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2010年9月6日

独立行政法人 理化学研究所

寄生植物「ストライガ」の発芽を促す「ストリゴラクトン」の新機能を発見

-「ストリゴラクトン」には、光と同じ働きがある-

ポイント

  • ストリゴラクトンを増やす低分子化合物「コチルイミド」を5個発見
  • ストリゴラクトンを生産しない変異株は、光受容体にかかわるHY1遺伝子が破壊
  • ストライガに寄生されない農作物の育種や、ストライガを自殺に追い込む新防除法に期待

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、農作物に多大な被害をもたらす寄生植物「ストライガ※1」の種子発芽を刺激する「ストリゴラクトン」が、光と同じように、シロイヌナズナの種子発芽を刺激することを発見しました。これは、理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)生長制御研究グループの南原英司 客員主管研究員(現トロント大学助教授)と土屋雄一朗基礎科学特別研究員(現トロント大学研究員)を中心とする国際共同研究グループ※2による成果です。

ストライガの種は、普通の状態では土の中で何十年も発芽することなく、じっと農作物などの宿主植物が近くに現れるのを待っています。宿主植物が近くに現れると、その根から放出されるストリゴラクトンという化合物を感じて発芽し、宿主植物に寄生しようとします。寄生された農作物は栄養を吸い取られて育たないために、アフリカでは年間何十億ドルもの損害が出ています。ストリゴラクトンがストライガの発芽を刺激する仕組みを理解することができると、これを防除する足がかりとなりますが、ストライガを実験室で生育させることが難しく、いまだにその仕組みは解明されていません。

研究グループは、ストリゴラクトンが、シロイヌナズナの中でどのような役割を担っているかを調べて、ストライガの発芽の仕組みを解明することを試みました。シロイヌナズナの発芽に対して作用する化合物を、10,000個の低分子化合物のライブラリーから検索し、その中からストリゴラクトンの生産量を増やす「コチルイミド」と名付けた化合物を5個発見しました。50万株の突然変異株からコチルイミド耐性株を検索して解析した結果、ストリゴラクトンは光によって生産量が増えること、そして暗所でもまるで光が当たっているかのごとくシロイヌナズナの発芽を刺激し、緑化を促進することを突き止めました。

ストライガのような寄生植物は、宿主植物に寄生できるように進化すると、光合成の効率を高める必要がなくなり、その結果、光に応答する能力が退化して、ストリゴラクトンを作ることができなくなったと考えられます。現在のストライガは、このような進化の過程を経て、ほかの植物が作るストリゴラクトン無しには発芽することができなくなったのかもしれません。

本研究成果は、英国の科学雑誌『Nature Chemical Biology』オンライン版(9月5日付け:日本時間9月6日)に掲載されます。

背景

吸血鬼は、空想の世界だけに存在する生物と思われているかも知れませんが、実は現実世界にも存在します。ストライガ(図1)という植物は、東欧の民話に出てくるストリゴイという吸血鬼にちなんで名付けられ、この名前の通り、植物でありながらほとんど自分では栄養を作らず、ほかの植物から栄養を吸い取って生きています。このストライガに狙われた農作物は、栄養を吸い取られて育たないため、畑の作物が全滅することもしばしばです。アフリカでは病原菌や害虫よりも深刻な問題となっており、年間何十億ドルもの損害を与える破壊的な作物の吸血鬼として存在しています。この栄養を吸い取り、時には作物を全滅させてしまうストライガの問題は、植物学者が解決するべき大きな課題の1つです。

ストライガの種は、普通の状態では土の中で何十年も発芽することなく、じっと農作物などの宿主植物が近くに現れるのを待っています。宿主植物が近くに現れると、その根から放出されるストリゴラクトンという化合物を感じて発芽し、宿主植物に寄生しようとします(図2a,b,c)。このストライガの発芽のステップを理解することができると、ストライガ駆除への道が開けるとされていますが、ストライガを実験室で生育させることが難しく、いったいどうやってストライガがストリゴラクトンを感じて発芽するのかという基本的な仕組みはほとんど分かっていません。研究グループは、実験室で育てられるシロイヌナズナなどの植物に対してストリゴラクトンが果たす役割の理解が進むと、それをストライガに応用できると考えました。最近、研究グループの理研植物科学研究センター促進制御研究チームらは、ストリゴラクトンが植物の枝分かれを抑制する機能を持つホルモンであることを明らかにました(2008年8月11日プレスリリース)。しかし、この機能が、寄生植物の発芽を刺激する機能と、一体どういう関係にあるのかについては、まったく分かっていませんでした。

