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2015年6月5日

ノックアウトマウスをつくり、研究の裾野を広げる研究者

マウスの遺伝子の機能を一つずつ欠損させたノックアウトマウスを次々と作製している研究者が、バイオリソースセンター(BRC®)にいる。実験動物開発室の綾部信哉 特別任期制研究員(以下、研究員)である。それぞれのノックアウトマウスにどのような変化が現れるかを調べることで、約2万種類あるマウスのすべての遺伝子の働きを明らかにしようという「国際マウス表現型解析コンソーシアム(IMPC:International Mouse Phenotype Consortium)」の一環である。マウスのES細胞(胚性幹細胞)で標的の遺伝子の機能をなくし、それを胚の中に注入し、発生させてノックアウトマウスをつくる。綾部研究員は、実験動物開発室に来るまで受精卵や胚を扱ったこともなく、ここでノックアウトマウスの作製技術を一から学んだ。「単純な作業のように見えるのですが、職人技のような一面もあり、初めの半年くらいは失敗の連続でした」と振り返る。「今やるべき、いい仕事だね、と言われるような仕事をしたい」と語る綾部研究員の素顔に迫る。

綾部信哉

綾部信哉 特別任期制研究員

バイオリソースセンター 実験動物開発室

1983年、長野県生まれ。博士(獣医学)。獣医師。東京大学農学部獣医学専修卒業。同大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了。2012年より現職。

CRISPR/Cas9によるノックアウトマウスの作製中の画像 図 CRISPR/Cas9によるノックアウトマウスの作製
マウスの受精卵に、特定の遺伝子を標的としたガイドRNAを注入しているところ。ガイドRNAが結合した領域を認識してDNAを切断する酵素を同時に注入し、標的遺伝子の機能を欠損させる。

「父が産婦人科医なので、同じ仕事をしても面白くないだろうと、医者にだけはなるまいと思っていました。かといって、なりたい職業が特にあったわけではありませんでした」と綾部研究員。高校生のとき、来る21世紀の医療を紹介する番組を見て遺伝子に興味を持ち、取りあえず理系を選択。そして東京大学に進学した。東大では3年生になるときに学科を決める。「植物より動物の方が面白いかな。動物だったら獣医学が何となく面白そう。そんな軽い気持ちで獣医学科を選びました。動物が大好きだから獣医学を選んだという同級生もいましたが、私は東京のマンションで育ったためペットを飼ったこともなく、動物とは無縁でした」

大学院に進んだものの、大学に残って研究を続けるつもりはなく、就職活動を始めた。応募した職種は、民間企業の研究職、研究機関の一般職、科学館のサイエンスコミュニケーターなど多様だった。内定をもらった企業もあったが、最後に理研BRCを受けて採用され、現在に至る。BRC実験動物開発室では、研究者が作製したヒトの疾患モデルや遺伝子機行っている。また、IMPCのノックアウトマウス生産を世界中の研究機関と手分けして担っており、BRCでその形態や生理的性質を調べてデータ解析を行った後、そのマウスを研究者に提供している。「私たちの仕事は、一般的な研究とは少し違います。研究者が自分のテーマに沿って山を登っていく人だとすれば、私たちは裾野を広げていく人でしょうか。私は、それが面白そうで、今やるべき仕事だと思ったのです」

戸惑いもあった。「マウスの健康状態の管理など獣医師免許を持っていることを活かせる仕事ができると思ったのですが、経験したこともないノックアウトマウス作製をやってほしいと言われて……。しかも失敗ばかり」。しかし負けず嫌いの性格も手伝い、徐々に技術を身に付けていった。「狙った通りのノックアウトマウスができたかどうか分かるまで半年以上かかるのですが、初めて成功したときはうれしかったですね」。最近は、従来の方法に比べて短期間、低コストで効率よくノックアウトマウスを作製できるCRISPR/Cas9(クリスパーキャスナイン)という手法も取り入れている(図)。「技術開発も私たちの重要な仕事です」

趣味はスポーツサイクル。体を動かすことが好きで、中学校ではサッカー部、高校ではアメリカンフットボール部に所属。「小学生のときに2年間、父の仕事の関係でアメリカで過ごし、アメリカンフットボールにはなじみがありました。体力勝負と思われがちですが、実は戦術が重要なスポーツです。とはいえ、痛いですけどね」と笑う。大学ではフラッグフットボールに転向。タックルの代わりに選手の腰に付けたフラッグを取る。「今でも時々やっています。けがをしないように気を付けるのですが、つい力が入ってしまいますね」

気が付けば、父親と似た仕事をしている。互いに仕事の話をする機会も増えたという。「これをやりたい、という一貫した思いを持たずに生きてきました。その時々の直感を大切にして選択した結果、今ここにいます。そうした生き方も悪いことではないと思います」と綾部研究員。「今後の人生設計は何も考えていませんが、まずはここで獣医師としての知識を活かせる仕事も増やしていきたい。また、ノックアウトマウスの作製技術を洗練させて、教えてくれた先輩たちに追い付きたいですね。やっぱり負けず嫌いなんです」

(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)

『RIKEN NEWS』2015年6月号より転載

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