広報活動

Print

2017年4月27日

理化学研究所
大阪市立大学

環境音楽聴取時の気分変化から自律神経機能を予測

-音楽による自律神経バランスの改善に期待-

要旨

理化学研究所(理研)ライフサイエンス技術基盤研究センター細胞機能評価研究チームの片岡洋祐チームリーダー、久米慧嗣研究員と健康・病態科学研究チームの渡邊恭良チームリーダー(大阪市立大学健康科学イノベーションセンター所長)、理研科学技術ハブ推進本部健康生き活き羅針盤リサーチコンプレックス推進プログラム新規計測開発チームの堀洋研究員らの共同研究グループは、環境音楽の聴取により主観的な疲労(疲労感[1])が軽減し、安心・リラックス感が増強すること、さらに、その際の自律神経機能[2]指標の変化パターンが、疲労、癒し、眠気、憂鬱などの主観的気分の変化によって予測可能であることを明らかにしました。

音楽を聴くことで、主観的な気分が改善され疲労感が減ること、また音楽のジャンルによってさまざまな感情や気分(例えば、気分が落ち着く、高揚するなど)が誘起されることが一般的に知られています。しかし、疲労科学的な観点からみると実際の疲労度と疲労感は一致しないことも多く、音楽聴取によって起こる主観的な気分変化が、疲労・疲労感の客観的な指標となる循環器系自律神経機能指標(心拍変動[3])とどのような関係性にあるのかはよく分かっていませんでした。

今回、共同研究グループは、ピアノ、バイオリン、自然音源などから構成される環境音楽のアルバム楽曲注1)を使用して、健常成人を対象に、環境音楽を30分間聴いたときと無音で過ごしたときの、主観的な気分と自律神経機能の変化について計測しました。KOKOROスケール[4]注2)を用いて得た主観的気分データの解析結果から、環境音楽の聴取により、気分が「癒し」「眠気」「安心・リラックス感」の方向に大きく動くことが分かりました。さらに、聴取前後での自律神経機能の変化と主観的な気分変化との相関を調べたところ、「癒し」や「安心・リラックス」への気分変化に対しては心拍数が減少すること、「爽快」への気分変化に対しては循環器系自律神経機能の指標であるLF/HF(心拍変動の低周波数成分(LF)と高周波数成分(HF)の比)が減少することが分かりました。今回の結果は、音楽聴取時の主観的な気分変化を調べることで、個人の自律神経活動のバランスを予測し、そのバランスを調節するような楽曲制作・選曲がデザイン可能であることを示唆します。

本成果は、スイスのオンライン科学雑誌『Frontiers in Neuroscience』(3月10日付け)に掲載されました。

注1) 2015年6月25日 株式会社デラ プレスリリース「『疲労解消のための音楽』が6月26日発売
注2) 2012年3月1日 プレスリリース「気分測定システム「KOKOROスケール」を開発

背景

音楽が人々の主観的な気分にさまざまな影響を与えることは一般的に知られています。聴く音楽の種類により、安心・リラックスしたり、眠たくなったり、あるいは興奮したり、モチベーションが増したり、悲しくなったりと、異なる気分や感情が誘起されます。これら気分の変化は、生理学的な観点から自律神経機能の変化との関係が推測されていますが、聴取する音楽のジャンルによって反応性が全く異なるため、まだ科学的なコンセンサスはありません。

日常的な疲労は、慢性的、肉体的、精神的、またはその複合型の疲労などさまざまであり、これらの疲労状態(あるいは、実際の疲労度の度合い)は、主観的な疲労感と一致しない場合もしばしばあります。そのため、音楽を聴くことで、主観的な気分が改善され、自覚的な疲労感が減ることも報告されています。しかし、客観的な疲労・疲労感の指標と主観的な気分変化との関係性はよく分かっていませんでした。

近年、心拍変動解析によって得られる低周波数成分(LF)、高周波数成分(HF)、およびその比(LF/HF)といった循環器系自律神経機能の指標が、精神的な疲労や日常生活での疲労の程度の客観的な指標となることが報告されています。そこで共同研究グループは、音楽聴取時において、これらの自律神経機能指標の変化パターンと主観的な気分変化を同時に計測し、その関係性を詳細に調べることを試みました(図1)。

