広報活動

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2015年10月30日

理化学研究所
東京大学
スタンフォード大学

磁性絶縁体中の磁壁における金属的性質を観測

-磁場や温度で制御可能な新しい磁気メモリーの実現に期待-

要旨

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター強相関界面研究グループの藤岡淳客員研究員(東京大学大学院 工学系研究科 講師)と上田健太郎研修生(東京大学大学院 工学系研究科 大学院生)、創発物性科学研究センターの十倉好紀センター長(東京大学大学院 工学系研究科 教授)、米国スタンフォード大学のジーシュン・シェン教授らの国際共同研究グループは、絶縁性の高い磁性体[1](磁性絶縁体)において磁壁[2]が金属的性質を持つことを、走査型マイクロ波インピーダンス顕微鏡[3]を用いて観測することに成功しました。

磁性体では一般に、配向性が異なる磁区[2]が試料内にランダムに分布します。各磁区の境界である磁壁は、磁区内とは異なった磁気状態や電子状態が生じ、それが磁性体の磁気的あるいは電気的性質を決定づける場合があります。しかし、電気を通さない磁性絶縁体の磁壁の電気的性質は解明されていませんでした。また、反強磁性体[4]であるとともに、試料の電気的特性が金属から絶縁体へ変化するパイロクロア型結晶構造[5]を持つイリジウム酸化物では、磁区内部は絶縁体にも関わらず磁壁には金属的性質を持つという興味深い現象が予想されています。しかし、それを直接観測して裏付ける実験的な証拠がありませんでした。今回、国際共同研究グループは、走査型マイクロ波インピーダンス顕微鏡を利用した実空間観測によって、磁性絶縁体内部の磁壁の金属的性質の有無を確かめるとともに、磁壁の電気的、磁気的性質の解明を目指しました。

走査型マイクロ波インピーダンス顕微鏡を利用し、磁性絶縁体であるネオジウムイリジウム酸化物(Nd2Ir2O7)表面の伝導特性を評価したところ、細線状の金属的磁壁が温度変化によってランダムに現れ、外部磁場によって生成、消滅することが分かりました。さらに、磁壁分布を観測しながら微細な電極間の抵抗を測定することで、温度、磁場変化による磁壁の電気伝導特性を定量的に評価することに成功しました。

国際共同研究グループは、理論的に予測されていた磁性絶縁体の磁壁における金属的性質の存在を実験的に実証しました。この成果は、固体中における磁性と電子状態に関する基礎的な理解を深めるとともに、金属的磁壁を利用した新しい磁気メモリーの実現につながることが期待できます。

本研究は、最先端研究開発支援(FIRST)プログラム「強相関量子科学」の支援を受けて実施されました。成果は、国際科学雑誌『Science』(10月29日号、日本時間10月30日)に掲載されます。

※国際共同研究グループ

理化学研究所
創発物性科学研究センター 強相関物理部門 強相関物性研究グループ
客員研究員 藤岡 淳 (ふじおか じゅん)(東京大学大学院 工学系研究科 講師)
研修生 上田 健太郎 (うえだ けんたろう)(東京大学大学院 工学系研究科 大学院生)

創発物性科学研究センター
センター長 十倉 好紀 (とくら よしのり)(東京大学大学院 工学系研究科 教授)

スタンフォード大学 ゲバル研究所
教授 Zhi-Xun Shen (ジーシュン・シェン)
大学院生 Eric Yue Ma (エリック・ユエ・マ)
研究員 Yong-Tao Cui (ヨンタオ・ツイ)
研究員 Shujie Tang(シュジー・タン)
研究員 Phillip M. Wu (フィリップ・ウ) 

上海交通大学
研究員 Kai Chen (カイ・チェン) 

バークレー国立研究所
研究員 田村 信道 (たむら のぶみち)

背景

磁性体では一般に、配向性が異なる磁区が試料内にランダムに分布します。各磁区の境界である磁壁は、磁区内とは異なった磁気状態や電子状態が生じ、それが磁性体の磁気的あるいは電気的性質を決定づける場合があります。しかし、電気を通さない磁性絶縁体の磁壁の電気的性質は解明されていませんでした。また、反強磁性絶縁体であるパイロクロア型イリジウム酸化物においては、絶縁体性を持つ固体中の磁壁が、金属的な性質である高い電気伝導度を持つという興味深い現象が予想されています。しかし、それを直接観察して裏付ける実験的な証拠がありませんでした。そこで、国際共同研究グループは、走査型マイクロ波インピーダンス顕微鏡を利用した実空間観測によって、磁性絶縁体内部の磁壁の金属的性質の有無を確かめるとともに、磁壁の電気的、磁気的性質の解明を目指しました。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、絶縁性を持ち磁気的界面の伝導性の比が最も高い磁性絶縁体であるパイロクロア型イリジウム酸化物「ネオジウムイリジウム酸化物(Nd2Ir2O7)」に着目しました。高圧合成法を用いることで組成が厳密な高品質の多結晶体を作製し、試料としました。

