広報活動

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2017年6月9日

理化学研究所
同志社大学

出来事の順序を記憶する仕組みの発見

-過去・現在・将来の出来事は海馬で圧縮表現される-

要旨

理化学研究所(理研)脳科学総合研究センターシステム神経生理学研究チームの藤澤茂義チームリーダーと寺田慧研究員、理論統合脳科学研究チームの中原裕之チームリーダー、同志社大学大学院脳科学研究科の櫻井芳雄教授の共同研究チームは、日常の出来事を記憶するとき、その出来事の内容と順序の情報が脳回路の中でどのように表現されているかを、ラットの脳の海馬[1]での神経細胞の活動を観測することで明らかにしました。

私たちは日常の出来事を記憶するとき、それぞれの出来事の内容に加えて、その出来事の起きた順序を覚えます。自分たちが経験した出来事に関する記憶は「エピソード記憶」と呼ばれ、脳の海馬が関わっていることが知られていますが、どのような仕組みで経験した出来事の内容や順序を記憶しているかは、解明されていませんでした。

今回、共同研究チームは音の情報と匂いの情報をそれぞれ順番にラットに与え、その情報の組み合わせによって右レバーか左レバーかを選ぶ「組み合わせ弁別課題」を学習させました。そのときの海馬の個々の神経細胞の活動を超小型高密度電極[2]を用いて記録したところ、海馬の神経細胞の中に音や匂いなどそれぞれの情報に対して選択的に活動する細胞を発見し、これを「イベント細胞」と名付けました。これは、海馬の個々のイベント細胞がそれぞれの出来事の内容情報を記憶して表現しているということを意味しています。また海馬では、神経細胞の集団の同期活動により生じる8Hzぐらいの周波数の強い脳波[3]シータ波[4])が観測されます。出来事の内容を記憶しているイベント細胞が、シータ波のどのタイミング(位相[5])で活動しているかを調べたところ、シータ波の山から谷に向かうタイミングでは過去の情報、谷では現在の情報、谷から山に向かうタイミングでは将来の情報が表現されていることが分かりました。つまり海馬の神経細胞は、シータ波の位相によって過去・現在・将来の出来事の順序を圧縮して表現しているといえます。

本研究によって、海馬の個々のイベント細胞は、その活動の強さによって出来事の内容を表現し、その活動のタイミングによって出来事の順序を表現していることが明らかになりました。この発見は、私たちがどのように日常の出来事を記憶しているかを解明する上で重要な知見となります。

本研究は、米国の科学雑誌『Neuron』(6月21日号)に掲載されるのに先立ち、オンライン版(6月8日付け:日本時間6月9日)に掲載されます。

背景

私たちは日常の出来事を記憶するとき、それぞれの出来事の内容に加えて、その出来事の起きた順序を覚えます。例えば、自分のアルバムに収まっているたくさんの写真がバラバラになってしまったとしても、その写真毎の場面を思い出すことにより、時間の順序通りに写真を並べ直すことができます。経験した出来事に関する記憶は「エピソード記憶」と呼ばれ、脳の海馬という部位が関わっていることが知られていますが、どのような仕組みで出来事の内容や順序を記憶しているかはまだ解明されていませんでした。

研究手法と成果

共同研究チームはまず、音の情報と匂いの情報をそれぞれ順番にラットに与え、その情報の組み合わせによって右レバーか左レバーかを選ばせ、正解した場合に報酬として水を与える「組み合わせ弁別課題」という行動課題を学習させました(図1)。次に、ラットがこの課題を行っているときの海馬の神経細胞の活動を、シリコンプローブという超小型高密度電極を用いて記録しました。この技術を使うと、数十個の個々の神経細胞の活動を精密な時間スケールで同時に観察することができます。

その結果、海馬の神経細胞の中に、音や匂いなどそれぞれの出来事の情報に対して選択的に活動する細胞が存在することを発見し、これを「イベント細胞」と名付けました。つまり、海馬のイベント細胞は、出来事の内容の情報をその活動の強さ(発火率)で表現しているということが分かりました(図2)。

海馬では、8Hzぐらいの周波数の強い脳波である「シータ波」が観測されることが知られています。この脳波は、神経細胞の集団が同期活動をすることによって生成されます。そこで、出来事の内容を記憶しているイベント細胞が、シータ波のどのタイミング(位相)で活動しているかを調べました。すると、シータ波の山から谷に向かうタイミングでは過去の情報、谷では現在の情報、谷から山に向かうタイミングでは将来の情報が表現されていることが分かりました(図23)。

また、実験を繰り返すごとに、個々のイベント細胞の活動のタイミングが時間とともに前進していく現象がみられました。これは「位相前進[6]」と呼ばれ、ラットが空間探索を行うときに観察されることが報告されています。しかし、ラットが空間以外のさまざまな出来事を経験しているときにも位相前進が生じることを示したのは本研究が初めてです。これは、海馬のイベント細胞はシータ波の位相によって、過去・現在・将来の出来事の順序を圧縮して表現しているといえます(図3)。

以上の結果をまとめると、海馬の個々の神経細胞は、その活動の強さによって出来事の内容を表現し、その活動のタイミングによって出来事の順序を表現していることが明らかになりました(図3)。この発見は、私たちがどのように日常の出来事を記憶しているかを解明する上で重要な知見となります。

