1. Home
  2. 研究成果(プレスリリース)
  3. 研究成果(プレスリリース)2018

2018年1月31日

理化学研究所

第0脳神経(終神経)の機能に新たな視点

-二酸化炭素からの忌避行動は終神経がつかさどる-

ポイント

要旨

理化学研究所(理研)脳科学総合研究センターシナプス分子機構研究チームの小出哲也研究員、吉原良浩チームリーダーらの研究チームは、ゼブラフィッシュ[1]を用いて、これまでその生理機能がよく分かっていなかった第0脳神経(終神経)[2]が、脊椎動物における二酸化炭素(CO2)からの忌避行動をつかさどることを発見しました。

命を脅かす可能性のある感覚刺激(脅威刺激)からの忌避行動は、全ての動物の生存に必須です。なかでも小型熱帯魚ゼブラフィッシュの稚魚は、体の透明性、小型の脳、明確で典型的な行動など、忌避行動をつかさどる神経回路を解析するのに非常に有利な特性を備えており、多くの実験に用いられてきました。これまでの研究により、触覚・聴覚・視覚の脅威刺激にさらされたゼブラフィッシュの稚魚は、素早い逃避行動を示すことが報告されていました。しかし、化学物質の刺激に対する行動はほとんど分かっていませんでした。

今回、研究チームは、さまざまな化学物質のうちCO2刺激がゼブラフィッシュの稚魚に対し、明確な忌避反応を引き起こすことを見いだしました。そして、脳内のどの神経系がCO2刺激に対して応答するのかカルシウムイメージング法[3]で調べたところ、「嗅覚系」、「三叉神経系[4]」、「手綱核-脚間核神経系[5]」に加えて第0脳神経として知られる「終神経」が強く活性化されることが分かりました。さらに、これらCO2応答性の神経系に対し細胞除去実験を行ったところ、終神経と三叉神経の除去によってCO2刺激に対する応答がなくなることを見いだしました。これは、終神経から三叉神経[4]に至る神経回路が忌避行動に必要なことを示しています。

今後、終神経がどのようにCO2刺激の情報処理を行っているのかそのメカニズムの解析を進めることで、ヒトを含む脊椎動物が持つ終神経を介した忌避行動の神経基盤の理解につながると期待できます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Cell Reports』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(1月30日付け:日本時間1月31日)に掲載されます。

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金新学術領域研究「記憶ダイナミズム」、HFSP HUMAN FRONTIER SCIENCE PROJECT研究グラント、科学技術振興機構(JST)戦略創造事業(ERATO)「東原化学感覚シグナルプロジェクト(研究総括:東原和成)」、上原記念生命科学財団、内藤記念科学振興財団、花王株式会社およびソルト・サイエンス財団の支援により行われました。

※研究チーム

理化学研究所 脳科学総合研究センター
シナプス分子機構研究チーム
チームリーダー 吉原 良浩(よしはら よしひろ)
研究員 小出 哲也(こいで てつや)
リサーチ・アソシエイト(研究当時)矢吹 陽一(やぶき よういち)

背景

命を脅かす可能性のある感覚刺激(脅威刺激)からの忌避行動は、全ての動物の生存に必須です。例えば魚類は、体に触れられるとその接触刺激に対して体を素早く屈曲させ、安全な場所へ逃げ出します。なかでも小型熱帯魚ゼブラフィッシュの稚魚は、体の透明性、小型の脳、明確で典型的な行動反応といった忌避行動をつかさどる神経回路を解析するのに非常に有利な特性を備えています。これまでの研究から、触覚・聴覚・視覚の脅威刺激にさらされたゼブラフィッシュの稚魚は、素早い逃避行動を示すことが報告されていました。しかし、化学物質刺激に対する行動はほとんど分かっていませんでした。

多くの動物にとって化学感覚は、食べ物の探索、交配相手の認識、危険からの回避など、個体の生存と種の保存に関わる行動に必須な感覚です。環境中の化学物質のなかでも、二酸化炭素(CO2)濃度の上昇は、危険なサインとして多くの動物に忌避行動を引き起こします。線虫、ハエ、マウスといったさまざまなモデル動物の研究から、動物は複数のCO2センサーやCO2の情報を伝える多様な神経回路を持つことが報告されています。しかし、魚類がCO2に対してどのような応答を示すのかについては、これまで明らかにされていませんでした。

