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2019年5月7日

有機合成化学で乳がん手術を変える研究者

乳がん手術中に切除範囲を決める病理診断は、1回40分程度かかる。迅速で簡単な方法が求められる中、有機合成反応を用いて5分ほどでがん細胞の有無を判別する技術を開発した研究者がいる。開拓研究本部 田中生体機能合成化学研究室のAmbara Rachmat Pradipta(アンバラ・ラクマット・プラディプタ) 基礎科学特別研究員(以下、研究員)だ。「誰かの後を追うのではなく、自分だけの道を歩いていきなさい。叔父のこの言葉をずっと心にとどめています。研究も同じ。たとえ小さくても、ほかの人がやっていない、自分だけのことをやりたい」そう語るPradipta研究員の素顔に迫る。

Ambara Rachmat Pradipta

アンバラ・ラクマット・プラディプタ 基礎科学特別研究員

開拓研究本部 田中生体機能合成化学研究室

1981年、インドネシア・バンドン生まれ。パジャジャラン大学数学自然科学部化学科卒業。企業を経て、2005年10月より大阪大学理学部化学科研究生。大阪大学大学院理学研究科化学専攻博士課程修了。博士(理学)。2012年より理研 特別研究員。2015年より東京医科歯科大学 非常勤講師を兼任。2017年より現職。

アジドプローブを用いた手術中がん診断の図 図 アジドプローブを用いた手術中がん診断

Pradipta研究員はインドネシアのバンドン出身だ。「食の都といわれ、お笑いが盛ん。大阪と似ています」。幼稚園児のころは宇宙飛行士になりたかったが、小学生になると目標が変わった。「叔父が東北大学に留学していました。日本のおもちゃを送ってくれて、手紙にも日本のことがたくさん書いてありました。日本に興味を持ち、いつか日本に行く!と決めました」

中学時代まで成績は常にトップ。高校に入ると、バスケットボールとギターに夢中になった。「成績は崩れ落ちました」と笑う。成績を立て直し、インドネシア屈指の名門パジャジャラン大学の数学自然科学部化学科へ進学。「単純な化合物から複雑な化合物をつくる有機合成化学に惹かれ、海外で深く学びたいと思いました」とPradipta研究員。「留学先は日本以外考えられませんでした。日本は有機合成化学研究で世界のトップを走っています。そして、日本に行くことは子どものときからの目標でしたから」。日本の文部科学省の奨学金の申請資格を得るため、企業に就職。2年間の実務経験を積んで2005年10月、大阪大学理学部化学科の研究生として渡日した。

初めは母国で習った日本語が通用せず苦労もあったが、言葉が分かるようになると、故郷と似ている大阪に一気になじんだ。「研究室では英語で済みますが、日本語が使えた方がいい。得られる情報量が違います」

大阪大学大学院に進み、免疫機構を制御する微生物由来化合物の化学合成と機能解析の研究を行った。そして2012年、理研へ。「乳がん診断技術はセレンディピティーから生まれました」とPradipta研究員。田中生体機能合成化学研究室では、薬として働く化合物を体内で合成する生体内合成化学治療を目指している。「田中克典 主任研究員が、生体内にたくさんあるアミノ化合物の反応性を詳しく調べてみよう、と言ったのが始まりです。そうした反応でできる化合物は不安定で、すぐ分解してしまうと考えられていました。ところが、なんと安定な化合物ができたのです」。さらに、アミノ化合物と構造が似ていて生体内で安定に存在するアジド化合物とアクロレインを反応させると、安定な化合物ができることが分かった。「アクロレインは酸化ストレスを受けると細胞内に発生し強い毒性を示しますが、よい検出法がなく、その機能について深く調べることができていませんでした。蛍光プローブを付けたアジド化合物(アジドプローブ)を使えば、アクロレインと反応して結合し標識できるはずです。使える!と確信しました」

2016年、アジドプローブを用いてアクロレインの可視化に成功。その後の研究で、アクロレインががん細胞で大量に発生していることが明らかになった。そこで、乳腺内分泌外科の専門家の協力のもと、乳がん手術で摘出した生体組織を用いた実験を行った。すると、組織をアジドプローブ溶液に5分浸すだけで、97%の高感度でがん細胞の有無を判別、さまざまな種類の乳がんの識別にも成功し、2018年に発表した(図)。Pradipta研究員は「乳がんは識別が特に難しいがんだといわれています。この診断技術が乳がんで確立されれば、さまざまながんの診断に活用できるでしょう」と展望する。反応速度や感度を上げるためのアジドプローブの改良や、人工知能(AI)による画像診断法の開発にも取り組んでいる。

「将来は、日本の大学で研究と教育に携わりたい」とPradipta研究員。分野は違うが、亡くなった父もパジャジャラン大学の教授だった。子どものころから、教壇に立つ父の姿は憧れだった。「有機合成化学を通じて日本とインドネシアの懸け橋にもなりたいですね」と静かにほほ笑んだ。

(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)

『理研ニュース』2019年5月号より転載

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