeding of plants”(PosMed-plus:種間情報を推論的に統合する植物分子育種のためのインテリジェントサーチエンジン)

特集号の解説と論文の意義

「オミックス」と「バイオインフォマティクス」とは

ゲノム解読が現実的ではなかった時代には、個々の研究の対象となる遺伝子はほんの数個でした。しかし近年、数千、数万の遺伝子や、タンパク質、代謝物が織り成す複雑なネットワークの解析の中から、新たな知見を見いだそうとする研究分野が生まれました。それがオミックスです。

生物の遺伝情報全体はゲノムと呼ばれますが、この言葉は遺伝子「gene」に「総体」を表す接尾語「ome」をつけたものです。このome(オーム)に、「学問」を表す接尾語のicsをつけた言葉がオミックスであり、生体内の個々の分子や現象にとどまらず、生体システム全体を網羅的に調べようとする研究分野です。このオミックスを俯瞰したオミックスペースは元理研ゲノム科学総合研究センターの和田昭允センター所長がゲノム研究を網羅するものとして提案した。具体的には、遺伝子の構造や機能解析(ゲノミクス)、遺伝子の転写発現解析(トランスクリプトミクス)、タンパク質の構造や発現解析(プロテオミクス)、代謝産物の網羅的な解析(メタボロミクス)、そして形質や表現型の解析(フェノミクス)などが含まれます。

オミックス研究では膨大なデータが得られますが、その中から生物学的に意味のあるデータを抽出することは非常に難しいのが実情です。そのため、統計学や情報学などをベースに、コンピュータを駆使して生物学の問題に取り組む学問が、バイオインフォマティクス(生物情報学)です。バイオインフォマティクスの技術によってオミックスというアプローチが可能になり、生命科学研究の潮流が変わったといっても過言ではありません。今後の生物学の研究は、ますますこの2つの学問領域が重要になると考えられます。植物科学においても、2000年にシロイヌナズナの全ゲノム配列が明らかになり、オミックス研究が盛んになってきています。

メタボロミクス

生体内ではつねにさまざまな化学反応が起こり、生命活動を維持しています。化学反応によって、外部から取り込んだ物質が分解されたり、また、その分解した物質をもとに複雑な物質が合成されたりします。このような生体内の化学反応を代謝(メタボリズム)と呼びます。

私たち人間の体内に存在する代謝物は数千種類と見積もられていますが、一般的な植物の体内にはその数倍から数十倍の代謝物が存在し、植物界全体では数万から数十万種類の代謝物が存在すると考えられています。

私たちが日ごろ食べている野菜の中にも、何千、何万種類もの物質が含まれており、健康を増進させるといわれる成分もあれば、そうではない成分もあります。もし、ある植物の代謝マップの詳細が明らかになれば、欲しい成分だけを増産させ、欲しくない成分は生産させないようにするといった操作が自在にできるようになると考えられます。

論文①の研究グループは、ブロッコリーやキャベツなどのアブラナ科野菜に含まれる「グルコシノレート」という物質群に注目して研究を進めてきました。グルコシノレートの中でも、がん予防効果があると考えられているメチオニン由来のグルコシノレートの合成経路の中で、未解明部分であった2つの酵素を同定することに成功しました。

筆者らは「同じ代謝経路にかかわる遺伝子は、同じようなタイミング・場所で発現している」という予測に基づいてトランスクリプトーム解析を行い、メチオニン由来のグルコシノレート合成経路において、メチオニン鎖延長反応にかかわる2つの酵素遺伝子の候補を絞り込みました。さらにそれぞれの遺伝子が機能しなくなった変異体のメタボローム解析により、これまでロイシンの合成にかかわる遺伝子と予想され、LeuC1とIMD1という別の名前をつけられていた遺伝子が、実際にはメチオニン鎖延長反応にかかわっていることを示し、MAM-IとMAM-Dと名づけました。

この研究は、トランスクリプトミクスとメタボロミクスという2つのオミックスを組み合わせて未知の遺伝子を突き止めた好例といえます。

参照:がん予防成分をアブラナ科野菜に作らせる新規遺伝子を発見

プロテオミクス

ゲノムを生命活動の設計図に例えると、実際にその活動を営むための機械にあたるのがタンパク質(プロテイン)です。タンパク質は必要な場所で作られ働いているので、植物の器官や組織によってタンパク質の組成が異なり、環境の変化によっても変わります。また、1つの細胞の中でも場所によって存在するタンパク質の組成は違います。このように必要な場所で必要なタンパク質が局所的に存在し、正常な生命活動を支えていることが分かりつつあります。

植物への病原菌感染は、作物の生産性に脅威を与える重大な問題です。論文②の筆者らは、イネの病原菌感染応答の仕組みについて最先端の研究を進めています。論文②ではプロテオミクスの手法を用いて、細胞を包む膜(細胞膜)のうち界面活性剤抵抗性膜と呼ばれる特殊な領域に存在するタンパク質を解析し、192種類のタンパク質の存在を明らかにしました。さらにイネの病原菌感染応答において中心的役割を果たすOsRAC1とそのエフェクターであるRACK1Aが、エリシターと呼ばれる生体防御反応を誘導する物質の処理により、界面活性剤抵抗性膜領域に移行することを明らかにしました。

