広報活動

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2016年7月21日

理化学研究所

化学反応ネットワークの新原理「限局則」を発見

-酵素変化に対する応答の範囲は構造で決まる-

要旨

理化学研究所(理研)望月理論生物学研究室の岡田崇特別研究員と望月敦史主任研究員(理論科学連携研究推進グループ 階層縦断型理論生物学研究チーム チームリーダー)の研究チームは、生体内でみられる化学反応系の酵素変化に対する応答の範囲がネットワークの局所的な形だけから決まるという新原理(以下、「限局則」)を理論的に証明しました。

生体内で起こる化学反応は連鎖的につながり、ネットワークを形成しています。このシステム全体のダイナミクスから細胞の生理機能が生まれ、さらに反応をつかさどる酵素の量や活性が変化することで、生理機能の調節が行われると考えられています。これまで、化学反応系のダイナミクスや調節機能を理解する目的で、各酵素の量や活性に撹乱を与え、化学物質の濃度変化を測定する摂動実験が行われてきました。しかし、ネットワークから化学反応系を合理的に理解することはほとんどできていませんでした。

研究チームは今回、化学反応ネットワークの構造だけから、酵素の量や活性が変化したときの化学反応系の応答を定性的に予測する数理理論を構築しました。その結果、酵素変化に対する化学反応系の応答の範囲が、ネットワークの局所的な形だけから決まることを数学的に証明しました。ネットワーク中の部分構造に含まれる、分子、反応、ループ構造の数が、ある簡単な算術式を満たしていると、その部分構造は「限局構造」となること、つまり構造の内部に与えられた摂動の影響は、その内部のみに留まり外部には伝わらないことを発見し、証明しました。

ネットワークの部分構造だけで化学反応系の振る舞いを決定できる「限局則」は、生命システムを解明する上で有力な手段になります。例えば、ネットワークの形さえ分かっていれば、そのシステムが酵素変化に対してどのような応答をするか、すぐに予測できます。さらにデータベース上のネットワーク情報と摂動応答実験の結果を比べて不整合を発見し、未知の反応の存在を予測することも可能です。また、酵素の摂動をその内側で吸収して外に伝えない限局構造は、生命システムに頑健性[1]を与える構造として進化してきた可能性があり、複雑な生命システムの進化的起源を理解する手掛かりになるかもしれません。

本研究は科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)「生命動態の理解と制御のための基盤技術の創出」の一環として行われ、成果は米国の科学雑誌『Physical Review Letters』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(7月20日付け:日本時間7月21日)に掲載される予定です。

背景

生体内で起こる多数の化学反応は、生成物や基質(反応物)を共有する形で連鎖的につながり、ネットワークを形成しています。現在、さまざまな生物種の化学反応ネットワークの情報がデータベース上で得られますが、これらは発見された化学反応を記載した知識の集積です。一方で、このシステムからどのようなダイナミクスが生まれるのかは、まだほとんど分かっていません。ネットワーク全体のダイナミクスから生理機能が生まれ、反応を触媒する酵素の活性や量の変化により機能の調節が行われる、と考えられています。例えば、解糖系[2]クエン酸回路[3]と呼ばれる部分は中心代謝系とも呼ばれ、この回路が働くことで生物はエネルギーを得ていると言われています。

システム全体の振る舞いを理解する目的で、ネットワーク上の個々の反応をつかさどる酵素に操作的撹乱を与え、その応答としての化学物質の濃度変化を測定する実験(摂動実験)が始められています。しかし摂動実験の結果は、摂動を与えた下流の分子濃度や反応速度が変化するとは限らないなど、直感的に理解することが困難だと考えられてきました。

化学反応系のダイナミクスや調節機構を理解するためには、化学反応ネットワークの形と酵素変化に対する応答とを結びつけることが必要でしたが、そのような理論はこれまで存在していませんでした。

研究手法と成果

研究チームは、今回、化学反応ネットワークの構造から、酵素活性や量の摂動に対するシステムの応答を定性的に予測する新しい数理理論を構築しました。

まず、化学反応のダイナミクスを記述する微分方程式の定常解に注目し、各酵素の変動に対する解の応答を一斉に決定する理論式を求めました。化学反応ネットワークとは、(a)各反応によってどの物質がどの物質に変化するか、(b)各反応がどの物質に依存するか、という情報です。研究チームは、これらの情報だけを過不足なく用いて、それ以外に仮定を置かない理論を構築しました。そして理論解析の結果、次の三つのことを発見しました。

  1. 酵素の摂動に対する化学反応系の定性的応答は、ネットワークの形だけから決められること。
  2. ネットワークの形と摂動を与える箇所に依存して、特徴的な応答パターンを示すこと。
    ここで、 (2)の特徴は、以下の二つにまとめられます。
    (i) 化学反応系に与えた摂動の応答は、ネットワーク上の限られた部分に限局する。
    (ii) 化学反応系のさまざまな場所に摂動を与えたときの応答は、全体として階層的な入れ子構造(図2)を示す。
  3. 以上の特徴的パターンを全て説明する一般則として「限局則」が存在すること。

