広報活動

Print

2011年7月11日

独立行政法人 理化学研究所

マウス由来ES/iPS細胞の万能性を「CCL2タンパク質」が維持

―ヒト由来ES/iPS 細胞へ応用し、再生医療への貢献を目指す―

ポイント

  • ケモカインの1つであるCCL2タンパク質がiPS細胞の万能性を維持
  • iPS細胞の万能性維持に重要な転写因子の発現をCCL2タンパク質が亢進
  • 安定した実験用試料の提供を可能にし、再生医療に貢献

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、ケモカイン※1の1つ「CCL2タンパク質」が、マウス由来ES/iPS細胞の万能性※2を維持するために重要な役割を果たすことを発見しました。これは、理研オミックス基盤研究領域(理研OSC、林崎良英領域長)LSA要素技術開発グループLSA要素技術開発ユニットの鈴木治和プロジェクトディレクター、長谷川由紀研究員らの研究グループの成果です。

ES/iPS細胞は、さまざまな細胞へ分化することができる万能細胞で、再生医療などへの応用が注目されています。この万能性を維持するために、ヒト/マウス由来など一般的なES/iPS細胞の培養では、繊維芽細胞※3などのフィーダー細胞※4がよく使用されています。また、マウス由来のES/iPS細胞では、フィーダー細胞が分泌する「LIFタンパク質※5」を添加して培養すると、フィーダー細胞を使用しなくても万能性が維持されることが分かっています。さらに、LIFタンパク質以外の因子も、ES/iPS細胞の万能性に影響を及ぼすと考えられていますが、これまで具体的な因子の特定はできていませんでした。

研究グループは、通常の細胞培養条件下でフィーダー細胞が産出するLIFタンパク質の濃度を調べ、この濃度が、ES/iPS細胞の万能性を維持するのに十分な量ではないことを発見しました。次に、LIFタンパク質以外の因子を同定するために、フィーダー細胞がある場合とない場合の双方でマウス由来のiPS細胞を培養し、その遺伝子発現結果を比較しました。その結果、17の遺伝子で発現に明らかな差があることが分かりました。また、これらの遺伝子をフィーダー細胞なしで培養したiPS細胞で過剰発現させたところ、細胞を遊走させる活性が知られているCCL2タンパク質だけが、万能性の維持に重要な転写因子の発現を亢進させる作用も持つことが分かりました。そこで、市販のCCL2タンパク質を、フィーダー細胞なしのiPS細胞へ異なるLIFタンパク質の濃度で加えて培養したところ、全ての濃度でiPS細胞の万能性が維持されることを確認しました。さらに、CCL2タンパク質の作用はLIFシグナル経路の1つを活性化することも見いだしました。

従来、CCL2タンパク質は、ケモカインの1つとして血中の特殊細胞を引き寄せる作用などが報告されていましたが、今回新たに、ES/iPS細胞の万能性を維持する機能があることを立証しました。この知見はマウスだけでなく、ヒト由来ES/iPS細胞にも応用可能であることから、将来的には再生医療をはじめとする各種医療分野に貢献することが期待されます。

この成果は、米国の科学雑誌『Stem Cells』オンライン版に近く掲載されます。

背景

万能細胞であるES細胞は、生命の萌芽ともいえる発生初期の胚を使うことから、倫理的な問題が指摘されていました。一方iPS細胞は、理論的には胚を含む全ての細胞から作製することが可能となるため、倫理的な問題を解決するだけでなく、今後ますます重要となる生命発生に関する基礎研究から再生医療といった応用研究まで、幅広い分野の強力な研究基盤となることが期待されていました。2006年8月に、京都大学山中伸弥教授を中心とする研究グループが、マウスのiPS細胞作製に関する論文を米誌「Cell」に掲載して以来、具体的な再生医療へ向けて、世界中の注目が集まっています。

一般的に、こうしたES/iPS細胞の培養には、繊維芽細胞などのフィーダー細胞を使用する培養法が利用されていますが、近年、フィーダー細胞を使用しない培養方法も報告されています。中でもマウス由来ES/iPS細胞では、分化抑制因子としてLIFタンパク質を用いた培養法が報告されており、フィーダー細胞を使用しなくても万能性の維持が実現されています。しかし、ヒト由来ES/iPS細胞では、万能性の維持と向上に有効な簡便で安価な手段が確立されていないというのが現状です。万能性の維持を保つことができないと、目的の細胞への分化誘導ができない状態となり、再生医療への転用が不可能となります。また、フィーダー細胞やヒト由来ES/iPS細胞におけるフィーダー細胞なしの培養法は、煩雑な手間を必要とし、高価であるため、簡単、高品質、高効率で万能性の維持を保つ技術開発が求められていました。