試料の伝導特性の観測には、米国スタンフォード大学のジーシュン・シェン教授らのグループが開発した走査型マイクロ波インピーダンス顕微鏡を用いました。図1に測定配置の模式図を示します。この顕微鏡は、試料内の微小領域の電気伝導度をおよそ100ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)という高い空間分解能で可視化することができます。本研究では、研磨した試料を、転移温度32 ケルビン(K)よりも十分低い4.7 Kで、磁場を9テスラ(T)まで加えながら磁壁の様子を観察しました。

磁場をかけずに温度を下げた後、温度が上昇していく過程(昇温仮定)でインピーダンス[6]を測定すると(ゼロ磁場冷却)、常に磁性をもつ金属(常磁性金属)から強い反磁性をもつ絶縁体(反強磁性絶縁体)への転移温度以下ではインピーダンスは急な増加を示し、最低温では三桁ほど大きな値を示します(図2a)。このときの試料の様子を走査型マイクロ波インピーダンス顕微鏡で観察すると、絶縁性の高い固体中に、磁壁の金属的性質といえる100 nm以下の幅を持つ細線状の金属状態がランダムに分布しているのが観測されました(図2b)。一方、9Tの磁場を加えて温度を下げた後に磁場をゼロに戻してから、昇温過程のインピーダンスを測定すると(磁場冷却)、ゼロ磁場冷却時よりもインピーダンスの増加が大きくなり、最低温においては二桁以上大きな値を示しました。このとき、顕微鏡画像では磁壁の金属的性質を示す細線が消えており、磁場によって磁区が一つに揃えられることで磁壁が消失したことが分かりました(図2c)。

さらに、磁壁に実現する金属的性質の伝導特性を調べるために、微細加工した電極を取り付け(図3挿入図)、その間のインピーダンスを、磁壁分布を観測しながら測定しました。図3にインピーダンスの磁場依存性を示します。多磁区状態から磁場を加えると、磁区が配向し磁壁が消失していくにしたがって、インピーダンスが階段状に増加していくのが観測されました。これから磁壁一枚あたりのインピーダンスを見積もると約1 kOhm/sq、シート伝導度は1mSであることが分かりました。さらに、インピーダンスには温度依存性がほとんどないという、通常の金属とは異なる振る舞いが観測されました。

以上の結果から、磁性絶縁体内部の100 nm以下の薄い磁壁において、非常に電気伝導性の高い金属状態が実現しており、さらにこの磁壁が温度や磁場により制御可能であることを明らかにしました。

今後の期待

本研究は、磁性絶縁体内部の磁壁が金属的性質を持つことを初めて実験的に実証しました。これは、固体における磁性と電子状態の関係について重要な知見を与えると考えられます。また、温度や外部磁場による磁壁の金属的性質の制御を可能としたことで、それを応用した新たな磁気メモリーの開発につながることが期待できます。例えば、これまではインピーダンスの大小による二択であった磁気メモリーのスイッチが、今回観察した段階的に変化するインピーダンスを利用することで多段階調整できるようになれば、メモリーの大容量化に繋がる可能性があります。また、温度や磁場だけでなく、物理的圧力や電流による制御が実現すれば、さらなる多機能化も期待できます。

原論文情報

  • Eric Yue Ma, Yong-Tao Cui, Kentaro Ueda, Shujie Tang, Kai Chen, Nobumichi Tamura, Phillip M. Wu, Jun Fujioka, Yoshinori Tokura, and Zhi-Xun Shen, "Mobile metallic domain walls in an all-in-all-out magnetic insulator", Science, doi: science.aac8289

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 強相関物理部門 強相関物性研究グループ
客員研究員 藤岡 淳 (ふじおか じゅん)
(東京大学大学院工学系研究科 講師)
研修生 上田 健太郎 (うえだ けんたろう)
(東京大学大学院工学系研究科 大学院生)

