広報活動

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2015年10月26日

理化学研究所
東京大学
東北大学

薄膜積層化で整数量子ホール効果を従来より高温・弱磁場で実現

-トポロジカル絶縁体の表面ワイル状態制御へ新設計指針-

要旨

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター強相関物性研究グループの吉見龍太郎研修生(東京大学大学院工学系研究科博士課程)、安田憲司研修生(同研究科修士課程)、十倉好紀グループディレクター(同研究科教授)、強相関界面研究グループの川﨑雅司グループディレクター(同研究科教授)、東北大学金属材料研究所の塚﨑敦教授らの共同研究グループは、新物質のトポロジカル絶縁体[1]「(Bi1-xSbx)2Te3」薄膜上に磁性元素のクロム(Cr)を添加した層を積層させることで、エネルギー損失が極めて小さい電流が流れる「整数量子ホール効果[2]」を従来より高温・弱磁場で実現し、トポロジカル絶縁体の表面ワイル状態[3]の制御に向けた新しい設計指針として有効であることを実証しました。

トポロジカル絶縁体は、内部は電流が流れない絶縁体状態ですが、表面は金属状態の物質です。この表面の金属状態には、ワイル電子[3]が存在し、これをワイル状態と呼びます。強磁場を加えると、金属表面のワイル状態のエネルギーが量子化し、試料の端にエネルギー損失の小さい電流が流れる「整数量子ホール効果」が現れます。また、Crを添加した磁性トポロジカル絶縁体では、磁場を加えることなく同様の量子ホール効果「異常量子ホール効果[4]」が現れます。これらはエネルギーをほとんど使わずに電気伝導が可能なことから、低消費電力素子への応用に向けた研究が活発化しています。しかし、上記2つの量子ホール効果を実現するには、温度を極めて低くする必要があるため、改善に向けた設計指針が求められています。

共同研究グループは、トポロジカル絶縁体の1つ「(Bi0.12Sb0.88)2Te3」(Bi:ビスマス、Sb:アンチモン、Te:テルル)の薄膜上にCrを添加した磁性トポロジカル絶縁体「Cr0.2(Bi0.12Sb0.88)1.8Te3」を積層させた、トポロジカル絶縁体積層薄膜の作製法を確立しました。これを用いて電界効果型トランジスタ[5]構造を作製し、試料内部の電子数を少しずつ変化させながらホール抵抗[2]を測定したところ、積層構造を使わないトランジスタに比べ10倍高い温度(50ミリケルビン→500ミリケルビン)と、2分の1という弱い磁場(14テスラ→7テスラ)でホール抵抗が量子化抵抗値[6](約25.8kΩ=h/e2)で一定となり、整数量子ホール状態になっていることを確認しました。

本研究は、最先端研究開発支援プログラム(FIRST)課題名「強相関量子科学」の事業の一環として行われ、成果は、国際科学雑誌『Nature Communications』(10月26日号)に掲載されます。

※共同研究グループ

理化学研究所 創発物性科学研究センター
強相関物性研究グループ
研修生 吉見 龍太郎 (よしみ りゅうたろう)(東京大学大学院工学系研究科博士課程3年)
研修生 安田 憲司 (やすだ けんじ)(東京大学大学院工学系研究科修士課程2年)
グループディレクター 十倉 好紀 (とくら よしのり)(東京大学大学院工学系研究科教授)

強相関界面研究グループ
グループディレクター 川﨑 雅司 (かわさき まさし)(東京大学大学院工学系研究科教授)
上級研究員 高橋 圭 (たかはし けい)

強相関理論研究グループ
グループディレクター 永長 直人 (ながおさ なおと)(東京大学大学院工学系研究科教授)

東北大学 金属材料研究所
教授 塚﨑 敦 (つかざき あつし)(理研客員主管研究員)

背景

近年発見された「トポロジカル絶縁体」は、内部は電流が流れない絶縁体状態ですが、表面が金属状態を示す物質です。表面の金属状態には、ワイル電子が存在し、これをワイル状態と呼びます。磁場を加えると、ワイル状態のエネルギーが量子化し、試料の端にエネルギー損失のない電流が流れる「整数量子ホール効果」が現れます(図1(a))。これは光学特性や熱特性、力学特性などに優れたナノ炭素材料「グラフェン[7]」でも見られる現象です。トポロジカル絶縁体表面のワイル状態は従来の半導体に比べて不純物などによる散乱を受けず、エネルギーをほとんど使わずに電流を流すことができます。この特性からトポロジカル絶縁体は低消費電力素子としての応用が期待され、活発に研究されています。しかし、これまでの研究ではトポロジカル絶縁体における整数量子ホール効果を実現するために、絶対零度に近い50ミリケルビン(mK、1mKは1,000分の1ケルビン)の極低温と、14テスラ(T)という強磁場が必要でした。