研究手法と成果

研究グループは、コンビナトリアルライブラリー※3の中から、10,000個の低分子化合物を用いてシロイヌナズナの発芽に対する作用を調べ、その中から子葉の成長を抑える「コチルイミド」と名付けた化合物を5個発見しました(図3右)。コチルイミドを宿主植物(双子葉植物からはシロイヌナズナを、単子葉植物からイネを選択)に与えたところ、宿主植物が生産するストリゴラクトンが過剰に生産され、そのために宿主植物の子葉は白くなって生育しないことが分かりました(図3左)。従って、コチルイミドを与えても子葉が白くならない突然変異株(コチルイミド耐性突然変異株)は、ストリゴラクトンを生産できないか、あるいはストリゴラクトンが生産されていても、それを認識することができないと考えられます。そこで、コチルイミド耐性突然変異株をシロイヌナズナ50万株から検索した結果、子葉が白くならない約240株の突然変異株を発見しました。面白いことに、このうちの5株は、まるでストライガのように普通の状態では発芽せず、ストリゴラクトンやその生産を増やすコチルイミドを与えなくては発芽しませんでした。つまり、ストリゴラクトンは、ストライガの発芽と同様に、シロイヌナズナの発芽も刺激することを見いだしました。

次に、これら5株の変異遺伝子を同定することを試みました。当初は、ストリゴラクトンを生合成する酵素にかかわる遺伝子が破壊されていると予想しましたが、意外にも、5株とも植物が光を認識する光受容体の機能にかかわるHY1遺伝子※4が破壊されているhy1突然変異株であることが分かりました。光に応答できないhy1突然変異株が生産するストリゴラクトンの量が少ない(図2d)ということは、光がストリゴラクトンの生産を増やしているということとなります。植物にとって光はとても重要な環境因子です。光は種子発芽を刺激し、光合成できるよう緑化を促します。光を認識できないこれら5つのhy1突然変異株はなかなか発芽しない上、光を当てても、もやしのように胚軸が伸張してしまいます。そこで、5つのhy1突然変異株にストリゴラクトンを投与した結果、突然変異形質が抑制されて胚軸の伸張は元に戻り、もやし(変異形質)がもやしでなくなってしまいました。つまり、ストリゴラクトンは光と同じように、種子発芽を刺激し、光合成できるよう緑化を促す働きがあると考えられます。

一般に植物を暗所で育てると、COP1ユビキチンリガーゼ※5が核に蓄積し、光シグナルを伝えるHY5転写因子※6を分解することが知られています。一方、植物に光を当てるとCOP1は核から排出され、HY5転写因子が遺伝子発現を誘導することで光シグナルを伝えることができます。ストリゴラクトンを与えて暗所で育てた植物も、光を与えたときと同様に、COP1は核から排出され(図4b)、HY5転写因子が蓄積し(図4c)、さらに胚軸が短くなりました(図4a)。これらの結果からも、ストリゴラクトンは光と同じような働きがあると考えられます。

ストライガのような寄生植物は、農作物などの宿主植物から栄養を得るため、光に応答して光合成の効率を高める必要がありません。宿主植物に寄生できるように進化すると、hy1突然変異株のように光に応答する能力が退化し、その結果ストリゴラクトンを作れなくなったと考えられます。現在のストライガは、このような進化の過程を経て、ほかの植物が作るストリゴラクトン無しには発芽することができなくなったのかもしれません。

