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2013年2月20日

理化学研究所

“対称性の自発的破れ”に関する南部理論の適用限界を打破

-どういう場合にどれだけの「波」が生まれるかを数式で導き出す-

ポイント

  • 素粒子物理から身の回りに存在する波まで、あらゆる波の性質の予言が可能に
  • ミクロな力学からマクロな現象を導き出す森理論を南部理論に融合
  • 対称性の自発的破れの本質的な解明や、新素材の物性物理、宇宙創成の理解に貢献

要旨

理化学研究所(野依良治理事長)は、「対称性の自発的破れ」に関する南部陽一郎博士の理論(南部理論[1])の適用限界をなくし、連続対称性[2]の自発的破れに伴う自然界の「波」全体を単一の方程式で理解できる理論の構築に成功しました。これは、理研仁科加速器研究センター(延與秀人センター長)初田量子ハドロン物理学研究室の日高義将研究員による研究の成果です。

私たちの身の回りには、空気中を伝わる音波や、壁をたたくとコンコンと伝わる個体中の振動の波など、多種多様な波が存在します。これらの波は、円や球のようにどれだけ回転させても対称性を保つ「回転対称性」や、気体や液体のように分子がどこにあっても状態が変わらない「並進対称性」といった連続対称性が自発的に破れると発生し、わずかな変化を遠方まで伝えることができると考えられています。「対称性の自発的破れ」という概念は、丸テーブルの中心に立てた棒で説明できます。丸テーブルには回転対称性が存在し、棒は立っているほうが対称性の保たれている状態です。しかし、この状態は不安定で、小さな揺れがあるだけで棒はある方向に倒れて回転対称性が破れます。これが対称性の自発的破れです。南部陽一郎博士は、この概念を現代素粒子物理学に導入しました。その結果、物質の質量の起源や湯川中間子[3]の存在を説明し、その後の素粒子論や原子核理論に大きく貢献しました。

しかし、自然界には南部理論で説明できる波とは異なる性質を持つ波が存在します。例えば、磁力の起源である電子スピンの状態が磁石の中を伝搬する「スピン波」がその1つです。従来の南部理論をそのままスピン波に適用すると2種類の波が生まれるはずですが、実際には1種類の波しか観測されません。

研究室は、森肇博士が1965年に提唱したミクロな力学からマクロな現象を導き出す「森理論[4]」を南部理論の概念に融合し、あらゆる連続対称性の自発的破れを単一の方程式で理解できる新しい理論を構築しました。これにより、南部理論では説明できなかった波でも、どのように、いくつ現れるのかを予言できます。自然界の波の性質を1つの理論だけで正確に計算し説明できるため、対称性の自発的破れの本質的理解を大きく前進させるだけでなく、新素材の物性物理や宇宙創成の理解にも貢献すると期待できます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』オンライン版に近日掲載されます。

背景

私たちの身の回りには多くの種類の波が存在します。例えば、光、水面に立つ波、空気中を伝わる音の波、固体中を伝わる振動の波(フォノン)などがあります。これらの波と対称性は密接な関係にあります。光は電磁気学におけるゲージ対称性[5]によって理解されます。音の波はガリレイ対称性[6]の破れと関係し、結晶中を伝わる振動波は並進対称性の自発的破れと関係します。他にもヘリウム超流動中のフォノンや湯川秀樹博士によって提唱された湯川中間子も対称性の自発的破れにともなう量子的な波として理解されます。

「対称性の自発的破れ」という概念は、南部陽一郎博士が現代素粒子物理学に導入しました。例えば、円卓を囲む食事会で各席の間に人数分の水が置いてあるとします。右の水をとるか左の水をとるかは完全に対称です。たまたま誰かが右の水を取ると隣の人も右の水を取らなければいけなくなり、結果として全員が右の水を取ることになります。左右どちらの水でも取ることができたのに、結果として右だけが選ばれることになる、これが対称性の自発的破れを簡単に表した例です。この概念を、絶対温度0K(ケルビン)で真空状態における素粒子論へ適用した南部理論は、物質の質量の起源や湯川中間子の存在を説明し、その後の素粒子論や原子核理論に大きく貢献しました。この貢献により南部博士は2008年にノーベル物理学賞を受賞しています。