そこで共同研究グループは、整数量子ホール効果を従来よりも高い温度・弱い磁場で実現する試料開発を目指しました。共同研究グループは磁性元素を添加したトポロジカル絶縁体(磁性トポロジカル絶縁体)に着目しました。磁性トポロジカル絶縁体では、磁場を加えることなく量子ホール効果が実現する「異常量子ホール効果[4]」が現れます(図1(b))。しかし、異常量子ホール効果も整数量子ホール効果と同様に50 ミリケルビン程度の極低温が必要です。今回、共同研究グループはこの両者を組み合わせ、トポロジカル絶縁体上に磁性トポロジカル絶縁体を積層させる構造を用いることで(図1(c))、より高温・弱磁場での整数量子ホール効果の観測を目指しました。

研究手法と成果

共同研究グループは、トポロジカル絶縁体の1つ「(Bi0.12Sb0.88)2Te3」(Bi:ビスマス、Sb:アンチモン、Te:テルル)の薄膜上に、磁性元素のクロム(Cr)を添加した磁性トポロジカル絶縁体「Cr0.2(Bi0.12Sb0.88)1.8Te3」を積層させた、トポロジカル絶縁体積層薄膜の作製法を確立し、この2層を半導体材料のインジウムリン(InP)基板上に作製しました。その上に絶縁体酸化膜と電極材料を取り付けて、電界効果型トランジスタ構造としました(図2)。電界効果型トランジスタ構造にすることで、外部からの制御電圧を用いて、試料内部の電子数を精密に制御できます。特に、ワイル状態では、電子の流れと正孔(電子が欠落した部分)の流れを電気的に制御できるかどうかが重要です。

共同研究グループは制御電圧を最適値に制御したうえで、磁場を変化させながらホール抵抗を測定しました。その結果、制御電圧領域でホール抵抗が量子化抵抗値(約25.8kΩ=h/e2)で一定となりました。量子化抵抗が一定値を示すことは、薄膜が整数量子ホール状態になっていることを示しています(図3(a))。この時の整数量子ホール効果の観測温度と磁場は、積層構造を使わないトランジスタと比べると、10倍の温度(50ミリケルビン→500ミリケルビン)と、半分の磁場(14テスラ→7テスラ)でした。

さらに、低磁場部分に着目すると、強磁性体で見られるヒステリシスループ[8]を見いだしました(図3(b))。これは磁性トポロジカル層部分が強磁性体としての性質を失っていないことを示しており、強磁性体の磁化が整数量子ホール効果の実現に大きな役割を果たしていることを意味します。したがって、磁性不純物を含む層と含まない層の積層構造を工夫することで、今後量子ホール効果がさらに高温で出現する可能性があります。

今後の期待

今回の成果により、トポロジカル絶縁体を適切に積層することで、表面ワイル状態の量子化を単一層で報告した従来の結果よりも高温・弱磁場で観測可能となることが示されました。非磁性トポロジカル絶縁体と磁性トポロジカル絶縁体を積層させるというシンプルなアイデアで大幅な機能向上を実現できるこの手法は、トポロジカル絶縁体素子開発における新しい設計指針となります。今回の発見では量子ホール状態の実現には磁場が必要でしたが、今後この原理が改良されることで、磁場を加えない状態でもより高温で動作する低消費電力素子への展開が期待できます。

原論文情報

  • R. Yoshimi, K. Yasuda, A. Tsukazaki, K. S. Takahashi, N. Nagaosa, M. Kawasaki and Y. Tokura, "Quantum Hall States Stabilized in Semi-magnetic Bilayers of Topological Insulators", Nature Communications, doi: 10.1038/ncomms9530

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 強相関物理部門 強相関物性研究グループ
研修生 吉見 龍太郎 (よしみ りゅうたろう)
(東京大学大学院工学系研究科博士課程3年)
研修生 安田 憲司 (やすだ けんじ)
(東京大学大学院工学系研究科修士課程2年)
グループディレクター 十倉 好紀 (とくら よしのり)
(東京大学大学院工学系研究科教授)

創発物性科学研究センター 強相関物理部門 強相関界面研究グループ
グループディレクター 川﨑 雅司 (かわさき まさし)
(東京大学大学院工学系研究科教授)

東北大学 金属材料研究所
教授 塚﨑 敦 (つかざき あつし)
(理研客員主管研究員)

吉見龍太郎

吉見 龍太郎

安田憲司

安田 憲司

十倉好紀

十倉 好紀

川﨑雅司

川﨑 雅司

塚﨑敦

塚﨑 敦

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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国立大学法人東京大学大学院工学系研究科
広報室
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kouhou [at] pr.t.u-tokyo.ac.jp(※[at]は@に置き換えてください。)

