2012年9月27日
独立行政法人理化学研究所
3個目の113番元素の合成を新たな崩壊経路で確認
-新元素発見を「確定」する成果で、日本発の元素命名権獲得へ-
ポイント
- 今回観測した連続6回のアルファ崩壊は、既知の原子核(Bh、Db、Lr、Md)に到達
- これまでの3個の113番元素の確認で、Dbの自発核分裂とアルファ崩壊の両方を観測
- 113番元素命名権を獲得すると、天然および人工元素発見の歴史にアジアで初めて貢献
要旨
理化学研究所(野依良治理事長)は、新たに3個目の113番元素の同位体(質量数278)278113の合成を確認しました。この278113は、これまでに理研が確認した2個とは異なる新たな崩壊経路をたどったため、113番元素の合成をより確証づけるものとなります。これは理研仁科加速器研究センター(延與秀人センター長)森田超重元素研究室の森田浩介准主任研究員を中心とする研究グループ※1の成果です。
1869年、ロシアのメンデレーエフが「元素周期表」を提唱して以来、自然界に存在する元素は、原子番号92番のウラン(U)まで発見されていました。93番以降は人工的に合成され、米国、ソ連、ドイツ、そして最近では114番と116番についてロシアと米国の共同研究グループが存在を報告、元素発見の優先権について国際的な認定を受けています。
これまで研究グループは、原子番号30の亜鉛(質量数70の70Zn)を光速の10%まで加速させてビームとし、標的となる原子番号83のビスマス(質量数209の209Bi)に照射して、2004年と2005年の2回、原子番号113番、質量数278の278113の合成を確認しました。新元素の合成を証明するには、その元素が崩壊連鎖を起こして既知核に到達することが重要です。この278113は、アルファ崩壊※2を連続4回起こして原子番号105のドブニウム(262Db)になり、その後2つの原子核に分裂しました(自発核分裂)。この2回の崩壊連鎖の観測をもとに、2006年と2007年に113番元素発見の優先権を主張していますが、データ数が少ないことなどを理由に、認定されていない状況です。
3個目となる今回は、262Dbからさらに2回、合計6回の連続したアルファ崩壊を起こしたことを確認しました。5回目と6回目のアルファ崩壊は、既に報告されている262Dbと原子番号103のローレンシウム(258Lr)のアルファ崩壊とよく一致していたため、合成した原子核が278113であると分かりました。262Dbは、自発核分裂かアルファ崩壊で崩壊することが知られています。これら3個の確認を通して両方の現象を確認できたことは、理研が確かに113番元素の合成に成功したことを示しています。
113番元素は未認定の元素であり、名前がまだありません。今回の合成で113番元素の命名権が認められると、周期表に日本発の名前を、アジアの国として初めて書き加えることができます。
元素の存在限界を見極めるため、各国が周期表の拡大を目指して超重元素の探索研究を進めています。未知の核種の崩壊の解析は、超重元素の構造の理解に貴重な知見をもたらします。今後は、未報告である119番以上の原子番号を持った新元素の探索に挑戦し、超重元素探索の研究分野を牽引していきます。
本研究は、文部科学省科学研究費補助金19002005(特別推進研究)の助成を受けており、日本物理学会の英文誌『Journal of the Physical Society of Japan (JPSJ)』に9月27日オンライン掲載されます。
背景
新元素の探索は、元素周期表の一席を埋める可能性を持った、化学と物理双方の学問にとって重要な研究テーマです。1869年にロシアの化学者メンデレーエフが発表した元素周期表は、現在、原子番号1番の水素(H)から112番のコペルニシウム(Cn)までと、114番フレロビウム(Fl)、116番リバモリウム(Lv)の計114種類が認定されています(図1)。原子核は陽子と中性子が強く結びついてできており、プラスの電荷を持った陽子の個数が原子番号です。この原子番号が大きいほど陽子同士の電気的な反発が大きくなり、不安定になって核分裂を起こしやすくなります。自然界にウランより重い原子が存在しないのは、それ以上の原子番号の原子核は地球の寿命より短い時間で崩壊し、安定な別の原子核へと変化してしまうためです。従って、ウランより重い超重元素の合成は、原子番号が大きくなるほど困難になります。
理研は、1980年代後半から超重元素合成の準備研究を始め、2003年、原子番号30の亜鉛(70Zn)のビームを原子番号83のビスマス(209Bi)に照射し、新元素である113番元素を合成する実験を開始しました。これまでに、2004年7月23日と2005年4月2日の2回、113番元素の同位体278113から4回の連続したアルファ崩壊と、その後2つに分裂する自発核分裂を観測しました。研究グループは、この2回の崩壊連鎖の観測をもとに、2006年と2007年に113番元素発見の優先権を主張しました。
