広報活動

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2015年11月20日

理化学研究所

新たな実験動物としてのソメワケササクレヤモリ

-哺乳類の比較対象に適した爬虫類の遺伝子をカタログ化-

要旨

理化学研究所(理研)ライフサイエンス技術基盤研究センター分子配列比較解析ユニットの原雄一郎研究員、工樂樹洋ユニットリーダー、生体モデル開発ユニットの清成寛ユニットリーダーらの研究チームは、爬虫類の実験動物として適する特徴を持つ“ソメワケササクレヤモリ[1](学名Paroedura picta)”の発生過程で機能する遺伝子の配列を網羅的に解読し、その配列情報をデータベースとして公開しました。

陸上に適応した脊椎動物(有羊膜類)は、哺乳類および、爬虫類・鳥類を含む2つの大きなグループに分けられます。これまで、ヒトやマウスなどの哺乳類に特有の生命現象を理解するための比較対象としては鳥類を用いるのが一般的でした。特に発生学の分野では、入手しやすく簡便に胚を培養できる実験動物としてニワトリやウズラなどの家禽がよく利用されてきました。しかし、鳥類は絶滅した爬虫類の一群(恐竜)の形を変えた生き残りであり、その進化の初期に多くの遺伝子を失うなど独特の進化を遂げたことが、最近のゲノム研究から明らかとなってきました。よって進化生物学の視点からは、哺乳類の直接の比較対象として、鳥類よりも爬虫類を用いることがより妥当と考えられます。

本研究で用いたヤモリ科に属する爬虫類ソメワケササクレヤモリは、研究チームの動物施設において何代にもわたり飼育されています。今回、このヤモリが卵の中で成長する過程で機能する遺伝子を、最先端のDNA解析装置を用いて網羅的に解読しました。これにより、さまざまな生命現象を分子レベルで解き明かすための研究に欠かせない遺伝子情報がカタログ化され、ソメワケササクレヤモリを新たな実験動物として提案するための研究基盤が整いました。今後、哺乳類や鳥類の新たな比較対象としてソメワケササクレヤモリがさまざまな研究に用いられていくことが期待できます。本研究は、英国のオンライン科学雑誌『BMC Genomics』(11月18日付け)で掲載されました。

※研究チーム

理化学研究所 ライフサイエンス技術基盤研究センター
生命機能動的イメージング部門 生命動態情報研究グループ
分子配列比較解析ユニット
ユニットリーダー 工樂 樹洋 (くらく しげひろ)
研究員 原 雄一郎 (はら ゆういちろう)
テクニカルスタッフⅡ 辰見 香織 (たつみ かおり)

生体モデル開発ユニット
ユニットリーダー 清成 寛 (きよなり ひろし)
テクニカルスタッフⅠ 梶川 絵理子 (かじかわ えりこ)

理化学研究所 多細胞システム形成研究センター
研究員(研究当時) 吉田 道生 (よしだ みちお)

背景

哺乳類や鳥類、爬虫類は、羊膜を持つという共通の特徴を持ち、およそ3億年前に存在した共通祖先から進化したと考えられていることから、有羊膜類という一つのグループにまとめられます(図1)。飛ぶことのできる鳥類から、甲羅を持ったカメ、そして巨大なゾウや我々ヒトに見られるように、有羊膜類は進化の中でさまざまな形態を持つようになりました。多様化した形態を形成する分子メカニズムが生物種間でどのように違っているのかを解明することは、発生生物学の重要な課題の一つです。生物種間で遺伝子の配列や機能を比較することにより、これらの類似性、相違性が浮き彫りになります。

有羊膜類の発生メカニズムを解明するため、哺乳類のマウスやラット、鳥類のニワトリやウズラが実験動物として広く用いられています。しかし最近のゲノム解析から、鳥類の進化の初期に多数の遺伝子が失われたことが示されるなど、鳥類が独特の進化を遂げたことが明らかになっています。したがって、哺乳類の直接の比較対象として爬虫類を用いることがより妥当であると考えられるようになってきましたが、爬虫類は実験材料としてまだ確立されていませんでした。

