広報活動

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2017年8月8日

理化学研究所
三菱ガス化学株式会社
立教大学

ピロロキノリンキノン二ナトリウムの溶解メカニズムを解明

-物質の溶け方は薬の作用に関わる重要な課題-

要旨

理化学研究所(理研)産業連携本部イノベーション推進センター中村特別研究室の中村振一郎特別招聘研究員(情報基盤センター計算化学応用開発ユニットユニットリーダー)、三菱ガス化学株式会社の池本一人主席研究員、立教大学の松下信之教授らの共同研究グループは、ビタミンに深く関連する物質ピロロキノリンキノン二ナトリウム(Na2PQQ)の結晶の特徴的な溶解メカニズムを解明しました。

栄養学的知見からビタミンの候補として考えられてきたピロロキノリンキノン(PQQ)[1]は1979年に発見され、2003年には理研の研究チームが新しいビタミンとして機能していることを解明し注目を集めました注)。その後、Na2PQQがサプリメントとして商品化されていますが、体内でどう溶解するのか、詳細は分かっていませんでした。物質の溶け方は、薬の薬効や作用に関わる重要な課題です。このため、溶解メカニズムの解明が求められています。

今回、共同研究グループは、PQQとその5種類のナトリウム塩の結晶を作製し、X線結晶構造解析[2]によって全ての結晶構造を決定しました。また、分子性結晶PQQとイオン結晶Na2PQQの酸性水(人工胃液)への溶けやすさを調べたところ、Na2PQQ結晶の方が圧倒的に溶けやすいことが分かりました。さらに、量子化学計算[3]により二つの結晶の分子配向を解析し、それをもとにした分子動力学計算[4]によりNa2PQQ結晶の分子レベルでの溶解シミュレーションを行いました。その結果、最初に結晶中の一部のNaが外に分離し、それに伴って外側のPQQ2-が分離され始めることにより溶け出すことが分かりました。

今回の成果は、これまで経験的事実にのみ立脚してきた結晶の溶解について、物質の基本である結晶とその溶解特性を分子レベルで明らかにしました。これは、クリスタローム[5]という新たな研究領域の必要性を示しています。本研究成果は今後、安全、安心な食品、医薬品の開発に応用され、薬の服用の多い高齢者の健康維持につながる技術としての貢献が期待できます。

本研究は、アメリカ化学会発行の『Crystal Growth & Design』(2017年7月3日)オンライン版に掲載されました。

注)2003年4月24日プレスリリース「半世紀ぶりの新種ビタミンPQQ(ピロロキノリンキノン)

※共同研究グループ

理化学研究所 産業連携本部 イノベーション推進センター
中村特別研究室
特別招聘研究員 中村 振一郎(なかむら しんいちろう)(情報基盤センター計算化学応用開発ユニットユニットリーダー)
研究員 緒方 浩二 (おがた こうじ)
大学院生リサーチ・アソシエイト 坂本 裕紀 (さかもと ゆうき)

三菱ガス化学株式会社
主席研究員 池本 一人 (いけもと かずと)

立教大学
教授 松下 信之 (まつした のぶゆき)
博士後期課程大学院生 田中 李叶子(たなか りかこ)

背景

ピロロキノリンキノン(PQQ)は1979年に発見された物質で、PQQを含まない餌をマウスに与えると生育不良や皮膚がもろくなるなどの異常が観察され、栄養学的な知見からビタミンの候補として考えられてきました。2003年に理研の研究チームが、PQQが新しいビタミンとして機能していることを解明したことで注目を集め、その後、研究が進展しました。三菱ガス化学株式会社は、2008年よりPQQ二ナトリウム塩(Na2PQQ)を新規食品素材として製品化しています。

しかし、PQQ結晶が体内に入ったときの溶解やPQQナトリウム塩の溶解の詳細は分かっていませんでした(図1)。このような、物質の溶け方は薬の薬効、作用に関わる重要な課題ですが、これまでそのメカニズムの解明はあまり進んでいませんでした。

研究手法と成果

まず、共同研究グループの三菱ガス化学チームが、PQQとそのナトリウム塩の結晶を作製しました。ナトリウム塩の結晶には、Na1PQQ-A、Na1PQQ-B、Na2PQQ、Na3PQQ、Na4PQQの5種類があります。ここでPQQ結晶は、PQQ分子同士がファンデルワールス力という弱い力で結び付いている分子性結晶です。これに対して、PQQナトリウム塩の結晶はそれぞれ、陽イオンのNaと陰イオンのPQQ-、PQQ2-、PQQ3-、PQQ4-が静電気力で引き合って結び付いているイオン結晶です。

続いて、立教大学チームが一連のPQQナトリウム塩のX線結晶構造解析を行い、全ての結晶構造の決定に成功しました。

次に、三菱ガス化学チームがPQQ結晶とNa2PQQ結晶の酸性水(人工胃液)への溶けやすさを測定したところ、PQQ結晶に比べて、Na2PQQ結晶の方が圧倒的に溶けやすいことが分かりました(図2a、b)。また、酸性水に浸した後5分でPQQ結晶の大きさや形ははほとんど変化しなかったのに対し、Na2PQQ結晶は大きさがかなり小さくなり形は水平方向がより短くなっていました。これは、Na2PQQ結晶の垂直方向よりも水平方向の表面がより多く溶け出したことを示しています(図2c、d)。

