広報活動

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2019年3月11日

理化学研究所

新NMR測定法による天然ゴム末端基の解析

-次世代人工ゴムの高分子合成の研究の加速に期待-

理化学研究所(理研)放射光科学研究センターNMR研究開発部門NMR応用・利用グループNMR先端応用・外部共用チームの大内宗城技師、NMR研究開発部門の石井佳誉部門長、前田秀明客員主管研究員らの研究チームは、新しい核磁気共鳴(NMR)測定法[1]を開発し、市販の天然ゴムシート[2]末端基[3]の精密な構造解析に成功しました。

本研究成果は、天然ゴムと同等の性能を持つ次世代人工ゴムの高分子合成や生合成に向けた研究に貢献すると期待できます。

天然ゴムは高分子(ポリマー)の一種で、自動車や航空機のタイヤ、医療用装置の部品など、私たちの日常で広く使われています。天然ゴムの摩耗に強くショックを吸収するといった優れた性質は、そのポリマー末端基に依存するとされており、その構造はNMR法を用いて解析されてきました。しかしこれまで、NMR装置の感度不足や天然ゴム中の不純物が主要因で明確な解析ができませんでした。

今回、研究チームは、高感度NMR装置を使用し、Multiple-WET法[4]DOSY-フィルター法[5]を組み合わせて、不純物由来の強いNMR信号を除去できる新たなNMR測定法を開発しました。そして、高感度・高分解能の高磁場900MHz NMR装置を用いて、化学処理をしていない天然ゴムシートの末端基(ω末端[3]グループとα末端[3]基)の構造解析に初めて成功しました。

本研究は、米国化学会の科学雑誌『Biomacromolecules』の掲載に先立ち、オンライン版(2月12日付け)に掲載されました。

今回使用したNMR測定法と観測できた天然ゴムの末端基の図

図 今回使用したNMR測定法と観測できた天然ゴムの末端基

※研究支援

本研究の一部は、科学技術振興機構(JST)の未来社会創造事業 大規模プロジェクト型 エネルギー損失の革新的な低減化につながる高温超電導線材接合技術「高温超電導線材接合技術の超高磁場NMRと鉄道き電線への社会実装」 (JPMJMI17A2)の支援を受けて行われました。

背景

天然ゴムはパラゴムノキ(Hevea brasiliensis)から採取される高分子(ポリマー)の一種で、自動車や航空機のタイヤ、医療用装置の部品など、私たちの日常で広く使われています。天然ゴムの主成分はポリイソプレンで、単位分子(モノマー)であるイソプレン(CH2=C(CH3)CH=CH2)が鎖状に結合しています。天然ゴムの摩耗に強くショックを吸収するといった優れた性質は、ポリマーの末端基に依存するとされており、その構造はこれまで核磁気共鳴(NMR)法を用いて解析されています。

しかし、室温検出器を装備した従来の400MHzなどのNMR装置では、感度不足のために、天然ゴムの末端基のNMR信号を正確に観測できていません。また、現状のNMR測定法で不純物を除去する方法が見つかっておらず、試料中の不純物を取り除くための化学的前処理を実施した試料を測定していますが、前処理をすると、試料の化学構造が変化してしまう恐れがあります。同様の理由から、高感度の極低温検出器を装備した高磁場600MHz NMR装置を使用しても、正確な結果が報告されていなかったのが現状です。特に、市販の天然ゴムシートを前処理なしに直接測定する場合は、試料に5%程度の不純物が含まれているため、末端基のNMR信号が不純物の強い信号に隠れてしまい、その構造解析は困難でした。

研究手法と成果

研究チームは2016年に、Multiple-WET法を利用したNMR測定法および高感度の極低温検出器を装備した超高磁場900MHz NMR装置により、合成高分子の末端基や部分構造を効率よく測定することに成功しました注1)。Multiple-WET法は、溶媒由来の信号や強度の強い主鎖の信号を消去できる方法です。 研究チームはまず、高感度の極低温検出器を装備した超高磁場900MHz NMR装置と、Multiple-WET法を組み合わせることで、前処理をしていない市販の天然ゴムシートの測定を行いました。しかし、天然ゴムの末端基のNMR信号は、やはり不純物の信号に隠れてしまいました。

そこで、この不純物の信号を除去するために、DOSY-フィルター法をMultiple-WET法に併用しました。その結果、正確に末端基の構造を決定することに成功し、市販の天然ゴムシートには、少なくとも5種類のα末端基が存在すること、またω末端基の詳細な構造が明らかになりました(図1図2)。さらに、2次元NMR[6]でも同様に、不純物の信号が除去されたことが確認できました(図3)。

注1)2016年8月31日プレスリリース「ポリマー末端基の新測定法

今後の期待

近年、気候変動やパラゴムノキの高齢化により天然ゴムの安定供給が心配される一方で、市場ではさらに高性能なゴムが求められています。人工的な高分子合成や生合成による代替品が検討されていますが、ゴムの特性に影響を与える天然ゴムの末端構造はこれまで明らかになっておらず、このような代替品の作成は実現していません。本研究により、末端構造が解明され、天然ゴムそのものの性能向上や、安定供給にもつながる天然ゴムの生合成の研究が加速すると期待できます。また、生合成のみならず、人工的に高性能なゴムを合成する試みもあり、今後の発展につながると期待されます。