研究手法と成果

共同研究グループは、ピアノ、バイオリン、自然音源などから構成される音楽の中から、疲労予防・疲労回復が期待されるものを選曲し、環境音楽のアルバムを制作しました。健常成人20名(男性8名、女性12名)を対象に、通常の勤務時間後(平日17時以降)にこのアルバムを30分間聴いたときと、無音環境で過ごしたときの疲労、安心・不安、眠気、憂鬱などの主観的な気分を「KOKOROスケール」アプリケーションを用いて測定しました(図2)。

KOKOROスケールは、「不安-安心」「眠気-覚醒」など対立する気分の組み合わせを二つ設定し、それぞれを横軸と縦軸(最小値-100、中心値0、最大値100)で表示した二次元座標です。被験者は、その時々の気分に当たると思った位置にタッチすることで、主観的気分を簡便に入力できます。本研究では、「疲労-癒し」×「眠気-覚醒」および、「不安・緊張-安心・リラックス」×「憂鬱-爽快」の2種類のKOKOROスケールパネルを設定しました(図3A-D)。

20名の被験者に対して、環境音楽聴取時と無音時の主観的な気分変化をそれらの前後で測定したところ、音楽聴取時に主観的な気分が大きく変化することが分かりました(図3A-D)。また、主観的気分の時系列的変化を解析したところ、環境音楽を聴く時間に依存して、主観的な疲労感は軽減し、「癒し」や「安心・リラックス」感の方向に大きく動くことが分かりました(図3E,G)。さらに、聴取を始めて15分までには「眠気」「爽快」へとやや動くことも分かりました(図3F,H)

KOKOROスケールによる主観測定と同時に、環境音楽が循環器系自律神経機能に与える影響を調べるため、心拍数および、心拍変動の低周波数成分(LF)と高周波数成分(HF)を計測しました。その結果、環境音楽の聴取後に心拍数が著しく減少しましたが、心拍変動成分(LF/HF、循環器系自律神経機能指標)については、被験者全体としては聴取時と無音時で有意な差はみられませんでした(図4)。

そこで、被験者ごとにみた場合に、環境音楽聴取時の主観的気分の変化量と、心拍数の変化および心拍変動成分の変化が相関しているかを詳しく解析しました。その結果、音楽を聴いた後に「癒し」や「安心・リラックス」への変化量が大きい人ほど心拍数がより減少していること(図5A,B)、また「爽快」への変化量が大きい人はLF/HFがより減少するか、少なくとも増加が抑えられていることが分かりました(図5C)。これは、環境音楽の聴取後に生じる自律神経機能の変化パターンが、KOKOROスケールによって得られる主観的気分データから予測可能であることを示しています。

今後の期待

日常的な疲労の蓄積は、自律神経機能バランスの悪化を介して循環器疾患など、さまざまな疾病のリスク要因になることが報告されています。今回の研究をもとに、個人個人の自律神経機能に与える音楽の効果を高精度で予測する技術が開発できれば、個人の健康状態にとってベストな選曲を提案する健康促進ツールの実現につながる可能性があります。

音楽鑑賞は、人々が日常生活の中で楽しみながら簡単に取り入れられる気分転換法の一つです。主観的な気分転換の効果が科学的にも評価できる可能性が示されたことから、今後、音楽鑑賞を用いた健康科学を確立することで、健康社会の実現への寄与が期待できます。

※共同研究グループ

理化学研究所
ライフサイエンス技術基盤研究センター
生命機能動的イメージング部門 イメージング基盤・応用グループ
細胞能評価研究チーム
チームリーダー 片岡 洋祐 (かたおか ようすけ)(大阪市立大学大学院医学研究科 客員教授 研究当時)
研究員 久米 慧嗣 (くめ さとし)(大阪市立大学大学院医学研究科 研究員 研究当時)
パートタイマー(研究当時) 西村 友香子(にしむら ゆかこ)
研修生(研究当時) 嵜本 捺愛 (さきもと なえ)
上級研究員 田村 泰久 (たむら やすひさ)
研究員 大和 正典 (やまと まさのり)

