広報活動

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2009年11月10日

独立行政法人 理化学研究所

光子レベルの分解能を持つ超高感度テラヘルツ波センサを開発

―物質・生命の謎の解明からセキュリティ・医療応用と幅広い用途へ道―

ポイント

  • カーボンナノチューブと高電子移動度半導体の新規なハイブリッド構造の検出器
  • 極めて微弱なテラヘルツ波の強度と周波数を同時に検出する素子を開発
  • 検出器を2次元状にアレイ化、高解像度カメラの実現に期待

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、ナノテクノロジーの代表的な材料であるカーボンナノチューブ※1と、携帯電話にも使用される高移動度半導体GaAs/AlGaAs(ガリウムヒ素/アルミガリウムヒ素)※2を組み合わせ、電磁波の最小単位である光子(粒子)を数個のレベルで捉えることができる、超高感度テラヘルツ(THz:1012Hz)電磁波※3の検出器の開発に成功しました。基幹研究所石橋極微デバイス工学研究室の河野行雄専任研究員の研究成果です。

テレビやラジオ、携帯電話などに使用される電波から可視光、X線、ガンマ線に至るまで、幅広い周波数にわたって広がる電磁波帯域の中で、THz電磁波の領域は、発生や検出の技術の開拓が十分に進んでいない未踏領域でした。特に検出技術は、ナノレベルで制御したTHz半導体レーザーが実現している発生技術に比べると、進展が不十分で、高感度化の実現が達成できていないという大きな課題を抱えていました。

近年になり、物質中の電子、生体系高分子、天体系星間物質などから発する極微弱なTHz電磁波の検出が、物質の新現象・新機能の発見、生命活動や宇宙創生の謎の解明につながると注目を集めています。さらに、X線を用いて物質や生体内部を観察するレントゲン写真に代わる画像イメージングとして、放射線被ばくの恐れがなく安全とされるTHz電磁波の透過あるいは反射を活用した技術の開発が、新たな産業・医療への応用に向けて模索されています。そのため、高性能な高感度THz検出器は、重要な基盤要素技術として、開発が求められていました。

研究チームは、カーボンナノチューブと、高移動度半導体GaAs/AlGaAsというユニークな組み合わせで、電磁波の最小単位となる光子レベルの分解能を持つ超高感度なTHz検出器を開発することに成功しました。高移動度半導体でTHz電磁波を効率よく吸収し、カーボンナノチューブで高感度に信号を読み出すという新しい機構を考案・実証したことで、開発が実現しました。

今回開発した高感度THz検出器は、物質・生命の源の探求といった基礎科学だけでなく、THz画像技術などの応用分野でも大きな威力を発揮すると期待されます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Applied Physics Letters』(8月24日号)に掲載されました。

背景

電磁気学によって電磁波の本質が明らかにされて以来、人類は電磁波を上手に活用し、豊かな生活を築いてきました。ラジオ、テレビ、携帯電話など電波を用いた技術から、光インターネットやLED(Light Emitting Diode)照明など光を用いた技術まで、枚挙にいとまがありません。2009年のノーベル物理学賞が、大容量光通信を可能にした光ファイバーと、デジタルカメラにも使用されている電荷結合素子 (CCD:Charge Coupled Device)の技術に授与されたのは、記憶に新しいところです。ところが、電磁波の中に十分に活用しきれていない領域があります。それがテラヘルツ(THz:1012Hz)領域です。

この領域は、これまで、電波領域と光領域の間に挟まれた手付かずの「暗黒領域」と見なされ、光源や検出器など基本的な要素技術すら未開拓でした。ところが、近年、物質中の電子、生体系高分子、天体系星間物質などから発する極微弱なTHz電磁波の放射検出が、物質における新現象・新機能の発見、生命活動や宇宙創生の謎の解明につながると注目を集めています。さらに、レントゲン写真と同様の画像イメージングに、X線ではなくTHz電磁波を活用する技術の開発が、防犯や医療分野での実用化に向けて活発に進んでいます。このように、新現象の発見や謎の解明、新技術の開発が期待できることから、THz電磁波の応用技術には世界中から熱い視線が寄せられています。どの分野への実用化に向けても、THz電磁波を高感度に検出することが必須となるため、高性能な高感度THz検出器の開発が求められていました。

しかし、高感度THz検出器の開発は、従来技術の単なる延長では困難とされていました。その大きな理由は、THz電磁波を波として見ると周波数が高すぎ、光(粒子)として見るとエネルギーが低すぎることにあります。THz電磁波が、このような中途半端な性質を持つため、検出器開発には、新しいアイディアやデバイス構造を盛り込む必要がありました。

研究手法

現在市販されているTHz検出器で、よく使用されているのはボロメータ※4です。このボロメータは、THz電磁波を受光すると素子の温度が上昇し、それを電気抵抗の変化として読み出すものです。そのため、温度上昇からいかに大きな電気抵抗変化を取り出すかが重要になりますが、一般にその効率は低く、必然的に感度があまり高くありません。

研究チームは、高電子移動度半導体による基板上に、カーボンナノチューブによるトランジスタを搭載するという、まったく新しい構造を基に、THz検出器を開発しました(図1)。この検出器は、高電子移動度半導体でTHz電磁波を効率よく吸収し、カーボンナノチューブで高感度に信号を読み出すという機構を取ります。THz電磁波の吸収部は、高電子移動度半導体の特性である散乱の少ない高い電子移動度を有するために、THz電磁波を効率よく吸収します。また、検出信号の読み出し部は、単電子トランジスタという電子1個の動きでも判別可能な超高感度を有しています。この単電子トランジスタの材料としてカーボンナノチューブを用いており、その極微細な構造から高い温度での動作が可能となります。THz吸収と信号読み出しという2つの重要な役割をそれぞれの材料へ分担したことで、電磁波の最小単位である光子(粒子)を数個のレベルで捉えることが可能になりました。具体的には、これらの組み合わせによって、ボロメータよりも数桁も高い感度でTHz電磁波を検出することが可能になります。

