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2017年11月14日

理化学研究所

単極子の超固体

-磁性体における磁化の単極子を制御する-

要旨

理化学研究所(理研)古崎物性理論研究室の小野田繁樹専任研究員(創発物性科学研究センター量子物性理論研究チーム専任研究員)らの研究チームは、「量子スピンアイス[1]」と呼ばれる磁性体では、単極子[2]のN極とS極が磁場中で不均一な空間分布を示すと同時に超流動[3]も示す「超固体[4]」と呼ばれる性質を持つことを、数値シミュレーションによって明らかにしました。

物質中では、電子の自転(スピン)が極めて小さな磁石として作用します。通常の磁性体は、無数のスピンを整列させる相互作用のために低温で磁気秩序を示します。一方、量子スピンアイスと呼ばれる磁性体を冷却すると、スピンが秩序化しない「量子スピン液体[5]」という新しい状態を示すことが、2015年の小野田専任研究員らの数値シミュレーションにより証明されました注1)。量子スピン液体では、スピンのN極・S極(単極子)が分化し、粒子のように振る舞います。このとき単極子は、瞬間的に閉曲線を描いて自由に零点運動[6]をしますが、N極・S極の極性は中性に保たれます。この単極子の振る舞いを制御する上で、磁場中の量子スピンアイスの性質を理解することが必要でした。

今回、研究チームは数値シミュレーションによって、量子スピンアイスが[111]磁場中で磁化する過程を解明しました。量子スピンアイスは磁場を加えると、量子スピン液体状態のまま磁化し始めます。しかし、磁化が飽和磁化の2/3に達すると、磁化が磁場に対して変化しなくなる磁化プラトーに至り、単極子の零点運動が局在します。さらに磁場を強くしてプラトーを超えて磁化させると、単極子は一様かつ中性な空間分布から不均一な空間分布へと転移し、同時に超流動を示すことが分かりました。この状態は、ヘリウム4(4He)の超固体相におけるヘリウム原子を単極子に見立てた「単極子の超固体」として理解できます。

本成果は、量子スピンアイス物質を用いることで、電子スピンから分化する単極子が磁場の値によって超固体を含む複数の相へ相転移することを示した最初の成果です。今後、単極子の自由度を制御することによって、低消費電力で駆動するデバイスを構築できる可能性を示唆します。

本研究は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(11月13日付け:日本時間11月14日)に掲載される予定です。

注1)2015年8月21日プレスリリース「凍ったスピンをさらに冷やして量子効果で液体に融かす

※研究チーム

理化学研究所
古崎物性理論研究室
専任研究員 小野田 繁樹 (おのだ しげき)(創発物性科学研究センター 強相関物理部門 量子物性理論研究チーム)

創発物性科学研究センター 強相関物理部門 量子物性理論研究チーム
研究員(研究当時) トロエルス・アーンフレッド・ボイエセン(Troels Arnfred Bojesen)(現 東京大学 工学部 研究員)

背景

電流を流さない多くの磁性体では、結晶中のイオンの周りに局在した不対電子が、自転(スピン)することによって極めて小さな磁石を形成しています。磁性体を低温にすると通常、スピンが互いに同じ向きにそろった強磁性、または交互に反対方向を向いて打ち消し合う反強磁性など、ある磁気秩序を持つ状態に相転移します。しかし、「スピンアイス[1]」と呼ばれる磁性体のように、幾何学的フラストレーションが存在すると、磁気秩序の形成が抑制されることがあります。このような磁性体はフラストレート磁性体と呼ばれます。

スピンアイスは、二つの正四面体が一つの頂点を共有してつながったパイロクロア格子構造をとり、各格子点にスピンが局在しています(図1左)。各スピンの向きは、周囲のイオンや電子との相互作用の影響で、パイロクロア格子構造の基本単位である正四面体に対して中心向き(in)か、外向き(out)かのいずれかに強く束縛されています。さらに、隣り合う二つのスピンは、相互作用のために極低温でinとoutの対(図1右、黒線)を作ろうとします。

