広報活動

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2015年2月17日

理化学研究所

筋肉を動かすカルシウムは筋肉を作る指令役も担う

-カルシウム枯渇の指標となる多層化した小胞体膜構造を発見-

要旨

理化学研究所(理研)中野生体膜研究室の中西慶子 元協力研究員(現 理研小林脂質生物学研究室協力研究員)、森島信裕 元専任研究員(現 理研小林脂質生物学研究室専任研究員)らの研究チームは、マウスの筋芽細胞内の小胞体[1]と呼ばれる細胞小器官[2]を観察し、小胞体内カルシウム濃度の低下が骨格筋形成前に起こり、筋分化のシグナルとして働くことを見いだしました。

哺乳類の骨格筋[3]は筋繊維細胞の束で構成されています。筋繊維細胞は、数多くの筋芽細胞が繰り返し細胞融合を起こして1つになった多核細胞です。筋芽細胞の融合には、遺伝子発現の変化とそれに応じたタンパク質発現の変化が必要です。遺伝子発現の変化は筋芽細胞外からのシグナルを受け取ることによって開始されますが、研究チームは細胞内でも小胞体からシグナルが発信され、筋分化を制御していることを発見していました。小胞体がシグナルを発信するのは小胞体内がストレス環境(小胞体ストレス[4])にある時です。小胞体ストレスはさまざまな原因で起こりますが、筋芽細胞内でどのような変化が起こり、小胞体ストレスを引き起こしているかは不明でした。

研究チームは、筋芽細胞から骨格筋が形成される過程で小胞体に生じる形態的な変化を蛍光標識によって観察しました。その結果、小胞体が部分的に変形して球やリング状に見える特殊な構造が一過的に形成されることを発見しました。研究チームはこの構造をSARC体[5](Stress Activated Response to Calcium depletion body)と名付けました。SARC体を解析したところ、小胞体内のカルシウムが枯渇することによって形成されることが分かりました。小胞体内のカルシウム枯渇は小胞体ストレスの主な原因の1つです。また、小胞体からカルシウムを放出するタンパク質のチャネル[6]をふさいでカルシウム枯渇を防ぐとSARC体はできず、小胞体ストレスが見られなくなり、筋繊維細胞の形成も起きなくなりました。骨格筋の収縮はカルシウムが小胞体から放出されたり、再び取り込まれたりすることで制御されています。つまり、小胞体からのカルシウム放出は筋肉を動かしているだけではなく、筋肉を作るためのシグナルとしての役割も担うことになります。この研究成果は、筋芽細胞におけるカルシウム濃度を人為的に制御することによって骨格筋形成を促進する方法の開発にもつながる可能性があります。

本研究成果は、米国の科学雑誌『The FASEB Journal』オンライン版(2月12日付け)に掲載されました。

背景

細胞小器官の1つ小胞体内では、細胞表面にある膜タンパク質や細胞外に分泌されるタンパク質が作られています。また、小胞体はカルシウムの貯蔵器官であり、カルシウムを放出することにより細胞内のカルシウム濃度の調節を行っています。

正常な立体構造を持つように正しく折り畳まれなかった異常タンパク質や、部分的にほどかれた状態の異常タンパク質が小胞体内に蓄積すると、小胞体の機能が低下した「小胞体ストレス」と呼ばれる状態が発生します。小胞体ストレスが生じると小胞体膜上のセンサータンパク質が働き、細胞はすかさず遺伝子発現調節やタンパク質翻訳調節[7]を行って恒常性を保ちます。

小胞体ストレスは小胞体で作られるタンパク質に変異が生じているときや、合成量が非常に多いときに起こりやすく、また、酸化ストレス、ウイルス感染、小胞体内カルシウム濃度の低下などの要因でも起こります。これまでに明らかになっている小胞体ストレスは、ほとんどの場合、病的な状態にある細胞で見られるものでした。

哺乳類の骨格筋は筋繊維細胞の束で構成されています。筋繊維細胞は、数多くの筋芽細胞が繰り返し細胞融合を起こして1つになった多核細胞です。研究チームは以前、筋芽細胞が細胞融合する前に小胞体ストレスが生じている証拠[8]を見つけました。しかも、小胞体ストレスに応答して起こる遺伝子発現調節を阻害すると筋分化が進まなくなることも発見しています注)。これは、正常な筋分化過程において小胞体ストレスが必要であることを示唆しています。しかし、筋芽細胞内で小胞体ストレスがどのようにして生じるかは不明でした。

注)2005年5月23日プレスリリース「筋肉組織の構築に細胞ストレスが必要なことを発見」
2007年4月16日プレスリリース「細胞内ストレスを利用して収縮する筋細胞を作る」

