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2016年3月1日

理化学研究所

酵母・カビの設計図の概要が多数明らかに

-真核微生物約120菌株のドラフトゲノムを解読-

要旨

理化学研究所(理研)バイオリソースセンター微生物材料開発室(BRC-JCM)の大熊盛也室長、遠藤力也協力研究員、ライフサイエンス技術基盤研究センター機能性ゲノム解析部門の眞鍋理一郎上級研究員らの研究チームは、酵母とカビ(糸状菌)をはじめとする真核微生物約120菌株について、全ゲノムの塩基配列の概要(ドラフトゲノム[1])を解読し、その配列データを国立遺伝学研究所が運営する公共データベースから公開しました。また、ゲノム解読を行った菌株のリストをBRC-JCMのホームページに公開し、解読に用いたDNAは、バイオリソースセンター遺伝子材料開発室から外部に提供可能な状態に整備しました。

これまで、基礎的な学術研究や産業利用に欠かせない代表的な微生物種ではゲノム解読が進められてきましたが、それはごく少数の種に限られていました。そこで研究チームは、有用機能を持つことが確認されているにもかかわらず、ゲノム情報が未整備である真核微生物に注目し、それらのゲノムを解読しようと考えました。

研究チームはBRC-JCMが保存している真核微生物のうち、研究材料として扱われている約120菌株を選び、ゲノム解読を実施しました。その結果、得られたドラフトゲノムから各菌株平均約9,000個の遺伝子が存在することが推測されました。また、各菌株のドラフトゲノムは、染色体の数と同レベルの数個から数十個の配列から構成されているものが多数を占めており、つながりの良い質の高い情報でした。

解読した菌株は、未利用バイオマスからのエネルギー生産、環境汚染の原因となる化学物質の分解、食品の生産、真核生物の進化・生態解明など、極めて広い研究分野での利用が期待できます。

本研究は、文部科学省ナショナルバイオリソースプロジェクト[2](National Bio Resource Project)の2014年度ゲノム情報等整備プログラム(課題名:「NBRP一般微生物の多様な真核微生物のゲノム情報整備」;課題責任者:大熊盛也)の支援を受けて実施されました。

本研究によって得られたドラフトゲノムの配列データは、2月29日に公開されました。成果は、3月4日~5日に開催される第10回日本ゲノム微生物学会でも発表する予定です。

※研究チーム

理化学研究所
バイオリソースセンター
微生物材料開発室
室長 大熊 盛也(おおくま もりや)
ユニットリーダー 髙島 昌子(たかしま まさこ)
協力研究員 遠藤 力也(えんどう りきや)

ライフサイエンス技術基盤研究センター
機能性ゲノム解析部門
上級研究員 眞鍋 理一郎(まなべ りいちろう)

背景

微生物は極めて多様な機能を持ち、日本では発酵食品に代表されるように、伝統的によく利用されてきました。現在では、発酵食品に限らず、微生物の機能をより幅広い分野で利用しようという研究が盛んに行われています。微生物の機能の多様さ、いわば微生物それぞれの「個性」は、種の多様さに由来するものといえます。

近年、生物体の設計図ともいえるゲノムの解読が、さまざまな生物種で実施されています。微生物のゲノムは、ヒト(約3.1Gb、31億塩基対)などの大型動物に比べると小さいながら、例えばパン酵母(Saccharomyces cerevisiae)では約12Mb(1200万塩基対)、麹カビ(Aspergillus oryzae)では約38Mb(3800万塩基対)もあることが分かっています。塩基対片側の配列(A, T, G, C)を400字詰め原稿用紙に隙間なく書いたとしたら、パン酵母で30,000枚相当、麹カビで95,000枚相当の情報量になります。

基礎的な学術研究や産業利用に欠かせない代表的な微生物種(モデル生物)ではゲノム解読が進められてきましたが、その研究対象はごく少数の種に限られていました。そこで研究チームは、有用機能を持つことが確認されているにもかかわらず、ゲノム情報が未整備である真核微生物リソースが多く存在することに注目し、それら微生物のゲノムを解き明かそうと考えました。

研究手法と成果

理研バイオリソースセンター微生物材料開発室(BRC-JCM)では、バクテリア(細菌)やアーキア(古細菌)、酵母、カビなど、多種多様な微生物菌株を保存・提供する微生物リソース整備事業に取り組んでいます。年間30カ国へ4,123の微生物リソースを提供しており、研究成果は500以上もの学術論文に発表されています(2014年度実績)。真核微生物では酵母・カビ(糸状菌)を中心に約5,000菌株を公開しており、多岐にわたる学術分野や産業利用に向けた研究に利用されています。

