広報活動

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2015年7月2日

理化学研究所

室温以上でスキルミオンを生成する新物質を発見

-超省電力型の情報処理デバイスへの応用に向けて大きく前進-

要旨

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター強相関物質研究チームの徳永祐介客員研究員、田口康二郎チームリーダー、強相関物性研究グループの于秀珍(ウ・シュウシン)上級研究員、創発物性科学研究センターの十倉好紀センター長らの国際共同研究グループ※は、室温以上でスキルミオン[1]を生成するキラル[2]な金属磁性体を初めて発見しました。

スキルミオンは数ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)から、数百nm程度の大きさの渦状の磁気構造体です。最近の研究で、スキルミオンは固体中で独立した粒子として振る舞い、一度生成されると比較的安定に存在し、低い電流密度で駆動できるなど、磁気情報担体[3]としての応用に適した特性を多く持っていることが分かっています。特に、キラルな結晶構造を有する物質(キラルな物質)で生成されるスキルミオンは、渦の巻き方が結晶のキラリティ[2]で一意に決まり、サイズが数nmから200nm程度で小さいため、盛んに研究されています。しかし、これまでに見つかっているキラルな物質で生成されるスキルミオンでは、生成温度の最高値が摂氏5℃程度です。スキルミオンの応用を実現するには、室温以上で安定してスキルミオンを生成する新しいキラルな物質が必要です。また、これまでのスキルミオンを生成するキラルな物質の結晶構造は、ある特定の対称性を持つものに限られていました。このため、多彩な対称性の物質群でスキルミオンの生成を実現し、スキルミオンを生成する材料のバリエーションを増やすことが求められています。

国際共同研究グループは、これまでにスキルミオンの生成に使われてきたキラルな物質とは異なった対称性を持ち、強磁性を示すCo10Zn10という物質に着目しました。Co10Zn10にMnを加えた物質を合成し、磁化測定、ローレンツ電子顕微鏡観察[4]中性子小角散乱[5]などの実験を行ったところ、室温および室温以上の温度で、スキルミオンを生成することが分かりました。この成果は、スキルミオンを用いた低消費電力の磁気メモリ素子の実現に大きく寄与します。

本研究は、英国のオンライン科学雑誌『Nature Communications』(7月2日付け:日本時間7月2日)に掲載されます。

※国際共同研究グループ

理化学研究所
創発物性科学研究センター 強相関物理部門
強相関物質研究チーム
客員研究員  徳永 祐介(とくなが ゆうすけ)(東京大学大学院新領域創成科学研究科 准教授)
チームリーダー 田口 康二郎(たぐち やすじろう)

強相関物性研究グループ
上級研究員 于 秀珍(ウ・シュウシン)

強相関量子構造研究チーム
特別研究員 森川 大輔(もりかわ だいすけ)

創発物性科学研究センター
センター長 十倉 好紀(とくら よしのり)(東京大学大学院工学系研究科 教授)

ポールシェラー研究所 中性子散乱研究室
研究員 Jonathan White(ジョナサン・ホワイト)

スイス連邦工科大学ローザンヌ校
教授 Henrik M. Rønnow(ヘンリック・ロノー)(理研創発物性科学研究センター 強相関物性研究グループ 客員研究員)

背景

スキルミオンは、数ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)から、数百nm程度の大きさの渦状の磁気構造体(図1)です。スキルミオンは、その渦の中を通過する電子に対して磁場のように働きます。特に、スキルミオンが規則正しく整列した格子を形成している場合、その実効的な磁場の効果はホール効果[6]として観測されます。また、スキルミオンは粒子として単独で存在することも可能です。粒子の「有る、無し」を情報ビットの1、0に対応させることができます。加えて、スキルミオンはそのトポロジカル[7]な性質によって一度生成されると同じ温度では比較的安定に存在し、低い電流密度で駆動されることから、磁気情報担体への応用が期待されています。また、スキルミオン生成に使われる物質のうち、キラルな結晶構造を有する物質(キラルな物質)については、生成されるスキルミオンの渦の巻き方が結晶のキラリティで一意に決まることや、そのサイズが数nmから200nm程度と小さいことから、盛んに研究されています。しかし、これまでの研究では、キラルな物質を使ったスキルミオンの生成温度は、最高でも摂氏5℃程度であり、デバイスなどに応用するには、室温以上でスキルミオンを生成するキラルな物質を見出すことが望まれていました。また、これまでに見つかったスキルミオンを生成するキラルな物質の結晶構造は、ある特定の対称性を持ったものに限られています。材料のバリエーションの観点から、より多彩な結晶対称性を持つ物質群において、スキルミオンを生成する物質を見出すことが期待されていました。