今後の期待

今回、ストリゴラクトンは、寄生植物であるストライガの発芽だけでなく、宿主植物になるシロイヌナズナの発芽も刺激することが分かりました(図5)。研究グループが発見したコチルイミドと、HY1遺伝子を代表とするCOP1やHY5転写因子などの光シグナルを伝える因子は、どれもストリゴラクトンの生産や認識に関与するものです。今後は、この光応答を利用して、例えば、ストライガに寄生されない農作物の育種が期待できます。また、ストライガが寄生できない植物にコチルイミドを与え、ストリゴラクトンを過剰に生産させてストライガを強制的に発芽(自殺発芽)させることができると、いったん発芽したストライガは枯れてしまうため、土壌の浄化に利用するといった応用も可能です。さらに、シロイヌナズナを使って、ストリゴラクトンがどのように宿主植物やストライガの発芽を刺激するか、ということを調べることができると分かりました。今後はより詳細な実験が可能となったため、光応答と寄生植物の進化がどのようにかかわっているかを調べることで、新たな防除法も開発することができると期待されます。

発表者

理化学研究所
植物科学研究センター 生長制御研究グループ
グループディレクター 神谷 勇治(かみや ゆうじ)
Tel: 045-503-9649 / Fax: 045-503-9665

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.ストライガ
    ハマウツボ科の寄生植物。アフリカ半乾燥地域に分布し、モロコシやトウモロコシなど主食となる穀物に寄生してその収量に影響を与えるため、深刻な問題となっている。
  • 2.国際共同研究グループ
    トロント大学CSB(Peter McCourt教授)、理研植物科学研究センター生長制御グループ(神谷勇治グループディレクター)、促進制御研究チーム(山口信次郎チームリーダー、花田篤志技術員)などとの共同研究。
  • 3.コンビナトリアルライブラリー
    シンプルな化合物(ビルディングブロック)をさまざまな組み合わせで2個、3個つなげていくことでたくさんの種類の化合物を作り、それぞれの化合物を個々に使うことができるようストックしてあるもの。
  • 4.HY1遺伝子
    ヘム酸化開裂酵素をコードする。代謝産物はさらに数ステップを経て光受容体であるフィトクロムのクロモフォア(受光センサー)となる。
  • 5.COP1ユビキチンリガーゼ
    特定のタンパク質にユビキチンというタグをつけて、分解に導く酵素をユビキチンリガーゼと呼ぶ。COP1はこの中でも、光シグナルを伝えるタンパク質にユビキチンタグをつけるものとして知られている。そのため、光シグナル伝達の中では負の制御因子である。
  • 6.HY5転写因子
    光シグナルを伝える転写因子。COP1によってユビキチンタグがつけられ、分解される。光シグナルはHY5転写因子に伝えられ、光誘導遺伝子を発現することができるため、光シグナル伝達の中では正の制御因子である。
ストライガの写真

(左)ストライガの被害にあったソルガム畑。右側のストライガが左側のソルガムを侵食している。
(右)ストライガの花。ソルガムの花よりも大きくなってピンクの花を咲かせている。

シロイヌナズナによるストライガの発芽刺激の図

図2 シロイヌナズナによるストライガの発芽刺激

(a)シロイヌナズナが放出するストリゴラクトンが、ストライガの種子の発芽を刺激する。

(b)ストリゴラクトンを放出するシロイヌナズナがないと、ストライガの種子は発芽しない。

(c)ストリゴラクトンを放出する野生型のシロイヌナズナがあると、ストライガの種子は発芽する。

(d)ストリゴラクトンを放出しない突然変異株のシロイヌナズナがあっても、ストライガの種子は発芽しない。

シロイヌナズナの発芽に対する作用(左)とコチルイミドの構造(右)の図

図3 シロイヌナズナの発芽に対する作用(左)とコチルイミドの構造(右)

コチルイミドを与えない野生型のシロイヌナズナの子葉は緑色(最少培地)だが、コチルイミド(CTL VI)を加えると白くなる。

ストリゴラクトンの効果の図

図4 ストリゴラクトンの効果

(a)ストリゴラクトンを与えると、伸張した胚軸が元に戻り、もやしがもやしでなくなる。

(b)ストリゴラクトンを与えると、光を当てた時と同様に、COP1が核から排出される。

(c)ストリゴラクトンを与えると、光を当てた時と同様に、HY5転写因子が分解されない。

ストリゴラクトンの役割の図

図5 ストリゴラクトンの役割

光が宿主植物に当たるとストリゴラクトンが増え、発芽が促される。発芽した宿主植物の根からはストリゴラクトンが放出され、寄生植物の発芽が促される。その結果、寄生植物は宿主植物へ寄生する。

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