ソメワケササクレヤモリ(図2)はマダガスカル島原産のヤモリの仲間で、繁殖力が高く飼育が容易なため、ペットとしても人気のある爬虫類です。一定の飼育環境下においては10日毎に1年中産卵が可能な上、性別が温度ではなく遺伝的に決まる性質を持ちます。この特徴を活かし、生体モデル開発ユニットでは、1組のつがいから継代したソメワケササクレヤモリの系統を安定的に維持するシステムを確立しています。ソメワケササクレヤモリの発生過程は詳細に記述されており注2)、またニワトリと同様に、生きた胚を用いた実験を容易に行えるため、発生学研究に用いる実験動物として望ましい特徴を兼ね備えています。一方で、現代の発生学研究にはゲノム配列をはじめとする分子レベルの情報が欠かせませんが、ソメワケササクレヤモリの大規模遺伝子解析はまだなされていません。現在、爬虫類ではトカゲ(アノールトカゲ)、ヘビ(ビルマニシキヘビ、キングコブラ)、カメ(スッポン、アオウミガメ)、ワニ(アメリカアリゲーター、イリエワニ、インドガビアル)の遺伝子配列が公開されています。ソメワケササクレヤモリはこれらの種と系統的に離れた位置に存在しており(図1)、その遺伝子解析は有羊膜類の進化を研究する上でも重要な情報となります。

注2)Noro M, Uejima A, Abe G, Manabe M, Tamura K. Normal developmental stages of the Madagascar ground gecko Paroedura pictus with special reference to limb morphogenesis. Dev Dyn. 2009;238:100-9. doi:10.1002/dvdy.21828.

研究手法と成果

研究チームは、ソメワケササクレヤモリの3つの発生段階の胚(産卵4日前、9日後、30日後、図2)に発現している遺伝子を、超並列DNAシーケンサー[2]を用いたRNA-seq[3]により網羅的に解読しました。RNA-seqの技術的な改良点として、本研究では、DNA解析装置にかける試料の調製方法と解析条件の組み合わせを最適化することにより、従来法に比べて2倍の長さの遺伝子断片(平均360塩基)を読み取ることが可能であることを示しました。長い断片の配列をつなぐことができれば、次のde novoアセンブリ[4]で、より完全に近い遺伝子配列を再構築できます。de novoアセンブリはコンピュータ処理によって、遺伝子配列の断片的な情報から、重複部分を利用してつなぐことで本来の遺伝子配列を再構築する方法です。ゲノムDNA配列の解読とは異なり、この方法で再構築できる遺伝子は、用いる対象とする組織や細胞で機能しているものに限られますが、既存の遺伝子情報が利用できない生物種の遺伝子解析にとって、有用な情報を格段に安価かつ簡便に取得することができます。

本研究では、de novoアセンブリ結果の評価法として、機能遺伝子をどのくらい完全に再構築できたかを数値化するための、脊椎動物を対象とする指標を提案しました。これまでde novoアセンブリ結果の評価法として用いられてきたのは、真核生物全体を対象とする指標ですが、脊椎動物が経験した遺伝子進化の歴史を考慮に入れることにより、アセンブリ結果をより正確に評価できるようになりました。この指標を計測するためのデータセットCVG(core vertebrate genesの略)は分子配列比較解析ユニットのウェブサイトから入手でき、他の脊椎動物を対象とする研究にも利用できます。また、本研究で再構築されたソメワケササクレヤモリのトランスクリプトーム[5]配列は、オンラインデータベースReptiliomix にて公開しています(図3)。このデータベースでは、調べたい遺伝子がソメワケササクレヤモリに存在しているかを検索することができます。

