広報活動

Print

2012年12月20日

独立行政法人理化学研究所

ヌタウナギの発生から脊椎動物の進化の一端が明らかに

-ヌタウナギの下垂体、口、鼻の起源を解明-

ポイント

  • 深海にすむ原始的な脊椎動物ヌタウナギの発生過程を初めて詳細に観察
  • ヌタウナギの下垂体が外胚葉起源であることを確認、従来の定説を覆す
  • 円口類独自の発生パターンを発見、全脊椎動物の起源となることを示唆

要旨

理化学研究所(野依良治理事長)は、深海にすむ原始的な脊椎動物ヌタウナギ※1の頭部の発生過程を詳細に観察し、各種ホルモンを分泌する下垂体が外胚葉※2起源であることを確認しました。また、円口類に独自の発生過程があることも発見しました。これは、理研発生・再生科学総合研究センター(竹市雅俊センター長)形態進化研究グループの倉谷滋グループディレクター(ならびに、神戸大学大学院理学研究科生物学専攻連携講座・教授)と、神戸大学大学院理学研究科生物学専攻の大石康博院生ら研究グループの成果です。

脊椎動物は、顎を持つ顎口類と顎を持たない円口類の2つに大きく分けられ、ヌタウナギとヤツメウナギ※3が円口類に属しています。しかし、ヌタウナギには背骨や眼のレンズがなく、しかも、他の脊椎動物では外胚葉に由来する下垂体が、ヌタウナギでは内胚葉※2に由来するという研究報告もありました。そのため、ヌタウナギが他の全ての脊椎動物より原始的であると考えられることも多く、動物学の領域では長らく謎の動物とされてきました。また、生態や繁殖行動が十分に知られておらず、人工的な繁殖が難しく、その発生を研究するのが困難でした。2007年に倉谷グループディレクターらは、実験室で日本産ヌタウナギの受精卵を得ることに世界で初めて成功し、また、2011年には、ヌタウナギに背骨の痕跡を見いだすなどの知見を得てきました。

今回研究グループは、ヌタウナギの下垂体、口、鼻など頭部の主要構造の発生過程を詳細に観察しました。その結果、ヌタウナギの下垂体が外胚葉起源であることを確認し、従来の定説を覆しました。また、ヌタウナギの胚がヤツメウナギの胚とほとんど同じ形態を持つ段階が存在することを発見し、それは、単一の鼻孔を持ち、鼻と下垂体が近接するという円口類独特の発生段階でした。

さらに、古生代の化石魚類の化石の知見を考慮したところ、今回明らかにした「円口類独特の発生過程」が、実は、顎を持つヒトやサメなど顎口類の遠い祖先にも存在していた可能性を見いだしました。つまり、この「円口類独特の発生過程」は、脊椎動物全体にとって祖先的な発生過程を反映するといえそうです。今回、脊椎動物の起源に関わる原始的な発生機構の解明により近づいたといえます。

本研究成果は、英国の科学雑誌『Nature』に掲載されるに先立ち、オンライン版(12月19日付け:日本時間12月20日)に掲載されます。

背景

脊椎動物は、ヒトやサメのように顎を持つ顎口類と、顎を持たない円口類に分けられます。現在、円口類には2つのグループがあり、一方がヤツメウナギで、もう一方がヌタウナギです(図1)。1970年代には、ヌタウナギが背骨や眼のレンズなど、いくつかの構造を欠くことを理由に、ヤツメウナギよりはるかに原始的な動物と考えられていました。また、ヌタウナギの繁殖行動はあまり知られておらず、発生学的知見もほとんどない状況であったこと、さらには「他の脊椎動物では外胚葉に由来する下垂体が、ヌタウナギでは内胚葉に由来する」という報告が過去になされたこともあって、「脊椎動物以前の原始的な動物」という考え方が定着していました。

1990年代になると遺伝子の配列から進化系統を推定する研究手法が主流となり、「ヌタウナギとヤツメウナギがやはり近縁な1つのグループを形成する」という、反対の説が再燃しました。この矛盾はこれまで解消されていませんでした。

2007年に倉谷グループディレクターらは、世界で初めてヌタウナギの受精卵を実験室内で得ることに成功し(プレスリリース:2007年3月19日)、2011年に、ヌタウナギの胚に見られるいくつかの特徴が、原始的なのではなく他の脊椎動物と同等であることを示してきました(プレスリリース:2011年6月29日)。しかし、下垂体の由来を含む頭部の発生に関してはまだ手つかずでした。頭部は、脊椎動物の体の中でも最も複雑な構造を持ち、発生過程の観察には多くの胚と時間がかかる正確な観察が必要だったためです。今回、各発生段階のヌタウナギ胚がそろい、頭部形成の全貌の理解に挑みました。

研究手法と成果

研究グループは、114~195日齢のヌタウナギ胚11個体から組織学的標本を作り、コンピューターを用いて立体復元モデルを作製しました(図2)。さらに、未分化な細胞中の遺伝子の発現を観察することにより、内胚葉や知覚器官、筋肉などの器官の基となる組織(原基)を同定しました。

