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2017年2月27日

理化学研究所

固体金属上で分子の可視光分解を観測

-新たな光化学反応経路を発見、新機能光触媒の開発へ期待-

要旨

理化学研究所(理研)Kim表面界面科学研究室の數間惠弥子基礎科学特別研究員、金有洙主任研究員らの国際共同研究グループは、金属基板上に吸着した分子が可視光[1]照射で分解される反応を観測し、その反応機構を明らかにしました。

近年、持続可能な社会に向けて、クリーンかつ再生可能な太陽光エネルギーを有効利用する技術の開発が求められています。太陽光は紫外、可視、赤外域のさまざまな波長の光を含みますが、なかでも可視光は太陽光に豊富に含まれることから、可視光で駆動する太陽電池や光触媒[2]などの研究開発が世界中で盛んに行われています。一方で、これまで固体の金属表面上では、可視光による分子の光化学反応は起こらないと考えられてきました。これは、可視光のエネルギーが光化学反応を引き起こすのに十分でないこと、金属と分子の相互作用により光励起[3]した分子がすぐに元の状態に戻ることが主な原因として挙げられます。

今回、国際共同研究グループは、銀および銅の基板に吸着したジメチルジスルフィド分子が可視光の照射により分解する様子を走査型トンネル顕微鏡(STM)[4]を用いて分子レベルで観測し、反応挙動を解析しました。さらに、実験結果と第一原理電子状態計算法[5]による理論計算結果の比較から、分子と金属基板の界面における相互作用によって、分解反応に必要な光エネルギーが減少し、分子の励起寿命が長くなった結果、金属基板上での可視光による新たな反応経路が形成されたことを明らかにしました。

今後、分子と基板の界面における電子状態を制御することにより、反応に必要な光エネルギーの調節や励起寿命の制御ができることから、新しい光触媒の開発につながると期待できます。

本研究は、米国の科学雑誌『Journal of the American Chemical Society』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(2月7日付け)に掲載されました。

※国際共同研究グループ

理化学研究所 Kim表面界面科学研究室
基礎科学特別研究員 數間 惠弥子(かずま えみこ)
主任研究員 金 有洙 (きむ ゆうす)

蔚山大学 化学科
助教 鄭 載勲 (じょん じぇふん)

富山大学 工学部
名誉教授 上羽 弘 (うえば ひろむ)

イリノイ大学シカゴ校 化学科
教授 マイケル・トレナリー(Michael Trenary)

背景

近年、持続可能な社会に向けて、クリーンかつ再生可能な太陽光エネルギーを有効利用する技術の開発が求められています。太陽光は紫外、可視、赤外域のさまざまな波長の光を含みますが、なかでも可視光は豊富に含まれることから、可視光で駆動する太陽電池や光触媒の研究開発が世界中で盛んに行われています。

一方、これまで固体の金属表面上では可視光による光化学反応は起こらないと考えられてきました。これは、可視光のエネルギーが光化学反応を引き起こすのに十分でないこと、金属と分子の相互作用により光励起された分子がすぐに元の状態に戻る、すなわち励起寿命が短いことが主な原因に挙げられます。

今回、国際共同研究グループは、工業用途があり有害物質であるジメチルジスルフィド(DMDS)分子を用いて、金属基板上で可視光を照射する実験を試みました。

研究手法と成果

国際共同研究グループはまず、表面を清浄化した銀および銅基板に、50 ケルビン(K、-223℃)以下の極低温下でDMDS分子を付着させ、可視光を照射しました。その際、原子レベルの空間分解能をもつ走査型トンネル顕微鏡(STM)を用いて、実際に個々のDMDS分子が光照射によって分解される様子を直接観察し(図1)、光分解反応の挙動と効率を解析しました。

さらに、実験結果と理研のスーパーコンピュータ・システム「HOKUSAI-Great Wave Supercomputer system」を利用した第一原理電子状態計算法による理論計算結果との比較を行いました。

1)金属上での可視光による光分解反応

これまで金属基板上の分子の光化学反応は、紫外光の照射によってのみ達成されていました。その主な機構として、次の二つが考えられていました。

①基板の影響が小さく、分子自体を光励起することで反応が進行する。
②基板を光励起して生成された電子が分子に移動することで反応が進行する。

①の場合では反応効率の波長依存性が分子の吸収にほぼ一致し、②の場合では基板を光励起して生成された電子の濃度は基板の吸収に依存することから、反応効率の波長依存性が基板の吸収にほぼ一致することが報告されています。国際共同研究グループは、さまざまな波長の光を銀および銅の基板に照射した後、それらのSTM像からDMDS分子の分解反応の効率を調べました。その結果、反応効率の波長依存性は、分子および基板の吸収と一致しませんでした(図2)。従って、この反応は①、②では説明できないことが分かりました。

