広報活動

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2012年7月18日

独立行政法人理化学研究所

サルの個性に脳のセロトニンが関係

-PETによる分子イメージングがヒトの社会性行動の原点を明らかに-

ポイント

  • コモンマーモセットの社会性行動のパターンに3つの特徴を発見
  • 特定の社会性行動に関わる脳領域でセロトニンが重要な働き
  • 自閉症などヒトにおけるコミュニケーション障害の病態解明に期待

要旨

理化学研究所(野依良治理事長)は、小型のサル「コモンマーモセット※1」を用いて、霊長類の個体間に見られる社会性行動の違いに、神経伝達物質セロトニンが関連していることを明らかにしました。これは理研分子イメージング科学研究センター(渡辺恭良センター長)分子プローブ機能評価研究チームの尾上浩隆チームリーダー、横山ちひろ研究員らによる研究成果です。

神経伝達物質の1つであるセロトニンは、怒り、不安、信頼感といった感情行動に作用するため、セロトニンを分泌する神経細胞(セロトニン神経)の働きの違いがヒトの性格(個性)に関連し、ヒトの社会的な行動(協調性や寛大さなど)にも関与するとされています。しかし、その詳細な神経メカニズムは分かっていませんでした。

研究グループは、非ヒト霊長類の中でも協調的な社会生活を営むなど、よりヒトに近いコモンマーモセットを用いて、ある個体が他の個体に対面した時に示す行動(社会性行動)を詳細に解析し、そのパターンが、攻撃性・不安・友好性の3種類に分類できることを明らかにしました。また、この個性と脳内のセロトニン神経との関係を明らかにするため、PET(陽電子放出断層画像法)検査※2によりそれぞれの個体の脳内セロトニン神経の活性を測定した結果、3種類の社会性行動の特性に関連する領域を大脳皮質内側面※3で発見しました。さらに、PET局所脳糖代謝※4測定法により、社会的状況の違いによる神経活動の変化を調べたところ、見知らぬ個体と対面したときに大脳皮質内側面がより活性化することや、大脳皮質内側面と他の脳領域(島皮質※5海馬※5)との機能的結合が高まることが分かりました。

大脳皮質内側面は、ヒトにおいても自分と他人の関係認知や、感情評価・制御に関わっていることが知られています。今後、社会性の形成機構とそれに対する遺伝要因や環境要因の影響、自閉症を含めたコミュニケーション障害の病態などの解明につながると期待されます。

本研究成果は、英国の科学雑誌『Cerebral Cortex』オンライン版(7月12日付け:日本時間7月13日)に掲載されました。

背景

高度な社会を発達させたヒトは、複雑な人間関係の中でも適切に対応していける資質を要求されます。円滑な日常生活を営むためには、協調性のある対人コミュニケーション能力が重要であり、その能力の欠如は社会生活に少なからず影響を与えます。自閉症などに特徴的なコミュニケーション障害は、遺伝要因や胎児のときの環境要因が関係していることが分かってきましたが、詳細な病態やメカニズムの解明には至っていません。社会的な理解や教育支援のあり方に加え、予防・治療法の確立が早急に求められているにもかかわらず、ヒトのコミュニケーション能力や社会性形成に関わる神経機構の科学的な知識は不足しています。

セロトニンは、ドーパミンやノルアドレナリンとともに脳機能に関わる主要な神経伝達物質の1つで、怒り、不安、信頼感といった感情行動に作用し、うつ病治療の主な標的分子でもあります。また、セロトニンの働きを調節する遺伝子の個体差が、協調性、支配行動、寛大さなど、ヒトの社会的な行動と関連しているという報告もあります。しかし、セロトニンが関与する神経機構がどのように社会性の形成に関わっているのかは分かっていませんでした。

研究チームは、一夫一妻の家族による子育てや、音声と視覚によるコミュニケーションなどを行うなど、ヒト以外の霊長類の中ではよりヒトに近い社会生活を営むことで知られる小型のサル「コモンマーモセット」に着目しました。2010年に研究チームは、生体を傷つけず、麻酔による影響も無い条件下で、コモンマーモセットの脳を陽電子放出断層画像法(PET)で測定することに成功しています(Yokoyama et al, Synapse, 2010 64:594-601)。これにより、自然の状態のまま、セロトニントランスポーター※6機能を繰り返し測定することが可能になりました。また、さまざまな環境条件下で、脳のどの領域の神経活動が活性化するかについても、局所脳糖代謝を指標としてPETで観察する手法を確立していました。

