広報活動

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2017年12月8日

理化学研究所
東京大学
東北大学金属材料研究所
科学技術振興機構

磁壁におけるトポロジカル電流を観測

-省エネルギースピントロニクスデバイスの基礎原理を実証-

要旨

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター強相関物性研究グループの安田憲司研修生(東京大学大学院工学系研究科博士課程2年)、十倉好紀グループディレクター(同教授)、強相関界面研究グループの川﨑雅司グループディレクター(同教授)、動的創発物性研究ユニットの賀川史敬ユニットリーダー(同准教授)、東北大学金属材料研究所の塚﨑敦教授らの共同研究グループは、「磁性トポロジカル絶縁体[1]」の磁壁[2]におけるトポロジカル電流の観測とスピントロニクス[3]デバイスの基礎原理の実証に成功しました。

近年、磁性トポロジカル絶縁体と呼ばれる特殊な磁石[2]で「量子異常ホール効果[4]」という現象が観測されました。これは、磁石中に磁化[2]があることで生じる外部磁場が不要な量子ホール効果[4]であり、試料端において、エネルギー散逸の少ないトポロジカル電流が一方向に流れます。このとき、磁区[2]の境界である磁壁においてもトポロジカル電流が生じることが理論的に提唱されていました。磁壁でのトポロジカル電流は、その向きおよび位置を制御することができるため、これを用いた再構成可能な回路の設計が可能であり、低消費電力素子への展開を飛躍的に進めると期待されます。しかし、磁区を任意に作ることが困難であり、磁壁でのトポロジカル電流はこれまで観測されていませんでした。

今回、共同研究グループは磁気力顕微鏡[5]を用いることで、磁性トポロジカル絶縁体上に任意の磁区を書き込む手法を新たに確立しました。磁区形成後の素子に対して、0.5K(-272.65℃)の極低温で電気伝導測定を行ったところ、磁区構造に応じた量子化抵抗が観測され、磁壁におけるトポロジカル電流の存在が確認されました。さらに、単一素子内でのさまざまな磁区構造の形成により、トポロジカル電流の流れおよび量子化抵抗を自在に制御できることを明らかにしました。

本研究により、トポロジカル電流を用いた新しいスピントロニクスデバイスの基礎原理が実証されました。今後、電流での磁壁駆動による次世代磁気メモリ[6]の構築や動作温度の高温化によるデバイスのさらなる発展が期待できます。

本成果は、米国の科学雑誌『Science』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(12月7日付け:日本時間12月8日)に掲載されます。

本研究は、最先端研究開発支援プログラム(FIRST)「強相関量子科学(中心研究者:十倉好紀)」、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(CREST)「トポロジカル絶縁体ヘテロ接合による量子技術の基盤創成(研究代表者:川﨑雅司)」の事業の一環として行われました。

※共同研究グループ

理化学研究所 創発物性科学研究センター
強相関物理部門 強相関物性研究グループ
研修生 安田 憲司(やすだ けんじ)(東京大学大学院工学系研究科 博士課程2年)
研修生 茂木 将孝 (もぎ まさたか)(東京大学大学院工学系研究科 博士課程1年)
グループディレクター 十倉 好紀(とくら よしのり)(東京大学大学院工学系研究科 教授)

強相関物理部門 強相関界面研究グループ
グループディレクター 川﨑 雅司(かわさき まさし)(東京大学大学院工学系研究科 教授)
上級研究員 高橋 圭(たかはし けい)(科学技術振興機構 さきがけ研究者)

強相関物理部門 強相関量子伝導研究チーム
基礎科学特別研究員 吉見 龍太郎(よしみ りゅうたろう)

統合物性科学研究プログラム 動的創発物性研究ユニット
ユニットリーダー 賀川 史敬(かがわ ふみたか)(東京大学大学院工学系研究科 准教授)

