1. Home
  2. 採用情報
  3. 若手研究員の素顔

2019年7月5日

がんを標的にする魚雷形ナノカプセルを世界で初めて開発した研究者

がんの化学療法では、抗がん剤が正常な細胞まで攻撃してしまうため、さまざまな副作用が生じるケースがあり、大きな課題となっている。そこで、ナノサイズのカプセルに抗がん剤を入れて、がん細胞のみを標的にするドラッグデリバリーシステム(DDS:薬物送達システム)の開発が進められている。さまざまな材料により多数のDDSが開発されているが、その形状はほぼ全てが球形のカプセルだ。上田一樹 研究員は2019年、DDSとして優れた機能が期待できる魚雷形のナノカプセルを開発することに成功した。

上田一樹

上田一樹 研究員

開拓研究本部 伊藤ナノ医工学研究室

1982年、奈良県生まれ。博士(工学)。京都大学大学院工学研究科材料化学専攻博士課程修了。京都大学大学院医学研究科 助教を経て、2014年より現職。

2種類のペプチド分子から成る魚雷形ナノカプセルの図 図 2種類のペプチド分子から成る魚雷形ナノカプセル
カプセルは完全に閉じた構造になり、水に溶ける薬剤も水に溶けにくい薬剤も途中で漏れ出すことなく、がん細胞内部まで運ぶことができる。

「子どものころ、よく漫画を描いていました。描くのが楽しかったし、親や友達が喜んでくれるのがうれしくて、漫画家になりたいと思っていました」と上田研究員。「中高生になると手塚治虫さんの『ブラック・ジャック』の影響で医者に憧れました。でも、何かをつくるクリエーティブなことの方が自分は楽しめると気付き、志望先を変えました。子どものころに見た『ドラえもん』や『平成狸合戦ぽんぽこ』などのアニメ映画で森林破壊の問題が描かれていました。それを解決するために、化学の力で植物を人工的につくれないかと、京都大学工学部に進学しました」

植物をつくるため糖の研究を始めたが、分子集合体の面白さに出会い、大学院でその研究を進めた。「研究室の先輩が、アミノ酸をつなげたペプチド分子をつくっていました。その分子は、水になじむ親水性と水をはじく疎水性を併せ持ち、水に入れると筒形の分子集合体をつくります。私は、そのペプチド分子のアミノ酸配列を変えると、分子集合体の形がどのように変わるのかに興味を持って実験を進めました」

学位を取り、京都大学のDDS開発プロジェクトに参加した後、2014年に理研 伊藤ナノ医工学研究室の定年制の研究員に。「理研で長く研究を続けるからには、自分の代名詞となる独創性の高い仕事をしなければ、と研究テーマを検討しました」。シミュレーションやナノ構造体の実験を通して、魚雷形は球形のものに比べて血液中に長く滞留したり、細胞内へ取り込まれやすいなど、DDSとしてより優れた機能を持つことを示す研究結果が10年ほど前から発表され始めていた。「しかし薬を閉じ込められる中空のナノカプセルを魚雷形につくることは難しく、成功例の報告はありませんでした。私はペプチド分子の集合体の形状制御には自信があったので、大学院のときにつくったペプチド分子を応用して挑戦することにしたのです」

用いたのは筒形になるペプチド分子と、少しだけアミノ酸配列の異なる、球形になるペプチド分子の2種類だ。「一度球形になった分子を筒形と混ぜてもくっつきません。けれども、最初に筒形をつくって、球形になるペプチド分子を混ぜると、筒形の両端にキャップをするように半球を形成して魚雷形ナノカプセルができました!」(図)。上田研究員らは、培養したヒトのがん細胞の実験により、魚雷形は球形よりも素早く大量に細胞内に取り込まれることを確かめた。また、抗がん剤を入れた魚雷形ナノカプセルをマウスに注射すると、血管を通って腫瘍患部に素早く進入し、抗がん効果を発揮した。

ただしDDSの開発では、マウスの実験で抗がん効果を発揮しても、ヒトでは効果が出にくいケースも多い。マウスに比べてヒトでは血管からがん細胞までの距離が長いため、DDSが到達しにくいなどの理由が考えられる。「血管とがん細胞の間には網目状の構造があり、DDSはそこをかき分けて進まなければなりません。まだ具体的なアイデアはありませんが、従来のDDSにはない形状の特徴を生かすことで、網目状の構造をかき分けて進みやすくなるかもしれません。ぜひ挑戦したいと思います。また、カプセルの長さを変えることにより、到達しやすい組織が異なってくる可能性があります。それは特定の組織を標的にするDDSにとって有利な特徴になります。実用化には企業との連携が不可欠です。魚雷形ならではの長所を示して、企業にアピールしていきたいと思います」

今でも趣味は絵を描くことだと語る上田研究員。「でも昨年から中断しています。家に帰ると0歳児の長男がいて、それどころではないんです(笑)」

(取材・執筆:立山 晃/フォトンクリエイト)

『RIKEN NEWS』2019年7月号より転載

Top