広報活動

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2017年10月7日

理化学研究所
東京大学
東北大学金属材料研究所
科学技術振興機構

トポロジーの変化に伴う巨大磁気抵抗効果を発見

-非散逸電流のスイッチング原理を確立-

要旨

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター強相関物性研究グループの茂木将孝研修生(東京大学大学院工学系研究科博士課程1年)、十倉好紀グループディレクター(同教授)、強相関界面研究グループの川﨑雅司グループディレクター(同教授、科学技術振興機構CREST研究代表者)、強相関量子伝導研究チームの川村稔専任研究員、東北大学金属材料研究所の塚﨑敦教授らの共同研究グループは、磁性層と非磁性層を交互に積み重ねた「トポロジカル絶縁体[1]」積層薄膜を開発し、磁気抵抗比[2]10,000,000%を超える、非常に巨大な磁気抵抗効果[2]を発見しました。

近年、磁性元素を添加したトポロジカル絶縁体で生じる「量子異常ホール効果[3]」は、試料の端や磁壁[4]に沿ってエネルギー散逸のない「端電流」が流れることから注目を集めています。量子異常ホール効果の安定化・高温化を図るとともに、端電流を小さな外部刺激によって制御する新しい機能性創出の研究が進められてきました。

今回、共同研究グループは、磁性元素V(バナジウム)やCr(クロム)を添加したトポロジカル絶縁体「(Bi1-ySby)2Te3(Bi:ビスマス、Sb:アンチモン、Te:テルル)」薄膜を開発しました。薄膜の上部にV、下部にCrを選択的に添加することにより、磁性/非磁性/磁性の三層構造を形成しました。二つの磁性層の保磁力[5]の差を利用することで、互いの磁化方向を外部磁場によって平行、反平行と変化させることができます。本研究では、互いの磁化方向を平行から反平行に変化させることで、電気抵抗値が約20kオーム(Ω)から2ギガ(G)Ωまで、10万倍に変化する非常に巨大な磁気抵抗効果を観測しました。この高抵抗状態は、量子異常ホール効果の端電流をほとんど流さない状態を意味し、非散逸電流をトポロジー変化によって開閉するスイッチング原理を確立しました。さらに、この電気抵抗の高い状態は「アクシオン絶縁体[6]」と呼ばれる量子化された電気磁気効果[7]の発現が理論的に予測される状態に相当します。

本成果は、トポロジカル絶縁体の学術的理解を深めるとともに、今後、観測温度の高温化や、超伝導体や強磁性体など多彩な物質との高品質なヘテロ構造化を実現することで、エネルギー消費の少ないエレクトロニクス素子や量子コンピューティング[8]への応用にもつながると期待できます。

本成果は、米国のオンライン科学雑誌『Science Advances』(10月6日付け:日本時間10月7日)に掲載されます。

本研究は、最先端研究開発支援プログラム(FIRST)課題名「強相関量子科学」、戦略的創造研究推進事業(CREST)課題名「トポロジカル絶縁体ヘテロ接合による量子技術の基盤創成」の事業の一環として行われました。

※共同研究グループ

理化学研究所 創発物性科学研究センター
強相関物性研究グループ
研修生 茂木 将孝 (もぎ まさたか)(東京大学大学院工学系研究科 博士課程1年)
グループディレクター 十倉 好紀 (とくら よしのり)(東京大学大学院工学系研究科 教授)

強相関界面研究グループ
グループディレクター 川﨑 雅司 (かわさき まさし)(東京大学大学院工学系研究科 教授、科学技術振興機構CREST研究代表者)
上級研究員 高橋 圭 (たかはし けい)(科学技術振興機構さきがけ研究者)

強相関量子伝導研究チーム
専任研究員 川村 稔 (かわむら みのる)
基礎科学特別研究員 吉見 龍太郎 (よしみ りゅうたろう)

東北大学 金属材料研究所 低温物理学研究部門
教授 塚﨑 敦 (つかざき あつし)(理化学研究所創発物性科学研究センター強相関界面研究グループ客員主管研究員)

背景

エネルギー損失を伴わない電子の輸送現象として超伝導が有名ですが、近年、物質中の電子状態をトポロジー[9]によって特徴づけたトポロジカル物質においても、エネルギー損失を伴わない「トポロジカル電流」を流せることが分かってきました。こうしたトポロジカル電流は、室温で利用できる可能性もあり、世界中で活発に研究されています。

トポロジカル電流を引き起こす代表例として「量子異常ホール効果」があります。量子異常ホール効果は、磁性元素を添加した「トポロジカル絶縁体」において2013年に初めて報告されました注1)。この状態では、トポロジカル電流の一種である「端電流」を磁性体薄膜試料の端や磁壁に沿って流すことができます。最近では、量子異常ホール効果をより高温で安定に実現するための研究と同時に、端電流を用いた新しい機能性創出の研究が進められています。端電流を小さな外部刺激によって自由に制御できれば(図1)、トポロジカル電流の応用の幅を大きく広げることにつながります。

注1)C.-Z. Chang et al., Science 340, 167 (2013)