そこで研究チームは、コモンマーモセットが示す社会性行動と、脳内のセロトニン神経や脳活動との関連の解明に挑みました。

研究手法と成果

研究チームは、雄のコモンマーモセット12頭を用いて、各個体が見知らぬ他の1個体(それまで一度も同じケージで過ごしたことのない個体)と直接対面したときに見せる行動を観察しました。各個体について10回の新規対面を繰り返し、再現性のある行動だけを用いて因子分析※7を行った結果、それらの行動は、攻撃性・不安・友好性という3種類の特性に分類が可能で、個体ごとにどの特性をどの程度強く持つか、つまり、それぞれのコモンマーモセットの個性を定量的に記述することに成功しました(図1)

続いて、 セロトニンを取り込む膜タンパク質であるセロトニントランスポーターに選択的に結合するPETプローブを合成し、無麻酔下でPET撮像を行い、個性の異なるコモンマーモセットの間でセロトニン神経の活性部位に差があるかを測定しました。その結果、3種類の社会性行動特性と関連する脳領域が明らかになり、不安との関連性は大脳皮質内側面の前方領域(前部帯状回)に、攻撃性および友好性との関連性は後方領域(後部帯状回)に存在することを確認しました(図2)

次に、コモンマーモセットが異なる“社会的”状況に置かれたときの大脳皮質内側面の神経活動を調べるため、局所脳糖代謝を指標にしてPET撮像を行いました。具体的には、孤立状態で一晩過ごした個体を、翌朝、①独居(対照条件)②同居していた個体との対面③見知らぬ個体との対面、という3つの条件のいずれかの状況に置き、それぞれの状況下で1時間自由に活動させた直後、局所脳糖代謝を測定しました。その結果、大脳皮質内側面は、見知らぬ個体と対面するときにより活動が上昇することが分かりました。さらに、社会的状況の変化によって大脳皮質内側面と他の脳領域(島皮質や海馬)の機能的結合(functional connectivity)を変化させていました(図3)。例えば、後部帯状回と島皮質の機能的結合は見知らぬ個体との対面で高まり、一方、海馬との機能的結合は独居および同居個体との対面で高まっていました。ヒトでは、これらの領域が機能的、解剖学的に連結していることが示されており、今回、この機能的結合が社会的状況に伴って変化することを初めて示しました。

今後の期待

ヒトの社会性行動については、セロトニンとの関連が推測されていたものの、そのメカニズムは不明で、大脳皮質内側面が自分と他人の関係認知および感情評価や制御に関わることも知られていましたが、そこにセロトニンが関与するかどうかは分かっていませんでした。

今回、コモンマーモセットの社会性行動を定量化し、PETによる脳のセロトニントランスポーターの機能や神経活動の解析結果と関連づけることに成功しました。これは、ヒトで不明だった社会性の神経機構の解明につながり、ヒトやサルの社会性がセロトニンの影響を受けるという共通の仕組みによるものである可能性を示唆します。最近、コモンマーモセットを用いた個体レベルでの遺伝子組換え研究も進められており、研究チームは今後、社会性の形成に対して遺伝要因と環境要因が与える影響の検証を進めていきます。社会性形成に関わる脳内機構が明らかになれば、自閉症などのコミュニケーション障害の病態解明が期待されます。

原論文情報

  • Chihiro Yokoyama, Akihiro Kawasaki, Takuya Hayashi, Hirotaka Onoe.“Linkage between the midline cortical serotonergic system and social behavior traits: Positron emission tomography studies of common marmosets”. Cerebral Cortex, 2012, DOI: 10.1093/cercor/BHS196

発表者

理化学研究所
分子イメージング科学研究センター 分子プローブ機能評価研究チーム
チームリーダー 尾上 浩隆(おのえ ひろたか)
研究員 横山 ちひろ(よこやま ちひろ)

報道担当

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
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分子イメージング科学研究センター
広報・サイエンスコミュニケーター 山岸 敦(やまぎし あつし)
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補足説明

