広報活動

Print

2013年6月27日

独立行政法人理化学研究所
国立大学法人東京大学大学院新領域創成科学研究科
学校法人青山学院
公益財団法人高輝度光科学研究センター

放射光でキラル物質の3次元透視を実現

-機能を左右する物質の利き手の違いをレントゲン的に識別-

ポイント

  • 大型放射光施設SPring-8で物質の利き手を可視化するX線顕微鏡システムを開発
  • キラル物質の内部結晶組織をミクロンスケールで3次元観察
  • 物質の利き手をそろえて結晶化させる技術の開発に新しい道筋

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)、東京大学(濱田純一総長)、青山学院大学(仙波憲一学長)と高輝度光科学研究センター(土肥義治理事長)は、放射光X線を利用してキラル物質の内部結晶組織をミクロンレベルで可視化する技術を開発しました。これは、理研放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)量子秩序研究グループ スピン秩序研究チームの大隅寛幸専任研究員、高田昌樹グループディレクターと、東京大学大学院新領域創成科学研究科の有馬孝尚教授(スピン秩序チーム チームリーダー)、青山学院大学理工学研究科の高阪勇輔研究支援者、秋光純教授らを中心とした共同研究グループによる成果です。

キラルはギリシャ語の「手」に由来することばで、手のように鏡に映すと左右が入れ替わる物質のことをキラル物質といいます。私たちの体を構成するさまざまな糖やアミノ酸もキラル物質であるため、利き手が一致して握手できることが正常な代謝にとって重要です。例えば、昆布などに含まれる天然のグルタミン酸ナトリウムは左利きでうま味を感じさせますが、人工的に合成すると左利きだけでなく苦味を感じさせる右利きのグルタミン酸ナトリウムも生成されてしまいます。そのため、医薬品や食品添加物の用途では、有用な利き手だけを分離精製することが必要です。ところが、分離精製に使用する試薬やフィルターもまたキラル物質であり、有用な利き手を連鎖をさせる必要があるため多大な手間とコストがかかります。利き手がそろったキラル物質の純良結晶が育成できれば、この分離精製にかかる手間とコストを大幅に低減できるため、その技術の開発が期待されています。しかし、水溶液にして右利きと左利きの割合を調べる従来の方法では、結晶内部のどの部分が右利きでどの部分が左利きか調べることができず、結晶成長機構の理解も進んでいませんでした。

共同研究グループは、この問題を解決するため、大型放射光施設SPring-8[1]で物質の利き手の違いを可視化するX線顕微鏡システムの開発に取り組みました。その結果、三塩化セシウム銅(CsCuCl3)というキラル物質中に混在した右利きと左利きの内部結晶組織を3次元観察することに成功しました。

本研究成果は、キラル物質の結晶成長機構の理解を通して、医薬品や食品添加物さらにはスピントロニクス材料の製造技術を飛躍的に向上させることが期待できます。さらに、長い間生物において謎とされてきた「生命ホモキラリティー[2]」の起源にも新しい知見を与える可能性があります。

本研究成果は、ドイツの科学雑誌『Angewandte Chemie International edition』への掲載に先立ち、オンライン版に近日中に掲載されます。

背景

キラル物質には、原子配列や分子の形が互いに鏡像の関係にある右利き、左利きの双子が存在します。キラル物質を合成すると、特別な準備をしない限り右利き、左利きは均等に生成されます。また、密度や沸点といった物理的性質が同じであるため、キラル物質の利き手を識別(キラル識別)するのにも特別な工夫が必要です。一方、私たちの体に必須なさまざまな糖やアミノ酸にも利き手が存在します。しかし、不思議なことに生物に含まれる糖やアミノ酸は、片方の利き手しか持ちません。この謎は生命ホモキラリティーと呼ばれ、いまだ解明されていません。また、薬として効能のある化合物でも、その反対の利き手だと人体に悪影響を及ぼす毒になる例があります。昆布などに含まれる天然のグルタミン酸ナトリウムは左利きでうま味を感じさせますが、人工的に合成すると左利きだけでなく苦味を感じさせる右利きのグルタミン酸ナトリウムも生成されてしまいます。このように生体にとって利き手の違いを見極めることは大変重要です。そのため、医薬品や食品添加物の用途では、有用な利き手だけを分離精製する必要があります。ところが、分離精製に使用する試薬やフィルターもまたキラル物質であり、有用な利き手を連鎖をさせる必要があるため多大な手間とコストがかかります。うまく条件を整えて利き手が揃った純良結晶を育成することができれば、分離抽出にかかる手間とコストを大幅に低減できると期待されます。しかし、水溶液中に含まれるキラル物質の利き手の割合を調べる従来の方法(図1)では、結晶内部のどの部分が右利きでどの部分が左利きかを知ることができず、結晶成長機構の理解も進んでいませんでした。さらに、キラル電子材料の可能性が最近注目され始めており、金属や半導体のキラル識別や純良結晶育成技術の重要性が今後急速に増すものと予想されています。