そこで研究チームはゼブラフィッシュ稚魚を用いて、CO2に対する応答、CO2を検出する感覚ニューロンの同定、さらにCO2によって活性化される神経回路メカニズムの解明を試みました。

研究手法と成果

研究チームはまず、CO2に対するゼブラフィッシュの行動を調べました。生後5日目のゼブラフィッシュ稚魚の頭部を水に溶かしたCO2にさらしたところ、CO2から逃げ出しました(図1A、B)。すなわち、ゼブラフィッシュ稚魚はCO2を嫌な刺激として感知し、CO2から「逃げ出す」という忌避行動を示すことが明らかになりました。ゼブラフィッシュ稚魚は、突然の触覚刺激に対して体を大きくC字型に屈曲する素早い逃避行動を、刺激を受けてから10ミリ秒以内に示すことが報告されています注1)。そこで、高速カメラを用いてゼブラフィッシュ稚魚のCO2刺激に対する忌避行動と接触刺激に対する行動を詳細に比較しました。その結果、CO2刺激に対する忌避行動は、体の屈曲が開始されるまで数秒を要する非常にゆっくりとした運動であり、触覚刺激に対する行動とは異なる反応であることが分かりました(図1C)。

次に、CO2によって活性化される神経回路の解析を試みました。カルシウムイオンセンサー(GCaMP)[6]を全ての神経細胞で発現するトランスジェニックゼブラフィッシュ[7]を用いて、CO2刺激に対する全脳カルシウムイメージングを行いました。その結果、匂いを受容する嗅覚系、頭部の体性感覚を担う三叉神経系、恐怖反応を制御すると考えられている手綱核-脚間核神経系などさまざまな領域が強く活性化されることが分かりました(図2)。また、嗅覚系、三叉神経系のCO2応答に比べ、手綱核-脚間核神経系はゆっくりとした応答を示すことも分かりました(図2)。

そこで、CO2刺激に応答する神経回路に対して、外科的手術あるいは二光子励起レーザー顕微鏡[8]を用いた細胞除去の後に、CO2刺激に対する神経活動のカルシウムイメージングと行動実験を行い、CO2による反応を媒介する神経回路の同定を試みました。

まず、鼻を除去すると、CO2刺激に対する忌避行動をつかさどる後脳網様体脊髄路ニューロン[9]のカルシウム応答と忌避行動が完全に消失したことから、CO2の検出に鼻が必要であることが分かりました。次に、嗅覚神経回路の一次中枢である嗅球[10]あるいは三叉神経節[4]の除去を行ったところ、嗅球除去個体では脳内のカルシウム応答も忌避行動も正常個体と同様の反応を示したのに対して、三叉神経除去個体では、CO2刺激に対する後脳のカルシウム応答と忌避行動が有意に減少しました。

また、手綱核-脚間核神経系のCO2刺激に対するカルシウム応答は、鼻、嗅球、三叉神経除去個体いずれの個体でも観察されたことから、嗅覚系、三叉神経系以外の神経回路を介して活性化されていることが示されました。これらの結果から、CO2刺激に対する応答反応には鼻と三叉神経を介する神経回路が必須であることが示されました。

最後に、CO2刺激に応答する感覚ニューロンの同定を試みました。その結果、鼻の近くに存在し、第0脳神経として知られている「終神経」がCO2に応答することを突き止めました(図3A、B)。終神経は性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)[11]を発現することから、これまで性行動への関与が報告されてきましたが、稚魚という発生の早い時期に個体の忌避行動に関与することを示したのは初めてです。

また、CO2が引き起こす忌避行動における終神経の役割を明らかにするために、レーザーによる終神経の除去を行ったところ、終神経除去個体ではCO2からの忌避行動がみられなくなりました(図3C)。興味深いことにGnRH陽性細胞は、終神経だけでなく、脳のさまざまな部位、例えば間脳視床下部[12]、三叉神経節にも存在し、それらが強固な相互ネットワークを形成することが報告されていることから、終神経が三叉神経を介してCO2に対する忌避行動を駆動することが示されました(図3D)。

