広報活動

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2015年6月8日

理化学研究所
東京工業大学

非対称な光学迷彩装置を理論的に実証

-光を自在に曲げることで物体を見えなくする理論-

要旨

理化学研究所(理研)理論科学研究推進グループ階層縦断型基礎物理学研究チームの瀧雅人研究員と東京工業大学量子ナノエレクトロニクス研究センターの雨宮智宏助教と荒井滋久教授らとの共同研究チームは、非対称な光学迷彩を設計する理論を構築しました。

光学迷彩は、光を自在に曲げる装置を設計、開発することで、物体や人を光学的に見えなくする技術です。これまで様々な理論的提唱や実験的な確認がなされてきました。しかし、光学迷彩装置は向かってくる光を迂回させることで、装置自体を見えなくしています。したがって、装置内に入射する光がなく、装置内からは外部を見ることができませんでした。このように、これまでの原理では外部からも内部からも見えないという“対称的”な振る舞いを示す光学迷彩装置しか作ることができませんでした。そこで共同研究チームは、光に仮想的にクーロン力[1]ローレンツ力[2]を働かせる光学迷彩装置を提唱し、それにより光がその進行方向に対して非対称になっているような状況を理論的に実現しました。高校で学習するフレミングの左手の法則からわかるように、磁場が電子に及ぼす力の向きは、電子の進行方向を反転させることにより逆向きとなります。そこで同様の働きをする力を、光に仮想的に作用させることのできる光学迷彩装置を設計しました。それにより逆方向から入射した光が、全く異なる曲がった光路をたどることができるようになりました。この理論は、外部からは見えないが、内部からは外部を見ることができる、“非対称”な光学迷彩を可能にします。

本研究は、米国の科学雑誌『IEEE Journal of Quantum Electronics』に掲載され、2015年3月/4月号の表紙に選ばれました。

背景

光学迷彩は、光を自在に曲げる装置を設計、開発することで、物体や人を光学的に見えなくする技術です。最近では、メタマテリアル[3]と呼ばれる人工素材が注目されており、その特異な光学的性質を用いた、いわゆる透明マントのような光学迷彩装置の研究が進められています。2006年にPendryらやLeonhardtのグループによって、最初に光学迷彩装置の設計方法が理論的に提案されました注)。この論文では、曲がった空間の電磁気学と異方性媒質とを対応させることによって光学迷彩装置を設計しており、空間のどの位置にどのような誘電率、透磁率の物質を置けばよいかということを具体的に示しています。その後、これらの考えに基づいて、マイクロ波領域から可視光に至るまでメタマテリアルを用いた光学迷彩装置の実験結果が活発に報告されるようになりました。

これまで提唱されてきた光学迷彩装置というのは、入射した光が一つの閉領域(シールド領域)を迂回するようにし、外部から見た人にとって、あたかもこのシールド領域内にある物体が存在しないように見せるというものです。この概念に基づけば、シールド領域の中に人が隠れたとき、外部からは 360°どの方向から見てもその人が見えないようにできます。しかし、シールド領域には光が入らないので、そこに隠れている人は外部を見ることができません。 つまり「外部からも内部からも見えない」という“対称的”な振る舞いを示す光学迷彩装置しか実現できませんでした(図1)。そこで共同研究ではこの問題を解決し、「内部から外部を見ることができるが、外部からは内部は見えない」という、“非対称性”を持つ光学迷彩装置を実現するための理論を考えました。

注) J. B. Pendry et al., Science 312, 1780 (2006), U. Leonhardt, Science 312, 1777 (2006).

研究手法と成果

共同研究チームは、光に作用する「仮想的な電磁気力の理論(有効電磁場)」を用いることで非対称光学迷彩を設計する理論を構築しました。この基礎となった理論は2012年にスタンフォード大学のグループが提唱した「光子に作用するローレンツ力」の概念です。彼らは、光を捕捉する光学的な共振器[4]を格子状に配置し、その共振器間を光が曲がりながら伝搬する理論モデルを考えました。

そこで共同研究チームは、この格子共振器のアイデアが光学迷彩装置にも活用できる点に着目し、格子共振器を拡張し電場に相当する効果を発生させる、光学格子共振器を用いた理論モデル(光学格子共振器モデル)を構築しました。その結果、光があたかも一般的な電磁場中を運動する電子のように振る舞うことで、光学格子共振器のパラメータを調整するだけでかなり自由な伝搬光路を実現できることがわかりました。特に磁場が及ぼすローレンツ力により、完全反対称な光路を実現できます。また、電場から受けるクーロン力に相当する力により光路を調整することで、より多様で非対称な光の伝搬経路が実現できることが分かりました。このように光学格子共振器モデルは、光学迷彩の設計において新たな方向性を与えています。

今後の期待

現在の研究は理論の提案に留まっていますが、今回提唱する光学格子共振器モデルは、フォトニック結晶[5]を用いた非対称光学迷彩を実現に近づける理論です。また、非対称な光学迷彩という研究テーマは、まったく新たなメタマテリアルの開発をも促しています。理論とメタマテリアル開発双方の進展により、非対称光学迷彩の構築が可能になることが期待できます。

原論文情報

  • Tomohiro Amemiya, Masato Taki, Toru Kanazawa, Takuo Hiratani, Shigehisa Arai, "Optical Lattice Model Towards Nonreciprocal Invisibility Cloaking", IEEE journal quantum electronics, Vol. 51, No. 3, pp.6100110, doi: 10.1109/JQE.2015.2389853

発表者

理化学研究所
研究推進グループ 理論科学連携研究推進グループ (iTHES) 階層縦断型基礎物理学研究チーム
研究員 瀧 雅人 (たき まさと)

東京工業大学量子ナノエレクトロニクス研究センター
助教 雨宮 智宏 (あめみや ともひろ)
教授 荒井 滋久 (あらい しげひさ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  1. クーロン力
    電場中の荷電粒子の受ける力がクーロン力である。その向きは正電荷の場合は電場の方向、負電荷なら電場の逆方向である。この力は粒子の運動の方向に依存しない。
  2. ローレンツ力
    磁場中の荷電粒子の受ける力。フレミングの法則により、中指、人差し指、親指を互いに垂直に向けた場合、左手の中指の方向を電流の進行方向(電子の進行方向と逆)、人差し指を磁場の方向とすると、電子は親指方向の力を受ける。したがってバンド電子の進行方向を反転させると、受ける力の向きも反転する。
  3. メタマテリアル
    メタマテリアルは、金属などの微細共振器を電磁波長より小さなサイズで周期配列して物質の誘電率・透磁率を変化させた人工素材である。これを利用すれば、隠したい物体の周囲に特異な電磁気学的場を作り上げることができるので、擬似的な透明マントが実現可能となる。
  4. 共振器
    共振現象を利用して特定周波数の波を一定の範囲内に閉じ込めたり、それを取り出したりする装置。
  5. フォトニック結晶
    ナノスケールで、屈折率が周期的に変化する構造を持ち、この中では光があたかも半導体中の電子のような振る舞いをし、バンド構造をもつ。これを応用し、光を閉じ込める共振器構造が実現できる。

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概念図

図1 これまでの光学迷彩と非対称光学迷彩の概念図

これまでの光学迷彩(左)では、光の伝搬の経路は向きに依存しないため、シールド領域に入ってくる光は存在しない。非対称光学迷彩(右)では、これまでの光学迷彩同様、外部から内部へ届く光はない。しかし同時にシールド領域内には光が届くため、内部から外部を見ることができる。

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