広報活動

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2012年4月27日

独立行政法人 理化学研究所

核と細胞質の間を輸送する新しい運搬体分子“Hikeshi(火消し)”を発見

-核-細胞質間輸送と分子シャペロンのシステムが初めて結びつく-

ポイント

  • ストレスを受けると正常時と全く異なる核-細胞質間の輸送システムが働く
  • Hikeshiはストレス時に介添えタンパク質分子シャペロンを核に輸送する
  • ストレス回復には分子シャペロンの核内機能が重要だと証明

要旨

理化学研究所(野依良治理事長)は、細胞の核と細胞質間でタンパク質などを輸送する新しい運搬体分子「Hikeshi(火消し)」を発見し、細胞が環境ストレス※1を受けると、正常時とは全く異なる輸送システムが働くことを見いだしました。これは、理研基幹研究所(玉尾皓平所長)今本細胞核機能研究室の小瀬真吾専任研究員と今本尚子主任研究員らによる研究成果です。

核-細胞質間輸送※2は、タンパク質やRNAなどの物質を細胞の核と核以外(細胞質)の間で往来させるシステムです。物質は、核膜にある核膜孔複合体※3を通して核と細胞質の間を往来します。イオンや分子量30kDa(キロダルトン)以下の小さな分子は、核膜孔複合体を自由に行き来しますが、それよりも大きな分子は、疎水性の性質を持つ運搬体と結合して運ばれます。正常時の細胞内では、importinβ(インポーチンベータ)ファミリー※4と総称される疎水性の運搬体分子が核-細胞質間輸送の大部分を担うと考えられていますが、ストレス時には効率よく機能しません。一方1980年頃には、Hsp70※5に代表される分子シャペロン※6がストレス時に効率よく核に移入することが知られていましたが、その生理的な役割の詳細は分かっていませんでした。

研究グループは、ヒトの培養細胞で見られるストレス時の核-細胞質間輸送を試験管内で再構築し、Hsp70を核に運ぶ運搬体分子を発見しました。これは、importinβファミリーに属さない、全く新しいタイプの運搬体分子でした。通常、ストレス要因を除くと細胞はストレス状態から速やかに回復します。しかし、この運搬体分子を除去した細胞は、ストレス要因が除かれてもストレス状態から回復しませんでした。このことから、ストレス時に分子シャペロンHsp70が核内で機能することは、細胞をストレス状態から回復させることに重要と分かりました。研究グループは、ストレス状態を火事に見立て、発見した運搬体分子がストレス状態を鎮めることから、この分子を「Hikeshi(火消し)」と名付けました。

Hikeshiの発見により、核-細胞質間輸送と分子シャペロンのシステムが初めて結びつきました。今後、その細胞機能がどのような仕組みで生体の高次機能に影響を及ぼすのかを明らかにしていきます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Cell』(4月27日号)に掲載されます。

背景

酵母やカビなどの細菌やヒトを含む動植物は、真核生物と呼ばれ真核細胞で成り立っています。真核細胞は、転写やDNA複製などの遺伝子機能の場である核と、タンパク質合成の場である細胞質で構成され、これらは2層の脂質膜からなる核膜で隔てられています。核と細胞質の間では分子が絶え間なく往来しており、細胞の生命活動の基礎となっています。この過程が、核膜に存在する核膜孔複合体を介した核-細胞質間輸送です。1995年に最初の核-細胞質間輸送の運搬体分子importinβ(インポーチンベータ)が発見されてから、そのファミリー分子の存在とそれらが担う輸送の仕組みが明らかにされてきました(図1)。現在では、importinβファミリーと総称される運搬体分子群が、正常時の細胞内で発現するタンパク質の核-細胞質間輸送の大部分を担うと考えられ、酵母からヒトまで進化的に保存された因子としても知られています。

一方、細胞が飢餓、酸化、熱などの環境ストレスを受けると、ストレス時特有の反応が作動し、例えば、正常時に働く転写や翻訳は遮断されます。この時の細胞内では、importinβファミリーは効率よく機能しません。また、変性したタンパク質の立体構造形成を助ける分子シャペロンが動員され、細胞をストレスダメージから守るという巧妙な仕組みが働きます。代表的な分子シャペロンの1つHsp70は、熱ストレス時に効率よく核に移入することが知られていましたが、その生理的重要性やその仕組みは分かっていませんでした。

