広報活動

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2016年6月7日

理化学研究所

テラヘルツ光照射による高次構造変化を実現

-光で高分子の物性や機能を制御する新テクノロジーへ道筋-

要旨

理化学研究所(理研)光量子工学研究領域テラヘルツイメージング研究チームの保科宏道上級研究員らの共同研究グループは、高強度の「テラヘルツ(THz)光[1]」の照射により、高分子の高次構造を変化させることに成功しました。

THz光は、電波と光の中間の周波数の電磁波です。近年、世界的に光源開発が進み、日本でも非線形光学効果[2]による発生法や自由電子レーザー[3]ジャイロトロン[4]などの高強度THz光源が開発され、それらの装置を活かした応用研究が始まっています。

THz光の周波数は、分子間に作用する水素結合や、高分子の高次構造の振動運動の周波数に相当するため、高強度THz光の照射は高分子の高次構造やその運動状態を変化させる可能性があります。一方で、プラスチック、ゴム、セルロース、タンパク質などの高分子は、たとえ同じ分子でも高次構造によって物性や機能が異なります。プラスチックでは、結晶化度の違いによって硬さや透明性が変化します。タンパク質では、二次構造や三次構造が変わることによって生体に対する機能が変化します。したがって、高次構造の変化をTHz光によって誘起できれば、高分子の機能や物性を変える新しい手段が生まれると考えられます。

共同研究グループは、ポリヒドロキシ酪酸(PHB)のクロロホルム溶液からポリマー膜を作製する際、大阪大学の自由電子レーザーによって発生した高強度のTHzパルス光を照射しました。すると、ポリマー膜はTHz光照射時と非照射時では、全く異なる結晶構造を持つことが分かりました。高分子中に結晶が占める割合で、高分子の融点や硬さなどの物性を決めるパラメーターである「結晶化度」を比較した結果、THz光を照射しなかったポリマー膜に比べて、照射したポリマー膜では結晶化度が20%増加していました。ポリマーの結晶化度は、通常熱によって変化します。しかし、今回の実験では温度上昇を1℃以下に抑えた条件でTHz光を照射しています。したがって、THz光と物質の相互作用によりポリマーの高次構造が変化した可能性が高いと考えられます。

今後、今回の高次構造変化のメカニズムの解明が進めば、光による機能性材料の開発や機能制御など、高分子を対象とした新たなテクノロジーの確立につながると期待できます。

本研究は、英国のオンライン科学雑誌『Scientific Reports』(6月7日付け:日本時間6月7日)に掲載されます。

※共同研究グループ

理化学研究所 光量子工学研究領域 テラヘルツ光研究グループ
テラヘルツイメージング研究チーム
上級研究員 保科 宏道 (ほしな ひろみち)
基礎特別研究員(研究当時) 鈴木 晴 (すずき はる)(現 大阪大学 理学研究科 構造熱科学研究センター 特任助教)
チームリーダー 大谷 知行 (おおたに ちこう)

大阪大学大学院 基礎工学研究科
准教授 永井 正也 (ながい まさや)

大阪大学 産業科学研究所
助教(研究当時) 川瀬 啓悟 (かわせ けいご)(現 広島大学 放射光科学研究センター 准教授)
助教 入澤 明典 (いりさわ あきのり)
教授 磯山 悟朗 (いそやま ごろう)

背景

「テラヘルツ(THz)光」は、電波と光の中間の周波数の電磁波です。近年、世界的に光源開発が進み、高強度THz光を生み出す手法が次々と開発されています。日本でも非線形光学効果による発生法や自由電子レーザーやジャイロトロンなどの高強度THz光源が開発され、それらの装置を活かした応用研究が始まっています。なかでも、高強度THz光と物質の相互作用の解明は、物理、化学、生物分野における新しい現象の発見につながると期待されています。

THz光の周波数は、高次構造と呼ばれる高分子鎖の高次の構造の運動や、高分子鎖間に作用する水素結合の振動運動の周波数に相当します。そのため、高強度THz光の照射は高次構造やその運動状態を変える可能性があります。一方で、プラスチック、ゴム、セルロース、タンパク質などの高分子は、たとえ同じ分子でも高次構造によって物性や機能が異なります。プラスチックでは、結晶化度の違いによって硬さや透明性が変化します。タンパク質では、二次構造や三次構造が変わることによって生体に対する機能が変化します。したがって、高次構造の変化をTHz光によって誘起できれば、高分子の機能や物性を変える新しい手段が生まれると考えられます。

