広報活動

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2009年12月18日

独立行政法人 理化学研究所

ダイヤモンドを使って世界で初めてX線の非線形感受率を決定

-X線というフロンティアに非線形光学の活用を広げる基盤を確立-

ポイント

  • X線領域で非線形な光学応答の強弱を決める非線形感受率の実測に世界で初めて成功
  • ダイヤモンドの特性が、X線の非線形な光学応答を100倍も増加させると判明
  • X線領域で、大きな非線形感受率を持つ非線形材料開発に大きな期待

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、世界で初めてX線領域での非線形感受率※1の決定に成功し、その値が可視光領域に比べて10桁も小さいことや、ダイヤモンドの炭素原子による内殻共鳴※2を利用すると、約10倍も増大することを見いだしました。理研播磨研究所放射光科学総合研究センター石川X線干渉光学研究室の玉作賢治専任研究員と石川哲也主任研究員らによる研究成果です。

非線形光学※3は過去50年余りにわたって発展し続けた学問で、波長変換など基礎研究分野での活用はもとより、超高速光通信への応用など実社会にまで多くの貢献を与えてきました。しかし、これまで非線形光学が対象としてきた領域は、波長が400~760ナノメートル(ナノメートル:10億分の1メートル)と長い可視光を中心とした低エネルギー領域に限られており、可視光の10,000倍も波長の短い(エネルギーの高い)X線領域では、実験データはほとんどありませんでした。そうした状況下でも、X線領域での非線形な光学応答は、既知の可視光領域のそれとはまったく異なるのではないかと想像されており、その全容の解明とX線領域の非線形光学を取り扱う理論体系を構築することが長く待ち望まれてきました。

今回、大型放射光施設SPring-8※4のX線を人工ダイヤモンドに照射した時の精密測定で、非線形光学現象であるパラメトリック下方変換※5が、独立な光学過程である非弾性散乱※6量子力学※7的に干渉することを実証しました。さらに、それを解析することで、非線形光学現象の強さを決定する非線形感受率の大きさを見積もりました。その値は、可視光領域に比べて10桁近く小さいものの、ダイヤモンドを構成する炭素原子の内殻励起に共鳴させることで約10倍(効率では100倍)に増大できることが判明しました。この共鳴による増大の仕組みを利用することで、大きな非線形感受率を持つX線非線形光学素子の開発が可能になると期待できます。この研究成果は、X線非線形光学というフロンティアを開拓し、非線形光学をX線領域にまで押し広げるための最初の確固たる基盤となります。さらに、現在建設中のX線自由電子レーザー※8と組み合わせて、近い将来X線非線形光学が飛躍的に発展し、物質科学などの基礎研究や高効率非線形材料開発などに広く応用されると期待できます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』オンライン版(12月18日付け:日本時間12月19日)に掲載される予定です。

背景

非線形光学は、1960年に光の波が完全にそろったレーザーが発明された直後から可視光(波長が400~760ナノメートル)を中心とした領域で発展し続けてきました。そして現在では、学術的な意義はもちろん、レーザー利用や超高速光通信など、さまざまな科学分野や産業界でも利用され、欠かすことのできない非常に重要な科学技術として知られています。しかし、この可視光領域の非線形光学が半世紀にわたって進展したにもかかわらず、X線領域(波長が0.1ナノメートル付近)の非線形光学は未開拓のフロンティアとして存在し続けました。その最大の理由は、X線領域が可視光領域に比べて波長が10,000倍も短い(エネルギーが高い)ため、光の波をそろえることが困難で、X線のレーザーを実現できなかったためです。世界中の研究者が、X線領域の非線形光学、すなわちX線非線形光学の本格的な研究は、X線レーザーの実現を待たねばならないと考えていました。

一方理論の分野では、可視光領域での非線形光学の目覚ましい発展に刺激されて、1960年代の終わりから1970年代にかけて、さまざまな考察が行われました。その結果、X線非線形光学は、可視光領域の非線形光学の単なる短波長版ではないと考えられています。すなわち、X線領域では、物質との非線形な相互作用が、可視光領域とは根本的に異なる原理に立脚していると考えられています。このことはX線非線形光学の学術的な価値を高めることはもちろん、可視光領域とは異なる応用の可能性があることを示唆しています。信頼に足る実験データを集めて理論的な仮説を裏付け、X線非線形光学現象を記述する理論的体系を構築し、その知見をほかの科学分野へと応用することは、過去数十年にわたって待ち望まれながら、未だに手を付けることもできませんでした。

研究手法と成果

研究グループは5年前から、高精度な測定を行うための装置・技術の開発・改良を続けて、装置の感度・精度・安定性などを向上させてきました。そして、世界で最も明るいX線を利用できる大型放射光施設SPring-8の理研ビームラインBL19LXUに組み込み、X線領域の非線形光学現象の測定に挑みました。その結果、驚くべきことに、X線レーザーに比べると、はるかに強度が微弱な現存のX線ビームでも、理論解析に十分な精度で、パラメトリック下方変換という非線形光学現象を観測することができました。具体的には、0.128ナノメートルのX線がダイヤモンドに入射すると、0.132ナノメートル付近のX線と4.1ナノメートル付近の軟X線に分裂する(1つの光子が2つの光子に変換される)という非線形な光学現象の観測に成功しました。この結果により、同グループが同じようにX線ビームをダイヤモンドに照射して2007年に発見したパラメトリック下方変換と非弾性散乱との干渉効果(2007年6月14日プレスリリース)が、量子力学的な干渉として知られるファノ効果※9であることを実証しました(図1)

