広報活動

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2017年9月5日

理化学研究所

記憶と運動の情報を区別して伝える神経回路を発見

-バーチャルリアリティ空間を飛行するハエの脳信号を解読-

ポイント

要旨

理化学研究所(理研)脳科学総合研究センター知覚神経回路機構研究チームの風間北斗チームリーダーと塩崎博史研究員らの研究チームは、ショウジョウバエの脳において、探索行動に関わる「記憶」「運動」「視覚」といったさまざまな情報を区別して伝える並列神経回路[1]を発見しました。

動物は感覚や記憶、自分自身の動きなど、さまざまな情報を組み合わせることで、効率的に餌や交配相手を探し出します。この能力は、哺乳類や昆虫を含む多くの動物に共通していますが、脳がどのようにして探索行動に関わるさまざまな情報を処理しているかは分かっていません。その理由の一つに、このような研究に用いられる哺乳類の脳が大きく複雑なため、解析が難しいことが挙げられます。

そこで研究チームは、小さな脳で巧みに探索を行うキイロショウジョウバエ[2]の成虫(以下、ハエ)に着目しました。まず、ハエの羽ばたきに応じて景色が変化するバーチャルリアリティ[3]技術を使って探索行動を解析し、ハエがいま見ている景色だけでなく、数秒前に見た景色の記憶を使って、次にどこに飛ぶかを決めていることを発見しました。次に、バーチャルリアリティ空間を探索している最中に、ハエの脳の中でどのような活動が生じているかを調べました。その結果、探索行動に関わると考えられている脳中枢へつながる脳部位において、視覚物体の位置や記憶した物体位置、ハエ自身の運動といった探索に関わるさまざまな情報を表す脳活動が見つかりました。昆虫でこのような短期記憶と相関する脳活動が記録された例は初めてです。これらの活動が見られた脳部位がどこから入力を受け取り、どこに出力を送るかを解析したところ、記憶と運動の情報が並行して走る、独立した神経回路によって伝達されていることが明らかになりました。これらの結果から、今回発見した並列神経回路は、探索行動に関わるさまざまな情報を混線することなく、コンパクトに探索中枢へ運ぶ伝送路の役割を果たしていると考えられます。

今後、神経回路を伝わる複数の情報がどのように統合され、行動が生み出されるかを明らかにすることで、動物が効率的に餌や交配相手を見つけ出す仕組みの理解につながると期待できます。

本研究成果は、国際科学雑誌『Nature Neuroscience』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(9月4日付け:日本時間9月5日)に掲載されます。

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金若手研究(A)「匂い記憶を支える神経機構の解明」、新学術領域「メゾスコピック神経回路から探る脳の情報処理基盤」、若手研究(B)「ショウジョウバエの短期記憶を支える神経情報処理」、若手研究(B)「時空間統合された感覚情報に基づく行動選択の神経機構」の支援を受けて行われました。

背景

動物が生きていくためには、いろいろな情報を組み合わせて効率的に環境を探索することが重要です。例えば、視覚と記憶を使って、過去に食べ物を得た場所に戻ってくることで、餌を見つけるまでの時間を短くすることができます。また、自分がどの方向にどれくらい動いたか(自己運動)を考慮することで、いま自分がどこにいるかを知ることができます。このように感覚、記憶、自己運動などの情報を使って環境を探索する能力は、哺乳類や昆虫を含む多くの動物に共通していますが、この能力が脳のどのような情報処理によって実現されているかは分かっていません。

これまでの研究では、主に哺乳類を用いて探索行動の仕組みが調べられてきました。しかし、哺乳類の脳は大きく複雑なので、探索行動を担う情報処理を調べることが困難です。そこで研究チームは、小さな脳で巧みに探索を行う体長約3mmのキイロショウジョウバエの成虫(以下、ハエ)に着目しました。バーチャルリアリティ技術とカルシウムイメージング法[4]を組み合わせた実験装置を作製し、バーチャルリアリティ空間を探索するハエの脳内で行われる情報処理の解明を試みました。

研究手法と成果

ハエを使って探索行動を担う脳情報処理を調べるためには、脳活動を記録するために体を固定した状態で、ハエに探索行動を行わせる必要があります。そこで研究チームは、ハエ用のバーチャルリアリティ装置を作製しました(図1A)。この装置の中では、ハエは背中をピンで固定されていますが、羽ばたくことができます。この羽ばたきをもとにハエがどの方向に旋回しようとしているかを推定し、これに応じて景色を動かすことで、あたかも空間内を旋回しているかのような状況を作り出します(図1B)。この装置を使って、ハエの探索行動を調べたところ、ハエはいま見ている景色だけでなく、数秒前に見た景色の記憶を使って次にどこに飛ぶかを決めていることを発見しました(図1C)。

次に、記憶を使った探索行動を担う脳部位を特定するために、脳活動を抑制する実験を行いました。その結果、探索行動に関わると考えられている脳中枢へつながる「バルブ[5]」と呼ばれる脳部位の活動を抑制すると、ハエの記憶能力が損なわれることが分かりました。これは、記憶に基づいて環境を探索するにはバルブが欠かせないことを示しています。