今後の期待

本研究において発生過程で機能する遺伝子の情報がカタログ化されたことにより、マウスやニワトリの新たな比較対象として、ソメワケササクレヤモリがさまざまなライフサイエンス研究に利用されることが期待されます。現在すでにいくつかの研究チームで、本研究からもたらされたヤモリの遺伝子情報を利用した進化発生学研究が進められています。また、本研究で提案した技術的な改良、すなわちトランスクリプトーム配列の効率的な再構築を可能にする方法、ならびにその結果の評価法は、他の脊椎動物を用いた研究への応用が期待できます。

原論文情報

  • Yuichiro Hara, Kaori Tatsumi, Michio Yoshida, Eriko Kajikawa, Hiroshi Kiyonari, Shigehiro Kuraku, "Optimizing and benchmarking de novo transcriptome sequencing: from library preparation to assembly evaluation", BMC Genomics, doi: 10.1186/s12864-015-2007-1

発表者

理化学研究所
ライフサイエンス技術基盤研究センター 生命機能動的イメージング部門 生命動態情報研究グループ 分子配列比較解析ユニット
ユニットリーダー 工樂 樹洋 (くらく しげひろ)
研究員 原 雄一郎 (はら ゆういちろう)

お問い合わせ先

理化学研究所 ライフサイエンス技術基盤研究センター
広報・サイエンスコミュニケーション担当 山岸 敦 (やまぎし あつし)
Tel: 078-304-7138 / Fax: 078-304-7112

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明

  1. ソメワケササクレヤモリ
    ヤモリ科に属する爬虫類。マダガスカル島原産、成体の体長は約15cm。産卵から孵化までの日数は60日。
  2. 超並列DNAシーケンサー
    数千万~数億本のDNA断片(リードと呼ばれる)の配列を一度に解読する装置。リードの長さは短いものの、多くのリードを解読できるため、総和として膨大なDNA配列情報が産出され、全ゲノム配列の解読や遺伝子発現の定量化、そしてDNA修飾の同定など、現代の生物学および医学に広く活用されている。次世代シーケンサーとも呼ばれる。
  3. RNA-seq
    超並列DNAシーケンサーを用いて、細胞(群)内でゲノムから転写されるRNAを網羅的に解析する方法。機能する遺伝子の発現量の同定、あるいはde novoアセンブリによるトランスクリプトームの再構築に広く用いられている。
  4. de novoアセンブリ
    de novo(デ・ノヴォ)とはラテン語で「初めから」という意味。DNAシーケンサーから出力されたDNA配列を用いて、既知の配列情報を参照することなく、ゲノムDNA配列や遺伝子配列を再構築する。
  5. トランスクリプトーム
    細胞内の全DNAの塩基配列情報を指す「ゲノム」に対し、細胞内の全転写産物(全RNA)をまとめてトランスクリプトームと呼ぶ。ゲノムのどの部分が転写されるかは細胞ごとに異なり、また時間経過によっても変化するため、さまざまな生命現象を理解する上でトランスクリプトームは重要な意味を持つ。

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哺乳類、鳥類、爬虫類の進化系統樹の図

図1 哺乳類、鳥類、爬虫類の進化系統樹

この進化系統樹では、哺乳類、鳥類、爬虫類の系統関係と分岐した年代を示している。色をつけた生物は爬虫類に属する。爬虫類と鳥類の系統では、最初にトカゲとヘビの仲間が分岐し、続いて、カメ、ワニの系統が分岐した。分岐年代はTimeTree projectに基づいている注1)

注1) Hedges SB, Dudley J, Kumar S. ,TimeTree: a public knowledge-base of divergence times amongorganisms. ,Bioinformatics 2006:22:2971-2972., doi: 10.1093/bioinformatics/btl505.

ソメワケササクレヤモリの写真

図2 ソメワケササクレヤモリ

a. 成体の個体 b. 卵を持っているメス。一度に2つの卵を産む。
c. 産卵4日前の胚 d. 産卵9日後の胚 e. 産卵30日後の胚

ヤモリ遺伝子データベース Reptiliomix の画面

図3 ヤモリ遺伝子データベース Reptiliomix

(左)データベースのトップページ、ここから相同性検索ツールBLASTが実行可能。
(右)BLAST実行結果のグラフィック表示

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