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2009年7月24日

独立行政法人 理化学研究所

アレルギー体質は転写因子「Mina」の遺伝子が原因と判明

- アレルギーの「なりやすい」・「なりにくい」体質解明に期待 -

ポイント

  • アレルギー体質のマウスはMinaの発現量が少ない
  • Minaがインターロイキン-4の産生を抑制し、アレルギーの発症を抑える
  • ヒトでも、Mina遺伝子の多型によるアレルギー体質の違いが推測される

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、アレルギー体質のマウスとそうではないマウスの遺伝子を比較して、アレルギー体質を決定する遺伝子は転写因子「Mina(ミーナ)」※1の遺伝子であり、その遺伝子の多型(SNPs)※2がアレルギーの発症にかかわっていることを明らかにしました。これは、理研免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長)シグナル・ネットワーク研究チームの久保允人チームリーダー、米国セント・ジュード小児研究病院のマーク・ビックス准教授らによる共同研究の成果です。

アレルギーに「なりやすい」、あるいは「なりにくい」といった体質には、遺伝的要因が関係しているのではないかといわれていますが、これまで、アレルギー体質かどうかを決定する遺伝子やそのメカニズムは明らかになっていませんでした。

研究チームは、アレルギー体質の系統とアレルギー体質ではない系統のマウスを比較し、Minaという転写因子の遺伝子に複数のSNPsが存在することを発見しました。その結果、アレルギーになりにくいマウスの系統では、T細胞※3に多くのMinaが存在し、アレルギーの発症に重要なインターロイキン-4(IL-4)※4というサイトカインの産生を抑制しているのに対し、アレルギー体質のマウスのT細胞にはMinaが少なく、IL-4の産生が抑制されないために、アレルギーを発症しやすいことが明らかになりました。

病気のかかりやすさや薬の効き方など、個人個人の体質の違いは、SNPsがいくつも複雑に関連することが、次第に明らかになってきています。今回、マウスのアレルギー体質が、Mina遺伝子のSNPsによって決まることが明らかになったことから、ヒトでも同様に、Mina遺伝子のSNPsがアレルギーに「なりやすい」、あるいは「なりにくい」、といった違いを生み出しているのではないか、と推察されます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Nature Immunology』8月号に掲載されるにあたり、オンライン版に掲載されました。

背景

アレルギーに「なりやすい」、あるいは「なりにくい」といった体質には遺伝的要因が関係しているのではないかといわれています。例えばマウスでは、遺伝形質を均一化したいくつかの系統(C57BL/6、B10.D2、C3H/HeN)では、アレルギーの発症に重要なIL-4の産生が低く、別の系統(BALB/c、DBA/2J)ではIL-4の産生が高くなっています。そのため、アレルギー体質と遺伝的要因との関連が考えられていました。そこで、研究チームは、これらのマウスの系統を比較し、アレルギー体質と関連する遺伝子の探索を行いました。

研究手法と成果

まず、アレルギー発症の重要な原因となることが知られているIL-4の産生に関連する遺伝子が、ゲノム上のどの辺りに位置しているかを調べたところ、16番染色体上の領域に存在することが分かりました(図1)。そこで、この領域に存在する遺伝子について、アレルギー体質のマウスとアレルギー体質ではないマウスとで、比較しました。その結果、調べた30個の遺伝子の中で、Minaという転写因子の生産量に差があることを発見し、アレルギーになりにくい体質のマウスのT細胞内にMinaが多く存在することが分かりました(図2)Mina遺伝子の配列を、アレルギー体質のマウスとアレルギー体質でないマウスとで比較すると、Mina遺伝子上に多数のSNPsが存在し(図3)、これが、アレルギー体質を左右していることが分かりました。

さらに研究チームは、転写因子Minaの働きを調べ、MinaがIL-4の遺伝子に結合し、T細胞でIL-4の産生を抑制することを明らかにしました。Mina遺伝子の導入によって、Minaの発現を増加させたマウスでは、T細胞でIL-4の産生が低下したのに対し、RNA干渉法※5を用いてMinaの発現を減少させたマウスのT細胞では、IL-4の産生が上昇しました。すなわち、Minaがアレルギー体質を制御することを確認することができました。

