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2016年9月5日

化学反応が始まる瞬間の電子の動きを見ることを目指す研究者

化学反応の主役は電子だ。光が分子に当たると、まず電子が動くことで化学反応が始まる。しかし、そのような化学反応が始まる瞬間の電子の動きを見ることは、現在でも難しい。電子は、アト(10-18=100京分の1)秒スケールの速さで動くからだ。理研光量子工学研究領域アト秒科学研究チームの沖野友哉 研究員たちは、極めて短い時間だけ発する光 “アト秒パルス”をフラッシュ撮影のように使い、化学反応が始まる瞬間の電子の動きをこま送りで見ることに挑戦している。「小学生のころから国語や社会は嫌いで、論理的に考えることができる算数や理科が好きでした」と語る沖野研究員の素顔に迫る。

沖野友哉

沖野友哉 研究員

光量子工学研究領域 アト秒科学研究チーム

1978年、福井県生まれ。博士(理学)。東京大学大学院理学系研究科化学専攻博士課程中途退学。理研 緑川レーザー物理工学研究室研修生・客員研究員、東京大学大学院理学系研究科化学専攻助手・助教などを経て、2013年より現職。科学技術振興機構さきがけ「光の極限制御・積極利用と新分野開拓」個人研究者を兼任(2015年12月から)。

アト秒パルスによる窒素分子(N2)の観測 イメージ図 図 アト秒パルスによる窒素分子(N2)の観測

東京大学理学部で学科を選ぶとき、数学か化学かで迷ったと振り返る沖野研究員。「実際の現象を直接対象にする化学を選びました。そして、数学を駆使して化学反応を論理的に理解したいと思いました」。しかし、化学科で理論を学び始めると、その説明だけでは納得できなかった。「この化学反応ではここの電子が動いて反応が始まる、と理論で説明されます。それが本当に正しいのか、その電子の動きを誰も見たことがないのです」

化学反応が始まるとき、まず電子が動いて、その電子に追随するように原子核が動いて分子の形が変わる。「原子核の質量は電子よりも3桁大きいので、ゆっくり動きます。ゆっくりといってもフェムト(10-15=1000兆分の1)秒の時間スケールです。軽い電子はそれより速いアト秒スケールで動きます」

フェムト秒パルスで、化学反応における分子・原子の動きをこま送りで見る実験が世界中で進められている。一方、原子核より速い電子の動きを見るにはアト秒パルスが必要である。アト秒パルスの発生が初めて確認されたのは21世紀に入ってからだ。博士課程に進んだ沖野研究員は2005年、研修生として緑川レーザー物理工学研究室(現 アト秒科学研究チーム)の実験に参加した。「ちょうどアト秒パルスの発生実験が行われていました。アト秒パルスになっているかどうか検証する実験に立ち会うことができ、感動しました」

それ以来、沖野研究員はアト秒パルスで化学反応が始まる瞬間の電子の動きを見ることを目指してきた。「まず、ポンプ光を分子に当てて電子を励起(れいき)させて反応をスタートさせます。次に、一定の時間間隔で、プローブ光を当てて電子の動きをこま送りで観測します。現在ではアト秒パルスで実験を行っている研究グループが世界に数十カ所ありますが、光源の強度の問題から、ポンプ光だけにアト秒パルスを使っているところがほとんどです。プローブ光の時間が電子が動くアト秒より長いと、プローブ光自体で電子が動いてしまうので、ぼやけて見えてしまいます。私たちのチームの特徴は、ポンプ光とプローブ光の両方にアト秒パルスを使い、電子の動きをはっきり捉えることができる点です」

ただし計測系の開発は容易ではない、と沖野研究員。「アト秒パルスは空気中の分子に吸収されてしまうので、計測は全て真空中で行う必要があります。計測系の開発には、化学・物理学から工学、実験対象によっては生物学の知識も必要なので大変ですが、私は手を動かしながらアイデアをひねり出し、部品から計測系を組み上げていく作業が好きです」

沖野研究員たちは2015年、窒素分子に光を当てて、アト秒時間スケールでの電子状態の変化を直接観測することに成功した(図)。「今後、窒素分子よりも大きいアミノ酸やタンパク質、DNA分子内の電荷移動の観測および制御も進める予定です。DNAに紫外線が当たったとき、DNAを構成するどの原子核の周りの電子が最初に動いて損傷が始まるのか、といったことを直接見てみたいですね」 沖野研究員は「アト秒パルスによる実験だけにこだわっているわけではありません」と言う。「将来、いろいろな時間・空間スケールの観測をつなぎ合わせ、さまざまな化学反応の始まりから終わりまで全過程を理解することが目標です」

(取材・執筆:立山 晃/フォトンクリエイト)

『理研ニュース』2016年9月号より転載

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