そこで国際共同研究グループは、室温以上でスキルミオンを生成する、新しいキラルな物質の開発を目指しました。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、これまでにスキルミオンの生成に使われてきた物質とは異なる結晶対称性に属するβ-Mn型構造というキラルな結晶構造に着目しました。β-Mn型構造を有し、約150℃以下の温度で強磁性になるCo10Zn10合金(図2)や、その構成元素であるコバルト(Co)および亜鉛(Zn)を部分的にマンガン(Mn)に置換した合金を作製しました。

これらの合金の磁化を測定したところ、磁場中では室温以上でスピンが強磁性的にほぼそろった状態をとることが確認されました。また、磁気転移温度をMnの置換量で制御できることが分かりました(図3)。

Co-Zn-Mn合金におけるスピンの並びを詳しく調べるため、ポールシェラー研究所が有する中性子実験施設(Swiss Spallation Neutron Source:SINQ)のビームラインSANS-Iを用いて中性子小角散乱実験を行ったところ、Co-Zn-Mn合金は完全な強磁性ではなく、120nmから190nm程度の長周期で徐々にスピンが回転し、螺旋を巻いた状態にあることが分かりました。そこでCo-Zn-Mn合金を100nm程度の薄片にした合金に磁場をかけ、ローレンツ電子顕微鏡法を用いて観察したところ、個々の試料の組成に応じて、室温付近から70℃くらいまでの温度で、スキルミオンが生成されることを発見しました(図4)。また、中性子小角散乱実験を行い、マクロな大きさの試料においても、スキルミオンが規則正しく整列した格子が室温以上の温度で磁場を与えることによって生成されることを確かめました。

今後の期待

今回、国際共同研究グループは、室温でのスキルミオン生成を実現しました。スキルミオンを用いた低消費電力の磁気メモリ素子の実現に大きく寄与する成果です。また、今回の発見を契機に、スキルミオンを生成可能な新しい物質群が見つかる可能性があります。今後、ダイナミクスをはじめとしたスキルミオンの基礎的特性を明らかにしつつ、スキルミオンのデバイス応用を見据えた研究開発がより盛んになることが期待できます。

原論文情報

  • Y. Tokunaga, X.Z. Yu, J. S. White, H. M. Rønnow, D. Morikawa, Y. Taguchi, and Y. Tokura, "A new class of chiral materials hosting magnetic skyrmions beyond room temperature", Nature Communications, doi: 10.1038/ncomms8638.

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 強相関物理部門 強相関物質研究チーム
客員研究員 徳永 祐介 (とくなが ゆうすけ)
チームリーダー 田口 康二郎 (たぐち やすじろう)

創発物性科学研究センター 強相関物理部門 強相関物性研究グループ
上級研究員 于 秀珍 (ウ・シュウシン)