研究手法と成果

共同研究グループは、高品質な薄膜を成長させる方法の一つである分子線エピタキシー法[10]を用いて、磁性元素V(バナジウム)やCr(クロム)を添加したトポロジカル絶縁体「(Bi1-ySby)2Te3(Bi:ビスマス、Sb:アンチモン、Te:テルル)」の積層構造薄膜を開発しました。薄膜の上部と下部に選択的に磁性元素であるVやCrをそれぞれ添加することで、磁性/非磁性/磁性の三層構造を形成しています(図2A)。電気抵抗とホール効果を測定するため、成長した薄膜はフォトリソグラフィ[11]によって長方形試料の両端に電極のついた形状のデバイスに加工しました(図2B)。

まず、上下層ともにCrのみを添加した三層構造において、電気抵抗を測定しました。その結果、量子異常ホール効果が観測され、高品質な磁性トポロジカル絶縁体薄膜が成長していることを確かめました。Crのみ添加した構造では、量子異常ホール効果から読み取った保磁力は0.2テスラ(T)でした。次に、上下層ともにVのみ添加した三層構造においても同様の測定を行い、量子異常ホール効果が得られることを確認しました。この場合の保磁力は0.8 Tで、Crのみ添加した場合よりも大きくなりました。

続いて、上部にV、下部にCrを選択的に添加した三層構造について、電気抵抗を測定しました(図2C)。薄膜試料に対して垂直方向に強い外部磁場(~-2T)を加えて、Vを添加した層と、Crを添加した層の磁化方向を揃えたところ、量子異常ホール効果が観測されました。外部磁場の方向を反転させてだんだん強くしていくと、ある大きさの磁場(~0.2 T)で保磁力の小さいCrを添加した層の磁化が反転し、Cr層とV層の磁化方向が反対向き(反平行)になりました。さらに磁場を増大させていくと、約0.2Tから約0.7Tの間でホール伝導度がゼロになりました。この磁場領域において、電流端子間の二端子抵抗を測定すると、量子異常ホール状態の約20kオーム(Ω)より10万倍大きい、2ギガ(G)Ωを超える抵抗値が観測されました(図2D)。これを磁気抵抗比に換算すると、10,000,000%を超える非常に大きな値となります。

この結果は、外部磁場による磁化方向制御を行うことで、量子異常ホール効果のトポロジー変化を引き起こし、端電流を流したり遮断したりできたことを示しています。すなわち、非散逸電流のスイッチング原理の確立を意味しています。さらに、この高抵抗状態は「アクシオン絶縁体」と呼ばれ、量子化された電気磁気効果の発現が理論的に予測されています。Cr、V三層構造を開発したことで、これまでに茂木研修生らが報告したもの注2)と比較して、より安定なアクシオン絶縁体が実現できました。

注2)2017年2月14日プレスリリース「トポロジカル絶縁体の表面金属状態の絶縁化

今後の期待

本研究では、磁化が反平行の状態を非常に強固なものとすることに成功し、より安定なアクシオン絶縁体が実現できました。これにより、今後の電気磁気効果の測定に向けた研究に大きな進展が期待できます。

また、本研究で開発した積層薄膜試料と局所的磁気制御技術を組み合わせることにより、再構成可能なトポロジカル端電流回路を設計できると考えられます。さらに、超伝導体などとの積層構造を実現することで量子コンピューティングへの応用にもつながると理論的に考えられており、本研究成果は、将来的なトポロジカルエレクトロニクスの基盤技術になると期待できます。

原論文情報

  • M. Mogi, M. Kawamura, A. Tsukazaki, R. Yoshimi, K. S. Takahashi, M. Kawasaki and Y. Tokura, "Tailoring tricolor structure of magnetic topological insulator for robust axion insulator", Science Advances, doi: 10.1126/sciadv.aao1669

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 強相関物理部門 強相関物性研究グループ
研修生 茂木 将孝 (もぎ まさたか)
(東京大学大学院工学系研究科 博士課程1年)
グループディレクター 十倉 好紀 (とくら よしのり)
(東京大学大学院工学系研究科 教授)

創発物性科学研究センター 強相関物理部門 強相関界面研究グループ
グループディレクター 川﨑 雅司 (かわさき まさし)
(東京大学大学院工学系研究科 教授、科学技術振興機構CREST研究代表者)

創発物性科学研究センター 強相関物理部門 強相関量子伝導研究チーム
専任研究員 川村 稔 (かわむら みのる)

東北大学 金属材料研究所 低温物理学研究部門
教授 塚﨑 敦 (つかざき あつし)