研究手法と成果

研究グループは、ヒトの生きた培養細胞の熱ストレス時に見られる核-細胞質間輸送反応を試験管内で再構築し、分子シャペロンHsp70を細胞質から核に運ぶ活性を調べたところ、新しい運搬体分子を発見しました。この運搬体分子は、酵母からヒトまで進化的に保存されたタンパク質ですが、importinβファミリーに属さない新しい構造を持っていました。研究グループは、この運搬体分子がストレス時に示す細胞機能から、Hikeshi(火消し)と名付けました。

細胞が環境ストレスを受けると、異常タンパク質が生まれます。分子シャペロンHsp70は、この異常になったタンパク質の機能を回復させるために、細胞の中ではATP結合型とADP結合型に変換されます(Hsp70のATPaseサイクル)。Hsp70のATPaseサイクルには、シャペロンを補助するHsp40やHsp110などのコシャペロンの作用が必要です。Hikeshiが働く仕組みを調べるために、輸送を再構築して解析しました。その結果、HikeshiはHsp110などによりATP型に変換されたHsp70に結合し、細胞質から核にHsp70を運ぶことを突き止めました。一方、Hsp40によりADP型に変換されたHsp70から解離することが判明しました(図2)。これらのことから、分子シャペロンのシステムがHikeshiとHsp70の結合と解離を制御する全く新しい輸送システムモデルを提示しました(図3)

次に、Hikeshiを除去したヒトの培養細胞を作製し、その影響を調べました。その結果、ストレスを受けた細胞は生存できなくなることが分かりました(図4)。通常、ストレスを受けた細胞はダメージを受けますが、ストレス要因が除かれるとそのダメージが速やかに修復されてストレス状態から回復します。しかし、Hikeshiを除去した細胞では、ストレス要因が除かれてもダメージが修復されず、ストレス状態から回復しませんでした。その原因の1つは、ストレス時に核に輸送されるはずのHsp70の働きが阻害されたためです。Hikeshiという名は、このように細胞のストレス状態を鎮めるために必要でまさに、火事の時の火消しのような働きをすることに由来します。

今後の期待

分子シャペロンの機能は老化や発生、または、がんや神経疾患と密接な関係があります。今回、細胞がストレスダメージを修復してストレス状態から回復するために、分子シャペロンの核内機能が重要であることをHikeshiの発見によって初めて実証することができました。ストレス時に駆動するHikeshi輸送経路の活性化には、分子シャペロンのシステム全体が寄与すると考えられます。これまで、importinβファミリーで担われる輸送のメカニズムの重要な部分は明らかにされていると考えられていましたが、何が要因でその輸送効率が低下するのかは分かっていません。その要因を明らかにすることは、「輸送の制御」という概念に一石を投じることになります。

ストレス時に正常時の輸送がどのように低下し、また、実際にストレス時にHikeshiで担われる輸送がどのように細胞内で分子シャペロンシステムと組み合わせて働くのか、を明らかにすることはこれからの課題です。今後、この細胞機能がどのような仕組みで生体の高次機能に影響を及ぼすのかを明らかにすることを目指します。

原論文情報

  • Kose et al. “Hikeshi, a Nuclear Import Carrier for Hsp70s, Protects Cells from Heat Shock-Induced Nuclear Damage”.Cell.2012,doi:10.1016/j.cell.2012.02.058.

発表者

理化学研究所
基幹研究所 今本細胞核機能研究室
主任研究員 今本 尚子(いまもと なおこ)
専任研究員 小瀬 真吾(こせ しんご)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

