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2014年9月22日

理化学研究所

前立腺がんの発症に関わる23個の遺伝子多型を新たに発見

-国際共同研究による遺伝子多型(SNP)関連解析で累計100個に-

ポイント

  • 多様な人種の前立腺がん罹患(りかん)者と対照群、合計87,040人が対象
  • 日米欧が共同で取り組んだ大規模な国際共同研究プロジェクトの成果
  • 前立腺がん発症リスク予測や診断の精度の向上に寄与する可能性

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、オーダーメイド医療実現化プロジェクト[1]で実施した遺伝子の解析結果を含めた大規模な国際共同研究によって、前立腺がんと関連がある一塩基多型(SNP)[2]を新たに23個発見しました。これは、理研統合生命医科学研究センター ゲノムシークエンス解析チームの中川英刀チームリーダーと統計解析研究チームの高橋篤チームリーダー、米国の南カリフォルニア大学と国立がん研究所、英国のがん研究所とケンブリッジ大学などとの国際共同研究グループによる成果です。

前立腺がんは男性のがんとして、世界的に発症頻度の最も高いがんの1つです。日本でも食生活の欧米化や人口の超高齢化に伴い、罹患者数は急激に増加しています。これまでに前立腺がんの発症に関連する多数の遺伝子やSNPが発見されてきたことから、前立腺がんの発症には遺伝的要因が深く関わり、また人種による差も大きいことが分かっています。

2010年と2012年に、理研の研究チームは日本人を対象にゲノムワイドSNP関連解析[3]を実施し、9つのSNPが日本人における前立腺がん発症と強い関連があることを報告しました。今回、国際共同研究グループは、ヨーロッパ系、アフリカ系、日系、ラテン系、といったさまざまな人種を対象に、合計87,040人の前立腺がん罹患者と対照群のSNPデータを収集し、ゲノムワイドSNP関連解析を行いました。その結果、新たに23個のSNPが前立腺がんと強く関連することを発見しました。これらのSNPがあると発症リスクがSNPの数1つにつき1.06~1.14倍高まります。すでに発見されている77個のSNPに、今回新たに発見されたSNPを加えると、合計100個ものSNPが前立腺がんの発症と強く関連し、その発症リスクに関わることになります。この数は、さまざまながん腫の中で最大であり、前立腺がんの発症にはSNPが深く関わっていることが示唆されます。今後、この成果を用い、多数のSNPを組み合わせることによって、より精度の高い前立腺がん発症リスクの予測および診断ができるようになると考えられます。

本研究成果は、科学雑誌『Nature Genetics』に掲載されるに先立ち、オンライン版(9月14日付け:日本時間9月15日)に掲載されました。

背景

前立腺がんは世界的にみても発症頻度の高いがんの1つとされ、欧米人に多くアジア人には少ないがんと考えられてきました。しかし、日本でも、食生活など生活習慣の欧米化や人口の超高齢化に伴い、その罹患者数は急激に増えてきています。日本における前立腺がんの年齢調整罹患率[4]の年次変化を見ると、1975年は10万人あたり7.1人でしたが、2008年には46.1人と約6.5倍に増加しています。また、2020年には罹患者数が8万人に近くに増え、男性のがんでは肺がんに次いで2番目に多くなると予測されています(出典:がん統計白書2004、がんの統計2013)。

前立腺がんの治療には、男性ホルモンを抑制するホルモン療法、放射線療法、手術療法などといった有効な治療があり、他のがんに比べて治癒の可能性が高いがんとして知られています。しかし、多くの高齢者が症状のない超早期の前立腺がんにかかっているとの報告があり、また従来の診断によく使用されるPSA検診[5]は、治療が必要な前立腺がん検出の特異性が低く、過剰診療や医療経済的な面でその是非が問われるなど、前立腺がんの診断や発症リスク評価を行うには、さまざまな問題があります。前立腺がん患者の多い欧米では、男性ホルモンの産出を抑制する薬など新たな予防方法も検討されており、予防対象となる前立腺がん発症のリスクが高い男性を見極めることも重要と考えられます。

一般的な、前立腺がん発症の危険因子として、人種(アフリカ人>欧米人>アジア人の順に多いことが知られています)、欧米型の食生活、体内のホルモン環境、加齢などが挙げられますが、特定の危険因子は分かっていません。しかし、欧米での遺伝性前立腺がんの存在や、日本や欧米での研究から、これまでに前立腺がんの発症に関連する多数の遺伝子やSNPが発見され、前立腺がんの発症には遺伝的要因が深く関わっていることが明らかになってきています。

研究手法と成果

2010年と2012年に理研の研究チームは、オーダーメイド医療実現化プロジェクトで収集した日本人サンプルを対象にゲノムワイドSNP関連解析を実施し、9つのSNPが日本人における前立腺がん発症と強い関連があることを発見しました注1)。今回、理研を含む国際共同研究グループは、日本人とカリフォルニアやハワイ在住の日系人(6,954人)および、ヨーロッパ系、アフリカ系、ラテン系を含む、合計87,040人ものSNP解析データを持ち寄って、580万~1,680万箇所のゲノムワイドSNP関連解析を行いました。その結果、前立腺がんと強く関連する新たな23個のSNPを発見しました(図1)。さらに、これらのSNPがあると前立腺がんの発症リスクがSNPの数1つにつき1.06~1.14倍に高まることも見いだしました。これまで、77個のSNPが前立腺がんの発症と強く関連することが分かっており、今回の結果を合わせると合計100個ものSNPが前立腺がんの発症と関連することになります。この数は他のがんと比べて、圧倒的に多く最大のSNP数です。