東北大学 金属材料研究所
教授 塚﨑 敦(つかざき あつし)(理化学研究所 創発物性科学研究センター 強相関界面研究グループ 客員主管研究員)

背景

近年、数学的なトポロジー(位相幾何学)の概念に基づいた分類による自然界に存在する新しいタイプの物質相が注目を集めています。「トポロジカル絶縁体[1]」はその一つの例で、物質内部は電気を流さない絶縁体ですが、物質表面にはトポロジーで守られた特殊な金属状態が存在しています。

トポロジカル絶縁体に磁性元素を添加した「磁性トポロジカル絶縁体」においては磁化が発生し、それに伴って試料端に電流が一方向にのみ流れるトポロジカル電流が発生します。これはホール抵抗[4]の量子化として観測でき、「量子異常ホール効果」として知られています。このようなトポロジカル電流は試料の端を一方向にのみ流れるためエネルギー損失を伴わず、これを利用した低消費電力素子への展開が期待されています。特に量子異常ホール効果には、外部から強磁場を加えることが必要な通常の量子ホール効果とは異なり、磁化の向きを上下反転させるだけでトポロジカル電流の向きを制御できるというメリットがあります。

トポロジカル電流の流れを制御する新たな手法として、磁区の境界である磁壁においてもトポロジカル電流が現れることが提唱されています。これは、上下二つの磁区をつなぎ合わせることで、その境界にもトポロジカル電流が生じるということで理解できます(図1)。磁壁でのトポロジカル電流は試料端でのトポロジカル電流と異なり、磁区の制御によってその向きだけでなく位置も制御することができます。したがって、磁壁でのトポロジカル電流を用いた再構成可能な回路の設計により、低消費電力素子への展開を飛躍的に進めると期待できます。しかし、任意に磁区を作ることが困難なため、磁壁でのトポロジカル電流はこれまで観測されていませんでした。

研究手法と成果

共同研究グループは、これまでの研究でトポロジカル絶縁体(Bi1-ySby2Te3(Bi:ビスマス、Sb:アンチモン、Te:テルル)に磁性元素Cr(クロム)を添加した磁性トポロジカル絶縁体「Crx(Bi1-ySby2-xTe3」を積層させた、磁性トポロジカル絶縁体薄膜の作製法を確立し、量子異常ホール効果の観測に成功しています注1)。磁壁におけるトポロジカル電流の観測のためには、試料の磁区を自在に制御する方法を確立する必要があります。そこで、通常は磁区構造の観察に用いられる磁気力顕微鏡を磁区の書き込みに用いたところ、磁性トポロジカル絶縁体上に任意の磁区構造を形成することに成功しました(図2)。これにより、磁区書き込みを行った場所のみの磁化が反転していることが分かりました。

磁区構造形成の方法を確立したため、加工した素子に対し本手法を適用し、左半分の磁化が上、右半分の磁化が下となったような磁区構造を作りました。このような素子に対して、0.5K(-272.65℃)の極低温において電気伝導測定を行ったところ、単一磁区の状態と異なる特徴的な量子化した抵抗値が確認されました(図3)。磁区構造に応じた量子化抵抗を理論予測と比較したところ、磁壁にトポロジカル電流が生じていることが明らかになりました。トポロジカル電流が生じているとき、縦抵抗は電流の下流では抵抗値が0、上流では2h/e2の値にそれぞれ量子化します。また、左半分の磁化が下、右半分の磁化が上の磁区構造を作ったところ、トポロジカル電流の向きが反転することが分かりました。

磁壁におけるトポロジカル電流の存在を確認し、また、磁区構造を任意に制御する方法を確立したため、これらを利用することでトポロジカル電流の流れと向きを自在に制御できると期待できます。実際、磁気力顕微鏡を用いてさまざまな磁区構造を形成、抵抗測定を行ったところ、いずれの磁区構造においても理論から期待される量子化抵抗との一致を示しました。これにより、トポロジカル電流を用いた新たなスピントロニクスデバイスの基礎原理が実証されました。

注1)M. Mogi, R. Yoshimi, A. Tsukazaki, K. Yasuda, Y. Kozuka, K. S. Takahashi, M. Kawasaki and Y. Tokura, “Magnetic modulation doping in topological insulators toward higher temperature quantum anomalous Hall effect”, Appl. Phys. Lett. 107, 182401 (2015).