そこで理研チームは、量子化学計算を用いて分子レベルで実験結果の解析を行いました。すなわちPQQ結晶とNa2PQQ結晶の分子配向に注目し、互い違いに折り重なっているPQQ結晶と、平板状のPQQ2-が層状に重なり合っているNa2PQQ結晶の特徴を溶解性に注目して調べました(図2e、f)。

これらの結果をもとに、理研チームは分子動力学計算によりNa2PQQ結晶が分子レベルでどのように溶け出すのかシミュレーションを行いました。その結果、図3に示すように、最初に結晶中の一部のNaが外に分離し、それに伴って外側のPQQ2-が分離され始めることにより溶け出すことが分かりました。

今後の期待

今回の成果は、これまで経験的事実にのみ立脚してきた結晶の溶解について、物質の基本である結晶とその溶解特性を分子レベルで明らかにしました。これは、クリスタロームという新たな研究領域の必要性を示しています。本研究成果は今後、安全、安心な食品、医薬品の開発に応用され、薬の服用の多い高齢者の健康維持につながる技術として、これからの日本の高齢化社会に安心をもたらすことが期待できます。

原論文情報

  • Kazuto Ikemoto, Yuki Sakamoto, Rikako Tanaka, Koji Ogata, Nobuyuki Matsushita, and Shinichiro Nakamura, "Unusual Ionic Bond and Solubility Mechanism of Nan PQQ (n = 0−4) Crystals", Crystal Growth & Design, doi: 10.1021/acs.cgd.7b00324

発表者

理化学研究所
イノベーション推進センター 中村特別研究室
特別招聘研究員 中村 振一郎 (なかむら しんいちろう)

三菱ガス化学株式会社 新潟研究所
主席研究員 池本 一人 (いけもと かずと)

立教大学
教授 松下 信之 (まつした のぶゆき)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
お問い合わせフォーム

三菱ガス化学株式会社 広報IR部
Tel: 03-3283-5041 / Fax: 03-3287-0833

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koho [at] rikkyo.ac.jp(※[at]は@に置き換えてください。)

産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 産業連携本部 連携推進部
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補足説明

  1. ピロロキノリンキノン(PQQ)
    酸化還元補酵素として細菌から発見された。抗酸化作用などの生理作用がある。2003年に理研の発表で14番目のビタミンとされたが、その後異論を唱えるグループもあり、まだビタミンとして確定するには証拠不十分といわれている。
  2. X線結晶構造解析
    物質の結晶を作り、それにX線を照射して回折データを解析することにより、物質の内部構造を調べる方法。物質の結晶構造を原子レベルの分解能で詳細に解明するための最も有力な方法の一つである。
  3. 量子化学計算
    分子を構成する電子の状態に関する方程式を近似的に解き、その物理化学的な特徴や安定構造を解析する手法およびその研究領域。
  4. 分子動力学計算
    原子間に働く力を計算し、運動方程式を繰り返し解くことによって、分子の動きをつぶさに追跡する方法。
  5. クリスタローム
    水晶体クリスタリンプロテオームとも呼ばれる、網羅的な結晶構造解析である。特定の結晶だけでなく、系統的・網羅的に結晶構造解析をすることで、未発見の現象解明する結晶学の新しい研究領域である。特異な構造の発見、結合のルールの解明が可能。

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ピロロキノリンキノン(PQQ)の構造式とそのナトリウム塩の図

図1 ピロロキノリンキノン(PQQ)の構造式とそのナトリウム塩

PQQ(n=0)はビタミンB2と同様に、キノン骨格(構造式中の右側の六員環と五員環が結合した部分)を持つ。左側の六員環の部分はビタミンB6に類似した化学特性を持つ。また、カルボキシ基(-COOH)を三つ持つため水溶性であり、Naと5種類の塩を作る(n=1-4)。

PQQ結晶およびNa2PQQ結晶の溶けやすさと分子配向の図

図2 PQQ結晶およびNa2PQQ結晶の溶けやすさと分子配向

上段はPQQ結晶、下段はNa2PQQ結晶を示す。

a、b)それぞれの結晶の酸性水(人工胃液)への溶けやすさを示すグラフ。Na2PQQ結晶の方がPQQ結晶に比べて、圧倒的に溶けやすいことが分かる。

c、d)それぞれの結晶の光学顕微鏡写真。左は溶かす前、右は酸性水に浸して5分後の形状。PQQ結晶は大きさも形もほとんど変わらないのに対し、Na2PQQ結晶の形は水平方向が短くなり、大きさはかなり小さくなった。

e、f)それぞれの結晶の特徴的分子配向。赤は酸素原子、緑はNaを示す。PQQ結晶はで互い違いに折り重なっているのに対し、Na2PQQ結晶は平板状のPQQ2-が層状に重なり合って、その角にNaが並んだ配向を示す。

Na2PQQ結晶の溶け方の分子動力学シュミレーション結果の図

図3 Na2PQQ結晶の溶け方の分子動力学シュミレーション結果

最初に結晶の角にある一部のNaが分離し、それに伴って外側のPQQ2-が分離され始めることにより溶け出す。

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