そこで共同研究グループは、高強度テラヘルツ光を高分子に照射して、その変化を確かめることにしました。

研究手法と成果

共同研究グループは、本研究のTHz光源に大阪大学産業科学研究所の磯山悟朗教授らが開発した自由電子レーザーを用いました。生分解性ポリマーの一種であるポリヒドロキシ酪酸(PHB)のクロロホルム溶液に、自由電子レーザーの出力光である周波数3~8THzのパルス光を照射しながら溶媒を蒸発させ、ポリマー膜を作製しました。

レーザー共焦点顕微鏡[5]によって試料表面の結晶構造を観測した結果、THz光を照射した試料では数マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1mm)サイズの非常に大きな結晶が成長していました。また、試料の赤外吸収スペクトル[6]から高分子中に結晶が占める割合である「結晶化度」を求めたところ、THz光を照射しなかった試料に比べて20%の結晶化度の向上がみられました(図1)。

このようなポリマーの構造変化は、一般的には熱の影響で生じます。しかし、今回の実験条件では、THz光照射による温度上昇を1℃以下に抑えており、単なる温度の違いが結晶化をもたらしたとは考えられません。THz光が、ポリマー分子や周囲の溶媒分子の運動状態に対して何らかの影響を与え、それが結晶化へとつながったと考えられます。

今後の期待

本研究では、ポリマーの高次構造変化の詳細なメカニズムの解明に至りませんでしたが、今後、その解明が進めば、機能性材料の開発や光による機能制御など、高分子を対象とした新たなテクノロジーの確立につながると期待できます。

原論文情報

  • Hiromichi Hoshina, Hal Suzuki, Chiko Otani, Masaya Nagai, Keigo Kawase, Akinori Irizawa, Goro Isoyama, "Polymer Morphological Change Induced by Terahertz Irradiation", Scientific Reports, doi: 10.1038/srep27180

発表者

理化学研究所
光量子工学研究領域 テラヘルツ光研究グループ テラヘルツイメージング研究チーム
上級研究員 保科 宏道 (ほしな ひろみち)

保科宏道

保科 宏道

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明

  1. テラヘルツ光
    周波数が1012Hz(1兆ヘルツ)付近(0.1T~100THz)にある電磁波。電波と光の間の周波数で、両方の特性を持っている。近年、この領域の光源や検出のためのレーザー技術が急速に向上し、世界的に研究が行われるようになった。
  2. 非線形光学効果
    非常に強い光が物質と相互作用する場合、その応答(分極)は単純に光の電磁場に比例せず、非線形なものになる。これを非線形効果と呼ぶ。非線形光学効果の大きな媒質にレーザー光を照射することで、光の波長を変えることができる。
  3. 自由電子レーザー
    線形加速器で加速した電子線を、交互に反転した磁場中を通過させるにより光を発生させる手法である。テラヘルツ領域の自由電子レーザーは国内には大阪大学産業科学研究所のものが唯一である。
  4. ジャイロトロン
    強磁場中に加速した電子を入射し、サイクロトロン運動させることによって大出力の電磁波を発信させる手法。
  5. レーザー共焦点顕微鏡
    光源にレーザーを用いる顕微鏡システム。レーザー光を試料に照射し、反射光の結像部に焦点面以外からの迷光を遮断するピンホールを用いることで、空間分解能の高い画像を観察することができる。
  6. 赤外吸収スペクトル
    赤外分光法では、試料に赤外光(波長3μm~10μmの光)を照射し、各波長成分における透過率から、試料を構成する分子の構造に関する情報を得ることができる。赤外光の波長に対する透過率の変化を赤外吸収スペクトルという。

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高分子溶液からの薄膜生成におけるテラヘルツ光照射の影響の図

図1 高分子溶液からの薄膜生成におけるテラヘルツ光照射の影響

ポリヒドロキシ酪酸(PHB)のクロロホルム溶液にTHz光を照射すると、数μmサイズの大きな結晶構造のポリマー膜が得られた。このときの結晶化度は57%で、THz光を照射しなかった場合の値である37%に比べて20%の向上がみられた。

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