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補足説明

  1. 環境ストレス
    生物が自然界から受けるストレス。細胞の場合、栄養不足、酸化ストレス、重金属、熱ストレス(温度変化)などがあり、生命活動に悪影響を与えるストレスは多様。本研究では、細胞が受けるストレスの優れたモデルケースとして熱ストレスを利用した(熱ストレスは、温度変化で速やかにストレス応答を誘引し、正常温度に戻すと速やかにストレスが解除されるという、切れのよい可逆性を持つ)。
  2. 核-細胞質間輸送
    核膜で仕切られた細胞質と核の間の選択的物質輸送。タンパク質やRNAの他に、リボソームやウイルス粒子が輸送の対象になる。細胞質から核への輸送(核内輸送)や核から細胞質への輸送(核外輸送)があり、いずれも、核膜に存在する核膜孔複合体を通して行われる。核膜孔複合体を自由に行き来できない分子は、一般に核膜孔複合体通過能を持つ運搬体分子に結合して運ばれる。運搬体分子はある場所で輸送対象と結合し、運び込む目的の場所でその対象を解離するので、濃度勾配に逆らった物質輸送が可能。
  3. 核膜孔複合体
    核膜に存在する孔を構成する総重量125MDaの巨大なタンパク質複合体。核と細胞質を往来する全ての物質の通り道となっている。通り道は疎水環境と考えられており、核膜孔複合体を通過する分子は疎水性の性質を持つ。
  4. importinβ(インポーチンベータ)ファミリー
    最もよく知られている運搬体分子の1つ。低分子量GTPaseであるRan(GTPとの結合でオン、GDPとの結合でオフの機能をはたす分子スイッチ)の作用で、運搬体と基質の結合解離が調節されている。
  5. Hsp70
    熱ショックタンパク質(Heat Shock Protein: HSP)の1つ。分子量が70kDaであるためHsp70と呼ばれる。1970年代に、個体や細胞を熱などの環境ストレスにさらすと発現上昇するタンパク質として発見されたが、1980年代半ばには、分子シャペロンとして機能すること、ミトコンドリアや小胞体などの細胞内輸送に関与することが明らかにされている。
  6. 分子シャペロン
    多様なタンパク質の適切な立体構造形成を助けるタンパク質の総称。シャペロンはフランス語で、社交界へデビューした若い女性が1人前になるのを介添えする婦人のこと。分子シャペロンは、合成途中の不安定な新生ポリペプチド鎖や熱などで変性したタンパク質が凝集することを防ぐとともに、タンパク質の膜通過、品質管理、分解などさまざまな場面で介添えタンパク質として機能する。

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運搬体分子群 Importin βファミリーによる輸送の基本メカニズムの図

図1 運搬体分子群 Importin βファミリーによる輸送の基本メカニズム

正常時に機能する運搬体分子群Importinβファミリーによる輸送の仕組み。
Importinβファミリーには、細胞質から核に輸送する核内輸送運搬体(importin)と核から細胞質に輸送する核外輸送運搬体(exportin)がある。

Hsp70のATPaseサイクルとHikeshiの結合と解離の図

図2 Hsp70のATPaseサイクルとHikeshiの結合と解離

Hsp110はADP型Hsp70をATP型に変換するコシャペロン。Hsp40はATP型Hsp70をADP型に変換するコシャペロン。Hsp70はコシャペロンの作用でATP型とADP型に変換しながら、立体構造を失った異常タンパク質を正しく折りたたんで(立体構造をもたせる)機能を回復させる。

Hikeshi輸送経路のモデルの図

図3 Hikeshi輸送経路のモデル

細胞のストレス時に、細胞質のHsp70はHsp110などのコシャペロンの作用でATP型に変換されるとHikeshiに結合する。Hikeshiに結合したATP型Hsp70は核膜孔複合体を通過して核の中に移入する。核の中で、Hsp70は別のコシャペロンHsp40などの作用でADP型に変換されるとHikeshiから解離する。ADP型Hsp70は、変性タンパク質の立体構造を再構築し、核タンパク質と相互作用してその機能を制御する。Hikeshiで核に運ばれたHsp70などの分子シャペロンの働きによって、ストレスで誘引される核内構造や機能ダメージが修復される。その結果、細胞はストレス状態から回復して生存できる。

HSF: Heat Shock Factorの略。ストレスに応答して、活性化される転写因子。熱ストレスでHsp70の転写をonにすることで同定されたが、ターゲット遺伝子はHsp70の他にも多く知られており、また、熱ストレス以外のストレスでも機能する。

正常細胞とHikeshi除去細胞のストレス要因除去後の時間変化の図

図4 正常細胞とHikeshi除去細胞のストレス要因除去後の時間変化

正常細胞:ストレス要因が除去されると細胞はストレスから回復して生存、増殖する。
Hikeshi除去細胞:Hsp70の核への移入が阻害されるため、ストレス要因を除去しても細胞はストレスから回復できずに死ぬ。

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