円卓の例では、対称性は右か左の2通りですが、円や球のように好きな角度だけ連続的に回転させても対称性を保つ場合があり、これを「連続対称性」と呼びます。南部理論では、連続対称性が自発的に破れると、破れた対称性の数に等しい数だけ光の速度で伝わる波(南部-ゴールドストンモード[1])が現れることを予言します。しかし、磁石の中を伝わる電子のスピン波のように、自然界に現れる波の中には南部理論で現れる波とは異なる波があることが知られています。「いったい何種類の波が、どのような仕組みで現れ、どのように伝搬するのか」という南部理論の一般化[7]を目指して、南部博士自身の近年の研究を含めいくつかの報告があります。しかし、多様な波を、ミクロな視点から、現象を単純化することなく、統一的に、マクロな現象まで、単一の計算式で理解できる理論はありませんでした。

そこで研究室は、連続対称性の自発的破れに伴って発生する波の性質を、ミクロな視点から全て説明できる理論の構築に挑みました。

研究手法と成果

例えば、磁力の起源となる個々の電子スピンが一斉に同じ方向を向いた状態である磁石を考えます。このとき、電子スピンの軸(Z軸)を中心に回転させても対称性は残りますが、軸と直交する2つの軸(X軸とY軸)の周りの回転対称性は破れています。電子スピンを棒の先にコマが付いた振り子に例えて説明します(図1~3)。重力がない宇宙空間であれば、振り子はどの方向を向くこともできますが、地球上では重力のために下を向いた状態が安定になります。この時、振り子の軸(Z軸)の周りの回転対称性は残りますが、軸に垂直な方向の運動(X軸とY軸)に関しては対称性がなくなっています(図1)。このX軸とY軸の2つは、破れた対称性の数が2であることを意味します。コマが回っていないときは、この振り子をX軸方向に押すと紙面の前後に振動し(図2左)、Y軸方向に押すと横方向に振動します(図2右)。つまり独立な振動は、破れた対称性の数と同じ2つだけ現れます。一方、コマが回転しているとき(電子スピン)は、振り子をX軸方向に押してもY軸方向に押しても同じ円運動(歳差運動)を始めます(図3)。この円運動の向きは、コマの回転方向には依存しますが振り子を押す方向には依存しません。つまりコマが回転していると、そもそも独立だったX軸方向とY軸方向の振動が互いに影響を及ぼし、1つの運動に帰着します。このような現象は、連続対称性の自発的破れに伴って現れる波にも一般的に起きますが、従来の南部理論を無理やり適用すると2種類の波の存在が予言されます。さらに、スピン波が伝わる速度も、従来の南部理論では一定となりますが、実際は振り子(電子スピン)を押す力の大きさに依存します。

日高研究員は、森肇博士が1965年に提唱した「森理論」に着目しました。森理論では、個々の粒子を表現するミクロな方程式から、近似により現象を単純化することなく、マクロな現象を表現する方程式を導き出せます。この理論では、どのような自由度(変数)を選ぶかが重要です。例えば、空気や水の波を記述する流体方程式に適用するときは、自由度として“エネルギー”、“運動量”、“粒子数”を選びます。南部理論への融合にあたっては、南部-ゴールドストンモードの候補である“場”と、連続対称性に起因した“保存電荷”[8]密度を選びました。その結果、スピン波では電子の回転に起因して1種類の波だけが生まれること、その伝搬速度は電子スピンに加える力の大きさに依存することを、単一の方程式で説明できました。これにより、南部理論で現れる波とは異なる波でも、どのようなメカニズムでいくつ現れるのかを予言できるようになりました。