今後の期待

本研究によって、CO2はゼブラフィッシュにとって嫌な刺激であること、CO2は鼻の近くに位置する終神経によって受容され、三叉神経を介して、忌避行動を駆動することが明らかとなりました。今後、終神経がどのようにCO2刺激の情報処理を行っているのかそのメカニズムの解析を進めることで、ヒトを含む脊椎動物が持つ終神経を介した忌避行動の神経基盤の理解につながると期待できます。

また、CO2を検出する受容体、終神経の軸索投射様式を調べることで、CO2からの忌避行動を駆動する終神経回路の全貌解明を目指した研究が進展するだけでなく、第0脳神経として知られてはいたものの、これまで生理機能がよく分かっていなかった終神経の新たな役割が明らかになると期待できます。

原論文情報

  • Tetsuya Koide, Yoichi Yabuki, Yoshihiro Yoshihara, "Terminal Nerve GnRH3 Neurons Mediate Slow Avoidance of Carbon Dioxide in Larval Zebrafish", Cell Reports, doi: 10.1016/j.celrep.2018.01.019

発表者

理化学研究所
脳科学総合研究センター シナプス分子機構研究チーム
チームリーダー 吉原 良浩(よしはら よしひろ)
研究員 小出 哲也(こいで てつや)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
お問い合わせフォーム

産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 産業連携本部 連携推進部
お問い合わせフォーム

補足説明

  • 1.ゼブラフィッシュ
    インド原産の体長3~5センチメートルの小型熱帯魚。飼育が容易で多産(1回の産卵で数十個~200個程度)。稚魚の体は透明なので、生きたまま脳を観察することができる。
  • 2.第0脳神経(終神経)
    脳に出入りする末梢神経(脳神経)のうち最後に発見されたもの。ヌタウナギを除く全ての脊椎動物に存在していると考えられているが、その機能はよく分かっていない。
  • 3.カルシウムイメージング法
    神経活動を調べる方法の一つであり、神経細胞が興奮すると細胞内のカルシウムイオン濃度が上昇することを利用。カルシウム感受性タンパク質(GCaMPなど)を遺伝学的に特定のタイプのニューロンに発現させて、その神経活動を調べることができる。
  • 4.三叉神経系、三叉神経、三叉神経節
    三叉神経は12対ある脳神経の一つであり、第5脳神経とも呼ばれる。三叉とはこの神経が眼神経、上顎神経、下顎神経の三つの神経に分かれることに由来する。三叉神経節とは多数の三叉神経細胞が集合した構造で、ゼブラフィッシュでは目と耳の間に位置する。三叉神経系とは三叉神経、三叉神経節、三叉神経感覚核、三叉神経運動核、三叉神経脊髄路などから構成され、顔面や口腔の感覚や運動を支配する。
  • 5.手綱核-脚間核神経系
    間脳の手綱核から中脳の脚間核へと情報を伝える回路であり、大脳辺縁系と密接な連絡がある。この回路は、恐怖やストレスに対する行動の選択に重要な役割を果たすことが知られている。
  • 6.カルシウムイオンセンサー(GCaMP)
    緑色蛍光タンパク質(green fluorescent protein、GFP)、カルモジュリン(Calmodulin、CaM)のカルシウムイオン結合部分、ミオシン軽鎖キナーゼのM13ペプチドを遺伝子工学的に結合させたカルシウムイオンセンサー蛍光タンパク質で、カルシウムイオンが結合すると蛍光の明るさが変化する。
  • 7.トランスジェニックゼブラフィッシュ
    遺伝子工学を用いて外部から特定の遺伝子を導入したゼブラフィッシュ。
  • 8.二光子励起レーザー顕微鏡
    蛍光分子を二つの光子で同時に励起する技術を用いた顕微鏡。一つの光子でその分子を励起する場合と比べ、エネルギーが半分(波長が2倍)の光子が使える。光源として用いられる赤外域レーザーは、長波長であるので、可視光や紫外線領域のレーザーよりも組織透過性が優れているため、標的組織深部の顕微鏡像を少ない侵襲で取得することができる。
  • 9.網様体脊髄路ニューロン
    後脳に位置し、脊椎動物の歩行や遊泳などの運動をコントロールすることが知られている。
  • 10.嗅球
    脳の先端に位置する嗅覚の一次中枢。匂いを受容する嗅細胞(一次嗅覚ニューロン)からの神経線維が直接接続している。
  • 11.性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)
    視床下部から分泌されるホルモンで、下垂体から性腺刺激ホルモン(LHとFSH)の分泌を促す。GnRHは終神経も含め、視床下部と下垂体以外の細胞においても発現するが、それらの生理的機能はよく分かっていない。GnRH はGonadotropin-releasing hormoneの略。
  • 12.間脳視床下部
    間脳の腹側部に位置し、自律神経や内分泌系を調節する中枢。摂食・睡眠・攻撃行動・性行動・各種ホルモンの分泌調節など、多様な機能を有する。
ゼブラフィッシュ稚魚の二酸化炭素(CO2)からの忌避行動の図