さらに、ファノ効果を今回の場合に当てはめて実験データを解析した結果、世界で初めて、X線領域での非線形光学応答の強さを決定する非線形感受率の大きさを求めることに成功しました(図2)。その大きさは、可視光領域の典型的な値に比べて10桁近くも小さいことが分かりました。しかし、ダイヤモンドを構成している炭素原子の内殻共鳴を利用すると、非線形感受率が10倍に、パラメトリック下方変換の効率としては100倍に増大することも明らかにできました。これまでの理論予測によると、内殻共鳴による非線形感受率の増大については否定的でありましたが、今回の実験結果は、この理論予測をくつがえすものです。これらの結果は、ダイヤモンドという一般には宝石として広く知られる物質が、意外にもX線領域での非線形光学材料として有望であることを示しています。

今後の期待

X線領域での非線形感受率が明らかになったことで、これまで報告されてきた断片的な理論的予測の検証ができるようになります。さらに、これらを統合して、X線非線形光学を記述する理論体系の構築が可能になると期待できます。こうして得られる知見は、X線自由電子レーザーが実現したときに、さまざまな応用研究のために必要不可欠になると予想されます。また、今回明らかになった非線形感受率の増大が理論的に解明することができると、X線領域で高い非線形感受率を持つ高効率非線形材料の開発が可能になると期待できます。

発表者

理化学研究所
放射光科学総合研究センター 石川X線干渉光学研究室
専任研究員 玉作 賢治(たまさく けんじ)
Tel: 0791-58-2806 / Fax: 0791-58-2907

お問い合わせ先

播磨研究推進部 企画課
Tel: 0791-58-0900 / Fax: 0791-58-0800

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

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補足説明

  1. 非線形感受率
    非線形な光学応答の強さを特徴づける量。大きいほど非線形な効果が大きくなる。観測される非線形光学現象の強さは、非線形感受率の二乗に比例する。一般に、物を見るときに関係する(線形)感受率に比べて、非線形感受率は極めて小さいため日常生活でその存在を意識することはない。
  2. 内殻共鳴
    原子核のすぐ近くを周回している電子が、外側の別の軌道に移るのに必要なエネルギーが、光のエネルギーと一致している場合を指す。このような一致は非線形感受率に大きな影響を与えることが多い。
  3. 非線形光学
    物質の光への応答が、光の波の振幅に比例しない光学現象を扱う。このような効果は線形応答に比べて極めて弱いため、通常その観測にはレーザーが必要とされる。
  4. 大型放射光施設SPring-8
    SPring-8は兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高輝度の放射光を生み出す理研の施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
  5. パラメトリック下方変換
    物質中の電子との相互作用により1つの光子(光の粒)が、2つの光子に変換される非線形光学現象。
  6. 非弾性散乱
    例えば、物質に光をあてたとき、電子に光のエネルギーの一部を与えて散乱される現象。ビリヤードの玉の衝突のような場合は弾性散乱と呼ぶ。
  7. 量子力学
    光や電子などを、粒子と波の両方の性質を持たせて取り扱う理論。未来は決定論的ではなく、確率的に議論される。
  8. X線自由電子レーザー
    X線領域のレーザーで、日本では国家基幹技術として2006年度よりX線自由電子レーザー計画が進んでいる。理研と財団法人高輝度光科学研究センターが共同で「X線自由電子レーザー合同推進本部」を設置してSPring-8に隣接して建設中で、2010年度内のレーザー発振を目指している。
  9. ファノ効果
    通常の干渉が空間を伝わる波と波の間で起こるのに対して、ある状態(始状態)から別の状態(終状態)に移る確率が干渉するという極めて量子力学的な現象。長年謎とされてきたが、1961年にファノが解明した。始状態から終状態に移るときに、2つの物理過程-今回の場合は図1のようにパラメトリック下方変換と非弾性散乱-があるとする。この時、どちらの物理過程を通ったか分からない(図1で光子2を観測してもaだったかbだったか区別できない)ときに、これら2つの過程が干渉する。ある条件下では、干渉によって終状態に移ることができなくなることさえ起こる。

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観測したX線非線形光学現象(パラメトリック下方変換)と非弾性散乱の模式図の画像

図1 観測したX線非線形光学現象(パラメトリック下方変換)と非弾性散乱の模式図

aのパラメトリック下方変換では、光子1が消滅して光子2と3を生成する。その後、通常の光吸収によって光子3が電子を励起する。一方で、bの非弾性散乱では、光子1が光子2に散乱されるときに、光子1のエネルギーの一部を使って電子を励起する。この2つのプロセスの間の干渉効果(ファノ効果)を正しく扱うことにより、X線非線形光学現象の強さを決定する非線形感受率の決定に世界で初めて成功した。

9.67 keV(0.128ナノメートル)に対する非線形感受率のエネルギー依存性の図

図2 9.67keV(0.128ナノメートル)に対する非線形感受率のエネルギー依存性

X線非線形光学現象の強さを決定する非線形感受率が、光子3(パラメトリック下方変換で生成される2つの光子のうち、電子を励起する光子)のエネルギーにより大きく変化することが判明した。特に、290eV(波長に換算して4.27ナノメートル)の内殻共鳴の辺りで、100倍近く増大することが分かった。

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