広報活動

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2013年1月29日

理化学研究所

タバコを吸いたい気持ちを自己制御する2つの脳部位を発見

-薬物依存の発症メカニズム解明に期待-

ポイント

  • 大脳前頭前野の2つの部位の連携が、喫煙欲求を形成する
  • 喫煙可能性の状況判断は背外側前頭前野が、喫煙欲求そのものは眼窩前頭皮質が形成
  • 2つの部位の連携強化が薬物依存症に関わる可能性があり、新治療法の開発に期待

要旨

理化学研究所(野依良治理事長)は、タバコを吸いたいという欲求(喫煙欲求)が大脳の前頭前野[1]腹内側部(眼窩(がんか)前頭皮質)の活動により形成されており、さらに前頭前野の背外側面(背外側前頭前野)が喫煙に関わる状況に応じて喫煙欲求を促進していることを、機能的MRI法(fMRI)[2]および経頭蓋磁気刺激法(TMS) [3]の2つの先端技術を組み合わせた手法で明らかにしました。これは、理研分子イメージング科学研究センター(渡辺恭良センター長)分子プローブ機能評価研究チーム(尾上浩隆チームリーダー)林拓也副チームリーダーと、カナダ マギル大学モントリオール神経研究所のアラン ダガー(Alain Dagher)教授らの共同研究グループによる成果です。

喫煙欲求は、タバコを連想させる視覚刺激(他人の喫煙シーンなど)に誘発され、その欲求の強さは、その場でタバコが入手可能かどうかなど状況によって変化することが知られています。しかし、このような状況依存性の喫煙欲求の形成が脳のどこでどのように行われるのかは詳しく分かっていませんでした。

共同研究グループは、10人の喫煙者を対象として実験的に喫煙可・不可という状況をつくり、それぞれの状況で視覚刺激により誘導されたときの喫煙欲求に関わる脳の活性化部位をfMRIを用いて観察しました。その結果、喫煙欲求の強さに関わる部位として前頭前野の腹内側部(眼窩前頭皮質)を、喫煙可能状況に応じて喫煙欲求を促進する部位として前頭前野の背外側面(背外側前頭前野)を見いだしました。さらに背外側前頭前野の活動をTMSにより人為的に抑制すると、状況に依存する喫煙欲求の変化が起こらなくなることが分かりました。

これらの発見は、タバコなどの薬物に対する欲求が、前頭前野の腹側と背側の脳神経の連携により形成されていることを示します。この連携のバランスの乱れがタバコや薬物依存症の原因の1つと考えられ、今後、依存症の理解と有効な治療法の開発につながると期待できます。

本研究の一部は、厚生労働科学研究費補助金「こころの健康科学」の支援を受けて行われ、研究成果は、米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America』オンライン版に1月28日の週に掲載されます。なお、同雑誌1月28日週号のハイライト論文にも選ばれました。

背景

薬物依存症は精神疾患の1つで、「薬物の効果が切れてくると、薬物が欲しいという強い欲求(渇望)がわいてきて、その渇望をコントロールできずに薬物を使ってしまう状態」(厚生労働省ホームページより)を指します。薬物依存症の原因として、意思決定に関わる脳機能の異常が示唆されています。近年、薬物規制や入手の容易さに対する「自己認識」や薬物使用に対する「自己抑制」が、薬物への渇望にどのように影響しているかの研究が試みられていますが、その脳内機構は分かっていません。

これまでの行動学的研究から、タバコに対する喫煙欲求は、薬理学的主成分の1つであるニコチンの欠乏よりも、「自己認識:喫煙可能性の認識」や「自己抑制:禁煙治療意欲」など喫煙行動に関わる自己意識の影響を強く受けることが示されています。例えば、飛行中の禁煙を強いられる旅客機の客室乗務員は、飛行時間の長さによらず、禁煙から解放される着陸直前の期待感により喫煙欲求が著しく高まることが報告されています。一方、神経機能イメージングによる脳神経科学の研究からは、タバコの煙の視覚刺激など喫煙を想起する刺激によってさまざまな脳の部位が活性化することが見いだされています。特に、物に対する主観的な価値判断を行う前頭前野と呼ばれる部位が喫煙欲求に関わっている可能性が示唆されてきましたが、具体的な神経メカニズムは不明でした。

研究手法と成果

共同研究グループは、視覚刺激によって引き起こされる喫煙欲求が状況によって変化するとき、前頭前野の活動がどのように関わっているかを調べました。10人の喫煙者(女性3人、男性7人、平均年齢23歳)を対象に、①実験終了後すぐに喫煙できる ②実験終了後4時間は禁煙を続ける、のどちらかの状況を伝えた上で、外部から局所的な磁場をかけて神経活動を一時的に抑制するTMSを用いて、(1)前頭前野の活動を抑制する(実験群) (2)TMSを施したように装うが実際にはしない(対照群)、のいずれかの処置を行いました。この2×2の4パターンを1人の喫煙者に対して行い、喫煙シーンのある動画を見せたときの脳機能の活性化部位をfMRIで観察しました。また、このときの喫煙欲求の強さ(喫煙欲求度)を「私は今すぐタバコを吸いたい」気持ちの程度として0~10の数値で自己評価してもらいました。

