広報活動

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2011年2月7日

独立行政法人 理化学研究所
国立大学法人 東北大学

イネの細胞質型グルタミン合成酵素の代謝バランス調節機能を解明

-メタボロミクスによってイネの窒素代謝と炭素代謝を網羅的に解析-

ポイント

  • メタボローム解析技術で、アンモニウム同化下流の代謝ネットワークを視覚化
  • イネのグルタミン合成酵素GS1;1は、窒素代謝と炭素代謝をバランス制御
  • イネの窒素利用とコメ生産性向上のシステム解明に貢献

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と国立大学法人東北大学(井上明久総長)は、イネの細胞質に局在するグルタミン合成酵素(GS1)の1つ「GS1;1酵素」が、窒素栄養源として根から取り込んだアンモニウムを同化※1するために必須な酵素であるとともに、窒素代謝や炭素代謝のバランス維持にも寄与していることを初めて見いだしました。これは、理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)メタボローム機能研究グループ(斉藤和季グループディレクター)の草野都研究員らと東北大学大学院農学研究科植物細胞生物学分野の山谷知行教授、田渕真由美研究員らによる共同研究の成果です。

水田で育つイネの健常な生育には、アンモニウムを利用した窒素代謝で産出する窒素栄養源と、光合成による二酸化炭素を利用した炭素代謝で産出する糖類のバランスが取れていることが重要です。イネの細胞質には、3種類のグルタミン合成酵素(GS)※2が局在しており、これらの酵素は、取り込んだアンモニウムをアミノ酸の1つであるグルタミンへ変換します。このうち、GS1;1酵素をコードするGS1;1遺伝子は、イネの生育に必須な遺伝子ですが、この遺伝子が窒素や炭素の関わる代謝ネットワークへどう関与するのかについては不明なままでした。

研究グループが開発したガスクロマトグラフ-飛行時間型質量分析計(GC-TOF-MS)によるメタボローム解析技術は、植物が無機栄養源から直接合成する糖類やアミノ酸類などの一次代謝物を含む、多様な代謝物群を一斉に分析することができます。この手法を駆使して、GS1;1遺伝子を破壊した野生型イネと変異型イネの代謝産物群の変動を網羅的に解析しました。変異型イネにアンモニウムを与えると、葉鞘(ようしょう)※3と根で過剰なアンモニウムの蓄積が起こることを見いだし、100種類以上の代謝物の変動についてGC-TOF-MSで詳細に調べました。その結果、変異型イネの葉鞘と葉身※4では、糖類の過剰蓄積とアミノ酸類およびクエン酸回路(TCAサイクル)※5の代謝物量が減少すること、根では窒素含有二次代謝物群が蓄積することを発見しました。さらに、代謝物-代謝物の相関解析により、変異型イネの根では、窒素含有二次代謝物の1つであるトリプタミンと他の一次代謝物との間で、新規の代謝ネットワークが形成されることが分かりました。つまり、GS1;1遺伝子は、イネの窒素代謝と炭素代謝のバランスを制御するという広範な役割を担うことが判明しました。

本研究成果は、英国の科学雑誌『The Plant Journal』(2月21日号)に掲載されます。

背景

多くの植物は窒素栄養源として硝酸を活用する一方、水田で育つイネはアンモニウムを利用します。無機物であるアンモニウムをアミノ酸の1つであるグルタミンへ変換するには、グルタミン合成酵素(GS)というタンパク質が必要で、イネには、細胞質に局在するGS1酵素と葉緑体に局在するGS2酵素という2種類のGSが存在します。このうち、GS2酵素の生理的役割は、光合成と同時に起こる光呼吸由来のアンモニウムの再利用(同化)であることが明らかとなっていますが、GS1酵素の役割については不明な点が数多く残されています。特に、GS1;1、GS1;2、GS1;3と3種類存在するGS1酵素のうち、GS1;1酵素はイネの生育に必須な酵素であると報告されていますが(Tabuchi et al., Plant J (2005))、この酵素をコードするGS1;1遺伝子と、窒素や炭素が関わる代謝ネットワークとの関係については明らかにされていませんでした。