さらに、バルブがどのような情報処理を行うかを調べるために、バーチャルリアリティ空間を探索するハエの脳活動を記録しました(図2A)。その結果、バルブに存在する特定の神経細胞群が、物体が数秒前にどこにあったかという記憶の情報を伝えていることが分かりました(図2B)。このような短期記憶と相関する神経活動が昆虫で記録されたのは初めてです。また、別の細胞群は、自分自身がいまどちらに旋回しているかという自己運動の情報を伝えていました(図2B)。さらに、どちらの細胞群も、いま見えている物体の位置情報も伝えていました。つまり、バルブは「記憶」「運動」「視覚」という3種類の異なる情報を伝えており、このうち記憶と運動の情報は異なる細胞群によって担われているということが分かりました。

最後に、記憶と運動の情報を伝える細胞群がどこから入力を受け取り、どこに出力を送るかを解析しました。その結果、これら2種類の細胞群が隣接した場所から入力を受け取り、出力も隣接した場所へ送ることが分かりました(図3)。これは、記憶と運動の情報が並行して走る、独立した二つの神経回路によって伝達されていることを示しています。

これらの結果から、今回発見した並列神経回路は、探索行動に関わるさまざまな情報を混線することなくコンパクトに探索中枢へ運ぶ伝送路の役割を果たしていると考えられます。

今後の期待

本研究により、動物が環境を探索するときの脳情報処理を、キイロショウジョウバエを用いて詳細に解析する方法が確立されました。今後、神経回路を伝わる複数の情報(記憶、運動、視覚)がどのように統合され、行動が生み出されるかを明らかにすることで、動物が効率的に餌や交配相手を見つけ出す仕組みの理解につながると期待できます。この知見は、昆虫のように自由自在に世界を動き回る小型ロボットの開発など、工学的な応用にもつながる可能性があります。

原論文情報

  • Hiroshi M. Shiozaki, Hokto Kazama, "Parallel encoding of recent visual experience and self-motion during navigation in Drosophila", Nature Neuroscience, doi: 10.1038/nn.4628

発表者

理化学研究所
脳科学総合研究センター 知覚神経回路機構研究チーム
チームリーダー 風間 北斗 (かざま ほくと)
研究員 塩崎 博史 (しおざき ひろし)

風間チームリーダー、塩崎研究員と知覚神経回路機構研究チームのメンバーの写真

風間チームリーダー(前列右)、塩崎研究員(後列左端)と知覚神経回路機構研究チームのメンバー

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  1. 神経回路
    脳を構成する細胞である神経細胞が結合することで形成される構造。脳の情報処理を理解する上で重要となる構造的単位。
  2. キイロショウジョウバエ
    およそ100年前から生物学のモデル動物として用いられてきたハエ。いわゆるコバエ。
  3. バーチャルリアリティ
    あたかも現実のように感じられる環境を作り出す技術。体の動きに応じて感覚入力を変化させることで、その環境の中にいるという錯覚を生み出す。
  4. カルシウムイメージング法
    カルシウムイオンの濃度に応じて明るさが変化する蛍光分子を用いて、細胞内のカルシウムイオン濃度を計測する方法。神経細胞が興奮するとカルシウム濃度が上昇するので、神経細胞の活動を調べる方法として広く用いられている。
  5. バルブ
    昆虫の脳に存在する領域の一つ。前方視覚小結節という視覚に関わる領域から入力を受け取り、楕円体という探索行動に関わる領域に出力を送る。

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バーチャルリアリティ装置を使ったハエの探索行動の解析の図

図1 バーチャルリアリティ装置を使ったハエの探索行動の解析

A)ハエ用バーチャルリアリティ装置の模式図(左)と写真(右)。

B)バーチャルリアリティの仕組み。Aの装置の中で、背中をピンで固定されたハエの羽ばたきをもとに、曲がろうとしている方向を推定し、景色を動かすことで、あたかも空間内を旋回しているような状況を作り出す。例えば、ハエが右に曲がろうとしたら、周りの景色が左に動く。

C)Aの装置を使って、ハエの探索行動を調べたところ、ハエはいま見ている景色だけでなく、数秒前に見た景色の記憶を使って、次にどこに飛ぶかを決めていることが分かった。

飛行するハエの脳活動を記録し、記憶と運動を伝える細胞群を発見の図

図2 飛行するハエの脳活動を記録し、記憶と運動を伝える細胞群を発見

A)バーチャルリアリティ空間を探索するハエから脳活動を記録するための装置。
B)バルブという脳部位に存在することが分かった、記憶と運動の情報を伝えるそれぞれ独立した細胞群。

記憶と運動の情報を伝える細胞群が作る神経回路の図

図3 記憶と運動の情報を伝える細胞群が作る神経回路

左)記憶と自己運動の情報を伝える細胞群の顕微鏡写真。
右)左の結果を示した模式図。記憶と自己運動の情報を伝えるそれぞれの細胞群は、隣接した場所から入力を受け取り、隣接した出力先に情報を送る神経回路を形成している。

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