実験の結果、タバコをすぐ吸える状況(上記①)では、喫煙欲求度は強かったのですが、TMSを用いて人為的に前頭前野の背外側面(背外側前頭前野)の脳神経活動を抑制すると、喫煙欲求が下がり、タバコをすぐ吸えない状況(上記②)と同じくらい低い喫煙欲求度になりました(図1)。またfMRIの観察から、喫煙欲求の強さに常に比例した活動を示す部位は前頭前野の腹内側部(眼窩前頭皮質)であること(図2A)、さらに喫煙可否の状況により活動が変化する部位が背外側面(背外側前頭前野)に位置することが分かりました(図2B)。この眼窩前頭皮質の活動は、背外側前頭前野の活動をTMSで抑制するとそれに応じて減衰し、この現象はタバコをすぐ吸える状況でより顕著に現れました(図2C)。これにより、背外側前頭前野は喫煙可能な状況の認識に基づいて喫煙欲求を促進すること、そして背外側前頭前野で認知処理された情報が眼窩前頭皮質へ送られ、喫煙欲求に対する活動を形成していることが分かりました。 (図3)

今後の期待

今回の結果から、状況に応じた喫煙欲求の促進は、背外側前頭前野と眼窩前頭皮質を結ぶ神経ネットワークの連携に基づくものであることが分かりました。これは、タバコなどの薬物依存がこのネットワークの強化によって形成される可能性を示唆します。このネットワークに注目することで、新しい薬物依存症の治療ターゲットや依存症の評価法の開発につながる可能性が示唆されます。今後、タバコを始めとする薬物依存症の神経基盤をさらに詳細に理解することで有効な治療法の開発につながると期待できます。

原論文情報

  • Takuya Hayashi, Ji Hyun Ko, Antonio P Strafella, Alain Dagher "Dorsolateral prefrontal and orbitofrontal cortex interactions during self control of cigarette craving". Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 2013, DOI:10.1073/pnas.1212185110

発表者

独立行政法人理化学研究所
分子イメージング科学研究センター 分子プローブ機能評価研究チーム
副チームリーダー 林 拓也(はやし たくや)

お問い合わせ先

分子イメージング科学研究センター
広報・サイエンスコミュニケーター
山岸 敦(やまぎし あつし)
Tel: 078-304-7138 / Fax: 078-304-7112

報道担当

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
Tel:048-467-9272 / Fax:048-462-4715
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産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 社会知創成事業 連携推進部
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補足説明

  1. 前頭前野
    脳の前側にある前頭葉の中でも、最も前方に位置する領域で、複雑な認知、行動の計画・調整、意欲、人格発現など高等動物やヒトで特に発達した高次脳神経機能の多くを担っている。前頭葉の後方には、運動前野や運動野など運動の制御に関わる領域が存在する。
  2. 機能的MRI法(fMRI)
    MRI(磁気共鳴画像法)の一種で、脳内の酸素濃度に依存して変化する信号(BOLD信号)を捉え画像化することで、脳血流や脳神経活動の変化を同定する手法。1990年代初頭に日本の小川誠二博士がBOLD信号変化の現象を発見して以来、非侵襲的にヒトの脳機能を解明するツールとして利用が拡大した。
  3. 経頭蓋磁気刺激法(TMS)
    局所的に磁場を発生する装置を用いて、非侵襲的に脳皮質の神経機能を部分的かつ一時的に抑制したり興奮させたりする手法。脳神経機能の臨床検査や脳機能の解明法として近年使用されている。

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喫煙可否の異なる状況下での喫煙欲求度のグラフ

図1 喫煙可否の異なる状況下での喫煙欲求度

1人の喫煙者に対して、4つの実験下の喫煙欲求度を測定し、それぞれの平均値をとった結果をグラフに示した。喫煙欲求度は、喫煙シーンのある動画を見たとき(視覚刺激あり)と、喫煙に関係ない動画を見たとき(視覚刺激なし)それぞれの「タバコを吸いたい」という欲求を0~10の数値で自己評価してもらい、視覚刺激あり/なしでどれだけ喫煙欲求が強まったかを比で表した。脳の神経活動を操作しない(対照群)場合は、喫煙がすぐに許可される状況の喫煙要求度が強いが、TMSを用いて背外側前頭前野の活動を抑制すると(実験群)、喫煙可否状況の違いによる喫煙要求度の差が小さくなる。

喫煙欲求度と自己制御に関わる脳機能活動の図

図2 喫煙欲求度と自己制御に関わる脳機能活動

「今すぐ吸いたい」という気持ちが強いほど活性化する部位を黄色で示す。
A:喫煙可否の状況に関わらず、視覚刺激によって生じた喫煙欲求度と相関した活動が見られた眼窩前頭皮質。
B:すぐに喫煙できる状況において欲求度とより強い関連した活動を示した背外側前頭前野。十字部は、背外側前頭前野の活動を実験的に抑制するために行ったTMSの標的部位を指す。
C:Bで示した部分をTMSで人為的に神経活動を抑制すると、喫煙欲求度に関連する眼窩前頭皮質の神経活動の低下が見られた(青色)。

今回の実験結果のまとめ

図3 今回の実験結果のまとめ

背外側前頭前野は、薬物使用に関わる状況を認知し、眼窩前頭前野が薬物使用の価値付けを処理し薬物欲求を形成する。背外側前頭前野で認知処理された薬物使用に関わる状況の情報が眼窩前頭皮質へ送られ同部位の活動を促進または抑制することで薬物の価値付けが制御される機構が作動していると考えられる。

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