創発物性科学研究センター
センター長 十倉 好紀 (とくら よしのり)
(東京大学大学院工学系研究科 教授)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  1. 磁性体
    磁性体は、内部に各電子の回転運動に起因した微小な磁石(スピン)を有する物質。通常冷却すると、巨視的な数の電子スピンが何らかのパターンで整列する磁気秩序を示す。主として、磁石としての巨視的な磁化を示す鉄・コバルト・ニッケルなどの強磁性体、磁化が内部で打ち消されている反強磁性体、スピンが秩序化しない常磁性体などに分類される。
  2. 磁壁、磁区
    磁性体の磁化状態は、一般に、磁化の向きが一様にそろった領域が複数集まって構成される。この磁化の向きが一様にそろった領域を、磁区と呼ぶ。隣り合う磁区の間では磁化の向きは異なり、その境界で磁化は、緩やかに変化しながらつながる。このような磁区の境界領域を、磁壁と呼ぶ。
  3. 走査型マイクロ波インピーダンス顕微鏡
    探針の先からマイクロ波を試料に照射し、その反射波を測定することで試料の局所的な電気抵抗率を高い空間分解能で測定することのできる装置。反射マイクロ波は探針の直下の試料の電気抵抗の大きさによって変化するため、反射波の大きさをモニターしながら試料上を走査することで、試料の局所伝導度のマッピングを得ることができる。
  4. 反強磁性体
    磁性体の一種。隣にある電子のスピンが互いに逆を向いて整列している磁性体のことである。
  5. パイロクロア型結晶構造
    パイクロアとは黄緑石のこと。ニオブの原料となる天然鉱石で理想的な組成式はCa2Nb2O7。実際には、Caの一部がNaで、Nbの一部がTaで、Oの一部がFでそれぞれ置換されたり、Hがつけ加わったりすることもある。この結晶構造をパイロクロア型結晶構造と呼ぶ。基本的な構造を変えないままで、多くの元素での置き換えが自由に行えるため物質設計が容易である。これまで、数多くのパイロクロア型物質が人工的に合成されている。
  6. インピーダンス
    交流回路における電圧と電流の比のこと。直流(時間によって流れる方向が変化しない電流)におけるオームの法則から導かれる抵抗を、交流(時間によって流れる方向と大きさが周期的に変化する電流)へ拡張した概念で、物質への電気の流れにくさを表す。

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マイクロ波インピーダンス顕微鏡を用いたNd2Ir2O7多結晶の伝導特性の観測の図

図1 マイクロ波インピーダンス顕微鏡を用いたNd2Ir2O7多結晶の伝導特性の観測

試料は複数の結晶粒が集まった多結晶体で、それぞれの結晶粒内で二つの異なった配置(Aドメイン、Bドメイン)をもつ磁区が分布している。マイクロ波インピーダンス顕微鏡のチップを試料表面に近づけ、1 GHz程度でのインピーダンス(電流と電圧の比)を測定することで、試料内の微小領域の電気伝導度の相対値を読み取る。

Nd2Ir2O7の抵抗の温度依存性とマイクロ波インピーダンス顕微鏡で取得した画像

図2 Nd2Ir2O7の抵抗の温度依存性とマイクロ波インピーダンス顕微鏡で取得した画像

Nd2Ir2O7は32 K以下で常磁性金属から反強磁性絶縁体へ転移する。磁場をかけずに温度を下げた後、温度が上昇する仮定(昇温過程)で測定したインピーダンス(青実線)は、9Tの磁場を加えて冷却(磁場冷却)した後、ゼロ磁場に戻したときの昇温過程におけるインピーダンス(赤実線)よりも小さい(a)。前者の状態では、絶縁体的な個体内に磁壁の金属的性質を示す細線が観測されたが(b)、後者では単一磁区に揃えられ観測されなかった(c)。図b,cの青点線は結晶粒界で、右下に示した白いスケールバーは2μmである。

Nd2Ir2O7における微細電極間の抵抗の磁場依存性の図

図3 Nd2Ir2O7における微細電極間の抵抗の磁場依存性

サンプル表面に微細電極を取り付け(a挿入図、スケールバーは2 μm)、電極間の抵抗をマイクロ波インピーダンス顕微鏡で観測しながら測定した。図中の矢印は加えた磁場の強度の変化を示しており、ゼロ磁場冷却により多磁区状態にした後に、まず磁場を0 Tから9 Tへ(水色実線)、次に9 Tから-9 T(赤色実線)、最後に-9 Tから9 T(橙色実線)と変化させた(a)。水色で示した最初の過程において、ステップ状に抵抗が増加するのが観測された。これは磁壁が一枚ずつ消えていることに対応している。電極間を磁壁による並列回路とみなすと、回路全体の伝導度は磁壁の伝導度の足し合わせと考えることができる。伝導度のステップ構造から、磁壁のシート伝導度は約1 mSと見積もられる(b)。

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