ところが、正四面体上の全ての隣り合うスピン対でこれを満たすことは幾何学的に不可能です。結局、各正四面体上の四つのスピンのうち、二つがin、残り二つがoutとなる2-in, 2-outの「アイス則[1]」を満たす状態が最も安定になります(図1右の上段)。さらに、アイス則から一つの電子スピンの向きを反転すると、不安定な3-in, 1-out構造と1-in, 3-out構造の正四面体の対が生じ、それぞれ中心にN極とS極が発生します(図1右の中段)。このN極とS極は、電子スピンから分化した「磁化の単極子」として認識されています。

2010~2012年、小野田専任研究員らはスピンアイスの単極子が量子力学に従って運動する理論模型「量子スピンアイス」を導きました注2)。また、2015年にはその理論模型を簡単化した模型に対して、スピンが凍結しないように絶対零度(約-273℃)に向けて冷却することで、単極子がスピンから分化した「量子スピン液体」と呼ばれる新しい物質状態が実現することを、厳密な数値シミュレーションにより検証しました。それ以降、分化した単極子を磁場などによって外部から制御できる可能性が期待されていました。

注2)2012年8月8日プレスリリース「電子スピンから分化したN極とS極のヒッグス転移を磁性体で観測

研究手法と成果

研究チームは、量子スピンアイスに対して磁場を加え、統計誤差・数値精度の範囲で厳密な量子モンテカルロ法[7]による数値シミュレーションを行いました。そして、磁化/飽和磁化(M/Ms)、単極子の極性の強さ(δQ)、単極子の超流動密度(ρ)に対して、図2のような結果を得ました。

まず、量子スピンアイスをゼロ磁場で冷却していくと、単極子の存在が許される時間スケールが次第に短くなっていき、単極子の極性(N極・S極)が現れない真空状態になります。そして、模型の結合定数の組によって、単極子がスピンから分化した量子スピン液体、あるいは単極子が超流動を示す磁気秩序状態が出現します。

次に、この量子スピン液体状態に[111]方向へ磁場をかけると、アイス則を満たしたまま、三角格子面(図3)のスピンが磁場に平行になろうとします。そして、磁化が飽和磁化の2/3に達すると、磁化が磁場に対して不変となる磁化プラトー状態に入ります(図3(a))。この領域でさらに極低温まで冷却を続けると、単極子のループ運動が局在した共有結合性固体を形成する傾向も観測されました。

さらに、2/3磁化プラトーを超える磁場をかけていくと、単極子が非一様な空間分布を示し、さらに不均一に分布した単極子が超流動を示す状態へと相転移します。この状態は、ヘリウム4(4He)超固体におけるヘリウム原子を単極子に、粒子密度を単極子極性密度にそれぞれ見立てた「単極子の超固体」として位置づけられます(図3(b))。この単極子の超固体は、磁気秩序を持つ点では通常の磁性体と同じです。しかし、単極子が超流動を示し、単極子流がエネルギー損失なしに流れる点は、通常の磁性体にはみられない量子スピンアイスに特有な性質です。

この単極子の超固体状態は磁場をさらに強くすることで消滅し、各正四面体中心にN極およびS極の単極子が交互に局在した完全スピン偏極状態に至ります。

今後の期待

研究チームは、数値的に厳密なシミュレーション手法によって、量子スピンアイスと呼ばれる磁性体において顕在化する単極子の挙動が、加えた磁場とともにどのように変化していくかを、初めて具体的に示しました。量子スピンアイス物質を用いることで、電子スピンから分化する単極子が磁場の値によって超固体を含む複数の相へ相転移することを示した最初の成果です。