研究手法と成果

研究グループは、ES/iPS細胞の万能性について評価するために、万能性の指標であるNanog遺伝子の下流に蛍光タンパク質GFPを挿入したマウス由来のNanog-GFP iPS細胞を作製しました。この細胞は、万能性を維持した状態では緑色を発光するため、その強度を計測して万能性を定量的に評価することができます(図1)。また、通常の細胞培養条件下でフィーダー細胞が産出するLIFタンパク質の濃度をマイクロアレイ法※6で調べたところ、この濃度が、ES/iPS細胞の万能性を維持するのに推奨される濃度(1000u/ml)の40分の1ほどしかないことが分かりました。

そこで、万能性を維持するLIFタンパク質以外の因子を同定するために、作製したNanog-GFP iPS細胞を、フィーダー細胞がある場合とない場合で培養し、その蛍光強度と遺伝子発現の様子を比較しました。その結果、17の遺伝子で発現に明らかな差があり、フィーダー細胞なしの状態でこれらの遺伝子を過剰発現させると、細胞を遊走させる活性を持つことで知られているCCL2タンパク質だけが、万能性の維持に重要な転写因子であるSox2、Klf4、Tbx3、Nanog遺伝子の発現を亢進させることを見いだしました(図2)

一方、CCL2タンパク質の発現量を減少させる遺伝子操作を施した細胞を用いた実験では、これら転写因子の発現が減少することも判明しました。さらに、市販のCCL2タンパク質を、フィーダー細胞なしのiPS細胞に、異なるLIFタンパク質の濃度で添加して、その万能性を調べたところ、全ての濃度で万能性状態が維持されていることが分かりました(図3)

次に、CCL2タンパク質が作用するシグナル伝達経路を調べるために、LIFタンパク質のシグナル伝達に関わる3つの経路の因子(Stat3、MAPK、Akt)のリン酸化をウエスタンブロッティング法※7で確認したところ、CCL2タンパク質が、悪性腫瘍形成初期にしばしば制御不全となるLIFシグナル伝達経路の1つ「Jak-Stat(ジャックスタット)パスウェイ※8」を活性化することを見いだしました(図4)。従来からCCL2タンパク質は、他細胞を制御する働きが報告されていましたが、iPS細胞の万能性を維持する機能を持つことを立証したのは今回が初めてです。

今後の期待

現在、バイオ医学研究分野を中心として、再生医療に関する技術開発に世界中の注目が集まっています。今回のマウスに関する知見により、従来の技術では不可能だったヒト由来のES/iPS細胞を、CCL2タンパク質によって万能性を維持したまま培養できる可能性を見いだすとともに、多くの研究者が入手困難な実験用試料を容易に作製する技術開発に貢献すると期待されます。理研OSCでは、このCCL2タンパク質に関連する知見を公表することで、再生医療への基礎作りに役立てていきます。

発表者

理化学研究所
オミックス基盤研究領域 LSA要素技術開発グループ LSA要素技術開発ユニット
プロジェクトディレクター 鈴木 治和(すずき はるかず)
研究員 長谷川 由紀(はせがわ ゆき)
Tel: 045-503-9222 / Fax: 045-503-9216