このように、Minaの遺伝子型が異なる結果、T細胞に多くのMinaが存在すると、アレルギーの発症に重要なIL-4の産生が低下してアレルギーになりにくい体質になること、一方、T細胞にMinaの存在が少ないと、IL-4が増加し、アレルギーになりやすい体質になることが明らかになりました(図4)

今後の期待

病気へのかかりやすさや薬の効き方など、個人個人の体質の違いには、遺伝子の多型(SNPs)が複雑に関係することが、近年明らかになってきています。今回、マウスのアレルギー体質がMina遺伝子のSNPsによって決まることを明らかにすることができました。ヒトでも同様に、Mina遺伝子のSNPsが、アレルギーに「なりやすい」、あるいは「なりにくい」といった違いを生み出しているのではないかと推察され、今後の研究の進展が期待されます。

発表者

理化学研究所
免疫アレルギー総合研究センター
シグナル・ネットワーク研究チーム
チームリーダー 久保 允人(くぼ まさと)
Tel: 045-503-7047 / Fax: 045-503-7046

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.Mina(ミーナ)
    転写制御活性を持つと思われるJmjc(十文字)という構造を持った転写制御因子。
  • 2.遺伝子の多型(SNPs)
    ゲノム上の塩基配列の中で、個体ごとあるいは系統ごとに見られる一塩基の違い。
  • 3.T細胞
    免疫応答に関与するリンパ球の1つ。T細胞の1つであるヘルパーT細胞は、アレルゲンの情報をB細胞へ伝え、アレルギー抗体の産生を誘導する。
  • 4.インターロイキン-4(IL-4)
    アレルギーに関与するヘルパーT細胞(Th2)を産生するサイトカイン。IgE抗体の産生を誘導するために必須のサイトカインで、Th2細胞を増加させるなど、免疫のバランスをアレルギーを起こしやすい方向へシフトさせるため、アレルギー体質の指標となる。
  • 5.RNA干渉法
    RNA干渉とは二本鎖RNAと相補的な塩基配列を持つmRNAが分解される現象。RNA干渉法は、この現象を利用して人工的に二本鎖RNAを導入することにより、任意の遺伝子の発現を抑制する手法。
アレルギー体質と関連する遺伝子はマウスでは16番染色体に存在するの図

図1 アレルギー体質と関連する遺伝子はマウスでは16番染色体に存在する

アレルギー体質と関連する遺伝子を同定するため、アレルギーになりやすい系統のマウスBALB/c(白)を、アレルギーになりにくい系統B10(黒)マウスとのもどし交配(雑種の子孫に対し、親の片方、あるいはその親と同一の系統に属する個体とで交配を行なうこと)を重ねて、BALB/cの遺伝子の一部がB10由来でそれ以外はすべてBALB/cというさまざまな系統を作った。これらマウスからT細胞をとりだし、アレルギーの指標となるサイトカインIL-4の産生をそれぞれの系統で検討した結果、IL-4の産生能にかかわる「ダイス(さいころ)」遺伝子座(アレルギー体質を規定する遺伝子が存在する場所)を、マウスの16番染色体に同定した。

T細胞からのIL-4産生能との関係の図

図2 T細胞からのIL-4産生能との関係

ダイス遺伝子座を詳細に解析したところ、Minaという遺伝子の発現はIL-4の産生能と逆相関関係であることが分かった。白抜きのシンボルはアレルギーになりやすい系統、黒のシンボルはアレルギーになりにくい系統。アレルギーになりやすい系統では、いずれの系統もMinaの発現が低く、IL-4の産生が高いことが分かる。

アレルギー体質とMina遺伝子の多型の図

図3 アレルギー体質とMina遺伝子の多型

Mina遺伝子のタンパク質に翻訳されない領域での遺伝子多型に目を向けると、アレルギーになりやすい系統と、なりにくい系統で塩基配列のパターンがきれいに分かれ、複数のSNPsの存在が明らかになった。これは、この遺伝子の発現レベルが遺伝的に制御されていることを示す。

Minaによるアレルギー体質の制御の図

図4 Minaによるアレルギー体質の制御

T細胞にMinaを発現させると、IL-4の産生が抑制されることから、Minaの発現量が十分でないとアレルギーになりやすい体質(Th1とTh2のバランスがTh2に傾いた状態)となる。

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