広報活動

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2015年11月26日

理化学研究所
日本電子株式会社

不均一な生体試料を測定できる高性能NMR装置を開発

-マイクログラム試料からの高分解能メタボローム解析を実現-

要旨

理研CLST-JEOL連携センター[1]固体NMR技術開発ユニットの西山裕介ユニットリーダーと、フランスCEAサクレー研究所のAlan Wong(アラン・ウォン)研究員らの国際共同研究グループは、不均一かつ微量な生体試料の高分解能メタボローム解析[2]が可能な核磁気共鳴(NMR)装置[3]を開発しました。

メタボローム解析は、代謝(メタボリズム)によって生物の細胞内に生成される多数の代謝産物を網羅的に解析する手法です。代謝反応から生命活動を包括的に理解するために用いられ、基礎研究だけでなく病理診断などでも応用されています。メタボローム解析には、質量分析(MS)装置[4]をはじめとした多数の分析機器が用いられています。中でもNMR装置は、生体から採取した尿や血液、臓器、細胞をそのまま検体とし、数百種以上の分子の混合物である不均一な代謝産物を高分解能で測定できることから、非破壊で、かつ得られる情報量が極めて多いメタボローム解析法として広く用いられています。しかし、現状のNMR装置で解析するためには、10~20 ミリグラム(mg、1mgは1,000分の1グラム)という大量の検体が必要です。そのため、小さな組織の測定や細胞種ごとに選別して測定することは不可能であり、この壁を乗り越える分析機器の開発が求められていました。

国際共同研究グループは、従来法の約1/50の試料量の500マイクログラム(μg、1μgは100万分の1グラム)の微量試料からメタボローム解析が可能な高感度・高分解能のNMR装置の開発に成功しました。特に分解能は、従来法に比べて5倍の性能を達成しました。また、試料管のコストも従来品の1/10程度の数万円に抑えることができ、病理診断などの生体組織検査に適した単回使用(使い捨て)用試料管も視野に入るランニングコストに抑えました。

今後、生体組織からのバイオマーカー[5]の検出や生検[6]による医療診断など、従来法では試料量の制限により不可能であった分野へのNMRメタボローム解析の応用が期待できます。

本研究は、英国の科学雑誌『Analyst』(12月21日号)に掲載されるのに先立ち、オンライン版(11月13日付け)に掲載されました。

※国際共同研究グループ

理化学研究所 ライフサイエンス技術基盤研究センター
理研CLST-JEOL連携センター 固体NMR技術開発ユニット
ユニットリーダー 西山 裕介 (にしやま ゆうすけ)

株式会社JEOL RESONANCE 技術部
リーダー 根本貴宏 (ねもと たかひろ)
主務 遠藤由宇生 (えんどう ゆうき)

ボルドー大学
CNRS研究員 Anne-Karine Bouzier-Sore(アン-カリーン・ブージエ-ソア)

CEA サクレー研究所
CNRS研究員 Alan Wong(アラン・ウォン)
本国際共同研究グループのリーダー

背景

メタボローム解析は、生命現象の包括的な理解を目的として、代謝(メタボリズム)によって生物の細胞内に生成される多数の代謝産物を網羅的に解析する手法です。代謝経路の解明に有用であることはもちろん、代謝産物の変化を捉えることで、環境や食事、薬物摂取、疾患などにより代謝が受けた影響を詳しく知ることができます。これらの情報は創薬ターゲットやバイオマーカーの探索においても重要であり、疾患の解明や、予防・診断・治療法の開発など臨床への応用が進められています。

メタボローム解析にはさまざまな分析手法が用いられますが、質量分析(MS)と核磁気共鳴(NMR)の2つが最も広く用いられています。中でもNMRは、さまざまな分子を含んだ混合物を再現性よく定量測定できるという特徴があり、有効な分析法として認識されています。通常のNMR装置は、尿のような均一な構造を持つ液体の測定に威力を発揮します。一方、臓器や細胞といった不均一な検体についても、試料を高速で回転させるマジックアングル試料回転(MAS)法[7]の登場により、高分解能のNMR信号[3]の測定が可能となりました。しかし、NMRはMSに比べて感度が低いために10~20 ミリグラム(mg、1mgは1,000分の1グラム)という大量の検体が必要であり、微量の試料しか得られない場合に測定できないという問題があります。またMAS法はもともと、高い分解能を必要としない固体試料の測定のために開発された背景があり、得られる分解能に限界がありました。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、MAS法で用いる試料管の小型化と、NMRの検出器の改良により、感度と分解能の向上に取り組みました(図1)。従来法では外径4 mm程度の試料管に検体を入れて測定するため、10~20 mgもの検体が必要になります。そこで、試料管の外径を1 mmと小型化することで、試料量の削減を図りました。その結果、従来法の約1/50の試料量の500マイクログラム(μg、1μgは100万分の1グラム)の微量試料からメタボローム解析が可能となりました。

また試料管の素材には通常セラミックが用いられますが、分解能の向上とコスト低減のために樹脂製の試料管を新たに開発しました。さらに、NMR信号を検出するコイルを外径1.9 mmに小型化し、同時に検出器の部品を、分解能の向上のために主な材質をプラスチックに交換しました。これらの改良により、従来法に比べて5倍の分解能を実現しました。分析コストの面でも、従来のセラミック製試料管が1本当たり数十万円程度であったのに対して、開発した樹脂製試料管は1本当たり数万円程度になりました。