さらに、今回開発された新しい測定法は天然ゴム以外の様々な高分子に応用可能であり、今まで末端基と不純物の区別ができずに構造解析が困難だった分野にも応用され、さらなる高分子物性の研究がNMR法によって進むことが期待されます。

原論文情報

  • Muneki Oouchi, Yoshitaka Ishii, Hideaki Maeda, et. al., "Structural Analysis of the Terminal Groups in Commercial Hevea Natural Rubber by 2D-NMR with DOSY Filters and Multiple-WET Methods using Utrahigh-Field NMR", Biomacromolecules, 10.1021/acs.biomac.8b01771

発表者

理化学研究所
放射光科学研究センター NMR研究開発部門 NMR応用・利用グループ NMR先端応用・外部共用チーム
技師 大内 宗城(おおうち むねき)

放射光科学研究センター NMR研究開発部門
部門長 石井 佳誉(いしい よしたか)
(東京工業大学 教授)
客員主管研究員 前田 秀明(まえだ ひであき)
(科学技術振興機構 プログラムマネージャー)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  1. 核磁気共鳴(NMR)測定法
    物質内部の原子核の位置や価電子状態に依存する電磁波を、原子核が吸収・放出する現象を活用する。放出されたエネルギーを測定することによって、物質の微細な原子・分子構造を決定できる。この原理を用いた装置は,有機化合物や生体高分子などの構造や性質を調べるために広く使われている。
  2. 天然ゴムシート
    パラゴムノキの樹液を集め、脱水や化学的処理などを施した後、シート状にしたもの。天然ゴム成分は約95%で、残りは蛋白質やアセトン可溶物質などが含まれる。
  3. 末端基、ω末端、α末端
    ポリマーは通常、あるモノマー単位(M)が重合することで構成される化合物で(M)n(nは重合度、つまり、繰り返しの数)で表される。枝分かれしたものや環状のものも存在するが、多くのポリマーは鎖もしくは線状でポリマーの末端が存在する。この末端のことを末端基という。鎖状のポリマーの末端基で、特に両末端が異なる構造をしている場合、それぞれ「頭」-「尾」と呼ばれている。これが、ω末端とα末端である。英語ではinitiating-end (ω-terminus)、terminating-end (α-terminus) unitsなどと呼ばれる。
  4. Multiple-WET法
    溶媒由来のシグナル消去を目的にNMRでよく使用されているWET方法をもとに、複数カ所の溶媒由来シグナルや強度の強い主鎖のシグナルの消去ができるように開発された方法。本研究では高分子の主鎖の信号を消去するように調整して使用している。
    WETはWater suppression Enhanced through T1 effectの略。
  5. DOSY-フィルター法
    溶液中の分子などが移動する速さを示す自己拡散定数を求めるのに使用される。今回は特定の条件を選択し、不要な不純物を消去する目的でフィルターとして使用した。DOSYはDiffusion-Ordered NMR SpectroscopYの略。
  6. 2次元NMR
    NMRを使用した測定法で、化学結合でつながって隣接する基や相互作用する基、つまり相互作用を測定する。例えば、H-H相関2次元NMRでは隣接した水素間の情報を得、また、高分解能のC-H相関2次元NMRでは隣接した炭素と水素間の情報を得、これらの情報から化合物の構造解析が可能となる。2次元NMRは情報を分かりやすくするため2次元に展開したもので、数百種類の測定法がある。

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天然ゴムシートの溶液NMRの900MHzスペクトルの図

図1 天然ゴムシートの溶液NMRの900MHzスペクトル

aは通常の1HNMR、bはMultiple-WET法とDOSY-フィルター法を組み合わせた1H-NMRのスペクトル。aのスペクトルの赤カッコの領域には不純物による信号が含まれているが、bでは不純物の信号が抑制され、3-5ppmの範囲で赤点線以外の信号が消えており、5種類のα末端基があることが分かる。

市販の天然ゴムシート(a)と今回明らかになった末端基の構造(b,c)の図

図2 市販の天然ゴムシート(a)と今回明らかになった末端基の構造(b,c)

天然ゴムの両末端のうちω末端グループの構造は、最末端にジメチルアリル、続いてトランス型の二重結合を持つイソプレン単位が2個つながり、その後シス型のイソプレン単位が多くつながることが明らかになった。もう一方のα末端基にはcに記載の少なくとも5種類が存在することが分かった。

天然ゴムシートの溶液NMR のC-H相関2次元NMRスペクトルの図

図3 天然ゴムシートの溶液NMR のC-H相関2次元NMRスペクトル

aはMultiple-WET法を用いた高分解能2次元NMRスペクトル、bはMultiple-WET法とDOSY-フィルターを用いた高分解能2次元NMRスペクトル。aの矢印で示したピークは不純物由来の信号によるが、bのスペクトルでは不純物の信号が除去され、正確な構造解析が行われたことが分かる。

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