今後の期待

今回の成果により、量子異常ホール効果においては試料端のみならず磁壁においてもトポロジカル電流が存在することが明らかになりました。試料内部の磁壁はその制御性の高さから、トポロジカル電流を用いた量子電磁気現象、量子コンピューティング[7]の舞台として利用できると期待できます。

また、磁壁におけるトポロジカル電流を用いた省エネルギースピントロニクスデバイスの動作の基礎原理が実証されました。今後、電流での磁壁駆動による次世代磁気メモリの構築や動作温度の高温化によるデバイスのさらなる発展が期待できます。

原論文情報

  • K. Yasuda, M. Mogi, R. Yoshimi, A. Tsukazaki, K. S. Takahashi, M. Kawasaki, F. Kagawa and Y. Tokura, "Quantized chiral edge conduction on reconfigurable domain walls of a magnetic topological insulator", Science, doi: Science 10.1126/science.aan5991

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 強相関物理部門 強相関物性研究グループ
研修生 安田 憲司 (やすだ けんじ)
(東京大学大学院工学系研究科 博士課程2年)
グループディレクター 十倉 好紀 (とくら よしのり)
(東京大学大学院工学系研究科 教授)

創発物性科学研究センター 強相関物理部門 強相関界面研究グループ
グループディレクター 川﨑 雅司 (かわさき まさし)
(東京大学大学院工学系研究科 教授)

創発物性科学研究センター 統合物性科学研究プログラム 動的創発物性研究ユニット
ユニットリーダー 賀川 史敬 (かがわ ふみたか)
(東京大学大学院工学系研究科 准教授)

東北大学 金属材料研究所 低温物理学研究部門
教授 塚﨑 敦 (つかざき あつし)
(理化学研究所 創発物性科学研究センター 強相関界面研究グループ 客員主管研究員)

安田憲司 研修生の写真 十倉好紀グループディレクターの写真 川﨑雅司グループディレクターの写真

左より安田研修生、十倉グループディレクター、川﨑グループディレクター

賀川史敬ユニットリーダーの写真 塚﨑敦 教授の写真

左より賀川ユニットリーダー、塚﨑教授

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
お問い合わせフォーム

東京大学大学院工学系研究科 広報室
Tel: 03-5841-1790 / Fax: 03-5841-0529
kouhou [at] pr.t.u-tokyo.ac.jp(※[at]は@に置き換えてください。)