優先権の認定は「国際純正・応用化学連合(IUPAC :International Union of Pure and Applied Chemistry)」と「国際純粋・応用物理学連合(IUPAP :International Union of Pure and Applied Physics)」が推薦する6名で構成された合同作業部会(JWP:Joint Working Party)が審議します。新元素の合成を証明するには、その元素が崩壊連鎖を起こして既知の原子核に到達することが重要です。当時は、278113が崩壊してできたボーリウム(266Bh)が1例の報告しかなく既知核と確定できないこと、また、観測数が2個と少ないことを理由に認定されませんでした。研究グループは、2008年~2009年にボーリウム(266Bh)を直接合成し、既知核への到達が確かであることを実験的に示しました。
一方、ロシアのドブナ研究所とアメリカのローレンス・リバモア研究所の共同研究グループは、カルシウム(48Ca 原子番号20)のビームを、アメリシウム(234Am 原子番号95)やバークリウム(249Bk 原子番号97)、カリホルニウム(249Cf 原子番号98)に照射して113、115、117、118番を合成し、その発見を主張しています。しかし、どれも崩壊後に既知の原子核に至っていないため、優先権はいまだ認定されていません。
研究手法と成果
研究グループは、理研仁科加速器研究センターの重イオン線形加速器(RILAC:ライラック)※3で亜鉛(70Zn)ビームを光速の10%に加速し、平均すると毎秒2.8×1012個もの亜鉛原子を、標的とする厚さ約0.5μmのビスマス(209Bi)に照射して融合反応を引き起こしました。この照射では、亜鉛とビスマスの衝突で発生する熱がビスマスを溶かしてしまうため、直径30cmの円板にビスマスを取り付けて(図2)、毎分3,000~4,000回転で回しました。融合反応でできる超重元素核はビームと同じ方向に放出されるため、ビームと目的核(278113)をいかに効率よく分離するかが実験の成否を決めます。研究グループが開発した気体充填型反跳分離器(GARIS:ガリス)※4は、ビームそのもの(70Zn )や、ビームによって弾き出される標的核(209Bi)、目的としない核反応生成物などを除去し、278113を含む超重元素核のイオンだけをGARISの下流に設置した位置感応型半導体検出器(PSD: Position Sensitive Semiconductor Detector)に導きます(図3)。
2012年8月12日、3個目の278113の合成に成功し、これまでの4回のアルファ崩壊に続き2回のアルファ崩壊を観測、最後は原子番号101のメンデレビウム(質量数254の254Md)になったことを確認しました(図4)。
ここで、とくに4回目のアルファ崩壊でできる262Dbは、約33%の確率で自発核分裂し、約67%の確率でアルファ崩壊することが知られています。これまでの2個の278113は262Dbの自発核分裂で、今回確認した3個目の278113はアルファ崩壊しており、どちらの現象も確認できたことになります(図5)。さらに、5回目と6回目のアルファ崩壊では、崩壊を始める時間とそのとき放出される崩壊エネルギーが、1989年~1999年に報告された262Dbと258Lrの崩壊にそれぞれよく一致していました。これらは、理研が合成してきた3個の原子核が、確かに278113であったという証拠を与えます。また、3個の278113の崩壊の様子から、113番元素の平均寿命は2ミリ秒であることも分かりました。
今後の期待
理研森田超重元素研究室は、3個の278113の発見までに、2003年9月5日の実験開始から照射日数は通算553日、照射した70Znの総量は1.35×1020個(重さにして15.8mg)を費やしました。研究グループは、今回得られた3個目となる観測事実をもとに、113番元素に関する科学的結果としては新元素と認定されるに必要十分であると判断し、元素発見の優先権を主張しています。現在、ロシア・アメリカの研究グループも主張しており、JWPが審議中です。
理研はロシアのフレロフ核反応研究所のグループとならんで、超重元素探索の研究分野を牽引する立場にあります。今後は、現在未報告である119番以上の原子番号をもった新元素の探索に挑戦していきます。
原論文情報
