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2018年7月5日

脳の情報処理を数式で表現する研究者

私たちは、複数の人の声が飛び交う雑踏の中でも、注目する人の声を聞き分けることができる。その脳内での情報処理機構を数式で記述し、解析している研究者が脳神経科学研究センター(CBS)にいる。数理脳科学研究チームの磯村拓哉 基礎科学特別研究員(以下、研究員)である。「複雑な現象をシンプルに説明したい」そう語る磯村研究員の素顔に迫る。

磯村拓哉

磯村拓哉 基礎科学特別研究員

脳神経科学研究センター 数理脳科学研究チーム

1988年、愛知県生まれ。博士(科学)。東京大学工学部精密工学科卒業。同大学大学院新領域創成科学研究科人間環境学専攻博士課程修了。2013年、理研脳科学総合研究センター研修生。2017年、同センター基礎科学特別研究員。2018年4月より現職。

脳型学習アルゴリズムEGHR 図 信号源分離の脳型学習アルゴリズムEGHR

「小学生のころから、『知能』を持ったロボットをつくりたいと思っていました。それは今も変わっていません」と磯村研究員。コンピュータのプログラミングも好きだった。「コンピュータが自分で学習するようなプログラムが好きで、簡単な遺伝的アルゴリズムをつくったりしていました」。高校生のころには唯一知っていた研究所、「理研で研究したい」と漠然と考えるようになっていた。

東京大学工学部精密工学科へ進み、培養した神経細胞を用いた研究を大学院まで続けた。「第一希望のロボット関連の学科には進学できなかったのですが、実際の神経細胞から学ぶ重要さも常々感じていたので、このテーマを選びました」。神経細胞を培養すると、最初はばらばらだが、やがて神経回路網を形成する。そこに2種類の信号を混ぜた電気刺激を入力し続けるとどのような学習が起きるか神経細胞の活動を測定した。すると、信号1のみ、信号2のみに応答して活動する細胞が現れた。「私たちが雑踏の中で注目する人の声を聞き分けることができるのは、神経回路網が複数の信号源の混在する入力信号から元の成分を分離しているからです。この実験は、それを最もシンプルな系で捉えたものです」と磯村研究員は解説する。「信号源の分離を培養神経細胞で捉えたのは、今でも世界で私だけですね」

大学院修士1年生のときには、理研の脳科学総合研究センター(現CBS)が主催する「脳科学塾」に参加。「日本の中で一番、自分と興味が近そう」と感じたのが、現在の所属長である豊泉太郎チームリーダーだった。そのもとで研究したいと、2013年から理研の研修生に。

現在は、神経回路網の信号源分離の仕組みに数理科学からアプローチしている。脳が経験によって学習すると、神経細胞と神経細胞のつなぎ目であるシナプスの結合強度が変化する。私たちが信号源を分離できるのもシナプス強度の変化によることから、それを数式で記述することを目指した。シナプス強度が広範囲に拡散する神経伝達物質による分子信号(広域信号)の影響も受けていることに注目し、シナプス強度の変化を「広域信号×入力神経細胞の活動×出力神経細胞の活動」で表現する計算方法を発見。信号源分離ができることを数理解析とコンピュータシミュレーションによって確かめ、「Error-Gated Hebbian Rule(EGHR)」と名付けた(図)。

既存の信号源分離の工学的なアルゴリズムは、まずノイズを除くため、ノイズが強いと必要な信号まで除去してしまい正しく分離できない。EGHRはノイズ除去と信号源分離を同時に行うので、ノイズが強くても分離が可能だ。またEGHRは、神経回路網を模倣したハードウエアに実装し高速・低電力で計算できると期待される。「EGHRはとてもシンプルです。複雑な条件を仮定していないので、ほかの学習や記憶のモデルとしても適用できるかもしれません。EGHRは脳の基本原理に迫っているのではないかと考え、研究を進めています」

磯村研究員は、いつもA4サイズのスケッチブックを持ち歩いている。「思い付いた数式をメモしたり、数式を解いたりしています。寝付く寸前や起きた瞬間にひらめくこともあるので、手放せません」。性格は?「真面目ではないですね。いつも楽をしたいと思っています」と笑う。「知能を持つロボットができれば、それが全部やってくれる。今は壁があり大変ですが、ゆくゆくは楽ができる!それが私の研究のモチベーションです」

(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)

『理研ニュース』2018年7月号より転載

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