植物ホルモンの高速・大量解析

ホルモンとは、ごく微量で生理的な作用を引き起こす物質の総称です。植物でも9種類ほどの植物ホルモンが知られており、発芽から開花、果実の成熟までのほとんどすべての分化と生長のステップをコントロールしています。

植物ホルモンの動態を正確に知ることは、作物の生産性の向上やバイオマスの増大に非常に有効です。しかし植物ホルモンは化学的性質が多様であることから、従来の分析法では、ホルモンを1つ1つ測定していました。さらにその存在量が、細胞内のアミノ酸含量の100万分の1程度と非常に少ないため、検出が困難でした。よって、大量のサンプルを一斉解析することはほとんど不可能でした。

この問題を解決するために論文&9314の筆者らは、慶応大学と共同で、植物ホルモンをMSプローブと呼ばれる感度増大物質で修飾することによって、質量分析での検出感度を最大50倍上げることに成功しました。同時に、分析にかかる時間を従来の半分程度に短縮しました。さらに分析過程の多くにロボットを導入して半自動化し、高速・大量解析も可能にしました。この方法で、植物ホルモンであるサイトカイニン、オーキシン、アブシジン酸、ジベレリン関連の44種類の化合物を、極少量のサンプル(新鮮重量数十ミリグラム)から分析することが可能になりました。

この技術を用いて、筆者らはイネの各器官に含まれる植物ホルモンを分析し、ホルモンの分布マップを作成することに成功しました。また、ジベレリンの情報伝達系遺伝子の変異体についてホルモン分析とトランスクリプトーム解析をすることで、これまで分からなかったホルモン間での相互コントロールの仕組みが見えてきました。変異体のホルモン分析については名古屋大学との共同研究です。

参照:イネの収量を決定する重要遺伝子を同定
イネの収量ホルモンを活性化する遺伝子発見

フェノーム解析

遺伝子ライブラリーに含まれる数万個の遺伝子について、1つずつ、過剰に発現する変異体や、逆に機能を失った変異体を作成し、どのように育つかを観察すれば、遺伝子の機能を知る有力な手がかりとなります。このような解析は、遺伝子の働き(表現型、フェノタイプ)を何万個という規模で解析することから、フェノーム解析と呼ばれます。植物のフェノーム解析の国際的な現状を解説したのが論文④(総説)です。この総説では、現在世界中で利用されている変異体リソースとフェノーム関連データベースの特徴を概説しているとともに、遺伝子を過剰に発現する変異体を用いた研究、および機能を失った変異体を用いた研究のメリット、デメリットについても言及しています。この総説を読むことにより植物フェノミクスの現状をよく理解することができます。

参照:イネ完全長cDNAの高発現シロイヌナズナ変異体データベースを公開

転写因子の包括的理解

生物は数多くの細胞から構成されており、どの細胞の核の中にも同じ数の遺伝子が存在しますが、すべてが常に働いているわけではありません。必要な遺伝子が適切な時と場所で働くように、あたかもスイッチを厳密にオンオフするようにコントロールされています。そのスイッチの役割を果たしているのが、転写因子と呼ばれる遺伝子群です。たとえばシロイヌナズナには2,000以上の転写因子が存在すると予測されており、全遺伝子の約10%にも相当します。論文⑤(総説)では特にシロイヌナズナの転写因子に着目し、それらの解析方法を中心に、その数や分類、機能について分かりやすく解説しています。この総説を読むことでシロイヌナズナの転写因子機能解析法の概要をよく理解することができます。

バイオインフォマティクス

これまでご紹介してきたオミックス研究では、人間が直感的に把握できる量を超えた大量のデータを解析します。バイオインフォマティクス(生物情報学)は、生物の膨大なデータの中から新たな制御システムや法則を見いだそうという学問です。

近年の生命科学研究では、解析技術の向上にともなって毎日大量のデータが生み出され、公共のデータベースに蓄積され続けています。世界各地で公開されているデータの整理・統合が求められており、そこから新しい発見をすることもできます。生物学上の知見は、実験室で実際の生物試料を用いて実験をすることによって得られますが、今日では、コンピュータたった一台でも新しい知見を得ることができます。ただ、そのためには解析ツールが必要です。

論文⑥の筆者らはPosMed-plus(Positional Medline for plant upgrading science)という解析ツール(サーチエンジン)の開発を行ないました。PosMed-plusは植物種を超えたデータを統合して解析できるサーチエンジンです。種々の植物データベース中に存在する遺伝子名やキーワードを利用することで、ほかの植物種で蓄積された情報をもとに、遺伝子の機能などを予測できます。例えば、シロイヌナズナ研究で蓄積されたデータを利用して、イネの遺伝子機能を類推することができます。論文ではこのデータベースの概要と実際の応用例などが示されています。このようなバイオインフォマティクスは、今後ますます盛んになるものと予想されます。

報道担当

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
Tel:048-467-9272 / Fax:048-462-4715

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