茂木将孝 研修生の写真

茂木 将孝

十倉好紀グループディレクターの写真

十倉 好紀

川﨑雅司グループディレクターの写真

川﨑 雅司

川村稔 専任研究員の写真

川村 稔

塚﨑敦 教授の写真

塚﨑 敦

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補足説明

  1. トポロジカル絶縁体
    物質中の電子状態のトポロジーを反映して、中身は電気を通さない絶縁体であるが、表面では電気を通す金属となる特殊な物質のこと。
  2. 磁気抵抗効果、磁気抵抗比
    磁気抵抗効果とは、外部磁場によって物質の電気抵抗が変化する現象のこと。抵抗値の変化分を変化前の抵抗値で割った比率を磁気抵抗比という。
  3. 量子異常ホール効果
    磁場中を電子などの荷電粒子が動くと、ローレンツ力によって荷電粒子の動きが曲げられる。物質内では、電流を流したとき電子の動きが曲げられることで電流の垂直方向に電圧が生じる。この現象を「ホール効果」と呼び、得られる電圧値を、流す電流値で割ったものを、「ホール抵抗」と呼ぶ。物質が磁性体であれば、物質の磁化によって電子の動きが曲げられるため、外部磁場がなくてもホール抵抗が起きる。これを「異常ホール効果」と呼ぶ。量子異常ホール効果は、ホール抵抗が量子化抵抗(約25.8kΩ=h/e2hはプランク定数、eは電気素量)をとる。また、電流の流れと平行方向の抵抗(縦抵抗)値はゼロとなり、電流は試料の端でエネルギー損失がなく流れていることを示す。縦伝導度、ホール伝導度は縦抵抗およびホール抵抗から計算され、0、e2/hという値をそれぞれとる。
  4. 磁壁
    磁性体中で極(N極S極)の方向が入れ替わっている領域が存在するとき、その境界面のこと。
  5. 保磁力
    磁性体の磁化を反転させるのに必要な外部磁場の大きさのこと。
  6. アクシオン絶縁体
    電子状態のトポロジーを反映して、電気磁気効果を発生する特殊な物質のこと。アクシオンとは、素粒子物理学において存在が理論的に予測されている未発見の仮想粒子で、強い相互作用のCP対称性を説明するための機構から生じる。暗黒物質(ダークマター)の正体の候補としても知られる。この仮想粒子と同等の電磁場応答が、固体中で発現する可能性が理論的に予言され、観測が期待されている。その応答の代表例の一つが電気磁気効果であり、トポロジカル絶縁体では、物質に必ず存在する欠陥や不純物の量に左右されない、量子化された(ある決まった)巨大な値をとると予測されている。
  7. 電気磁気効果
    電場を加えることによって磁化が発生したり、磁場を加えることによって電気分極(物質の片側にプラスの電荷がたまり、反対側にはマイナスの電荷がたまる現象)が起きたりする現象のこと。通常の物質では、磁場(電場)の印加によって磁化(電気分極)が発生する。この現象を用いた省電力メモリー素子への応用が期待されている。
  8. 量子コンピューティング
    量子力学的な重ね合わせ状態を利用して計算を行う技術。超大規模な並列計算が行えるので、高速な情報処理を可能にすると期待されている。重ね合わせ状態は一般には外部雑音によって壊れやすく計算誤りを引き起こしてしまうが、トポロジーの概念を用いると、外界の影響に対して誤りの起きにくい量子計算が実現されると期待されている。
  9. トポロジー
    ある形を連続的に変形させても変わらない性質を研究する数学的概念。トポロジカル絶縁体では、固体中で電子がとり得るエネルギー状態(バンド構造)のトポロジーによって特徴的な性質を現す。
  10. 分子線エピタキシー法
    高品質な薄膜を成長させる方法の一つ。超高真空(~10-7パスカル、Pa)中で高純度の単体を加熱蒸発させ、加熱した基板上で結晶成長させる。
  11. フォトリソグラフィ
    感光性物質を薄膜表面に塗布し、露光する部分としない部分でパターニングする、デバイス加工の技術。本研究では、露光した部分が溶解する感光物質を用い、溶解した部分をエッチングする(削る)ことでデバイス加工した。

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量子異常ホール効果を用いたトポロジカル端電流のスイッチング素子の模式図

図1 量子異常ホール効果を用いたトポロジカル端電流のスイッチング素子の模式図

トポロジカル絶縁体薄膜の上下表面における磁化が互いに平行(赤の矢印同士)であればトポロジカル電流(緑の矢印)を試料の端や磁壁(薄緑の領域)に生じ、反平行(赤と青の矢印)であれば絶縁体になる。これらを組み合わせることで、トポロジカル端電流を用いた回路が設計できる。

積層薄膜のホール伝導度と二端子抵抗の外部磁場依存性の図

図2 積層薄膜のホール伝導度と二端子抵抗の外部磁場依存性

A:作製したトポロジカル絶縁体薄膜(白の層)と磁性トポロジカル絶縁体(ピンクと緑の層)の積層構造。1nmは10億分の1m。InP基板上のトポロジカル絶縁体薄膜1nmの層は、薄膜の質を向上させるバッファー層の役割を果たす。

B:作製した薄膜を測定用にデバイス加工した試料の光学顕微鏡写真。

C:ホール伝導度が±e2/hのときが量子異常ホール状態、0のときが絶縁体の状態を表している。ホール伝導度は測定された縦電圧とホール電圧から計算される。

D:電流端子間で二端子抵抗を測定すると、量子異常ホール状態から絶縁体の状態に変わるとき(約0.2T~約0.7T、約-0.2T~約-0.7T)に、抵抗値が20kΩから2GΩへと非常に大きく変化したことが分かる。

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