  1. コモンマーモセット
    南米原産の小型の霊長類。父母とその子供たちという家族単位の群れで生活し、非繁殖個体も子育てを手伝うなど協調的な社会生活を営む。高度な社会学習能力や利他行動を示すことも知られており、繁殖効率が高く取扱も容易なため、霊長類の実験動物として広く用いられている。
  2. PET(陽電子放出断層画像法)検査
    陽電子放出断層画像法(Positron Emission Tomography)による画像診断。陽電子を放出する放射性同位体を薬などの分子に組み込んで個体に投与し、体内で崩壊して放出されるγ線を測定して分子の体内分布を見る方法。陽電子放出核種である11Cや18Fなどで標識された薬剤をPETプローブという。
  3. 大脳皮質内側面
    大脳皮質内側面には、左右の大脳半球をつなぐ脳梁の直上にある「前帯状回」、「後帯状回」、前頭葉前部内側縁にある「背内側前頭前皮質」、「眼窩内側前頭前皮質」が存在する。お互いの領域同士は相互に連結し、記憶、情動、意欲、自律神経活動に関与する脳内の複数の構造物とつながっているため、大脳皮質内側面はひとつの機能的な構造物であるとも考えられている。自己に関する記憶や感情の処理・形成を担い、社会性行動において重要な役割を担っている。
  4. 局所脳糖代謝
    PETプローブとして糖類似物質である[18F]-Fluorodeoxyglucose ([18F]FDG)を用いると、脳内の糖代謝分布を測定することができる。局所脳糖代謝分布は、[18F]FDG投与直後から数十分間の局所的な脳の神経活性部位を定量化できる。
  5. 島皮質、海馬
    島皮質は、大脳側頭葉と頭頂葉下部を分ける溝(外側溝)の奥にあり、痛み、喜怒哀楽、不快感、恐怖など基礎的な感情の主観的体験に関与すると考えられている。海馬は、大脳側頭葉の内下部にあり、両側を合わせた形がギリシャ神話の海神がまたがる海馬に似ていることからこの名称が付いた。記憶の形成や想起に関与すると考えられている。
  6. セロトニントランスポーター
    セロトニンの作用を受ける神経細胞は、細胞膜上のセロトニン受容体が活性化されることで反応する。一方、セロトニンを分泌する神経細胞(セロトニン神経)は、シナプスに放出したセロトニンを細胞内に再び取り込み、再利用する。セロトニンを取り込む膜タンパク質をセロトニントランスポーターと呼び、セロトニントランスポーターと選択的に結合するPETプローブを用いてセロトニントランスポーター機能を可視化できる。
  7. 因子分析
    複数の値からなるデータの関連性を分析する統計学的手法(多変量解析)の1つで、多変量データに潜む共通因子を探るための手法。因子得点は、サンプルのその因子に影響されている度合いを示す。

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マーモセットの社会性行動には「個性」が存在

図1 マーモセットの社会性行動には「個性」が存在

12頭のオスのコモンマーモセットそれぞれについて、見知らぬ1頭との対面を10試行(10個体)繰り返し実施した。そのとき示した行動を因子分析し、攻撃性・不安・友好性の3つの行動特性を抽出した。スコアの数値は個体の「個性」を表し、例えばダイコンという名前の個体は攻撃性を最も強く示すのに対し、ワラビは最も友好的に振る舞うことを意味する。

セロトニントランスポーター機能と社会性行動が関連する脳領域

図2 セロトニントランスポーター機能と社会性行動が関連する脳領域

他個体との対面実験により異なる個性を認めたコモンマーモセットをPET検査し、セロトニン神経活性部位の分布を調べた(左写真)。PETプローブには、セロトニントランスポーターと選択的に結合する[11C]-3-amino-4-)2-dimethylaminomethylphenylsulfanyl)-benzonitrile ([11C]DASB)を用いた。結合活性と社会性行動の特性との関連を画像統計解析で調べたところ、大脳皮質内側面の後方領域(後部帯状回:右写真のaとc)の活性化は攻撃性および友好性と関連し、一方、大脳皮質内側面の前方領域(前部帯状回:同b)の活性化は不安と関連することが分かった。

社会的状況が異なる場面での脳の神経活動の変化

図3 社会的状況が異なる場面での脳の神経活動の変化

孤立状態で一晩過ごした個体を、翌朝、①独居(対照条件)②同居していた個体との対面③見知らぬ個体との対面、という3つの条件のいずれかの状況に置いて、社会的状況の変化を体験させた。この時の局所脳糖代謝を①の場合と比較すると、後部帯状回(図上:a+cで示された赤い領域)が見知らぬ個体との対面でより高い活動を示した。また社会的状況の変化は、後部帯状回の活動(図下:a+c)と、島皮質(同A)や海馬(同B)など他の脳領域の活動との関連(機能的結合)を変化させた。例えば、後部帯状回と島皮質の機能的結合は見知らぬ個体との対面で高まり、一方、海馬との機能的結合は独居および同居個体との対面で高まっていた。

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