本研究ではBRC-JCMが保存している真核微生物のうち、基礎研究・応用研究を問わず研究材料として扱われている約120菌株を選定し、ゲノム解読を実施しました。まず、DNA増幅を伴わない方法も含め2種類の方法でサンプルの前処理を行い、イルミナ社HiSeq2500高速シーケンサーにより、平均してゲノムサイズの150倍以上の塩基情報を取得しました。次に塩基読み取りエラーを校正した後、配列アセンブリ[3]プログラムにより塩基配列をつなぎ合わせ、ドラフトゲノム配列を作製しました。得られたドラフトゲノム配列から遺伝子予測プログラムにより、各菌株で平均約9,000個の遺伝子が存在することが推測されました。各菌株のドラフトゲノムは、染色体の数と同レベルの数個から数十個の配列により構成されているものが多数を占めており、つながりの良い質の高いドラフトゲノム情報といえます。

解読の対象とした菌株は、未利用バイオマス[4]からのエネルギー生産、環境汚染の原因となる化学物質の分解、食品の生産、真核微生物の進化・生態解明など、極めて幅広い研究分野での利用が期待できるものです(図1)。解読した塩基配列情報は公共データベースに登録・公開し、広く利用可能な状態にしました。また、BRC-JCMから提供している真核微生物リソースにゲノム情報を加えることにより、菌株の高付加価値化を実現しました。真核微生物の中でも特に酵母については、これまでにゲノムが解読されたものは140種程度でしたが、本研究により75種以上を追加し、酵母のゲノム解読種数は大幅に増加しました。

なお、ゲノム解読の対象とした真核微生物菌株の選定、培養とDNA抽出はBRC-JCMが担当しました。一方、高速シーケンサー[5]を使った塩基配列の解読とアセンブリ、および公共データベースへのデータ登録は、ライフサイエンス技術基盤研究センター機能性ゲノム解析部門のゲノムネットワーク解析支援施設が担当しました。本研究は、両部門の綿密な連携のもとに実施されました。

今後の期待

本研究によって生物遺伝資源の効果的活用を促進し、幅広い分野の学術研究を支える基盤情報の提供を実現しました。多種多様な真核微生物種をゲノム解読対象にしていることから、図1に示すような用途はもちろん、これまで想定されていなかった物質変換機能が発見されることが期待できます。また、有用物質を生産する微生物において、ゲノム情報を基にその生合成経路が解明され、その物質を効率的に生産する技術の開発につながることも期待できます。さらに、真核微生物の多彩を極める「個性」がどのような機構によるものなのか、「設計図」に含まれる情報から読み解かれることも期待できます。

なお、ゲノム配列上の遺伝子領域予測やその遺伝子の機能予測も加味したデータもBRC-JCMのホームページ上で順次公開していく予定です。

発表者

理化学研究所
バイオリソースセンター 微生物材料開発室
協力研究員 遠藤 力也(えんどう りきや)
室長 大熊 盛也(おおくま もりや)

ライフサイエンス技術基盤研究センター 機能性ゲノム解析部門
上級研究員 眞鍋 理一郎(まなべ りいちろう)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.ドラフトゲノム
    ある生物の遺伝情報の1セットをゲノム(Genome)という。全ゲノムの概要のことをドラフトゲノム(Draft genome)と呼ぶ。通常、ゲノム配列中には、解読が困難な部分(例えば繰り返し配列など)が含まれ、全ゲノムの完全な配列を取得するには膨大な労力と時間がかかる。このため、ドラフトゲノムレベルでのゲノム解読が行われることが多い。本研究で得られたドラフトゲノムでは、自動プログラムで遺伝子を予測しただけにもかかわらず、真核生物の代表的な遺伝子の94%程度の存在を推測できた。
  • 2.ナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)
    あらゆる学術研究の基礎・基盤となる生物遺伝資源(バイオリソース)とその遺伝情報を戦略的に整備することを目的とした、文部科学省が主導するプロジェクト。微生物、動物(マウスなど)、植物(シロイヌナズナなど)、培養細胞(iPS細胞など)、各種DNAなど、29種のリソースについて中核的拠点が選定されている。BRC-JCMはこのうち「NBRP一般微生物」の中核的拠点となっている。
  • 3.アセンブリ
    シーケンサーから産出された塩基配列情報を連結し、より長い断片に組み上げていく操作のこと。今回のゲノム解読では200万塩基以上の配列が組み上がった菌株もあった。
  • 4.未利用バイオマス
    生物由来の資源をバイオマスと呼ぶ。未利用バイオマスとは、食品や木材等の生産過程で出るが、有効に活用されていないバイオマス(植物残渣)のことを指す。例えば稲作では、稲わらや籾殻が未利用バイオマスにあたる。
  • 5.高速シーケンサー
    生物の遺伝情報である塩基配列を決定する装置をシーケンサーと呼ぶ。技術革新によって莫大な配列情報を解読できるシーケンサーが登場し、これらを高速シーケンサー(次世代シーケンサー)と総称している。イルミナ社のHiSeq2500もそのうちの1つ。
ゲノム解読した真核微生物の一部の図

図1 ゲノム解読した真核微生物の一部

ドラフトゲノムを解読した酵母・カビの機能・特性は多岐にわたり、幅広い学術分野でゲノム情報が活用されることが期待できる。

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