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2016年5月24日

理化学研究所

双極性障害(躁うつ病)にデノボ点変異が関与

-双極性障害患者やその家族とのパートナーシップにより明らかに-

要旨

理化学研究所脳科学総合研究センター精神疾患動態研究チームの加藤忠史チームリーダー、片岡宗子大学院生リサーチ・アソシエイト(研究当時)、的場奈々大学院生リサーチ・アソシエイト(研究当時)、高田篤研究員(研究当時)らの共同研究グループは、双極性障害(躁うつ病)[1]に、両親にはなく子で新たに生じる「デノボ点変異[2]」が関与していることを、双極性障害患者とその両親のトリオ79組の全エクソン(ゲノムのうちタンパク質をコードしている部分)の塩基配列を解読・解析することにより明らかにしました。

遺伝子配列の個人差が双極性障害の発症リスクに関わることが、双生児研究などから示されています。また遺伝子配列の個人差には、両親から受け継ぐものとともに、子において新たに生じる突然変異があることが知られています。近年、両親にはなく、子において新たに生じたデノボ点変異のうち、特にタンパク質配列(タンパク質のアミノ酸配列)を変化させる変異が、自閉スペクトラム症[3]統合失調症[4]の発症に関与していることが分かってきました。しかし、双極性障害とデノボ点変異の関連についての報告はありませんでした。

共同研究グループは、双極性障害患者とその両親のトリオ79組において、全エクソンの塩基配列を解読しました。さらにトリオ79組のデータと、過去の研究で報告された統合失調感情障害[5]の患者で認めるデノボ点変異のデータを組み合わせた複合的な解析を実施しました。

その結果、双極性障害患者では、一般人口ではタンパク質配列を変化させるデノボ点変異がほとんどない遺伝子に、“タンパク質配列を変化させるデノボ点変異”が多いことが分かりました。また、双極Ⅰ型障害[1]患者と統合失調感情障害患者を組み合わせたグループでは、健常対照群と比べて、タンパク質配列を変化させるデノボ点変異が多いことが分かりました。さらに、このようなデノボ点変異を持つ双極性障害患者は、発症年齢が若いことも分かりました。これらの知見は、躁・うつの症状を伴う精神疾患群のうち、特に早期発症かつ症状が比較的重い群(双極Ⅰ型障害と統合失調感情障害)では、タンパク質配列を変化させるデノボ点変異が発症リスクに関与していることを示しています。

今回の研究では、複数の患者で同じ遺伝子にタンパク質配列を変化させるデノボ点変異を持っているケースはなく、双極性障害の原因遺伝子を特定することはできませんでした。今後、どの遺伝子の変異が双極性障害の原因となるのかを特定することで、双極性障害の原因解明、治療法・診断法の開発につながると期待できます。

本研究は、米国の科学雑誌『Molecular Psychiatry』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(5月24日付け)に掲載されます。

※共同研究グループ

理化学研究所 脳科学総合研究センター 精神疾患動態研究チーム
チームリーダー 加藤 忠史(かとう ただふみ)
大学院生リサーチ・アソシエイト 片岡 宗子(かたおか むねこ)(研究当時)(現 医療法人鳳生会成田病院 医師)
大学院生リサーチ・アソシエイト 的場 奈々(まとば なな)(研究当時)(現 理研統合生命医科学研究センター 統計解析研究チーム リサーチアソシエイト)
研究員 高田 篤 (たかた あつし)(研究当時)(現 横浜市立大学医学部遺伝学教室 講師)
研究員 澤田 知世 (さわだ ともよ)
テクニカルスタッフⅠ 数野 安亜 (かずの あんあ)
テクニカルスタッフⅠ 石渡 みずほ (いしわた みずほ)

獨協医科大学 精神神経医学講座
講師 藤井 久彌子 (ふじい くみこ)

山口大学大学院医学系研究科 高次脳機能病態学分野
准教授 松尾 幸治 (まつお こうじ)

背景

双極性障害(躁うつ病)は人口の1%弱の人々がかかる疾患で、統合失調症とならび二大精神疾患の1つとされています。治療には気分安定薬などが有効ですが、副作用のために服用を中断した結果、再発してしまう患者が多いことや、初めて発症した場合のうつ状態では診断が難しいため、適切な治療を受けられるまで何年もかかる場合があります。そのため、新たな治療法・診断法の開発が求められています。

双極性障害では、一卵性双生児における発症の一致率(双生児のどちらも発症する率)が二卵性双生児における発症の一致率に比べて高いことなどから、その原因にゲノム要因が関与していることが指摘されています。また、最近の大規模な全ゲノム関連研究によって、カルシウムチャネルに関わる遺伝子などの配列の個人差(遺伝子多型[6])と疾患リスクの関連が見出されました。しかし、ひとつひとつの遺伝子多型の影響は小さく、こうした知見を原因解明や治療法・診断法の開発につなげることは容易ではありません。そのため、より大きな効果を持つゲノム要因を特定することが重要です。