研究手法と成果

研究チームは、マウスの筋芽細胞から筋肉が形成される過程で小胞体に生じる変化を観察しました。筋芽細胞の小胞体膜を蛍光物質で標識すると特徴的な網目構造が可視化されます(図1A)。筋芽細胞を分化誘導培地に置くと、細胞が同じ向きに整列し、次いで細胞融合が起こります。細胞融合の直前になると網目構造に加えて、小胞体が部分的に変形して球やリング状に見える特殊な構造が生じることを発見しました(図1B)。

この構造は細胞融合が進んでもしばらくの間存在していましたが、核を10個程度含む多核細胞になる頃から徐々に小さくなり、やがて検出できなくなりました。また、今回発見した構造体は、小胞体からカルシウムが細胞質基質へ放出されて小胞体内のカルシウム濃度が低下すると生じることが示唆されました。そこで、小胞体カルシウムの出口となっているカルシウムチャネルをふさぐ薬剤で筋芽細胞を処理したところ、構造体は形成されず、細胞融合の前に生じるはずの小胞体ストレスも見られなくなり、細胞融合も起こらなくなりました(図2)。従って、筋分化過程の進行には小胞体内カルシウム枯渇が必要だと考えられました。

この結果は、正常な筋分化過程にとって必要な小胞体ストレスが、小胞体内のカルシウム濃度低下に依存していることを示しています。小胞体内にカルシウムを取り込んでいるポンプタンパク質を阻害すると、カルシウム濃度が徐々に低下して数分の一以下になり、やがて枯渇状態になります。筋芽細胞をポンプ阻害剤で処理したところ、筋分化過程で見られた小胞体の特殊な構造に非常に似たものが形成されました(図1C)。そこで、筋分化過程で生じる構造体をSARC(Stress Activated Response to Calcium depletion=カルシウム枯渇によるストレスが引き起こす応答)体と名付けました(図3)。

SARC体はマウス胎仔の骨格筋形成過程においても観察されました。このSARC体を電子顕微鏡で観察したところ、小胞体膜が多層化し、“タマネギ”の葉(鱗茎)の重なりに似た同心球状の構造をしていることが分かりました(図3写真)。

研究チームは以前、小胞体ストレスが筋分化の進行にとって必要なことを示しています。今回の成果は、小胞体内カルシウムの枯渇が小胞体ストレスの原因であることを示唆しています。これは筋分化過程において小胞体内カルシウムの枯渇が生理的な現象としてプログラムされていることを意味します(図4)。

骨格筋の収縮はカルシウムが小胞体から放出されたり、再び取り込まれたりすることで制御されています。従って、小胞体のカルシウムは筋肉を動かしているだけではなく、筋肉を作るためのシグナルを発信する役割も担うことになります。

今後の期待

筋分化過程において、あらかじめプログラムされたカルシウム枯渇が起こるメカニズムを解明すれば、筋分化の制御機構がより詳細に理解できるようになります。従来の細胞内カルシウム研究においては、細胞質基質のカルシウム濃度が上昇し、カルシウム結合タンパク質[9]を活性化させる現象に主な焦点が当てられてきました。本研究によって見つかった現象は、小胞体内カルシウム濃度の減少が小胞体ストレスを生み、シグナル発信のきっかけになっている点に特徴があります。今後は、通常はカルシウムによって活性が抑制されているタンパク質が、筋分化過程でカルシウム濃度が減少したときにどのような生理的機能を果たすのかも注目されることでしょう。また、筋芽細胞内の小胞体内カルシウム濃度を人為的にコントロールすることができれば、筋芽細胞の融合を促進させて筋肉作りの効率を上げることにつながります。これは病気や高齢化などに伴う筋萎縮の予防や改善にも役立つ可能性があります。

原論文情報

  • Keiko Nakanishi, Kisa Kakiguchi, Shigenobu Yonemura, Akihiko Nakano, and Nobuhiro Morishima, "Transient Ca2+ depletion from the endoplasmic reticulum is critical for skeletal myoblast differentiation", The FASEB Journal, doi: 10.1096/fj.14-261529

