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2017年8月11日

理化学研究所

細胞記憶の理解に新たな糸口

-DNAメチル化パターンの継承メカニズムに迫る-

要旨

理化学研究所(理研)眞貝細胞記憶研究室の眞貝洋一主任研究員、津坂剛史大学院生リサーチ・アソシエイト(京都大学医学研究科博士後期課程)らの国際共同研究グループは、DNAの複製に関わるタンパク質DNAリガーゼ1(LIG1)[1]が、DNAメチル化[2]パターンの継承に重要な役割を果たすことを発見しました。

生体内には多くの種類の細胞が存在しますが、ほとんどの細胞は同じ遺伝情報(ゲノムDNA)[3]を持っています。それぞれの細胞が固有の性質を獲得するためには、固有の遺伝子発現状態を形成することが重要です。固有の遺伝子を発現するには、DNAのメチル化が重要な役割を持つことが知られており、実際にゲノムDNAのメチル化パターンは細胞の種類ごとに異なっています。細胞が分裂するときにゲノムDNAは正確に複製されますが、さらに、そのメチル化パターンも親細胞から娘細胞へと正確に受け継がれていきます。これらのことから、ゲノムDNAのメチル化パターンは細胞固有の性質が記録されている「細胞記憶[4]」の一つと考えられています。ゲノムDNAのメチル化パターンの継承には、UHRF1[5]というタンパク質が必須な役割を持つことが知られていましたが、どのようにUHRF1がDNAの複製の場にやってくるのかはよく分かっていませんでした。

今回、国際共同研究グループは、質量分析法を用いた網羅的探索[6]により、DNAの複製に重要な役割を持つLIG1がUHRF1と複合体を形成することを発見しました。LIG1がUHRF1と複合体を形成できないようにした細胞を作製したところ、UHRF1がDNA複製の場に来なくなり、DNAメチル化パターンの継承がうまくいかないことが分かりました。これらの結果から、LIG1がUHRF1をDNA複製の場に連れていくことで、DNAメチル化パターンの継承が効率的に行われると結論づけられました。

本研究成果により、DNAメチル化パターンの継承メカニズムの一端が明らかとなりました。また、このメカニズムの新しいメンバーとしてLIG1を発見できたことは、今後、細胞がいかにして「その細胞らしさ」を維持しているのか、細胞記憶を理解する上で新たな糸口になると期待できます。

本研究は、米国の科学雑誌『Molecular Cell』(9月7日号)に掲載されるのに先立ち、オンライン版(8月10日付け:日本時間8月11日)に掲載されます。

※国際共同研究グループ

理化学研究所
眞貝細胞記憶研究室
主任研究員 眞貝 洋一(しんかい よういち)
専任研究員 島津 忠広(しまづ ただひろ)
大学院リサーチ・アソシエイト 津坂 剛史(つさか たけし)(京都大学医学研究科博士後期課程)

環境資源科学研究センター 技術基盤部門 生命分子解析ユニット
ユニットリーダー 堂前 直(どうまえ なおし)
専任技師 鈴木 健裕(すずき たけひろ)

横浜市立大学 大学院生命医科学研究科
准教授 有田 恭平(ありた きょうへい)

フランス国立科学研究センター
パリ・ディドゥロ大学
グループディレクター ピエール-アントワーヌ・デフォッセ(Pierre-Antoine Defossez)
アシスタントエンジニア ロール・フェリー(Laure Ferry)

背景

生体内には数多くの種類の細胞が存在しています。例えば、心臓の細胞、脳の神経の細胞、筋肉の細胞といったように、それぞれの細胞では見た目や機能などが異なります。しかし、これらの細胞はもともと一つの細胞(受精卵)が分裂してできたものであり、ほぼ同じ遺伝情報(ゲノムDNA)を持っています。それぞれの細胞固有の性質を獲得するために、細胞は遺伝情報の使い方を変え各遺伝子の発現を必要に応じて調節しています。

この遺伝子発現の調節メカニズムは、遺伝情報自体の変化を伴わず、ヒストン[7]というタンパク質のメチル化とDNAのメチル化が重要であることが知られています。ヒストンあるいはDNAがメチル化されると、遺伝子の発現が促進あるいは抑制されます。ヒストンとDNAのメチル化パターンは細胞の種類によって異なり、遺伝子発現パターンを決定するのに重要だと考えられています。