創発物性科学研究センター
センター長 十倉 好紀 (とくら よしのり)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  1. スキルミオン
    電子は、自転に相当する「スピン」と呼ばれる自由度を持つ。さらに、このスピンに比例し向きがスピンの向きと逆向きの「磁気モーメント」と呼ばれる性質を有する。固体中の個々の電子の持つ磁気モーメントが一方向に揃った物質が通常の磁石(強磁性体)である。同様に、固体中の電子の持つ磁気モーメントが渦を巻くように整列することがあり、この渦状の磁気構造体をスキルミオンと呼ぶ。スキルミオンは、様々な微視的な機構によって生成される。その渦の直径は、数nmから数百nm程度。
  2. キラル、キラリティ
    結晶構造を鏡に映して得られる構造が、元の自分自身の構造と重ならない物質をキラルな物質と呼ぶ。右掌を鏡に映すと、左掌が得られるが、これは平行移動によって元の右掌には重ならない。このことから、キラルな物質のことを、掌性(キラリティ)を有する物質と呼ぶ。
  3. 磁気情報担体
    0, 1の情報を記録するために用いる磁気的な物質のこと。
  4. ローレンツ電子顕微鏡
    磁場による電子線の偏向を利用して、磁性体の磁化状態を実空間で観察する手法。空間分解能が高く、nmオーダーの磁化状態の観察に適している。一般の電子顕微鏡では試料に約2万ガウスの磁場がかかる磁界型レンズが使われるため、より小さな磁場中で生成されるスキルミオンなどのスピン構造を見ることはできない。これに対してローレンツ電子顕微鏡では、試料にかかる磁場をゼロから数千ガウスの範囲で制御できるため、スキルミオンの直接観察が可能。
  5. 中性子小角散乱
    磁性体中のスピンの情報を得るため、一般的に中性子を使った散乱実験が行われる。中性子は磁気モーメントを持っており、これを磁性体に照射すると、磁性体中で整列したスピンの長さ・周期とその向きに応じて、散乱される。本研究のように100nm程度の周期のスピンの秩序を観測するには、物質中を通った中性子がほんの少しの角度だけ曲げられて散乱されてくる過程を調べる必要がある。このような散乱過程は中性子小角散乱と呼ばれ、測定するためには特別なビームラインが必要となる。
  6. ホール効果
    物質に電流を流し、これと垂直な方向に磁場を与えると、電流と磁場の両方に垂直な方向に電圧が生じることが知られており、この現象をホール効果、生じる電圧のことをホール電圧と呼ぶ。磁場を印加することによりスキルミオンを生成する物質においては、そのスキルミオン相において、通常のホール電圧に加えて付加的なホール電圧が生じ、この現象は特に、「トポロジカルホール効果」と呼ばれている。
  7. トポロジカル
    「トポロジー」とは位相幾何学のことであり、スピン渦を特徴づける「巻き数」に相当する整数は、渦の幾何学的な性質で決まる。これをトポロジカル数と呼び、渦のスピンの一部が多少の(連続的な)変形を起こしても、このトポロジカル数は同じ整数値を保って変化しない。このトポロジカルな性質のため、スキルミオンは擾乱に強く、一度生成されると安定に存在することができる。

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スキルミオンの模式図

図1 スキルミオンの模式図

各矢印はスキルミオン内の磁気モーメントの向きを示している。外側の磁気モーメントは外部磁場と同じ向きを向くが、中心の磁気モーメントは反対を向く。外部磁場に対して、赤矢印が0°、黄色矢印が90°、青矢印が180°傾いている。

Co10Zn10の結晶構造の模式図

図2 Co10Zn10の結晶構造の模式図

8個の青い丸はコバルト(Co8)が占め、12個のグレーの丸は亜鉛(Zn10)またはコバルト(Co2)がランダムに占めている。

Co10Zn10を部分的にMnに置換した合金の温度変化による磁化変化の図

図3 Co10Zn10を部分的にMnに置換した合金の温度変化による磁化変化。

母物質であるCo10Zn10(青色)では200℃付近で磁気転移を起こしているが、Mnの量を増やすに連れて、磁気転移の温度が下がっていることが分かる。

Co8Zn10Mn2のローレンツ電子顕微鏡像

図4 Co8Zn10Mn2のローレンツ電子顕微鏡像

Co8Zn10Mn2の77℃、外部磁場550ガウスにおける電子顕微鏡像。左はアンダーフォーカスと呼ばれる結像面より上方での像。右はオーバーフォーカスと呼ばれる結像面より下方での像。左では黒丸が、右では白丸が個々のスキルミオンを示す。右側図の左にあるスケールバーは、200 nm。

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