エレクトロニクスでは電子の電荷自由度を、スピントロニクス[8]では電子の電荷自由度とスピン自由度の両方を制御することによって、デバイスを具現化しています。電荷自由度を全く用いず、またスピン自由度そのものではなく、単極子の自由度を制御することによって、低消費電力で駆動するデバイスを構築できる可能性が考えられます。

原論文情報

  • Troels Arnfred Bojesen, Shigeki Onoda, "Quantum spin ice under a [111] magnetic field: from pyrochlore to kagome", Physical Review Letters

発表者

理化学研究所
主任研究員研究室 古崎物性理論研究室
専任研究員 小野田 繁樹 (おのだ しげき)
(創発物性科学研究センター 強相関物理部門 量子物性理論研究チーム専任研究員)

小野田繁樹 専任研究員の写真

小野田 繁樹

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理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明

  1. 量子スピンアイス、スピンアイス、アイス則
    水の六方晶の氷では、頂点を共有する正四面体を構成要素とするパイロクロア格子構造をとり、酸素イオン(O2)は各正四面体の中心に位置する。一方、水素イオン(H)は、隣り合う二つのO2のいずれかと水素結合を形成するため、パイロクロア格子点(正四面体の頂点)の位置から少し変位する。その変位は、二つがO2を中心とした正四面体の内向き、残り二つが外向きの2-in, 2-outの構造をとる。これは「アイス則」と呼ばれている。アイス則の満たし方は四面体ごとに6通りあり、さらに巨視的数N個のHが存在する場合にはおよそ(3/2)N/2通りという巨視的な場合の数が残り、Hあたり、氷の残留エントロピー (R/2)log(3/2)を持つ。Hの配位の仕方は、内向きか外向きにしか向けない電子スピンに読み換えることができる。これが実現されている磁性体Dy2Ti2O7やHo2Ti2O7などを「スピンアイス」と呼ぶ。 スピンアイスにおいては、不対f電子を持つ磁気的希土類イオンが磁気モーメント(スピン)の量子性が極めて弱いため、磁気双極子相互作用によって主に支配され、単極子は零点運動をすることが難しい。一方、Pr, Yb, Tbなどの磁気的希土類元素を含む同族物質(Yb2Ti2O7, Pr2Zr2O7, Tb2Ti2O7など)では、これらのイオンの磁気モーメント(スピン)の量子性が、磁気双極子相互作用と同等かより強くなる。この場合、単極子は運動エネルギーを稼ごうと、スピンの反転を伴いながら結晶中を運動するようになる。これらの系を「量子スピンアイス」と呼ぶ。量子スピンアイスには、冷却とともに量子スピン液体になるもの、磁気秩序を示すものがある。
    量子スピンアイス、スピンアイス、アイス則の図
  2. 単極子
    磁性体における単極子とは、磁化のN極やS極の性質を持つ粒子のことをいう。
  3. 超流動
    1937年にP. KapistaとJ.F. Allenは、液体ヘリウム4において、ヘリウム4原子の運動に伴うエネルギー損失が約-271℃以下で消滅することを初めて観測した。これは粘性がゼロ、つまり慣性・摩擦が完全に消失することを意味する。この現象は、これは量子力学における零点運動の効果が巨視的に顕在化したもので、超流動と呼ばれている。
  4. 超固体
    1969~70年に、A.F. Andreev、L. M. Lifshitz、G.V. Chester、A.J. Leggettによって理論的に提唱されたヘリウム4に対する特殊な状態のこと。ヘリウム原子が空間的に不均一に分布するとともに、超流動性を同時に示すことが原理的に可能である。この超固体状態は近年、ヘリウムを内包する多孔質ガラスを高圧下・超低温で回転させることで実験的に観測されたとされている。
  5. 量子スピン液体
    1973年に、P. W. Andersonによって最初に理論的に提唱された、磁性体中の磁気モーメント(スピン)が絶対零度(約-273℃)でも秩序を持って整列しない新しい状態のこと。通常の磁性体における磁気秩序は、近接するスピンの間に働く相互作用が協調しあって、安定なスピンの配列を形成するが、スピン間相互作用が互いに協調できない、フラストレートした状態にあるときには、秩序の形成が妨げられる。このとき、スピン秩序を形成することなくエントロピーを完全に解放する必要性から、スピンはスピノンと呼ばれる分数スピン量子数を運ぶ粒子に分化して、スピノンが零点運動をする。量子スピンアイスにおいては、単極子がスピノンの役割を果たしている。
  6. 零点運動
    古典力学の範囲では、温度が均一な熱平衡状態にある多数の粒子の運動エネルギーの統計平均は絶対温度に比例し、絶対零度でゼロになる。ところが、量子力学に従う粒子の運動エネルギーは、絶対零度においてもゼロにはならない。この運動を零点運動という。
  7. 量子モンテカルロ法
    量子力学に従う多自由度系の物理量を計算する計算手法。多自由度の積分計算を、重み付きサンプリングで統計的に評価を行う。
  8. スピントロニクス
    エレクトロニクス(電子の電荷としての性質を利用した電子工学)の概念を拡張し、電子の持つ電荷とスピンの性質の両方を利用する電子工学。スピンエレクトロニクスとも呼ばれ、次世代の省電力・不揮発性の電子素子の動作原理を提供すると期待されている。