一旦細胞運命が決まると、その細胞固有のヒストンやDNAのメチル化、遺伝子発現パターンは、細胞分裂を経ても安定的に維持されます。これらのことから、ヒストンとDNAのメチル化は細胞固有の性質が記録される「細胞記憶」の一つと考えられています(図1)。

細胞が分裂するときにゲノムDNAが複製されますが、このとき同時にDNAのメチル化パターンも親細胞から娘細胞へと正確に受け継がれていきます。このDNAメチル化パターンの継承メカニズムにはUHRF1というタンパク質が必須であることが知られていましたが、UHRF1がどのようにDNAの複製の場に来るのかについてはよく分かっていませんでした。

研究手法と成果

国際共同研究グループはまず、質量分析法によりUHRF1と複合体を形成するタンパク質を網羅的に探索しました。その結果、DNAリガーゼ1(LIG1)というタンパク質を同定しました。UHRF1と結合するために必要なLIG1の構造を調べたところ、LIG1の持つヒストンによく似たアミノ酸配列(ヒストン様配列)とUHRF1の持つTTDドメイン[8]という特有の構造が重要であることが分かりました。UHRF1は、TTDドメインを介してメチル化されたヒストンと結合することが知られており、またTTDドメインは、UHRF1の機能に重要な役割を持つことが示唆されていました。

ヒストンがメチル化されることから、LIG1のヒストン様配列も同様にメチル化される可能性が考えられ、この可能性を調べたところ、G9a/GLP[9]というメチル化酵素複合体によって、LIG1のヒストン様配列がメチル化されることを発見しました。また、LIG1とUHRF1との結合は、LIG1のメチル化状態に依存することが分かりました。

LIG1は、DNAの複製の際に岡崎フラグメント[10]と呼ばれる小さなDNA断片を連結する酵素として働いています。このことから、メチル化されたLIG1がUHRF1と結合し複合体を形成することで、UHRF1をDNAの複製の場に連れていく可能性が考えられました。そこで、LIG1がメチル化を受けないようにすると、その細胞ではDNA複製の場へのUHRF1の集積が大きく減少しました。よって、LIG1のヒストン様配列のメチル化が、UHRF1をDNA複製の場に連れていくのに重要であることが示されました。

次に、LIG1のヒストン様配列を改変した細胞とLIG1のメチル化が生じない細胞におけるDNAメチル化を調べたところ、ゲノムDNAのメチル化が全体的に低下することが分かりました。このことから、LIG1のヒストン様配列のメチル化が、DNA複製におけるDNAメチル化パターンの継承に重要であることが強く示唆されました。

以上の結果から、UHRF1は、G9a/GLPによりヒストン様配列がメチル化されたLIG1と複合体を形成し、LIG1を介してDNA複製の場にやってきて、DNAメチル化パターンの複製を引き起こすというメカニズムが考えられました(図2)。このメカニズムにより、細胞は効率よくDNAの複製時にDNAメチル化パターンの継承を行っていると考えられます。

今後の期待

本研究成果によって、DNAメチル化パターンの継承メカニズムの新しいメンバーとして発見したLIG1を糸口に、その継承メカニズムの全容解明につながると期待できます。さらに、DNAメチル化の異常が関与する、がんなどの疾患の理解にもつながることが期待できます。また、ヒストン以外の多くのタンパク質がメチル化されることが示唆されていますが、それらの機能の多くは未だ不明です。今回発見した「LIG1のメチル化」のように、ヒストン以外のタンパク質のメチル化が細胞記憶に重要である可能性が考えられ、今後さらなる発見が細胞記憶の理解につながると考えられます

原論文情報

  • Laure Ferry*, Alexandra Fournier*, Takeshi Tsusaka*, Guillaume Adelmant, Tadahiro Shimazu, Shohei Matano, Olivier Kirsh, Rachel Amouroux, Naoshi Dohmae, Takehiro Suzuki, Guillaume J. Filion, Wen Deng, Maud de Dieuleveult, Lauriane Fritsch, Srikanth Kudithipudi, Albert Jeltsch, Heinrich Leonhardt, Petra Hajkova, Jarrod A. Marto, Kyohei Arita, Yoichi Shinkai**, and Pierre-Antoine Defossez**, "Methylation of DNA Ligase 1 by G9a/GLP recruits UHRF1 to replicating DNA and regulates DNA methylation", Molecular Cell, doi: 10.1016/j.molcel.2017.07.012
    (*共同第一著者、**責任著者)