近年、ゲノム解析技術の進歩とともに、両親にはなく、子で新たに生じた「デノボ点変異」を網羅的に解析することが可能になりました。また、デノボ点変異は誰もが持っていますが、そのうち、“タンパク質配列(タンパク質のアミノ酸配列)を変化させるデノボ変異”の一部が、自閉スペクトラム症や統合失調症の発症に関与することが見出されています。また、デノボ点変異は父親の加齢とともに増えることが知られており、父親の高年齢が危険因子となる疾患では、デノボ点変異が疾患リスクに関与することが考えられます。双極性障害は、自閉スペクトラム症や統合失調症とともに、精神疾患の1つとして知られていますが、デノボ点変異との関連についての報告はありませんでした。

研究手法と成果

共同研究チームは、双極性障害も他のデノボ点変異が関与する疾患と同様の特徴を持っていることに着目し、双極性障害患者とその両親のトリオで、全エクソン(ゲノムのうちタンパク質をコードしている部分)の塩基配列を解読しました。全国の双極性障害研究者が参加している、患者・家族と研究者のネットワーク「双極性障害研究ネットワーク[7]」などを通じて参加者を募り、79家系から得られたデータの解析を行いました。その結果、子の42人に合計70個の遺伝子でデノボ点変異があり、残りの37人はデノボ点変異を持っていませんでした。

次に、これらのデノボ点変異によって影響される遺伝子の特徴について調べました。“タンパク質配列を変化させるデノボ点変異”を認める遺伝子のうち、タンパク質の機能を失わせる「機能喪失変異」がある遺伝子には、一般人口ではタンパク質配列を変化させるデノボ点変異がほとんど起きない遺伝子が、有意に多く含まれていることが分かりました(図1)。これは、双極性障害患者でタンパク質配列を変化させるデノボ点変異が見つかった遺伝子は、一般人口で同様の変異が見つかる遺伝子とは異なった特徴を持つことを示しています。

また、同様の所見は、自閉スペクトラム症や統合失調症を対象とした大規模研究でも認められています。そのため、双極性障害もタンパク質配列を変化させるデノボ点変異が疾患リスクに関与することを示しています。

引き続いて、タンパク質配列を変化させるデノボ点変異を持つ患者と、持たない患者の臨床情報を比較すると、デノボ点変異を持つ患者の方が、有意に若い年齢で発症していることが分かりました(図2)。

さらに、海外の研究グループが既に報告している統合失調感情障害のデータと、上述の79家系のデータを合わせて、より大規模な解析を行いました。その結果、双極Ⅰ型障害と統合失調感情障害を組み合わせたグループでは、健常対照群(この場合は、自閉スペクトラム症家系における健常な兄弟姉妹)と比べて、タンパク質配列を変化させるデノボ点変異が全体として有意に多いことが分かりました。

これらの所見を総合的に解釈すると、自閉スペクトラム症や統合失調症の場合と同様に、双極性障害でもタンパク質配列を変化させるデノボ点変異が疾患リスクに寄与し、特に早期発症かつ、症状が比較的重い群(双極Ⅰ型障害と統合失調感情障害)では、タンパク質配列を変化させるデノボ点変異が発症リスクに関与しているということができます。

今後の期待

今回の結果は、双極性障害にデノボ点変異が関係していることを示しています。一方で、例えばデノボ機能喪失変異を認めた遺伝子のうち、どれが本当に双極性障害に関係しているかを証明することはできていません。今後、より大規模な研究を行い、複数の患者でタンパク質配列を変化させるデノボ点変異を認める遺伝子を同定することができれば、真の「双極性障害原因遺伝子」の特定に近づくと考えられます。このような遺伝子の同定は、現在の双極性障害の生物学的研究において大きな障壁となっている、妥当な疾患モデル(遺伝子改変動物、患者由来iPS細胞など)が存在しないという問題の解決につながると期待できます。

また今回、双極性障害トリオ家系の全エクソン解析によって双極性障害とデノボ点変異の関連を明らかにしたことは、患者とその家族と、研究者とのパートナーシップに基づいて意義ある研究を進めた好例といえます。今後、よりパートナーシップを深めていくことが、双極性障害の原因解明、診断法・治療法の開発を目指す上での大きな力になります。

原論文情報

  • Muneko Kataoka*, Nana Matoba*, Tomoyo Sawada, An-a Kazuno, Mizuho Ishiwata, Kumiko Fujii, Koji Matsuo, Atsushi Takata+, Tadafumi Kato+, "Exome Sequencing for Bipolar Disorder Points to Roles of De Novo Loss-of-function and Protein-altering Mutations", Molecular Psychiatry, doi: 10.1038/MP.2016.69
    (*co-first authors, +co-corresponding authors)