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

このページのトップへ

補足説明

  1. ケモカイン
    Gタンパク質共役受容体を介してその作用を発現する塩基性タンパク質。白血球などの遊走を引き起こし、炎症の形成に関与する。
  2. ES/iPS細胞の万能性
    ES細胞とは胚性幹細胞(Embryonic Stem cells)の略。胚盤胞期の胚の一部に属する内部細胞塊より作られ、全ての組織に分化する分化多能性を持つ。なお、生命の開始時点である細胞を使うため、倫理的な論議も多い。一方iPS細胞とは人工多能性幹細胞(induced Pluripotent Stem Cell)の略。京都大学山中伸弥教授が2006年、世界に先がけてマウスでの作製成功を発表。なお、同研究チームが研究に採用した24の候補遺伝子は、理研OSCが公表するFANTOMデータベースから選ばれた。万能性とは、体を構成するすべての組織や臓器に分化誘導することが可能な状態を表す。
  3. 繊維芽細胞
    結合組織を構成する細胞の1つ。コラーゲン、エラスチン、ヒアルロン酸といった真皮の成分を作り出す。核小体が明瞭な楕円形の核を有し、細胞質は塩基好性を示す。
  4. フィーダー細胞
    目的の細胞の増殖や分化を起こさせるために、その培養条件を整える際用いられる細胞種を示す。ES細胞の場合はマウス胎仔由来の線維芽細胞が用いられることが多いが、実験の目的や細胞によっては多様な細胞種が使われる。
  5. LIFタンパク質
    Leukemia Inhibitory Factorの略で、ES/iPS細胞など多分化能性のある幹細胞の分化を阻止する活性があり、白血病阻害因子として用いられる。
  6. マイクロアレイ法
    塩基配列が既知の多種類の遺伝子のDNAをプローブとして、プレート上に規則正しく貼付けておく。調べたい細胞からmRNAを採取し、蛍光標識する。これをプレート上に貼付けられたDNAと反応させ、蛍光強度を読み取ることにより、mRNAの発現量を網羅的かつ定量的に調べることができる。
  7. ウエスタンブロッティング法
    電気泳動によって分離したタンパク質を膜に転写し、任意のタンパク質に対する抗体でそのタンパク質の存在を検出する手法。
  8. Jak-Stat(ジャックスタット)パスウェイ
    シグナル伝達兼転写活性化因子、略してSTAT(Signal Transducers and Activator of Transcription, Signal Transduction and Activator of Transcription)は、細胞増殖や、分化、生存などの過程を制御するタンパク質であり、シグナル伝達と転写活性化の双方において機能する分子。STATは、非活性化状態においては細胞質に存在するが、受容体と複合体の二量体化するJAKが活性化されることによってリン酸化を受け、核内へ移行して目的遺伝子を活性化する転写因子として機能する。この活性化経路はJac-Statパスウェイ(経路)と呼ばれており、この制御不全は悪性腫瘍形成の初期の過程などにしばしば見られる。

このページのトップへ

マウスNanog-GFP iPS細胞による万能性の評価の図

図1 マウスNanog-GFP iPS細胞による万能性の評価

上:万能性が維持されている状態(左)から、分化が進んで万能性が減少する様子(右)。万能性が減少するにつれて、蛍光タンパク質が発する緑色の強度が減少する。

下:緑色の強度と細胞数の関係。強度の強かった細胞が次第に減少する。この方法により、iPS細胞の万能性を定量的に評価できるようになった。

Ccl2遺伝子の強制発現による各遺伝子の発現上昇の図

図2 Ccl2遺伝子の強制発現による各遺伝子の発現上昇

Ccl2遺伝子を強制発現させることで、特にSox2、Klf4、Tbx3、Nanog遺伝子の発現が上昇した。

各LIF濃度でのCCL2タンパク質添加によるiPS細胞の万能性の向上の図

図3 各LIF濃度でのCCL2タンパク質添加によるiPS細胞の万能性の向上

CCL2タンパク質のiPS細胞に対する万能性維持能を、各LIFタンパク質の濃度でGFP発現を指標として調べた。フィーダー細胞が分泌する濃度と同等の25u/mlでは、CCL2タンパク質の添加により、iPS細胞の万能性維持が劇的に改善された。同様の効果はES細胞でも確認された。

CCL2タンパク質が作用するLIFシグナル経路の図

図4 CCL2タンパク質が作用するLIFシグナル経路

CCL2タンパク質の情報伝達経路をLIFタンパク質と比較解析した。CCL2タンパク質の添加により、リン酸化Stat3が有意に増加したことから、CCL2タンパク質はJak-Statパスウェイを活性化して情報を伝達し、iPS細胞の万能性を維持することが分かった。CCL2タンパク質を添加してもMAPKやAktのリン酸化に変化はなく、Grb2およびPI3Kパスウェイ化は観察されなかった。PI3K-Akt系パスウェイを活性化しないことはPI3K阻害剤であるLY294002を用いた実験でも確認された。

このページのトップへ