研究グループは観察を進める中で、これまで内胚葉起源とされてきたヌタウナギの下垂体が、他の脊椎動物と同様に外胚葉からできることを確認しました。以前に報告されていた「内胚葉と外胚葉の境界(口ができる場所に相当)」に誤りがあったことになります。さらに、ヌタウナギの発生過程で、胚の形態がヤツメウナギの胚とそっくりになる段階が存在することを発見しました(図3)。それは、単一の鼻孔を持ち、胚の頭部の中央に鼻と下垂体の原基が前後に並び、それを基に顔面の原基が配列する、円口類独特のパターンでした。これは、2つの鼻原基と、後方に離れて下垂体原基が位置する顎口類の頭部のパターンとは本質的に異なります。

しかし、研究グループが古生代の化石魚類(セファラスピスやガレアスピスと呼ばれる甲皮類、図4)の知見をも考慮したところ、顎口類の祖先にあたるこれらの動物には、この「円口類パターン」を基に発生したと考えられるものがあることを見いだしました。これにより、今回発見した「円口類パターン」が、「全ての脊椎動物の祖先にあたる動物がかつて持っていたパターン」に相当するという可能性が出てきました。この発見により、脊椎動物の起源に関わる原始的な発生機構の解明により近づいたといえます。

今後の期待

今回、ヌタウナギという原始的な動物が、ヒトも含めた全脊椎動物の進化過程で頭部や顔がどうのように発生してきたのかという問題に大きな知見を与えます。私たちの祖先に最初に成立した発生機構はどのようなものであったのか、それがどのように変化してさまざまな動物に見られる複雑な形を獲得してきたのか―。それを知る手がかりをヌタウナギの胚の観察から得ることができました。今後、発生プログラムの中に進化の歴史を見いだすことで、発生の仕組みのより正しい理解を目指します。

原論文情報

  • Yasuhiro Oisi, Kinya G. Ota, Shigehiro Kuraku, Satoko Fujimoto, Shigeru Kuratani.
    "Craniofacial development of hagfishes and the evolution of vertebrates"
    Nature 2012 doi: 10.1038/nature11794

発表者

理化学研究所
発生・再生科学総合研究センター 形態進化研究グループ
グループディレクター 倉谷 滋(くらたに しげる)

お問い合わせ先

神戸研究推進部広報国際化室 南波 直樹
Tel: 078-306-3092 / Fax: 078-306-3090

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

このページのトップへ

補足説明

  1. ヌタウナギ
    脊椎動物の進化の初期において顎口類(がくこうるい:サメやヒトのようないわゆる「顎を持った普通の脊椎動物」)とは別の方向に進化した動物で、円口類(えんこうるい)に属する。ヌタウナギの仲間は世界中の温帯域に広く分布し、ほとんどの種類は大陸棚辺縁にかけての深海に住む。脊椎動物の起源と進化を考える上で重要な動物とされるが、その生態はまだ十分に理解されていない。
  2. 外胚葉、内胚葉
    受精卵が分裂を繰り返し、胚ができはじめると、そこにはまず、外胚葉・中胚葉・内胚葉という3種類の未分化な細胞のシートができあがる。そのうち、胚の外側に位置し、神経系の他、後の表皮に分化するものを外胚葉といい、胚の内側に位置し、のちの消化管の内壁に分化するものを内胚葉という。
  3. ヤツメウナギ
    ヌタウナギとともに円口類の一員である動物。顎(あご)がなく、ヒトが失ってしまった古い形質を残していたり、人間が獲得した新しい形質を持っていなかったりと、脊椎動物の古い歴史を知るにはうってつけの動物。

このページのトップへ

ヤツメウナギ(上)とヌタウナギ(下)の写真

図1 ヤツメウナギ(上)とヌタウナギ(下)

どちらも顎を持たない円口類。ヌタウナギは背骨や眼のレンズなど、いくつかの構造がないため、ヤツメウナギよりも原始的な脊椎動物であると考えられていた。

コンピューターを用いて組織標本から復元されたヌタウナギ胚頭部の画像の図

図2 コンピューターを用いて組織標本から復元されたヌタウナギ胚頭部の画像

青色は外胚葉、黄色が内胚葉、紫色は中枢神経(前脳の下部から飛び出しているのが眼胞〔後の眼〕)、緑色は耳胞(後の内耳)、茶色は脊索、ピンク色は体節筋に由来する部分を示す。

ヤツメウナギ(左)とヌタウナギ(右)の発生段階の図

図3 ヤツメウナギ(左)とヌタウナギ(右)の発生段階

最下段は成体の形態。中央の発生段階が最も良く似ている。赤丸が下垂体のできるところ。

無顎類化石(顎はまだないが、円口類と分かれた後の顎口類の系統に属する無顎類)の画像

図4 無顎類化石(顎はまだないが、円口類と分かれた後の顎口類の系統に属する無顎類)

A:ゼナスピス(Zenaspis
デヴォン紀初期 スコットランド産。この動物は鼻孔が1つしかなかったと一般には考えられている。また、顎を持った系統に最も近いとされるのが普通

B:ラルノヴァスピス(Larnovaspis
デヴォン紀初期 スピッツベルゲン産。鼻孔の数は不明。

C:ドレパナスピス(Drepanaspis
デヴォン紀初期 ドイツ産。鼻孔の数は不明。

※写真撮影には、パリ国立自然史博物館のフィリップ ジャンヴィエー(Philippe Janvier)教授の協力を得た。

このページのトップへ