広報活動

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2013年4月25日

理化学研究所

睡眠状態を全自動で判定できる「FASTER法」を開発

-動物を用いた睡眠研究がより大規模で定量的に-

ポイント

  • 睡眠判定に人間が介入しないことで客観性が高まる睡眠判定が可能に
  • マウスの睡眠状態を90%以上の正解率で判定
  • 従来法では1~2時間要していた判定時間が10分に短縮

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、脳波[1]筋電図[2]を用いて睡眠覚醒状態を全自動で判定できる「FASTER(ファスター)法」を開発し、マウスを用いてその性能を実証しました。これは、理研発生・再生科学総合研究センター(竹市雅俊センター長)システムバイオロジー研究プロジェクトの上田泰己プロジェクトリーダー、砂川玄志郎研究生(現:生命システム研究センター合成生物学グループ リサーチアソシエイト)と徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部情報統合医学講座の勢井宏義教授、大阪バイオサイエンス研究所分子行動生物学部門の裏出良博部長、日本大学薬学部健康衛生学研究室の榛葉繁紀教授らの共同研究グループによる成果です。

人間をはじめとする多くの動物にとって、睡眠は必要不可欠な生理現象の1つです。睡眠状態は、ノンレム睡眠[3]レム睡眠[3]、覚醒の3つがありますが、これらは、脳波と筋電図の特徴的な波形によって定義されています。現在の睡眠状態の判定には人間の目視による確認が不可欠ですが、人間を介することでノイズなどの不確定なデータに対して適切に対応できる一方、判定者の主観が入ったり、一定の割合で誤判定があったり、判定に時間がかかったりなどの欠点も存在します。このため、動物を用いた睡眠研究の大規模化は困難でした。また、コンピューターを用いた半自動の睡眠判定法は存在しますが、鍵となる判定基準を人の判断に頼るなどいくつか問題があり、全自動化には至っていませんでした。

共同研究グループは、睡眠判定を自動化するための問題点を1つ1つ解決し、脳波と筋電図を用いて全自動化したFASTER法の開発に成功しました。実際にマウスを用いて性能を評価したところ、睡眠状態を90%以上の正解率で判定でき、かつ従来は判定に1~2時間を要していたものを10分程度に短縮できました。今回はマウスの睡眠判定を全自動化していますが、人間の睡眠判定も同様の問題を抱えているため、今後は人間の睡眠状態の自動判定への応用が期待できます。

本研究成果は、日本の科学雑誌『Genes to Cells』に掲載されるに先立ち、オンライン版に4月29日に掲載される予定です。

背景

多くの動物にとって、睡眠は必要不可欠な生理現象の1つです。動物の睡眠は、脳の神経活動を反映する脳波と筋肉の活動を反映する筋電図の波形にもとづいて、主にノンレム(Non-Rapid eye movement)睡眠、レム(Rapid eye movement)睡眠、覚醒の三状態に分類されます。現在の睡眠状態の判定は、最終的に脳波や筋電図の波形を人間が目視することが必要なため、判定者の主観が入ることや、一定の誤判定が生じることが避けられず、判定速度にも限界があります。また、人間が判定に関与しているため、動物の睡眠研究を大規模化できません。人間の関与を減らすために、これまでにも多くの半自動睡眠判定法が開発されてきましたが、次の4つの問題点によって全自動化は実現していませんでした。

問題点①「判定者の主観が入る」
従来の睡眠判定アルゴリズムは、あらかじめ人間が提示した模範回答を基に機械学習により判定法を学習するものが主流です。これは、判定そのものの自動化は行われますが、学習されたルールや基準に人間の主観が入ってしまいます。
問題点②「睡眠覚醒状態の境界線が特定しにくい」
脳波や筋電図のデータが特徴的な状態を自動的に判定することは容易ですが、状態と状態の境界のような特徴が乏しい状態は判定が難しく、自動判定の大きな障壁となっています。
問題点③「睡眠判定にモデルをあらかじめ規定している」
脳波や筋電図のデータから3状態に分ける際、事前にデータの分布を予測し各状態のモデルを規定しておくと、その後の分類は容易になります。しかし、分布がモデルから大きく外れると分類そのものの正確性が落ちます。このため、事前にモデルを規定するよりも、モデルを規定しない方が、様々な分布の測定データに対しても睡眠判定が可能となります。
問題点④「脳波の特徴抽出に特定の周波数領域を用いている」
動物は個体によって睡眠時に得られるデータが異なります。例えばマウスは、系統によって睡眠時の特徴的な周波数帯域が異なることが知られており、現在、主流となっている特定の周波数帯域を用いると、他の周波数帯域に大きな特徴が現れた場合の判定の精度を下げる可能性があります。

そこで共同研究グループは、これら4つの問題点を解決し、全自動の睡眠判定法の開発に挑みました。

研究手法と成果

本研究では4つの問題点それぞれの解決法を開発し、全自動睡眠判定法「FASTER法; Fully Automated Sleep sTaging method via EEG/EMG Recordings)」を完成させました。