健康・病態科学研究チーム
チームリーダー 渡邊 恭良 (わたなべ やすよし)(大阪市立大学 健康科学イノベーションセンター センター所長、理研 健康生き活き羅針盤リサーチコンプレックス推進プログラム副プログラムディレクター)

科学技術ハブ推進本部
健康生き活き羅針盤リサーチコンプレックス推進プログラム
融合研究推進グループ
健康計測解析チーム
チームリーダー 水野 敬 (みずの けい)(理研 健康・病態科学研究チーム 上級研究員、大阪市立大学 大学院医学研究科 特任准教授)

新規計測開発チーム
研究員 堀 洋 (ほり ひろし)(大阪市立大学 健康科学イノベーションセンター 特別研究員)

株式会社デラ(Della)
課長(研究当時) 三ツ橋 里香(みつはし りか)
チーフ・プロデューサー(研究当時) 穐葉 慶吾 (あきば けいご)

横浜国立大学
大学院工学研究院 機能の創生部門 生物システム工学研究室
教授(研究当時) 小泉 淳一(こいずみ じゅんいち)

原論文情報

  • Satoshi Kume, Yukako Nishimura, Kei Mizuno, Nae Sakimoto, Hiroshi Hori, Yasuhisa Tamura, Masanori Yamato, Rika Mitsuhashi, Keigo Akiba, Jun-ichi Koizumi, Yasuyoshi Watanabe and Yosky Kataoka, "Music Improves Subjective Feelings Leading to Cardiac Autonomic Nervous Modulation: A Pilot Study", Frontiers in Neuroscience, doi: 10.3389/fnins.2017.00108

発表者

理化学研究所
ライフサイエンス技術基盤研究センター 生命機能動的イメージング部門 イメージング基盤・応用グループ 細胞機能評価研究チーム
チームリーダー 片岡 洋祐 (かたおか ようすけ)
(大阪市立大学大学院医学研究科 客員教授 研究当時)
研究員 久米 慧嗣 (くめ さとし)
(大阪市立大学大学院医学研究科 研究員 研究当時)

ライフサイエンス技術基盤研究センター 生命機能動的イメージング部門 イメージング基盤・応用グループ 健康・病態科学研究チーム
チームリーダー 渡邊 恭良 (わたなべ やすよし)

健康生き活き羅針盤リサーチコンプレックス推進プログラム 融合研究推進グループ 新規計測開発チーム
研究員 堀 洋 (ほり ひろし)

片岡洋祐チームリーダーの写真

片岡洋祐

久米慧嗣 研究員の写真

久米慧嗣

渡邊恭良チームリーダーの写真

渡邊恭良

堀洋 研究員の写真

堀洋

お問い合わせ先

理化学研究所 ライフサイエンス技術基盤研究センター
広報・サイエンスコミュニケーション担当 山岸 敦 (やまぎし あつし)
Tel: 078-304-7138 / Fax: 078-304-7112

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
お問い合わせフォーム

大阪市立大学 広報室
Tel: 06-6605-3410 / Fax: 06-6605-3572
t-koho [at] ado.osaka-cu.ac.jp(※[at]は@に置き換えてください。)

産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 産業連携本部 連携推進部
お問い合わせフォーム

このページのトップへ

補足説明

  1. 疲労感
    疲労は、「身体的あるいは精神的負荷を連続して与えられたときにみられる一時的な身体的および精神的パフォーマンスの低下現象」と定義される注3)。疲労のシグナルが脳に伝えられると、「疲れている」という疲労感が生じるが、この疲労感は実際の疲労の強さとは必ずしも一致しない。
    注3)文部科学省科学技術振興調整費「疲労および疲労感の分子・神経メカニズムとその防御に関する研究」より
  2. 自律神経機能
    自律神経系は交感神経と副交感神経からなり、脈拍や血圧、発汗などを無意識のうちに調節する機能を持つ。
  3. 心拍変動
    心拍数は自律神経系の支配を受け、身体や精神の状態により大きく変動するが、安静時でも心拍の間隔は一定ではなく、他の生体リズムの影響を受けて常に揺らいでいる。周期的な心拍の揺らぎを心拍変動と呼び、その揺らぎの周期は、数秒から数十秒周期の低周波(Low Frequency)成分と、数秒周期の高周波(High Frequency)成分に分けることができる。
  4. KOKOROスケール
    片岡チームリーダーが大阪産業創造館(財団法人大阪市都市型産業振興センター)との共同研究により、個人の気分をタッチパネルなどで簡単に入力できるシステムとして開発した。安心感と不安感、ワクワク感とイライラ感などの気分が、1日の間にどのように変化するかを簡単に数値化して記録できる。