2)新しい光化学反応経路の発見

一般に分子は金属基板に強く吸着すると、分子と金属の界面における相互作用によって、分子は本来の状態とは異なる電子状態[6]を持つようになります。第一原理電子状態計算法による理論計算から、DMDS分子は金属基板との相互作用によって、光化学反応に関わるフロンティア軌道[7]HOMO[7]LUMO[7]間のエネルギー差が小さくなった結果、可視光でも分子を光励起できるようになったことが分かりました。さらに、電子を出す分子軌道(HOMO)は金属との相互作用が強いのに対し、光励起された電子を受け取る分子軌道(LUMO)は金属の影響はほぼ無視できるほど小さいことが分かりました(図3)。LUMOが金属基板の影響を受けないことは、分子の励起寿命を長くすることにつながり反応が進行したと考えられます。

このように分子と金属の界面における相互作用によって、分解に必要な光エネルギーが減少し、励起寿命が長くなった結果、金属基板上での可視光による新たな反応経路が形成されたと考えられます(図4)。

今後の期待

本成果は、固体金属の基板上で可視光によって光化学反応を誘起できることを示しています。今後、分子と基板の界面における電子状態を制御することにより、反応に必要な光エネルギーの調節や励起寿命の制御ができることから、新しい光触媒の開発につながると期待できます。

原論文情報

  • Emiko Kazuma, Jaehoon Jung, Hiromu Ueba, Michael Trenary, and Yousoo Kim, "Direct pathway to molecular photodissociation on metal surfaces using visible light", Journal of the American Chemical Society, doi: 10.1021/jacs.6b12680

発表者

理化学研究所
主任研究員研究室 Kim表面界面科学研究室
基礎科学特別研究員 數間 惠弥子 (かずま えみこ)
主任研究員 金 有洙 (きむ ゆうす)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  1. 可視光
    波長が約400ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)から700 nmの光。
  2. 光触媒
    光の照射により触媒作用を示す物質の総称。触媒は特定の化学反応の速度を速める物質で、自身は反応の前後で変化しない。例えば、光触媒の二酸化チタンは紫外線が当たると、その表面で強力な酸化力が生まれ、接触する有機化合物や細菌などの有害物質を除去することができる。
  3. 光励起
    光を分子に吸収させることで、分子を特定のエネルギーの状態まで移すこと。
  4. 走査型トンネル顕微鏡(STM)
    先端を尖がらせた金属針(探針)を、試料表面をなぞるように走査して、その表面の形状を観測する顕微鏡。探針と試料間に流れるトンネル電流を検出し、その電流値を探針と試料間の距離に変換させ画像化する。STMはScanning Tunneling Microscopeの略。
  5. 第一原理電子状態計算法
    実験結果に頼らないで、量子力学の基本原理から分子や結晶の性質を計算する方法。実験が困難な極限状況での物質の性質を予測することができるのが特徴である。しかし膨大な計算を要するため、高性能のスーパーコンピュータの助けが不可欠である。
  6. 電子状態
    物質における電子のエネルギー構造のこと。
  7. フロンティア軌道、HOMO、LUMO
    フロンティア軌道は、分子の反応性を支配している分子軌道のこと。電子が占有している分子軌道のうち最もエネルギーの高い軌道を最高被占軌道(HOMO)、占有されていない分子軌道のうち最もエネルギーの低い軌道を最低空軌道(LUMO)という。フロンティア軌道に関する理論は福井謙一博士が提唱し、1981年にロアルド・ホフマンとともにノーベル化学賞が与えられた。

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銀基板上でのジメチルジスルフィド分子の可視光分解反応の図

図1 銀基板上でのジメチルジスルフィド分子の可視光分解反応

(a)ジメチルジスルフィド分子の構造、可視光照射によりジスルフィド結合(S-S結合)が解離し分解する。

(b)銀基板上に吸着した分子の査型トンネル顕微鏡(STM)像。黄色い点がDMSO分子。可視光照射後に白い破線で丸く囲んだ一部の分子が分解している様子がみられる。スケールバーは5 nm。

可視光分解反応の効率と基板および分子の吸収スペクトルとの比較図

図2 可視光分解反応の効率と基板および分子の吸収スペクトルとの比較

さまざまな波長の光照射後のSTM像の解析から、反応効率を求めた。計算により求めた銀および銅の吸収と、実験的に計測したジメチルジスルフィド(DMDS)分子の吸収スペクトルと比較すると、反応効率はいずれとも一致しないことが分かる。

銀基板上に吸着したジメチルジスル フィド分子の電子状態の図

図3 銀基板上に吸着したジメチルジスルフィド分子の電子状態

第一原理電子状態計算法により求めたDMDS分子の電子状態。分子軌道と分子と直接結合している銀原子の軌道を計算した。HOMO(最高被占軌道、電子を出す)側では金属の影響が大きいのに対し、LUMO(最低空軌道、電子を受け取る)側では金属の影響をほとんど無視できることを示している。

金属基板上における可視光分解反応のメカニズムの図

図4 金属基板上における可視光分解反応のメカニズム

DMDS分子が金属基板に吸着するとHOMO-LUMO間のエネルギー差が小さくなる。特にLUMOは基板の影響が小さいことから、励起寿命が長くなったと考えられる。その結果、DMDS分子の分解反応が起きたといえる。

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