図1 ゼブラフィッシュ稚魚の二酸化炭素(CO2)からの忌避行動

  • A) 忌避行動を観察するための実験模式図。シャーレ上のゼブラフィッシュ稚魚を上部からビデオ撮影し、頭部への化学物質の刺激に対する稚魚の忌避反応を観察。
  • B) 頭部への化学物質の刺激に対する稚魚の忌避反応が起こるまでの時間を示す。塩酸、皮膚抽出物、胆汁酸では応答がないが、CO2では濃度に依存して忌避行動が起こる。
  • C) 高速カメラで観察したCO2と接触刺激からの忌避行動。
    上段は、100ミリ秒ごとの行動変化を示す。星印は行動が始まるタイミングを示す(0秒)。CO2刺激開始は4,200ミリ秒(4.2秒)前。
    中段は、4ミリ秒ごとのCO2からの忌避行動の変化を示す。下段の接触刺激からの忌避行動と異なり、行動開始から8ミリ秒後でも大きな行動の変化はなく、その後の運動もゆっくりとしている。
    下段は、4ミリ秒ごとの接触刺激からの逃避行動を示す。ピンの先端で頭部への接触後、8ミリ秒で素早いターンが観察される。
CO2で活性化されるトランスジェニックゼブラフィッシュの神経回路の図

図2 CO2で活性化されるトランスジェニックゼブラフィッシュの神経回路

  • A) CO2で活性化される神経回路の時間経過。カルシウムイオンセンサー(GCaMP)を発現するトランスジェニックゼブラフィッシュの全脳のカルシウムイメージング。稚魚の脳を背側から観察。CO2刺激を灰色のバーで示す。0.35秒ごとの画像を示す。
  • B) CO2で活性化される脳領域。嗅球、終脳、手綱核、脚間核、三叉神経感覚核、毛様体脊髄路ニューロンなどさまざまな脳領域が活性化される。
  • C) CO2で活性化される脳領域の時間経過の定量解析結果。嗅球、終脳、三叉神経感覚核、毛様体脊髄路ニューロンのCO2応答は早いのに対し、手綱核、脚間核はゆっくりとした応答を示す。
二酸化炭素からの忌避行動には終神経が必要の図

図3 二酸化炭素からの忌避行動には終神経が必要

  • A) 性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)陽性の終神経にカルシウムイオンセンサー(GCaMP)を発現する、トランスジェニックゼブラフィッシュの脳を背側から観察。
  • B) CO2刺激前(左)と刺激後(右)の終神経のカルシウムイメージング。終神経がCO2に応答したことが分かる。
  • C) 頭部へのCO2刺激に対する稚魚の忌避反応が起こるまでの時間を示す。終神経除去個体の多くはCO2からの忌避行動を示さない。
  • D) CO2によって活性化される神経回路。終神経で受容されたCO2の情報は、三叉神経細胞(gV)→三叉神経感覚核(TSN)→毛様体脊髄神経(RSN)を経て忌避行動が誘起される。OB(嗅球)、Tel(終脳)、rHb(右手綱核)、lHb(左手綱核)、IPN(脚間核)。

Top