今後の期待

今回の研究では、動物がすでにルールを知っている行動課題において、出来事の内容と順序を表現する海馬神経回路のメカニズムを明らかにしました。今後は、初めて経験する一回だけの出来事の内容と順序を海馬はどのように記憶しているかを研究することで、エピソード記憶のメカニズムの理解がより進むことが期待できます。

原論文情報

  • Satoshi Terada, Yoshio Sakurai, Hiroyuki Nakahara, and Shigeyoshi Fujisawa, "Temporal and rate coding for discrete event sequences in the hippocampus", Neuron, doi: 10.1016/j.neuron.2017.05.024

発表者

理化学研究所
脳科学総合研究センター システム神経生理学研究チーム
チームリーダー 藤澤 茂義 (ふじさわ しげよし)
研究員 寺田 慧 (てらだ さとし)

脳科学総合研究センター 理論統合脳科学研究チーム
チームリーダー 中原 裕之 (なかはら ひろゆき)

同志社大学大学院 脳科学研究科 神経回路情報伝達機構部門
教授 櫻井 芳雄 (さくらい よしお)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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同志社大学 大学院脳科学研究科 事務室
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補足説明

  1. 海馬
    脳の中で、記憶をつかさどる領域。解剖学的には大脳新皮質の内側に位置し、タツノオトシゴに似た形をしていることから「海馬」(タツノオトシゴの別名)と呼ばれる。
  2. 超小型高密度電極
    数十個の微小電極を持つ記録デバイスで、これを手術により動物の脳に配置することで、個々の神経細胞の活動をリアルタイムで観測することができる。
  3. 脳波
    脳の内外で観測される電気信号で、さまざまな周波数帯域を持つ。神経細胞の集団の同期活動を反映している。脳の内部から観測するときは局所電位ともいう。
  4. シータ波
    海馬で観察される特徴的な脳波で、8Hzぐらいの周波数を持つ。特に、動物が探索活動をしているときに観測される。
  5. 位相
    ひとつの波のどのタイミングかを「位相」と言い、角度の単位で表す。ここでは、波の山の頂点では位相が0°、波の谷底では180°、再び山の頂点では360°(360°と0°は同じ)である。
  6. 位相前進
    海馬の細胞の発火活動のタイミングが、シータ波に対して少しずつ早い位相へとずれていくという現象。詳細は日本神経科学学会HP

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音と匂いを使った「組み合わせ弁別課題」の図

図1 音と匂いを使った「組み合わせ弁別課題」

A: 実験に用いたラットの行動課題。まず、レバーがラットの届かない位置にある状態で、音と匂いが1.5秒の差で3秒間ずつ続けて提示される。その後(開始から4.5秒後)、レバーがラットの届く位置に移動すると、ラットはその音と匂いの組み合わせによって、右レバーか左レバーを選択する。例えば音Xと匂いAの組み合わせの場合では、左のレバーを引くと正解となり、報酬として水がもらえるが、右のレバーを引くと不正解となり水はもらえない(図1B参照)。

B: 音情報と匂い情報と正解レバーの組み合わせの表。

出来事の情報を担う「イベント細胞」の活動の強さとタイミングの図

図2 出来事の情報を担う「イベント細胞」の活動の強さとタイミング

A: 組み合わせ情報を担うイベント細胞の活動(代表的な細胞の一例)。この細胞は、音Xと匂いBと右選択の試行のときにのみ強く活動した(オレンジ色の部分)。発火率をみると、音+匂いの情報が提示されている1.5秒~4.5秒のときに有意に強く活動したことが分かる。シータ波位相をみると、0~1.5秒は何の情報が来るかまだ分かっていないので「将来」の情報で、270°くらいの遅い位相で活動している。1.5秒の直後で組み合わせ情報が与えられるので「現在」の情報で、そのときに位相が270°から90°に移る。3秒以降はすでに組み合わせ情報が確定しているので「過去」の情報で、90°くらいの早い位相でキープされる(オレンジ色のグラフ)。

B: 選択情報を担うイベント細胞の活動(代表的な細胞の一例)。この細胞は、右選択の試行のときにのみ強く活動した(赤色の部分)。発火率をみると、選択行動をしている(レバーを引いている)4.5~5秒付近で最も強く活動したことが分かる。シータ波位相をみると、1.5~3秒は将来右選択することは決まっているが、まだ選択していないので「将来」の情報で、270°くらいの遅い位相で活動している。4.5秒の時点ではレバーを引くので「現在」の情報で、その瞬間に位相が270°から90°に移る。5秒以降はすでにレバーを引いているので「過去」の情報で、90°くらいの早い位相でキープされる。

活動の強さで内容を表現し、活動のタイミングで順序を表現するイベント細胞の図

図3 活動の強さで内容を表現し、活動のタイミングで順序を表現するイベント細胞

今回の発見の模式図。海馬の個々のイベント細胞は、その活動の強さによって出来事の内容を表現し、その活動のタイミングによって出来事の順序を表現している。そして、シータ波と呼ばれる脳波の1サイクルの中で、ラットが経験する過去・現在・将来の出来事の情報が圧縮されて表現される。

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