研究手法と成果

共同研究グループは、キラル物質の内部結晶組織を観察するために、X線の物質を透過する能力とキラルな円偏光[3]状態に着目しました。X線を利用したキラル識別としては、これまでにも異常分散[4]を利用した原子配列の評価が行われていましたが、試料の内部組織を観察することはできませんでした。本研究では、X線を照射する範囲を制限することにより空間分解能を高め、左右円偏光で異なるX線反射率を測定することにより簡便にキラル識別を実現しようと試みました。

実際に、大型放射光施設SPring-8のビームラインBL39XUにおいて集光された円偏光X線をプローブとする走査型顕微鏡を構成し(図2)、キラル磁性体である三塩化セシウム銅(CsCuCl3)結晶中にある利き手の組織形態を観察し、3次元かつミクロンレベルで可視化することに成功しました。深さ方向の情報は、X線の侵入深さを変えた測定を繰り返すことで得ることができます。観察された組織形態の特徴から、この物質の利き手がそろった純良結晶を析出(自然分晶)させる指針が得られました。このように、キラル物質の組織形態を直接観察できたのは初めてです。

今後の期待

すでにキラル物質を作り分ける不斉合成が数多く実用化されていますが、自然分晶による分離・精製が実現できれば、製造コストの大幅な低減が期待できます。一方、イオン性物質などの結晶成長時にキラリティー[5]を獲得する物質は、自然分晶によってだけ分離・精製が実現します。キラリティーが存在する環境下では電子の持つ電荷とスピンの自由度が結合するため、キラリティーを持つ金属や半導体はスキルミオン[6]を活用するスピントロニクスデバイスの材料として大きな可能性を持っています。また、生命ホモキラリティーの起源に自然分晶が関わっているとする学説もあります。キラル物質の内部結晶組織の可視化技術は、学術的にも産業的にも重要な自然分晶機構の解明に大きく貢献するものと期待できます。

原論文情報

  • H. Ohsumi, A. Tokuda, S. Takeshita, M. Takata, M. Suzuki, N. Kawamura, Y. Kousaka,J.Akimitsu, and T. Arima.“Three-Dimensional Near-Surface Imaging of Chirality Domains with Circularly Polarized X-rays”.Angewandte Chemie International Edition,2013, doi:10.1002/anie.201303023 and 10.1002/ange.201303023

発表者

理化学研究所
放射光科学総合研究センター 利用技術開拓研究部門 量子秩序研究グループ スピン秩序研究チーム
チームリーダー 有馬 孝尚 (ありま たかひさ)
専任研究員 大隅 寛幸 (おおすみ ひろゆき)

お問い合わせ先

放射光科学研究推進室
Tel: 0791-58-0900 / Fax: 0791-58-0800

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
お問い合わせフォーム

産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 社会知創成事業 連携推進部
お問い合わせフォーム

このページのトップへ

補足説明

  1. 大型放射光施設SPring-8
    兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高強度の放射光を生みだす理化学研究所の施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring 8 GeVに由来する。放射光とは、電子を光速とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く絞られた強力な電磁波のこと。
  2. 生命ホモキラリティー
    地球上の生命体を形成する糖やアミノ酸として片方の鏡像異性体のみが独占的に存在していること。
  3. 円偏光
    右回りで進む右円偏光と左回りで進む左円偏光は互いに鏡像の関係にある。
  4. 異常分散
    原子散乱因子がX線のエネルギーに依存する現象。原子散乱因子が複素数になるようにX線のエネルギーを選ぶことで、鏡像異性体に非対称な結晶構造因子を持たせ、識別することが可能になる。
  5. キラリティ-
    鏡像が自分自身と重ならない性質のこと。
  6. スキルミオン
    渦状の模様を形成しているスピンの集団構造のこと。

このページのトップへ

一般的なキラル識別法

図1 一般的なキラル識別法

水溶液に光を透過させ偏光面がどれだけ回転したかを測定することで、水溶液中に存在するキラル物質の利き手の割合を評価することができる。水溶液にするとキラリティーが失われてしまう物質や光を透過しない固体物質には適用できない。また、透明で光が透過できても、固体状態になると別の要因(線二色性と線複屈折)が偏光面を大きく変化させてしまうので、偏光面の回転角からキラル物質の利き手の割合を評価することは大変難しいとされている。

走査型X線顕微鏡の図

図2 今回開発した走査型X線顕微鏡

直線偏光した高輝度X線を1/4波長板で円偏光に変換したのち、カークパトリック-バエズ(K-B)ミラーでミクロンレベルまで集光する。生成された円偏光X線マイクロビームで試料を走査し、キラル物質の内部結晶組織を拡大観察することができる顕微鏡である。

このページのトップへ