ネットワークの任意の部分構造がある簡単な条件を満たしているとき、その部分は「限局構造」となり、構造内の反応に与えられた変動の影響は、内部のみに留まり外部の濃度や反応には全く影響を与えません。その条件とは部分構造に含まれる化学物質の種類数(分子種の数)、反応の数、ループ構造の数が次の算術式を満たすことです。

(分子種の数)-(反応の数)+(ループ構造の数)=0

この法則は、数学的に一般的に証明されます。例えば図12はバクテリア(大腸菌)の中心代謝系を対象に、ネットワーク中のさまざまな酵素に摂動を与えたときの濃度と反応の応答を計算し、まとめたものです。図2は、応答パターンにみられる限局性と階層性を示しています。

例えば図1で、黄色で塗られた反応に変動を与えると黄の分子(X5P、S7P、E4P)だけが応答し、赤色で塗られた反応に変動を与えると赤(G3P)と黄の分子が応答し、橙色で塗られた反応に変動を与えると橙(RSP)と黄の分子が応答し、青色に塗られた反応に変動を与えると青の分子だけが反応し、緑色に塗られた反応に変動を与えると緑、黄、赤、橙、青の分子が応答する、といった階層構造が存在することがみてとれます。

このネットワークには17個の「限局構造」があり、それらが包含関係をなしていることで、このような階層的応答が現れるのだと分かります。つまりバクテリアの中心代謝系には、与えられた変動をその内部で吸収し外に伝えないような構造が17個存在し、それらが入れ子になっているのだといえます。

 

今後の期待

化学反応系の振る舞いについて、ネットワークの形、しかも局所的な形だけから決定できるこの理論は、多様な生命現象への応用やさまざまな方向への発展の可能性があります。

第一に、さまざまな化学反応系の酵素変化に対する応答を、ネットワークの形を見ただけですぐ予測できます。現在、さまざまな生命現象に対し、生体分子とそれらの関係性からダイナミクスを理解しようとする研究が盛んに行われています。この理論は、そのような分野を進展させる基本指針となると考えられます。

第二に、部分構造だけで条件が決まる限局則は、無数の化学反応がつながり未知の反応を含みうる、実際の生命システムを解明する上で強力なツールとなりえます。データベースの情報に基づく限局構造と、実際の摂動応答実験の結果とが一致しなければ、それは未知の反応や制御の存在を意味します。理論と実験との比較を繰り返すことで、真のネットワークを決めていくことができます。

第三に、限局構造とは、酵素の量や活性の変動の影響をその内部で吸収し、外に伝えない構造です。化学反応システムの頑健性の起源だと捉えることができます。例えばバクテリアの中心代謝系は、そのような防御構造を何重にも入れ子に備えた、大変に頑健性のあるシステムだといえるでしょう。限局構造を手掛かりに、生命の複雑なネットワークシステムの進化的起源を理解することができるかもしれません。

原論文情報

  • Takashi Okada and Atsushi Mochizuki, "Law of Localization in Chemical Reaction Networks", Physical Review Letters

発表者

理化学研究所
主任研究員研究室 望月理論生物学研究室
特別研究員 岡田 崇 (おかだ たかし)
主任研究員 望月 敦史 (もちづき あつし)
(理論科学連携研究推進グループ 階層縦断型理論生物学研究チーム チームリーダー)

岡田崇 特別研究員の写真

岡田 崇

望月敦史 主任研究員の写真

望月 敦史

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

科学技術振興機構 広報課
Tel: 03‒5214‒8404 / Fax: 03‒5214‒8432
jstkoho [at] jst.go.jp(※[at]は@に置き換えてください。)

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補足説明

  1. 頑健性
    力学系の特徴を表す概念で、パラメータなど系に影響を与える因子に摂動を与えても、力学的振る舞いが大きく変わらない性質のことをいう。生体の恒常性(ホメオスタシス)は、代謝系などの生命システムが頑健性を備えている例として理解される。
  2. 解糖系
    グルコース(ブドウ糖)を初発物質とし、一連の酵素反応により最終的にピルビン酸を生成するとともに、その分解過程で代謝に必要なエネルギーを獲得したり、他の代謝系で用いられる代謝物を生合成したりする代謝反応系。ほとんど全ての生物が解糖系を持ち、最も原始的な代謝系とされる。
  3. クエン酸回路
    トリカルボン酸回路、TCA回路、クレブス回路とも呼ばれる。アセチルCoAとオキサロ酢酸からクエン酸を合成する反応から始まる一連の代謝経路。呼吸に用いられる還元力を生産するとともに、二酸化炭素を生成する。

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バクテリア(大腸菌)の中心代謝系の反応ネットワーク図

図1 バクテリア(大腸菌)の中心代謝系の反応ネットワーク

矢印は化学反応による物質の変化を示す。矢印に添えられた数字は化学反応の区別、矢印の両端の文字列は化学物質を示す。色は図2に対応。

解析の結果得られたバクテリアの中心代謝系の摂動応答ネットワークの図

図2 解析の結果得られたバクテリアの中心代謝系の摂動応答ネットワーク

各ボックス下部の数字は変動を与えた反応酵素を示す。それぞれのボックスおよび下方に伸びる矢印の先にある全てのボックス内の化学物質名が、与えられた変動に応答する物質を示す。

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