発表者

理化学研究所
主任研究員研究室 眞貝細胞記憶研究室
主任研究員 眞貝 洋一(しんかい よういち)
大学院リサーチ・アソシエイト 津坂 剛史(つさか たけし)

眞貝洋一主任研究員の写真 眞貝 洋一
津坂剛史 大学院リサーチ・アソシエイトの写真 津坂 剛史

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明

  • 1.DNAリガーゼ1(LIG1)
    DNA複製に関わる因子の一つ。DNAの複製のときに、岡崎フラグメントという短いDNA断片をつなげる酵素としての重要な役割を持つ。この酵素が岡崎フラグメントをつなげることでDNAの複製が完了する。
  • 2.DNAメチル化
    DNAに含まれるシトシンという構成物質に、メチル基(CH3-)を付加する反応。DNAのメチル化により、遺伝子の発現が抑制されると考えられている。生物の体を形作るためには必須である。
  • 3.遺伝情報(ゲノムDNA)
    ゲノムDNAに含まれている情報のことで、生命の設計図のようなもの。細胞あるいは生物を作るのに必要な遺伝子の情報が全て含まれており、ヒトの場合、20,000個以上の遺伝子から成り立つ。
  • 4.細胞記憶
    各細胞の「その細胞らしさ」を決めている情報。細胞分裂を経ても維持される(=記憶される)。遺伝情報を設計図と見なすなら、細胞記憶は設計図のどの部分を読むか、すなわち遺伝子の発現パターンを決めている。
  • 5.UHRF1
    DNAメチル化の継承に最も重要なタンパク質の一つ。DNA複製の場にやってきて、DNAメチル化パターンの複製を誘導する。
  • 6.質量分析法を用いた網羅的探索
    質量分析法はタンパク質の同定をすることができる。本研究では、UHRF1と複合体を形成すると考えられるタンパク質群が集まっているサンプルを質量分析法で解析し、含まれるタンパク質を同定した。
  • 7.ヒストン
    ゲノムDNAを巻き付かせ、構造体を形成するタンパク質群。ヒストンH1、H2A、H2B、H3、H4の5種類からなる。メチル化などの化学修飾を受け、遺伝子の発現を調節すると考えられている。
  • 8.ドメイン
    タンパク質の構造の一部で、機能的なもの。タンパク質は一つ、あるいはいくつかのドメインから成り立つ。
  • 9.G9a/GLP
    ヒストンをメチル化する酵素で、タンパク質複合体。ヒストンのメチル化を介してさまざまな生物学的役割を持つ。2001~2005年、眞貝洋一主任研究員らによって同定された。
  • 10.岡崎フラグメント
    DNA複製時に、DNA二本鎖のうちの片方で生じる小さなDNA断片。LIG1によって連結されることでDNA複製が行われる。1968年に岡崎令治博士らにより発見され、この名が付いた。
遺伝情報と細胞記憶の図

図1 遺伝情報と細胞記憶

生物の遺伝情報はゲノムDNAに記されており、どの細胞でも基本的には同一である。DNAのメチル化やヒストンのメチル化などの調節機構によって、それぞれの細胞に固有の遺伝子発現パターンをもたらすことが可能となる。遺伝子発現パターンの違いが、細胞の見た目や機能といった「その細胞らしさ」を決定していると考えられている。また、DNAメチル化とヒストンメチル化は、細胞が分裂しても安定に維持されるため、細胞固有の性質を記録している「細胞記憶」の一つと考えられている。

本研究で提唱したモデルの図

図2 本研究で提唱したモデル

メチル化酵素複合体であるG9a/GLPが、LIG1のヒストン様配列をメチル化する。メチル化されたLIG1はUHRF1と結合し、複合体を形成する。UHRF1/LIG1複合体は、DNA複製のときにDNA複製の場にやってくる。このとき、メチル化LIG1はUHRF1をDNA複製の場に連れていくことで、効率的に新生DNA鎖のメチル化(DNAメチル化パターンの複製)を誘導していると考えられる。

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