研究手法と成果

研究グループは、硝酸とアンモニウムという異なる窒素栄養条件の水耕液を用いて、野生型イネとGS1;1遺伝子を破壊した変異型イネを生育し、アンモニウム同化とイネの生育との関係を調べました。硝酸を添加した水耕液で生育した場合、変異型イネは野生型イネと同じように生育しましたが、アンモニウムを添加した水耕液で生育した場合、変異型イネは地上部の草丈が野生型イネの半分以下と著しく生育を阻害された結果となりました(図1)。一般に、アンモニウムは細胞にとって毒性を示すため、変異型イネはうまく同化することができないアンモニウムを内部に蓄積すると推測しました。そこで、この蓄積したアンモニウムの量と確認した草丈が半分以下になる生育阻害との関係解明を目指しました。

はじめに、アンモニウム添加の水耕液で栽培した野生型イネと変異型イネのイネ内部のアンモニウム量を、高速液体クロマトグラフで測定したところ、変異体の葉鞘と根で過剰なアンモニウムの蓄積が起き、地上部の生育阻害を発生させていることが分かりました。次に、この過剰なアンモニウムの蓄積がイネの代謝に与える影響を調べるため、研究グループが開発したGC-TOF-MSによるメタボローム解析(代謝物プロファイリング)を行いました。このGC-TOF-MSは、二酸化炭素やアンモニウムといった無機栄養源から、植物が直接合成する糖類やアミノ酸類の一次代謝物を含む多様な代謝物群を一斉に分析することができます。この手法を使って、野生型イネと変異型イネ間で代謝物群の変動を解析しました。その結果、変異型イネの植物体全体でさまざまな代謝物量が変化することが分かりました(図2)。変異型イネでは、特に地上部(葉身および葉鞘)で二酸化炭素から合成する糖類の量が増えているのに対し、アミノ酸類やTCAサイクルの代謝物量は減っていました。また、変異型イネの根では、糖類が過剰蓄積していたことに加えて、窒素原子を含むトリプタミンやセロトニンなどの二次代謝物の量が増加していました。さらに、代謝物同士の関係性の変化を調べるため、代謝物-代謝物相関解析※6を行ったところ、変異型イネの根では、生理活性物質の母骨格となるトリプタミン※7と他の一次代謝物との間に、新規の代謝ネットワークが形成されたことが分かりました(図3)。これらのことから、GS1;1遺伝子は、アンモニウムを窒素源として生育するイネの代謝において、取り込んだアンモニウムを植物体内に蓄積することなく速やかに代謝し、全体の糖類やアミノ酸類・有機酸類の量を調節するのに重要な機能を果たすことで、健全なイネの成長を支えていることが判明しました。

今後の期待

今回、イネのGS1;1遺伝子がコードするGS1酵素が、アンモニウム同化だけでなく、炭素代謝物である糖類や窒素代謝物であるアミノ酸類の量のバランス維持に寄与していることが分かりました。今後は、イネの登熟期※8における代謝物群の量的変化を調べたり、他のGS1遺伝子を破壊した変異体の代謝プロファイリングの結果と比較したりすることで、窒素利用とコメ生産性向上についてのメカニズムの解明に迫ることが期待できます。

発表者

理化学研究所
植物科学研究センター メタボローム機能研究グループ
グループディレクター 斉藤 和季(さいとう かずき)
Tel: 045-503-9488 / Fax: 045-503-9489

研究員 草野 都(くさの みやこ)
Tel: 045-503-9442 / Fax: 045-503-9489

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

国立大学法人東北大学
大学院農学研究科 植物細胞生化学分野
教授・研究科長 山谷 知行(やまや ともゆき)
Tel: 022-717-8600 / Fax: 022-717-8935

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 社会知創成事業 連携推進部
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補足説明