問題点①の解決法(図1左上)
睡眠覚醒状態を判定する基準そのものは各個体間で固定化し、人間の主観が入る余地を可能な限りなくしました。一方で、判定基準を固定化すると、個体のばらつきや余計な信号(ノイズ)に対して、判定精度が低くなります。そこで、問題点②、③、④を解決することで、これらのばらつきやノイズを最大限なくすことを試みました。
問題点②の解決法(図1右上)
従来の睡眠判定法は、一定時間(エポック)における脳波や筋電図のデータが持つ特徴を定量化し、それをもとにエポック毎の睡眠判定を行うものが主流でした。しかし、特徴が明らかなものの判定は容易ですが、状態の境界線上に位置する場合は、判定が非常に困難です。そこで睡眠判定をする前に、客観的な手法によりエポックをいくつかのグループに分け、各グループの特徴から睡眠判定をすることで、境界線問題を解決しました。
問題点③の解決法(図1左下)
ノンパラメトリック密度推定クラスタリング[4]を用いることで、モデルを必要としない分類を導入しました。これにより、いかなるデータ分布であっても限局した数のグループに分けられるため、未知のデータ分布の個体や系統であっても、分類が可能になりました。
問題点④の解決法(図1右下)
睡眠判定には脳波の周波数成分を用いますが、現在主に使われている代表的な周波数帯域だけではなく、記録している全周波数帯域を用いました。特定の周波数帯域だけを用いないため、エポック毎の情報量が大幅に増加しますが、主成分分析という解析法を用いることで特徴的な情報を効率よく抽出し計算を行いました。

次に共同研究グループは、FASTER法の性能をマウスの実験により評価しました。野生型のマウスの脳波と筋電図を用いて、従来の方法で熟練者が判定した睡眠覚醒状態を模範回答としてシミュレーションを行い、FASTER法に関わるパラメータを最適化しました。こうして完成したFASTER法を用いて薬物で人為的に睡眠覚醒状態を変容させたマウスや体内時計を司る時計遺伝子を欠損させたマウスの睡眠覚醒状態を解析したところ、90%以上の正解率を得ることに成功しました(図2)。さらに、マウス1匹の24時間の睡眠状態を一般的なノートPCを用いて10分で求めることができました。これは、従来法の場合では約1~2時間の解析時間を必要としていたのに比べると、大幅な時間短縮となります。

今後の期待

FASTER法は、睡眠判定過程を全自動化するだけではなく、睡眠判定の正解率および判定速度の両面においても実用的な手法であるといえます。この手法を用いると動物を用いた睡眠研究が大規模化し、定量的かつ包括的な研究分野へ発展すると期待できます。

また、脳波と筋電図から睡眠判定を行うのはマウスだけではありません。人間の睡眠判定も同様な方法で行われており、主観性や判定速度に関しても同様の問題を抱えています。人間はマウスと比べると睡眠状態の種類が多く得られるデータ量も多いため、本手法を応用することで、高い精度の全自動睡眠判定が可能になると期待します。

原論文情報

  • Genshiro A. Sunagawa, Hiroyoshi Séi, Shigeki Shimba, Yoshihiro Urade and Hiroki R. Ueda. "FASTER: an unsupervised fully automated sleep staging method for mice". Genes to Cells, 2013.

発表者

理化学研究所
発生・再生科学総合研究センター センター長戦略プログラム システムバイオロジー研究プロジェクト
プロジェクトリーダー 上田 泰己 (うえだ ひろき)

生命システム研究センター 細胞デザインコア 合成生物学研究グループ
リサーチアソシエイト 砂川 玄志郎 (すながわ げんしろう)

お問い合わせ先

発生・再生科学総合研究センター 広報国際化室 南波直樹
Tel: 078-306-3092 / Fax: 078-306-3090

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 社会知創成事業 連携推進部
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補足説明

  1. 脳波
    頭皮上あるいは頭蓋骨におかれた電極から検出したその下に存在する神経細胞集団の電気的な変化の総和。脳の活動を包括的に評価するために用いられる。
  2. 筋電図
    筋肉の収縮に伴う電気的な変化の総和。動物が動いているかどうかの判定に用いられる。
  3. ノンレム睡眠、レム睡眠
    レム(REM)とは、急速(Rapid)眼球(Eye)運動(Movement)の頭文字をとったもので、眼球運動の測定により検出される。レムがみられる睡眠がレム睡眠で、みられないのがノンレム睡眠。どちらの睡眠時にも特徴的な脳波波形が観察されることがしられている。
  4. ノンパラメトリック密度推定クラスタリング
    特定のサンプリングデータが与えられた時に、全空間における密度を推定し、密度が高いところを一つのグループとして分類する手法。

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問題点とその解決法の概念図

図1 問題点とその解決法(概念図)

問題点①の解決法
判定者の主観を可能な限り減らすために、最終的な判断基準は固定化した。
問題点②の解決法
状態と状態の間にあるようなエポックは境界線が引きにくいが、客観的な方法でエポックを数個のグループに分けておき、各グループの定量化したデータの特徴から睡眠判定をした。
問題点③の解決法
モデルを規定しない分類方法を用いることで、個体による分布の違いを考慮する必要が無くなった。
問題点④の解決法
従来の睡眠判定では、デルタ波やシータ波など特定の周波数帯域の脳波だけで睡眠判定を行う例が多かったが、本手法では全ての帯域を用いた。
FASTER法の適応例の図

図2 FASTER法の適応例

FASTER法によって判定した睡眠覚醒状態(実線)と熟練した判定者が判定した睡眠覚醒状態(破線)との比較。夜行性であるマウスは明期に睡眠時間が多いが、明期に睡眠覚醒状態を変容させる薬剤モダフィニルを腹腔内投与したところ、人間による判定、FASTER法による判定、ともに覚醒時間が増えることが確認された。

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