新たに開発したNMR装置のメタボローム解析の性能を実証するため、ニワトリやブタのレバー(肝臓片)、および生検のモデルとしてラット脳から採取した組織を検体として用いて検証しました。その結果、組織に含まれるアミノ酸をはじめとする低分子を分離して高感度で測定できました(図2)。また、炭素の同位体13C[8]で標識したラクトース(乳糖)を測定し、代謝経路を追跡できることも示しました。

今後の期待

マイクログラムという微量の検体を解析できるNMR装置の開発により、生体から採取した非常に小さい組織片や細胞そのものがメタボローム解析の対象となります。特に医療分野においては、手術中の組織診断をごく微量の検体で行うことで患者の負担が少なくなります。また、樹脂製試料管の単回使用(使い捨て)により検体への異物の混入や感染症などのリスクを最小限にするなど、安全で高精度な生検方法の実現が期待できます。

原論文情報

  • Yusuke Nishiyama, Yuki Endo, Takahiro Nemoto, Anne-Karine Bouzier-Sore and Alan Wong, "High-resolution NMR-based metabolic detection of microgram biopsies using a 1 mm HRμMAS probe", Analyst, DOI: 10.1039/c5an01810b

発表者

理化学研究所
ライフサイエンス技術基盤研究センター 理研CLST-JEOL連携センター 固体NMR技術開発ユニット
ユニットリーダー 西山 裕介

西山裕介

西山 裕介

お問い合わせ先

理化学研究所 ライフサイエンス技術基盤研究センター
広報・サイエンスコミュニケーション担当 山岸 敦 (やまぎし あつし)
Tel: 078-304-7138 / Fax: 078-304-7112

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
お問い合わせフォーム

日本電子株式会社 取締役兼執行役員 経営戦略室長 大井 泉(おおい いずみ)
Tel: 042-543-1111 / Fax: 042-546-9732

産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 産業連携本部 連携推進部
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補足説明

  1. 理研CLST-JEOL連携センター
    理研と日本電子株式会社(JEOL)が共同で設立した連携センター。分析・診断機器分野における独自技術の創出を目指し、2014年11月に開設した。
    参考:2014年10月31日トピックス「理研CLST-JEOL連携センター」を開設
  2. メタボローム解析
    酵素などの働きで合成・分解された代謝産物を網羅的に解析する手法。検出法の限界により計測可能な代謝産物群の数が限られてしまうことが多く、それが技術的課題となっている。
  3. 核磁気共鳴(NMR)装置、NMR信号
    原子核には核スピンがあり、これがゼロではない水素や炭素原子の一部は強い磁場の中に置かれると、2つのエネルギー状態に分かれることが知られている。このエネルギー差に相当する電磁波を当てると、共鳴現象が起きて電磁波が吸収される。その振動数(NMR信号)は、原子核の種類と磁場の強さで決まるが、原子核の周りの電子の状態に影響されるので、周辺の電子の分布や原子の結合状態を知る手がかりになる。従って、NMRは分子構造の決定手段として利用される。また、NMR信号の強度から核スピンの数が分かるため、定量測定の手段としても用いられる。
  4. 質量分析(MS)装置
    極めて少量の試料に含まれる分子の分子量を測定する装置。試料を高真空下、イオン化し、そのイオン化分子の質量ごとに電磁気的に分離して検出する。
  5. バイオマーカー
    生体の状態を客観的に評価するために利用できる分子の総称。臨床分野では、特定の疾患に特徴的な分子や遺伝子発現を指すことが多い。
  6. 生検
    詳細な診断のために患者の生体組織を採取する検査法。手術の際に切除した組織を用いることが多い。
  7. マジックアングル試料回転(MAS)法
    固形物や不溶性物質を含む不均一な試料はNMR信号の分解度が低く解析が困難である。これを解決するため、磁場方向に対して試料を54.7°傾けて高速回転させて計測する方法で、不均一試料のNMR信号の分解能を向上させることができる。この角度がマジックアングルであり、メタボローム解析に用いるMAS法はHR-MAS (高分解能マジック角回転、High-resolution magic angle spinning)法とも呼ばれる。
  8. 13C
    天然での存在比が約1%の炭素の同位体。NMRでは天然の存在比約99%の12Cを測定できないため、13Cを分子に取込ませて測定することにより、13Cの代謝経路を選択的に測定できる。

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開発したNMR装置を用いたマイクログラム試料の高分解能メタボローム解析の図

図1 開発したNMR装置を用いたマイクログラム試料の高分解能メタボローム解析

従来のNMRの試料管と検出器を改良したことにより、生体組織や臓器、細胞などの高分解能メタボローム解析を実現した。

開発したNMR装置で測定した微量生体試料の図

図2 開発したNMR装置で測定した微量生体試料

新開発のNMR検出器と試料管を組み合わせたNMR装置を用い、(1)ニワトリ、(2)ブタ、(3) ラット脳生検、(4) ラット脳抽出液のメタボローム解析を行った。試料の量はいずれも490マイクログラムとした。NMR法による測定結果はスペクトルとして表され、試料中に存在する水素の原子核(1H ) がどのような分子内環境に置かれているか横軸の位置とピークの高さで示される。ピークの分離度が良いほど、NMR装置の分解能が高く多くの分子を見分けることができる。このスペクトルでは、個々のピークを特定の代謝産物に対応させることができ、1はアミノ酸(イソロイシン)、21は糖(グルコース)、22はアルコール(グリセロール)、26は核酸(アデノシン三リン酸)などとなる。

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