国立大学法人東北大学 金属材料研究所
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補足説明

  1. トポロジカル絶縁体
    近年新しく概念が定義された物質群で、物質内部が絶縁体である一方、物質表面だけは金属であるという性質を持つ。今回の研究では、トポロジカル絶縁体としての性質を持つことが知られているBi2Te3とSb2Te3という2つの物質の混合物を用い、磁性トポロジカル層ではさらにクロムを添加した「磁性トポロジカル絶縁体」を用いた。
  2. 整数量子ホール効果、ホール抵抗
    磁場中を電子などの荷電粒子(図1、青色の球)が動くと、ローレンツ力により荷電粒子の動きが曲げられる(図1、水色矢印)。この現象をホール効果、それによって生じる抵抗をホール抵抗と呼ぶ。電流にも磁場にも垂直な方向に発生する電圧をホール起電圧やホール抵抗と定義して、この値を用いることで物質内部の電荷密度などを知ることができる。このホール抵抗が量子化する現象を量子ホール効果と呼ぶ。1980年にシリコンを用いた素子で初めて報告され、1985年のノーベル物理学賞の対象にもなった。現在では抵抗標準値の基準に利用されている。整数量子ホール状態では、ホール抵抗が量子化抵抗(約25.8kΩ=h/e2)の1/2、1/3、1/4…と厳密に整数分の1になる。
  3. ワイル状態、ワイル電子
    電子は相対論的量子力学においては4成分の波動関数に対するディラック方程式を用いて記述される。ディラック方程式で質量をゼロと置くと、2成分の波動関数に対するワイル方程式に帰着される。近年、固体中の電子にもワイル方程式に従って運動する電子が存在することが分かってきた。それらをワイル電子と呼び、それらが存在する状態をワイル状態と呼び、低消費電力の素子応用が期待されている。ワイル電子はトポロジカル絶縁体の表面金属状態のほかにも、グラフェンなどでその存在が確認されている。
  4. 異常量子ホール効果
    物質が磁性体の場合、磁性体自身が持っている磁化が外部磁場の代わりになることで無磁場でもホール効果が発生する。この現象を異常ホール効果と呼ぶ。また、異常ホール効果によって生じる抵抗が量子化抵抗値に等しくなる現象を、異常量子ホール効果と呼ぶ。
  5. 電界効果型トランジスタ
    半導体材料などに絶縁体材料と電極材料を取り付けた素子構造。取り付けた電極から制御電圧をかけることで、絶縁体材料を通して半導体材料中の伝導度(電荷密度)を変えることができる。制御電圧によって電流が流れる状態(オン)と流れない状態(オフ)を切り替えられるため、コンピュータの基本素子となっている。
  6. 量子化抵抗
    プランク定数hと電気素量eを用いてh/e2と表される抵抗値で、約25.8kΩ。異常量子ホール状態ではホール抵抗がh/e2に、整数量子ホール状態では物質中を運動する荷電粒子数と加えられた磁場の強さとの関係にしたがって、この値の整数分の1になる。
  7. グラフェン
    炭素原子が蜂の巣状に2次元配列した構造を持つ物質。原子1層分の厚みしかない2次元シートであり、高速で動くワイル電子が存在すること、化学的、機械的な耐性に優れているといった理由からシリコンに代わる次世代材料として注目されている。2010年のノーベル物理学賞の対象にもなった。
  8. ヒステリシスループ
    強磁性体における磁化測定やホール測定は、外部磁場に加えて磁性体自身の磁化が影響する。そのため、磁場を変化させながらこれらの物理量を測定すると、磁場を正から負に変化させた時と負から正に変化させた時で、磁性体の磁化方向に対応した差が生じる。このことをヒステリシス(履歴)と呼び、グラフにプロットされたヒステリシスのあるデータのことをヒステリシスループ(履歴曲線)と呼ぶ。

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新しい素子構造における整数量子ホール効果の概念図

図1 新しい素子構造における整数量子ホール効果の概念図

(a) トポロジカル絶縁体における整数量子ホール効果は磁場(黄色矢印)の効果で実現する。
(b) 磁性トポロジカル絶縁体における異常量子ホール効果は試料内の磁化(青矢印)の効果で実現する。
(c) 個々の単独の効果では極低温でしか整数量子ホール効果を実現できないが、両者を積層構造として組み合わせることで、より高い温度・弱い磁場で整数量子ホール効果を実現できる。

トポロジカル絶縁体積層薄膜と電界効果型トランジスタ構造図

図2 トポロジカル絶縁体積層薄膜と電界効果型トランジスタ構造

(a) トポロジカル絶縁体・磁性トポロジカル絶縁体の積層薄膜を用いた電界効果トランジスタ構造
(b) 電界効果トランジスタの光学顕微鏡写真

温度500 ミリケルビンにおける整数量子ホール効果の観測とホール抵抗の磁場依存性の図

図3 温度500 ミリケルビンにおける整数量子ホール効果の観測とホール抵抗の磁場依存性

(a) ホール抵抗の磁場依存性、7テスラ(T)以上でホール抵抗が量子化抵抗値(約25.8kΩ=h/e2)で一定となる。
(b) (a)の低磁場部分の拡大図(-0.4~0.4T)。磁場によるヒステリシスループは積層薄膜中の自発磁化の存在を示している。

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