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パイロクロア格子構造とその基本単位である正四面体の電子スピンの向きの図

図1 パイロクロア格子構造とその基本単位である正四面体の電子スピンの向き

左:スピンアイスのパイロクロア格子構造と電子スピンの位置(赤丸)。

右:パイロクロア格子構造の基本単位である正四面体の電子スピン構造。
スピンアイスでは、四つの電子磁気モーメント(右図内の矢印)は、それぞれ正四面体の中心向き(in)か、その逆向き(out)に強く束縛されている。隣り合うスピン対には、スピンを平行にさせようとする力が働くため、inとoutの対(黒線)を好むが、全てを黒線では結べない(幾何学的フラストレーション)。最も安定な2-in, 2-out状態でも、エネルギーが高いin同士、または、out同士の対(緑線)が生じてしまう。また、3-in, 1-outと1-in, 3-outでは、それぞれ磁化のN極の単極子(右図内赤丸)、S極の単極子(右図内青丸)が正四面体の中心にあると見なすことができる。さらに不安定な4-inと4-out状態では、これらの単極子の値はそれぞれ2倍になっている。

[111]磁場中の量子スピンアイスの相図および物理量の図

図2 [111]磁場中の量子スピンアイスの相図および物理量

Mを磁化、Msを飽和磁化として、青線はM/Msを、δQ(緑線)は単極子の極性の強さを表す(左縦軸)。一方、ρ(黄線)は単極子の超流動密度を表す(右縦軸)。右側横軸は量子スピンアイスにかけられた磁場。磁場を強くしていくと(B<B1)、まず単極子が消失したまま磁化が立ち上がる(量子スピン液体状態)。磁化が飽和磁化の2/3に到達すると(B1<B<B2)、磁化は磁場に対して変化しなくなる(共有結合性固体)。さらに磁場を強くしていくと(B2<B<B3)、単極子の極性分布と超流動性が同時に出現する(超固体)。磁場が強くなった極限(B3<B)では、スピンは完全偏極する。このとき磁化および単極子の極性分布は飽和し、単極子の超流動性は消滅する。

[111]磁場中の量子スピンアイスのスピン、単極子のスナップショット

図3 [111]磁場中の量子スピンアイスのスピン、単極子のスナップショット

(a) 2/3磁化プラトー状態。(b) 超固体状態。(c) 完全偏極状態。ただし、緑色はカゴメ格子面、灰色は三角格子面、紫色の矢印はスピン、赤および黒の球は単極子のS極およびN極を、球の大きさは極性の強度を表す。実際には、単極子が短時間に閉曲線に沿ったスピンの向きを反転させながら零点運動をしている。

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