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2018年4月5日

単一分子の発光・吸収分光で量子の世界を観測する研究者

走査型トンネル顕微鏡(STM)を用いた独自の原理により、単一分子の吸収分光と、分子間のエネルギー移動の原子分解能の観測に、世界で初めて成功した研究者がいる。開拓研究本部 Kim表面界面科学研究室(金有洙 主任研究員)の今田 裕研究員だ。「単一分子の発光・吸収分光により、物質のエネルギー変換の性質など量子ならではの世界が見えてきます。そこが面白いところです」そう語る今田 研究員の素顔を紹介しよう。

今田裕

今田裕 研究員

開拓研究本部 Kim表面界面科学研究室

1981年、米国コロラド州生まれ。博士(理学)。東京工業大学大学院理工学研究科物性物理学専攻博士課程修了。2010年、理研kim表面界面科学研究室 特別研究員。2017年より現職。

STM探針の先に発生する近接場光の図 図 STM探針の先に発生する近接場光
STMの探針と金属表面の間に電圧をかけると、数nmサイズの領域に局在した近接場光が発生する。それを光源にして単一分子の吸収分光に成功した。右の写真は、探針の先で光る近接場光。

「子どものころは、物を分解してその仕組みを調べるのが好きでした。友達のおもちゃを分解して元に戻せなくなってしまったことも(笑)。サッカーも好きで、小学1年生のころから高校3年の夏まで熱中しました」。東京工業大学理学部へ進学。「工学ではなく理学に進んだのは、親の影響かもしれません。両親は企業の同じ研究所で生命科学系の研究をしていて、家でもよく研究の話をしていました」

電子顕微鏡を用いた研究で世界的に有名な高柳邦夫 教授の研究室へ。「修士課程に進んだ2004年、山本直紀 准教授(当時)から、原子スケールの分解能を持つSTMを使った半導体表面の発光分光をやらないか、と言われました」。それは1998年に最初の観測例が報告されて以来、ほとんど成功例がない難しい観測だった。

STMでは、探針と呼ばれる細い針を、固体表面から1nm(10億分の1m)ほどの距離に近づけて電圧をかける。するとトンネル電流という特殊な電流が流れ、固体表面を構成する原子や分子が発光する。その光の波長を調べることで、原子や分子の性質や電子状態を知ることができる。そのような手法が、STM発光分光だ。「研究室の中でSTM発光分光に取り組んでいたのは私一人だけでした。自分のアイデアで装置や観測法を改良する作業は楽しかったのですが、なかなか観測データを取れず、論文も書けませんでした。でも、研究室のほかのメンバーも難しい実験をやっていたので、それが普通だと思っていました」

今田研究員は、半導体表面を構成する原子の発光分光に成功し、世界で3例目となるその研究で2010年に学位を取得した。同年、理研に新設されたKim表面界面科学研究室へ。「大学院では半導体表面に並んだ原子がターゲットでしたが、理研では、単一分子の発光分光に挑むことになりました」。それは2003年に米国のグループが成功して以来、ほかの研究グループには再現できていない難しい観測だった。

試行錯誤の末、ようやく観測データが取れるようになった2016年3月、中国の研究グループが世界で2例目となる単一分子の発光分光に成功し『Nature』誌に発表した。「その論文を目にしたのが、新婚旅行から帰ってきた次の朝です。幸せの頂点からいきなり突き落とされました」

だがその後、今田研究員らは単一分子の吸収分光と、分子間のエネルギー移動の原子分解能の観測に、世界で初めて成功。「吸収分光の光源に、近接場光(プラズモン)という特殊な光を使うところが、私たち独自のアイデアです」。単一分子による光の吸収を観測するには、分子の大きさに近い数nmサイズの微小な光源が必要だ。だが、可視光の波長は数百nmと分子サイズよりはるかに大きく、数nmサイズの可視光源は存在しない。「STMの探針と金属表面の間に電圧をかけると、その隙間に近接場光という空間を伝でん播ぱ しない光が発生し、微小な領域に局在します。それが数nmサイズの光源になるのです」(図)

今田研究員らは、すでに次の目標に向かっている。「分子に光を当てると、その中の電子がエネルギーの高い励起状態になります。その励起状態について、実はよく分かっていません。励起状態を理解することは、太陽電池や人工光合成などのデバイスへの応用でも重要です。励起状態をフェムト(1000兆分の1)秒レベルの時間分解能で観測することが、多くの研究者たちの夢であり、私たちはレーザーとSTMを組み合わせる独自の手法で、その夢に挑戦しています」

(取材・執筆:立山 晃/フォトンクリエイト)

『理研ニュース』2018年4月号より転載

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