- Kosuke MORITA et al. "New Result in the Production and Decay of an Isotope,278113, of the 113th Element". Journal of the Physical Society of Japan,81(2012)103201 DOI: 10.1143/JPSJ.81.103201
発表者
理化学研究所
仁科加速器研究センター 森田超重元素研究室
准主任研究員 森田 浩介(もりた こうすけ)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
補足説明
- 1.研究グループ
理化学研究所、東京理科大学、埼玉大学、新潟大学、中国科学院蘭州近代物理学研究所、東京大学原子核科学研究センター、東北大学電子光理学研究センター、日本原子力研究開発機構、山形大学、筑波大学が参加。 - 2.アルファ崩壊
アルファ粒子(ヘリウム4の原子核で原子番号2、質量数4)を放出してより安定な核に崩壊すること。これによって原子番号が2小さく質量数が4小さい核に変化する。 - 3.重イオン線形加速器(RILAC:ライラック)
高周波電場を用いて、荷電粒子(イオンや電子)を直線的に加速する加速器のこと。イオンを加速する線形加速器では、多数のチューブ型電極が空洞の中に直線上に並べられている。電極の長さと高周波の周波数は、電極間の電場の向きがイオンの到達時間に同期して変わるように設計され、電極間を通過するたびにイオンは加速されていく。RILACは、重イオンを加速するために、低い周波数(18から45MHz)で運転できるようになっており、また多種のイオンに対応するため周波数を変えることができる(可変周波数構造)。通常のイオン線形加速器はパルス運転であるが、RILACは連続運転ができるため、平均ビーム強度が非常に高い。鉄やカルシウムなど、いくつかのイオン種で世界最大強度のビームを供給できる。 - 4.気体充填型反跳分離器(GARIS:ガリス)
GAs-filled Recoil Ion Separator。目的の原子核を、入射ビームやバックグラウンドとなる粒子から、高効率・超低バックグラウンドで分離する装置。ヘリウムガスの充填により、目的とする核が標的膜からどのようなイオン価数で飛び出してきても、収集することができる。
図1 元素の周期表(発見が報告されているもの 2012年9月現在)
図2 標的となる直径30cmの円板
外周に配置した16個の長方形の窓にビスマス薄膜を取り付け、毎分3,000~4,000回の回転速度でまわした。
図3 理研の重イオン線形加速器施設RILAC
ECRイオン源から引き出した入射ビームは、可変周波数RFQと黄色で示したRILAC加速タンクで加速させ(矢印)、CSM加速タンクを通過後、最終的には光速の10%程度の速度に到達して標的に照射される。原子核は原子番号分のプラスの素電荷をもっており、2つの原子核が近づくと、互いの核は電荷による静電反発力を感じるようになる。2つの核の融合が起こるには、ビームのエネルギーが静電反発力に打ち勝って、核の表面同士が接触するところまで近づく必要が有る。それを実現できる速度がちょうど光速の10%に相当する。核融合で合成した超重元素は、GARIS(丸の部分)で入射ビームやバックグラウンドとなる粒子から分離し、半導体検出器で観測する。
図4 113番元素がアルファ崩壊する様子
アルファ崩壊では原子番号2のヘリウム(質量数4の4He)の原子核が放出されるため、崩壊に伴って原子番号は2、質量数が4だけ減る。今回合成した278113は以下のように6回のアルファ崩壊を繰り返す。
- 1回目:278113から0.667ミリ秒後に原子番号111のレントゲニウム(質量数274の274Rg)に壊変
- 2回目:274Rgが9.97ミリ秒後に原子番号109のマイトネリウム(質量数270の270Mt)に壊変
- 3回目:270Mtが444ミリ秒後に原子番号107のボーリウム(質量数266の266Bh)に壊変
- 4回目:266Bhが5.26秒後に原子番号105のドブニウム(質量数262の262Db)に壊変
- 5回目:262Dbが126秒後に原子番号103のローレンシウム(質量数258の258Lr)に壊変
- 6回目:258Lrが3.78秒後に原子番号101のメンデレビウム(質量数254の254Md)に壊変
図5 これまでに理研が観測した3個の113番元素の崩壊連鎖
2004年7月23日、2005年4月2日、2012年8月12日に観測した278113の崩壊の様子。これら3個の278113の崩壊の様子から、113番元素の平均寿命は2ミリ秒であることが分かった。