今後の期待

今回構築した理論を用いると、素粒子物理や原子核物理に現れる量子的な波から、個体中を伝わる振動の波にいたるまで、自然界に存在する連続対称性の自発的破れに起因した波がどのように現れ、どのように伝わっていくかをシンプルな以下の式で説明、評価できるようになります。

1/2rank<[Qa,Qb]>
Qa, Qbは保存電荷、[ , ]は量子力学の交換関係、<  >は量子統計力学における平均、rankは行列の階数)

波の種類や速度は、物質の比熱や状態方程式、熱の輸送に強く影響します。そのため、例えば、半径が10km程度で質量が太陽ほどもある非常に重たい中性子星の内部構造やその冷却過程、あるいは、ビッグバン宇宙のごく初期のような超高温、超高密度で存在するクォークやグルーオンがバラバラになったプラズマ状態の解明にも貢献します。さらに、新しいスピントロニクス素子の材料として注目されている、内部は絶縁体だが表面が金属状態であるトポロジカル絶縁体表面に現れる波など、物性物理の理解にも役立つと期待できます。

原論文情報

  • Yoshimasa Hidaka "Counting Rule for Nambu-Goldstone Modes in Nonrelativistic Systems." Physical Review Letters. (2013)

発表者

理化学研究所
仁科加速器研究センター 初田量子ハドロン物理学研究室
研究員 日高 義将(ひだか よしまさ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  1. 南部理論、南部-ゴールドストンモード
    連続的な対称性が自発的に破れるとエネルギーの小さい波(南部-ゴールドストンモード)が現れるという理論。
  2. 連続対称性
    正方形は中心の回りに90度、180度、…と飛び飛びの回転に対して形を変えない。 このような飛び飛びの対称性を離散対称性という。一方、円はどのような角度で回転させても対称である。正方形の場合と異なり形を変えず連続的に回転できる。このような対称性を連続対称性という。
  3. 湯川中間子
    陽子や中性子の間に働く強い力を担う粒子。パイ中間子ともいう。
  4. 森理論
    森肇博士が1965年に提唱した射影演算子法を用いて微視的世界と巨視的世界をつなぐ理論。例えば、空気の分子運動(微視的世界)を記述する基本方程式から気体の流れ(巨視的世界)を記述する流体力学を導くことができる。
  5. ゲージ対称性
    時空の各点で内部対称性の目盛り(ゲージ)の取り方を変えても理論は変わらないとする対称性。素粒子物理学における基本原理。
  6. ガリレイ対称性
    異なる慣性系で物理法則が変わらないという対称性。速度が一定で揺れのない電車の中と地上では、同じ物理法則が成り立つことを意味する。
  7. 南部理論の一般化
    南部陽一郎博士自身も南部理論の適用限界の打破に取り組んでいる。また、渡辺悠樹氏(カリフォルニア大学バークレー校大学院生)と村山斉氏(東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構長) は有効場の理論を用いた方法で議論している。
  8. 保存電荷
    一般に、エネルギーや運動量など、保存できる量をまとめて保存電荷と呼ぶ。物理学において保存電荷と連続対称性には対応関係がある(ネーターの定理)。例えば、時間や空間の並進対称性が存在すると、それに対応してエネルギーや運動量の保存電荷がある。

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静止したコマの振り子の図

図1 静止したコマの振り子

Z軸周りには回転対称だが、X軸とY軸周りには回転対称でない。

コマが回転していない時の振り子の運動の図

図2 コマが回転していない時の振り子の運動

左:X軸方向に押したとき、紙面の前後に振動する。
右:Y軸方向に押したとき、左右に振動する。

コマが回転している時の振り子の運動の図

図3 コマが回転している時の振り子の運動

どちらの方向から押しても、コマの回転と逆周りの円運動に帰着する。

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