研究成果

作製した素子に強度約1nW(ナノワット:10-9ワット)、周波数1.6THzのTHz電磁波を照射しながら、カーボンナノチューブを流れる電流を測定しました(図2)。トランジスタのゲート電圧に対する電流の依存性を測定した結果、THz電磁波を照射すると、電流ピークの位置が-169mVから-165mVへシフトすることを見いだしました(図2)。さらに、磁場を0テスラ(T)から7.85テスラまで印加すると、電流ピークの位置がさらに変化しました(図2)。この結果は、THz光の吸収部である高電子移動度半導体に対する磁場効果が、読み出し部であるカーボンナノチューブ側に反映していることを示しています。すなわち、カーボンナノチューブで構成したトランジスタが、高電子移動度半導体におけるTHz光吸収の影響を実際に検知できていることを表しています。

さらに、照射するTHz電磁波の強度を~0.1fW(フェムトワット:10-15ワット)と極端に弱くして、カーボンナノチューブを流れる電流の時間変化を測定しました。その結果、THz電磁波を照射しない時は安定していた電流が、極微弱なTHz電磁波照射によって大きく変動することを見いだしました(図3)。この変動は、光子数個レベルのTHz電磁波の検出に成功したという究極的感度への到達を意味しています。

今後の期待

今回開発した検出器は、高感度である上に、磁場依存性の測定から、飛来するTHz電磁波の周波数も同時に測定することができます。この性能も、従来のボロメータには無い特長です。検出器自体で周波数を測定することで、分光も同時に行うことができます。その結果、この検出器はTHz電磁波計測の応用範囲を大きく広げることが可能となりました。

今後は、多数の検出器を2次元状に配置した高解像度カメラの開発を目指しています。このカメラを開発することができると、THz電磁波を活用したカメラによる、ビデオ撮影が可能になります。開発した検出器は、さらに基礎科学から産業応用に至る多くの用途に結び付くものと期待できます。

発表者

理化学研究所
基幹研究所 石橋極微デバイス工学研究室
専任研究員 河野 行雄(かわの ゆきお)
Tel: 048-462-1111(内)8427 / Fax: 048-467-4659

お問い合わせ先

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 社会知創成事業 連携推進部
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補足説明

  1. カーボンナノチューブ
    6員環状に並んだ炭素がネットワークを形成し、単層または多層の同軸管状になった材料。高い電気伝導率やアスペクト比により、トランジスタ、電界放出ディスプレイ、原子間力顕微鏡プローブなどへの応用が進んでいる。
  2. GaAs/AlGaAs(ガリウムヒ素/アルミガリウムヒ素)
    異種半導体GaAsとAlGaAsを組み合わせた材料で、界面に散乱の少ない極めて高移動度の電子ガスを形成する。この2つの材料以外にも、さまざまな半導体の組み合わせが開発されている。高い電子移動度により高速信号処理が必要な携帯電話や衛星放送のアンテナ部分などに用いられている。
  3. テラヘルツ電磁波(THz=1012Hz)
    振動数1012Hz の領域に属する電磁波のこと。THz電磁波が可視光を通さない物質を適度に透過すること、光子エネルギーがmeV(ミリ電子ボルト)でさまざまな物質・材料の重要なエネルギー領域に属することから、材料分析やセキュリティ、医療などの分野で強力な計測ツールとなることが期待されている。
  4. ボロメータ
    電磁波検出器の一種で、電磁波吸収による素子の温度上昇を利用する。ほぼすべての周波数の電磁波に対して応答を示すが、検出器自体に周波数選択性はない。

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作製したカーボンナノチューブ(CNT)とGaAs/AlGaAsのハイブリッド構造の概念図

図1 作製したカーボンナノチューブ(CNT)とGaAs/AlGaAsのハイブリッド構造の概念図

GaAsとAlGaAsの界面に、散乱の少ない2次元電子ガス(2DEG)が存在する。

カーボンナノチューブを流れる電流のゲート電圧依存性

図2 カーボンナノチューブを流れる電流のゲート電圧依存性

周波数1.6THzの電磁波を照射しながら測定した。右の数字は印加した磁場の値(T)。THz電磁波照射によって、電流ピークの位置が高いゲート電圧側へシフトしている。電流ピークならびに電流0(平坦部分)の観測は、作製したカーボンナノチューブ素子がゲート電圧による電流スイッチ機能を持つ単電子トランジスタとして動作していることを表している。

カーボンナノチューブを流れる電流の時間変化

図3 カーボンナノチューブを流れる電流の時間変化

THz電磁波照射の無し・有りを繰り返したときの、カーボンナノチューブトランジスタを流れる電流を測定した。THz電磁波を照射した場合、電流のスイッチングが観測された。これは、(1)半導体2次元電子ガス内でTHz吸収によって励起電子-ホールが生成→電磁波照射によって電流ピークがシフト(図2参照)→固定したゲート電圧値では電流が0に向けて変化、(2)半導体2次元電子ガス内でTHz吸収によって励起された電子-ホールが緩和→電流ピークのシフトが元に戻る→固定したゲート電圧値では電流が0から有限の値へ戻る、を繰り返していることを意味する。この結果から、光子分解能の検出が示された。

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