これら多数のSNPの有無をヨーロッパ人集団に当てはめて前立腺がんの発症リスクの分布を検討したところ、全体の高リスク上位10%の男性は、集団全体の平均に比べると2.9倍、上位1%の集団は5.7倍の前立腺がん発症リスクを持つことが分かりました。これら高リスクの男性は、頻回の前立腺がん検診や予防プログラムの対象になると考えられます。

注1)2010年8月2日プレス発表:前立腺がんの発症に関連する新たな5つの遺伝子多型を発見
2012年2月27日プレス発表前立腺がんの発症に関わる4つの遺伝子多型を新たに発見

今後の期待

理研の研究チームはこれまでに、日本人の前立腺がんに関連する16個のSNPを組み合わせ、日本人の前立腺がんの発症リスク予測モデルを構築してきました注2)

前立腺がんに関連するSNPは、ゲノム全体で数百個以上存在すると推定されています。また、疾患に関連するSNPは人種によっても異なります。今後、日本人の前立腺がんSNP関連解析をさらに進め、新たなSNPを発見できれば、SNPを多数組み合わせることが可能になり、より精度が高く、かつ日本人に合った前立腺がんの発症リスク評価方法や診断方法の開発が進展すると期待できます。

注2)2012年10月11日プレス発表:遺伝子多型を組み合わせ日本人のための前立腺がんリスク診断法を開発

原論文情報

  • Ali Amin Al Olama et al. "A meta-analysis of 87,040 individuals identifies 23 new susceptibility loci for prostate cancer", NatureGenetics.2014. doi, 10.1038/ng.3094

発表者

理化学研究所
統合生命医科学研究センター ゲノムシーケンス解析研究チーム
チームリーダー 中川 英刀(なかがわ ひでわき)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.オーダーメイド医療実現化プロジェクト
    文部科学省のリーディングプロジェクトとして2003年に開始。東京大学医科学研究所に設置されているバイオバンクジャパンに収集された20万人分のDNAや血清試料、臨床情報を解析し、遺伝子の違いを基に病気や薬の副作用の原因などを明らかにして、新しい治療法や診断法を開発するためのプロジェクト。理研統合生命医科学研究センターの久保充明副センター長がプロジェクトリーダーを務め、同センターは遺伝子解析の中心的な役割を果たしている。
    オーダーメイド医療の実現プログラムのホームページ
  • 2.一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism:SNP)
    ヒトゲノムは約30億塩基対からなるが、個々人を比較するとその塩基配列には違いがある。この塩基配列の違いのうち、集団内で1%以上の頻度で認められるものを多型と呼ぶ。遺伝子多型は遺伝的な個人差を知る手がかりとなるが、最も数が多いのは一塩基違いのSNPである。多型による塩基配列の違いが遺伝子産物であるタンパク質の量的または質的変化を引き起こし、病気のかかりやすさや医薬品への反応の個人差をもたらす。
  • 3.ゲノムワイドSNP関連解析
    一塩基多型を用いて疾患と関連する遺伝子を見つける方法の1つ。ある疾患の患者とその疾患にかかっていない被験者の間で、多型の頻度に差があるかどうかを統計的に検定して調べる。ゲノムワイドSNP関連解析では、ヒトゲノム全体を網羅するような50~100万箇所のSNPを用いて、ゲノム全体から疾患と関連する領域や遺伝子を同定する。
  • 4.がんの年齢調整罹患率
    がんは高齢になるほど罹患率が高くなるため、人口の年齢構成が異なる集団でがんの罹患率を比較するためには、年齢構成の影響を補正しなければならない。年齢階級別に罹患率を計算し、標準とする人口集団の重みを掛け合わせて計算する。
  • 5.PSA検診
    PSA(prostate-specific antigen)は、前立腺組織で特異的に作られるタンパク質で、その数値が高い場合は前立腺の異常を示す。血清値が10ng/ml以上が異常値となり、前立腺がんの集団健診に有用であると考えられている。日本でも多くの市町村がPSA検診を導入している。しかし、前立腺炎や前立腺肥大でも異常値を示したり、数値が低くても多くの前立腺がんが見つかる場合がある。また、前立腺がんの死亡率減少への貢献度や医療経済的な面で、PSA検診を住民検診として実施することへの問題点が指摘されている。
多人種での前立腺がんのゲノムワイドSNP関連解析の結果の図

図1 多人種での前立腺がんのゲノムワイドSNP関連解析の結果

  • X軸:染色体(1番から22番と23番=X染色体)ごとのSNPの位置。
  • Y軸:-log(P値:偶然にそのようなことが起こる確率)で、前立腺がんとの関連の統計学的確からしさの指標。

緑の線(P=5×10-8)より上の23個のSNPのピークは、前立腺がんとの関連が非常に強いことを示している。これまで発見されてきた77個の前立腺がん関連SNPは除いている。

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