このページのトップへ

主観的気分データの取得と循環器系自律神経機能の計測の図

図1 主観的気分データの取得と循環器系自律神経機能の計測

左: 片岡チームリーダーらが開発したKOKOROスケール。本研究では、タブレット端末のアプリケーションとして使用した。被験者は環境音楽の鑑賞中に、そのときの気分に合うと思った位置をタップすると、経時データが記録される。

右: 渡邊チームリーダーらが産学連携で開発した自律神経測定センサー。両手の人差し指を入れ、短時間で簡便に心電図および脈波を同時測定する(本研究では、株式会社疲労科学研究所製を使用)。

試験スケジュールの図

図2 試験スケジュール

各被験者を対象に、環境音楽を30分間聴取したとき(下側)、しないとき(上側)とで試験を実施した。各試験は、3回ずつランダムな順番で繰り返した。KOKOROスケールを用いた主観的気分測定は試験中に7回実施し、自律神経機能測定は聴取前後に安静閉眼で5分間実施した。図中、KOKOROスケールの入力タイミングはK、自律神経測定のタイミングはANSで示している。

KOKOROスケールを用いた主観的気分測定の結果の図

図3 KOKOROスケールを用いた主観的気分測定の結果

A-D: 30分間無音環境に置かれる前(黒丸)、あるいは後(白抜き黒丸)、および環境音楽を30分間聴取する前(赤丸)、あるいは後(白抜き赤丸)での主観的な気分の変化。一つの丸は1人の被験者の平均値を示す。音楽聴取の前後で気分の変化に一定の傾向がみられる(赤丸と白抜き赤丸の分布に有意な違いがある)。

E-H: 無音環境下(黒丸)、あるいは音楽聴取下(赤丸)における主観的な気分の経時的な変化。音楽聞く時間に依存して、気分が癒し(E)と安心・リラックス(G)の方に大きく動いた。また、聴取を始めて15分までには眠気(F)、爽快(H)の気分へやや動いた。

無音時と環境音楽聴取時の心拍数および循環器系自律神経機能指標(LF/HF)の変化の図

図4 無音時と環境音楽聴取時の心拍数および循環器系自律神経機能指標(LF/HF)の変化

A:心拍数の変化。無音で30分過ごした後の心拍数は2~3減少したのに対し、環境音楽を聞いた後は3~5減少した。

B:LF/HF(心拍変動の低周波数成分(LF)と高周波数成分(HF)の比)の変化。0~1.0の変化が無音時と音楽聴取時のどちらにも観察されたが、両者の変化の違いに統計的な有意差はない。

環境音楽聴取時における循環器系自律神経機能指標の変化と主観的気分変化との相関解析の図

図5 環境音楽聴取時における循環器系自律神経機能指標の変化と主観的気分変化との相関解析

環境音楽を30分間聴取する前後での主観的気分変化と循環器系自律神経機能指標の変化の値を、被験者ごとに白抜き赤丸で示した。

A:「疲労-癒し」軸の変化量と聴取前後の心拍数変化との相関解析の結果。負の相関がみられ、「癒し」への変化量が大きい人ほど心拍数がより減少している。

B:「不安・緊張-安心・リラックス」軸の変化量と聴取前後の心拍数変化との相関解析の結果。負の相関がみられ、「安心・リラックス」への変化量が大きい人ほど心拍数がより減少している。

C:「憂鬱-爽快」軸の変化量と聴取前後の循環器系自律神経機能指標(LF/HF)変化との相関解析の結果。負の相関がみられ、「爽快」への変化量が大きい人ほどLF/HFがより減少するか、少なくとも増加が抑えられている。

このページのトップへ