東北大学 金属材料研究所
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補足説明

  1. 磁性トポロジカル絶縁体、トポロジカル絶縁体
    トポロジカル絶縁体は固体内部では電気を流さない絶縁体であるが、物質表面でのみ電気を流す金属として振る舞う。3次元トポロジカル絶縁体の場合、その表面のみに2次元の伝導が現れる。表面状態はトポロジーによって特徴づけられる特殊な金属状態で、通常の金属とは異なる振る舞いを示す。磁性元素を添加することによって、磁石としての性質も現れ、これを磁性トポロジカル絶縁体と呼ぶ。特殊な金属状態と磁石としての性質が作用する結果として、磁性トポロジカル絶縁体では量子異常ホール効果を生じる。
  2. 磁壁、磁石、磁化、磁区
    鉄などに代表される磁石は、磁化を持っており、磁場の発生源となる。二つの極の方向(N極・S極)を0、1に対応させることで、記憶素子として用いられる。N極・S極をそれぞれ、上向きの磁化、下向きの磁化ということもある。大きな磁石では、場所によって磁化の向きが異なることがあり、同じ方向を向いた領域のことを磁区という。また、異なる方向を向いた磁区と磁区の境界を磁壁という。
  3. スピントロニクス
    電子は電荷と磁石の性質の両方を持つ。このうち電荷のみの性質が利用されてきた通常のエレクトロニクスと異なり、電荷と磁石の性質の両方を利用、応用する分野をスピントロニクスという。磁化の向きや磁区を利用することで、大容量かつ省電力なハードディスクドライブや不揮発性(電源を切ってもデータを保持できる)メモリが実現されている。
  4. 量子異常ホール効果、量子ホール効果、ホール抵抗
    2次元を運動する電子に磁場を加えることで、試料端を一方向にのみ流れるトポロジカル電流が発生する。その結果、ホール抵抗(電流を加えた方向と垂直方向に生じる電圧を電流値で割ったもの)がプランク定数hと電気素量eで表されるh/e2(約 25.8 kΩ)の整数分の1の値に量子化する。この現象を量子ホール効果と呼ぶ。同様の現象は磁化によっても生じ、これを量子異常ホール効果と呼ぶ。このとき、上向きの磁化、下向きの磁化に対して、トポロジカル電流の流れる向きは逆向きとなり、ホール抵抗はそれぞれ+h/e2, -h/e2となる。
  5. 磁気力顕微鏡
    磁石で被覆された探針により、物質表面を走査することで、物質の磁区構造を可視化する手法。本研究では、探針からの漏れ磁場を用いることで磁化の向きを反転させ、磁区の書き込みができることを明らかにした。
  6. 次世代磁気メモリ
    磁性体上の細線上に多数の磁壁を形成し、電流によってこれらを移動させることによって、記憶、演算を行うメモリが次世代磁気メモリとして注目されている。磁壁におけるトポロジカル電流と組み合わせることで、磁壁に機能性を持たせた次世代磁気メモリを構築できると期待される。
  7. 量子コンピューティング
    量子力学的な重ね合わせ状態を用いることで、大規模な計算を高速に行うことができるコンピュータ。特に、磁性トポロジカル絶縁体と超伝導体を接合することで、外界からの擾乱に対して堅牢なトポロジカル量子コンピューティングが実現できると期待される。

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量子異常ホール状態での試料端と磁壁に生じるトポロジカル電流の図

図1 量子異常ホール状態での試料端と磁壁に生じるトポロジカル電流

量子異常ホール状態では、試料端にトポロジカル電流が流れる結果、ホール抵抗がh/e2の値に量子化する。上向きの磁化、下向きの磁化に対して、トポロジカル電流の流れる向きは逆向きになり、ホール抵抗はそれぞれ+h/e2, -h/e2となる。同様にして、磁壁においてもトポロジカル電流が流れることが予言されている。

磁気力顕微鏡による磁性トポロジカル絶縁体への磁区の書き込みの図

図2 磁気力顕微鏡による磁性トポロジカル絶縁体への磁区の書き込み

左) 磁区書き込み前の磁区構造観察結果。すべての領域で磁化が下を向いており、単一磁区となっていることが分かる。

右) 磁気力顕微鏡による磁区書き込みを行った後の磁区構造観察結果。点線枠内のみの磁化が上を向いており、磁区書き込みに成功したことが分かる。

抵抗の磁区構造依存性の図

図3 抵抗の磁区構造依存性

上のグラフは、各磁区構造における抵抗値を表している。それぞれ左から単一磁区状態、左半分の磁化が上、右半分の磁化が下となった磁区状態、左半分の磁化が下、右半分の磁化が上となった磁区状態に対応する。端子5から端子6に電流を流し、端子i, j間の抵抗RijR13R24R12R34R56)を測定した。実線の水平の線は、試料端および磁壁にトポロジカル電流が存在するときに期待される量子化抵抗の理論値。理論値と実験値がほぼ一致していることが分かる。

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