発表者

理化学研究所
主任研究員研究室 小林脂質生物学研究室
協力研究員 中西 慶子 (なかにし けいこ)
専任研究員 森島 信裕 (もりしま のぶひろ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  1. 小胞体
    細胞小器官の1つで、膜タンパク質、分泌タンパク質、脂質が合成される場。合成されたタンパク質は特異的な立体構造(三次構造、四次構造)を形成した後、次の目的地であるゴルジ体に運ばれる。小胞体は細胞内のカルシウム貯蔵場所であり、細胞質基質の1,000~10,000倍の濃度(およそ1 mM)のカルシウムを含んでいる。そのカルシウムを細胞質基質に放出することで細胞質基質にあるカルシウム結合タンパク質([9]参照)を活性化し、筋収縮を含むさまざまな反応を起こす。
  2. 細胞小器官
    真核生物の細胞内にあり、膜で囲まれ特異的な機能を持つ構造物。小胞体の他に、核、ミトコンドリア、リソソーム、ゴルジ体、葉緑体などがある。英名から転じてオルガネラとも呼ぶ。
  3. 骨格筋
    動物の体には主に3種類の筋肉があり、意識して動かすことができ、運動器を構成する骨格筋と自分の意思によって動かせない心筋、平滑筋(血管、消化管など)に分類される。このうち、骨格筋のみが骨格筋前駆細胞(筋芽細胞)の融合によって作られ、大きなものでは数千の核を持つ多核細胞となる。
  4. 小胞体ストレス
    小胞体内で作られたタンパク質の立体構造がうまく形成されなかったり(ミスフォールディング)、構造が壊れたりする(アンフォールディング)場合がある。このようなタンパク質が小胞体内に蓄積した状態を小胞体ストレスと呼ぶ。立体構造形成不全を起こしたタンパク質は凝集しやすく、また、立体構造形成をアシストするタンパク質群を動員してしまうため、細胞にとって負担になるとされている。
  5. SARC体
    研究チームが名付けた小胞体膜由来の特殊な構造。SARCの名前はStress Activated Response to Calcium depletion(カルシウム枯渇によるストレスが引き起こす応答)を略したもの。ちなみに英語の接頭辞sarcは筋肉を表す。
  6. カルシウムを放出するタンパク質のチャネル
    小胞体から放出されるカルシウムの主な通り道となるのはイノシトール三リン酸(IP3)レセプターとリアノジンレセプターである。前者は細胞質基質で生じるIP3により、後者はカルシウムイオンによって開口し、カルシウムを放出する。骨格筋前駆細胞では前者の存在量が多く、筋細胞においては後者が増加する。筋収縮におけるカルシウム放出は主に後者の働きによる。
  7. タンパク質翻訳調節
    遺伝子発現調節がDNAからmRNAをはじめとするRNAが転写される量や効率の変化を指すのに対し、mRNAが翻訳されてタンパク質がつくられる過程の量や効率の変化を翻訳調節と呼ぶ。
  8. 小胞体ストレスが生じている証拠
    小胞体ストレスは小胞体膜上にある3種類のストレスセンサータンパク質に感知され、それぞれが転写調節あるいは翻訳調節を行って細胞防御と恒常性の維持を行う。ストレスセンサーの活性化(リン酸化やプロセシング)の検出、あるいは転写調節により増加するタンパク質の定量を行うことによって小胞体ストレスの発生を容易に知ることができる。
  9. カルシウム結合タンパク質
    細胞質基質のカルシウム濃度が上昇すると、カルモデュリンをはじめとするカルシウム結合タンパク質が活性化され、種々の細胞応答が引き起こされる。筋肉においてはトロポニンC(CはカルシウムのC)を活性化させて筋収縮を起こす。小胞体内にあって新生タンパク質の立体構造形成をアシストしているタンパク質の中にはカルシウムを必要とするものがあり、カルシウムの枯渇は立体構造形成の阻害要因となる。

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筋芽細胞における小胞体膜構造の変化の図

図1 筋芽細胞における小胞体膜構造の変化

マウス筋芽細胞の小胞体を小胞体特異的蛍光染色試薬(ER Tracker)によって可視化した(A)。筋分化誘導時(B)、小胞体カルシウムポンプ阻害時(C)には、増殖時には見られない小胞体の球状構造が出現する。

筋分化における小胞体内カルシウム枯渇の重要性の図

図2 筋分化における小胞体内カルシウム枯渇の重要性

上段左:分化誘導時における小胞体体特異的蛍光染色試薬(ER Tracker)で可視化した画像。細胞整列から細胞融合の間に球状構造が形成される。

上段中:小胞体ストレスに応答して発現する転写因子CHOPの免疫染色像。分化誘導2日目に約7割の細胞の核中にCHOPが現れる。

上段右:分化後期(分化誘導後約1週間)において多数の筋管(筋繊維のもととなる多核細胞)が観察されるようになる。

下 段:Ca2+チャネルを阻害すると、球状体の形成、CHOPの誘導、筋管形成の全てが抑制される。

小胞体内カルシウム枯渇誘導とSARC体形成の図

図3 小胞体内カルシウム枯渇誘導とSARC体形成

小胞体の中には高濃度のカルシウムが貯蔵されている。カルシウム濃度が低下すると小胞体が変形し、SARC体が形成される。右の写真はSARC体の電子顕微鏡像。小胞体膜が同心円のように多層化している様子が分かる。

筋分化過程における小胞体内カルシウム枯渇と小胞体ストレスの図

図4 筋分化過程における小胞体内カルシウム枯渇と小胞体ストレス

筋芽細胞が融合する前の段階で小胞体内のカルシウム濃度低下が起こる。それによって小胞体ストレスが生じ、細胞内のストレス応答シグナル系が起動する。これは筋肉形成にとって必要なステップであり、カルシウム枯渇は筋分化制御にとって重要なプログラムされた現象であることを示唆する。

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