  1. 同化
    生物が栄養として外界から摂取した物質を、特定の化学変化を経て、自己の成分あるいは有用な物質に合成する反応。
  2. グルタミン合成酵素(GS)
    無機物であるアンモニウムをアミノ酸の1つであるグルタミンへ変換する酵素。GSには、GS1;1、GS1;2、GS1;3の3種類が知られており、GS1;1酵素は、イネの生育に必須な酵素、GS1;2酵素は根でのアンモニウム同化、GS1;3酵素は登熟期の穂の中のアンモニウム同化に重要な酵素と考えられているが、GS1;2およびGS1;3の生理的役割の詳細は不明であり、現在も研究が進められている。
  3. 葉鞘(ようしょう)
    葉の根元の部分が、茎を抱いて鞘状をしているもの。イネやススキなどに見られる。
  4. 葉身
    葉の主要部分。表皮と葉肉と葉脈とから成り、光合成の主要な場となっている。
  5. クエン酸回路(TCAサイクル)
    ブドウ糖から作ったピルビン酸を基にした、エネルギーを産生する回路。クレブス回路とも呼ばれる。クエン酸回路を構成する化合物群としては、クエン酸、オキザロコハク酸、コハク酸、フマル酸、リンゴ酸、オキザロ酢酸などがある。
  6. 代謝物-代謝物相関解析
    メタボロームデータでは、代謝産物同士の存在量の間に強い相互依存性(相関)が認められることがある。代謝物―代謝物相関解析とはこの相関関係の強弱を解析する手法であり、代謝物間の存在量制御関係の親密さについて調べることができる。類似度を相関係数(+1から-1までの数値で表される)によって表すのが一般的である。
  7. トリプタミン
    芳香族アミノ酸の一種であるトリプトファンが脱炭酸して生合成されるアミン。インドール誘導体の1つであり、さまざまな生理活性物質の母骨格となる。
  8. イネの登熟期
    イネは穂を出した(出穂)後に、開花・受精する。この後、葉に蓄えられたデンプンやアミノ酸などの栄養分は穂(および籾)に送られることで籾は成長し、成熟した籾となる。この過程を登熟と呼び、出穂期から籾が完熟するまでに期間を登熟期と呼ぶ。

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異なる窒素利用条件下で生育させた野生型イネと変異型イネの地上部および根

図1 異なる窒素利用条件下で生育させた野生型イネと変異型イネの地上部および根

(A)異なる濃度のアンモニウムを与えた水耕液、1.0 mM(ミリモル)硝酸含有水耕液および水で栽培したイネの表現型

(B)4種類の異なる栄養条件で生育した地上部の長さ(5~12個体使用)

(C)4種類の異なる栄養条件で生育した根の長さ(5~12個体使用)

アンモニウムを添加した水耕液で生育した場合、変異型イネは地上部の草丈が野生型イネの半分以下と著しく阻害された。

GS1;1遺伝子が破壊されることで引き起こされる代謝系の変化

図2 GS1;1遺伝子が破壊されることで引き起こされる代謝系の変化

(A) 観測された代謝物群の生合成経路への投影図

(B)アンモニウム含有水耕液で栽培した野生型イネおよび変異型イネの代謝物変化

(C)水条件で栽培した野生型イネおよび変異型イネの代謝物変化

イネの葉身(LB)、葉鞘(LS)、根(roots)での代謝物変化を視覚化した。図中の円の大きさは変異型イネの代謝物量の変動の程度を表す。赤色は野生型イネと比較して量が増えたことを、青色は逆に量が減ったことを示す。水で栽培した場合と比較して、アンモニウムを与えて栽培した場合、グルコースやフルクトース(図2Aのピンクの枠で囲った部分)などの糖類の過剰蓄積のほか、アミノ酸類の量が減るなど、代謝産物の変化が非常に大きいことが分かる。

GS1;1遺伝子が破壊されることで引き起こされる根での代謝ネットワーク変化

図3 GS1;1遺伝子が破壊されることで引き起こされる根での代謝ネットワーク変化

変異型イネの根では、トリプタミンと他の一次代謝物との間に、新規のネットワーク(ピンクの点線)を観測した。

赤色の代謝物:変異型イネでの蓄積量が有意に1.5倍以上だったもの
青色の代謝物:変異型イネでの蓄積量が有意に0.67倍以下だったもの
灰色の実線:代謝経路
灰色の点線:代謝物―代謝物相関
ピンクの点線:変異型イネ特有の相関関係
青色の点線:野生型イネ特有の相関関係

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