発表者

理化学研究所
脳科学総合研究センター 精神疾患動態研究チーム
チームリーダー 加藤 忠史 (かとう ただふみ)
大学院生リサーチ・アソシエイト 片岡 宗子 (かたおか むねこ)(研究当時)
(現 医療法人鳳生会成田病院 医師)
大学院生リサーチ・アソシエイト 的場 奈々 (まとば なな)(研究当時)
(現 理研統合生命医科学研究センター 統計解析研究チーム リサーチアソシエイト)
研究員 高田 篤 (たかた あつし)(研究当時)
(現 横浜市立大学医学部遺伝学教室 講師)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.双極性障害(躁うつ病)、双極Ⅰ型障害
    躁状態とうつ状態を繰り返す精神疾患は、以前は「躁うつ病」と呼ばれていた。しかし、躁状態を伴わない「うつ病」を含めて「躁うつ病」と呼ぶいい方もあり、誤解を招くことから、現在では、躁状態とうつ状態の両方を伴う疾患は、「双極性障害」と呼ばれている。双極性障害は、うつ状態と社会生活に支障をきたす躁状態を伴う双極Ⅰ型障害、うつ状態と社会生活の障害には支障をきたさない程度の軽躁状態を伴う双極Ⅱ型障害の2種類に分類されている。
  • 2.デノボ点変異
    デノボ(de novo)は、「新たに」という意味のラテン語。子のゲノムは、通常、卵子に含まれる母親のゲノムの半分と、精子に含まれる父親のゲノムの半分を受け継いだものである。しかし、精子、卵子が作られる際にエラーが生じて、子のゲノムに親が持たない新たな変異が生じる場合がある。これを「デノボ変異」という(正確には、デノボ生殖細胞変異:de novo germline mutation)。この数年の間に急激に研究が進んだ結果、人は平均して全エクソンに1個弱のデノボ点変異を持っており、デノボ点変異は父親が高齢になるほど増えること、自閉スペクトラム症や統合失調症ではタンパク質配列を変化させるデノボ点変異、なかでも機能喪失変異が多いことなどが明らかにされている。
  • 3.自閉スペクトラム症
    対人相互作用の障害やこだわりなどを特徴とする発達障害。以前は自閉症と、知能障害や言語の障害を伴わないアスペルガー障害に分けられていたが、連続性があることから、現在はまとめて自閉スペクトラム症と呼ばれている。
  • 4.統合失調症
    幻聴、妄想などを特徴とする精神疾患。
  • 5.統合失調感情障害
    双極性障害(躁うつ病)に特徴的な躁状態・うつ状態の時期と、統合失調症に特徴的な幻聴、妄想を示す時期の両方を示す精神疾患。
  • 6.遺伝子多型
    遺伝子のDNA配列の個人差のうち集団での頻度が1%以上のものの呼称。
  • 7.双極性障害研究ネットワーク
    英国のニコラス・クラドック教授は研究者と、双極性障害の当事者の直接のパートナーシップによる研究推進の仕組みである「 Bipolar Disorder Research Network(BDRN)(英語)」を設立している。2011年2月にUK-Japan気分障害ワークショップを開催したことを機に、理研脳科学総合研究センター加藤忠史チームリーダーらが呼びかけ、日本版BDRNとして「 双極性障害研究ネットワーク」が設立された。月1回、研究者による最新研究情報や双極性障害当事者による体験記などを掲載したニュースレターを配信している。
    *配信希望者はbipolar-admin[at]umin.ac.jp(※[at]は@に置き換えてください。)宛に、件名を「ニュース申し込み」とし、本文に登録希望名をご記入の上、メールにてお申し込み下さい。登録終了のお知らせが自動配信され、次回からニュースが配信されます。
双極性障害患者でみられるタンパク質配列を変化させるデノボ点変異の性質の図

図1 双極性障害患者でみられるタンパク質配列を変化させるデノボ点変異の性質

横軸は、双極性障害患者で見つかったデノボ点変異を、一般人口における変異の起きやすさにより分類した割合を表す。デノボ点変異がみられた70個の遺伝子のうち、一般人口における変異の頻度が分かっている66個(53個+13個)について解析した。53個のタンパク質配列を変化させる変異には、機能喪失変異9個を含む。双極性障害患者で、タンパク質配列を変化させるデノボ点変異、とりわけタンパク質の機能を失わせる変異(機能喪失変異)がみられる遺伝子には、一般人口ではこうした変異がほとんど起きない遺伝子(黒で示した)が、偶然に起きる頻度(4%)に比べて、統計学的に有意に多いことが分かる。

黒い部分:一般人口では、ほとんど変異が起きない遺伝子(全遺伝子の中で変異が起きにくい方から1%)。
グレーの部分:一般人口では、比較的変異が起きにくい遺伝子(全遺伝子の中で変異が起きにくい方から25%)。
白い部分:その他の遺伝子(全遺伝子の中で変異が起きやすい方から数えて75%まで)。
赤の点線:一般人口では、ほとんど変異が起きない遺伝子に偶然に変異が起きる頻度(4%)。
赤の実線:一般人口では、比較的変異が起きにくい遺伝子に偶然に変異が起きる頻度(38%)。
p値:統計用語で、偶然にそのようなことが起こる確率のこと。p値が小さいほど、偶然に起こりにくいことを表す。

タンパク質配列を変化させるデノボ変異と発症年齢の図

図2 タンパク質配列を変化させるデノボ変異と発症年齢

タンパク質配列を変化させるデノボ点変異を持たない双極性障害患者(左)の発症は平均25.9歳であるのに対して、デノボ点変異を持つ患者(右)の発症年齢は、平均21.6歳と若い。

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