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2019年12月5日

分化全能性の謎に迫る研究者

ES細胞(胚性幹細胞)やiPS細胞(人工多能性幹細胞)は、体をつくる全ての細胞に分化できるが、「個体」をつくることはできない。子宮に着床するための「胚盤胞」にだけ分化できないからだ。一つの細胞から個体が発生する「全能性」は、受精卵の持つ神秘的な能力である。生命機能科学研究センター 網膜再生医療研究開発プロジェクトのCody Kime(コーディ・カイム)基礎科学特別研究員(以下、研究員)らは、マウスの多能性幹細胞から胚盤胞に似た構造体をつくり出し、着床させることに世界で初めて成功した。全能性誘導を目指す Kime研究員の素顔に迫る。

コーディ・カイムの写真

コーディ・カイム 基礎科学特別研究員

生命機能科学研究センター 網膜再生医療研究開発プロジェクト

1981年、米国カリフォルニア州生まれ。博士(医学)。京都大学大学院医学研究科博士課程修了。2015年、理研 多細胞システム形成研究センター 国際プログラム・アソシエイト。2018年より現職。

受精卵から着床まで(下)とiBLCの作成(上)図 受精卵から着床まで(下)とiBLCの作成(上)

米国カリフォルニア州北部の自然豊かな田舎町で育ったKime研究員。「子どものころから、身の回りのものを分解しては元どおりに組み立てることが好きでしたね。物事の仕組みに興味があったのでしょう。10代になると初期のパソコンを買ってもらい、自分でプログラミングすることに夢中になりました」。高校卒業後の一時期、軍務に従事した経験から人生を見つめ直し、「人を助ける職業に就きたい、と心臓外科医を志しました」

カリフォルニア州にあるハンボルト州立大学に進学。「幹細胞について学び始めた2008年ごろ、山中伸弥先生(京都大学教授)のiPS細胞の論文に強い衝撃を受け、27時間ぶっ続けで読み込みました。そのときの部屋のにおいまで、今でも鮮明に覚えています。私の人生が変わった瞬間です」。iPS細胞のどこにひかれたのか?「それまでは、例えば皮膚の細胞はずっと皮膚の細胞のままで変わらない、というのが常識でした。iPS細胞は、皮膚細胞から別の組織や臓器をつくることが原理的に可能なことを示していました。それまでの常識を覆したのです」

2011年、米国グラッドストーン研究所の山中研究室へ。「山中先生は思いやりがあり、人を嫌な気持ちにさせることがない方です。私はマウスの分化し終わった細胞を初期化してiPS細胞にする効率を上げるため、独自の培養液をつくる研究を始めました。そして2013年ごろから、同じ山中ラボで研究員だった友田紀一郎 先生(現 大阪医科大学薬理学教室 准教授)と共同研究を続けています」

2015年に家族と共に来日。京都大学大学院医学研究科博士課程に入り、連携関係にある理研でも研究を開始した。そして2019年、友田准教授らと大きな研究成果を上げた。

マウスでは、受精卵から2~3回卵割した4~8細胞期までは各細胞が全能性を持つ。さらに細胞分裂を繰り返し胚盤胞と呼ばれる全球状の構造をつくり、子宮に着床する(図下)。胚盤胞の内部細胞塊の各細胞は多能性を持つが、全能性は失われている。「内部細胞塊は、着床後にさらに分化してエピブラストになります。マウスのエピブラストから樹立した幹細胞はまだ多能性を示しますが、内部細胞塊から樹立するES細胞に比べて分化状態が進んでいます。独自開発した培養液で、マウスのエピブラスト幹細胞を着床前の多能性細胞の状態へ戻す初期化実験を行っていたところ、驚くべきことに、胚盤胞に似た半球状の構造が複数出現することに気付きました。今回、培養条件を検討することで、エピブラスト幹細胞から胚盤胞により近い全球状の構造へ成長させ、しかも着床させることに成功したのです」(図上)

Kime研究員らはそれを「iBLC(誘導性胚盤胞様嚢胞)」と名付けた。「iBLC作製について山中先生は『こんなことができるとは思ってもみなかった。実現の難しい研究をよく頑張った。あなたたちのことを誇りに思う』とねぎらってくださいました。iBLCは着床しても個体まで成長することはできないので、完全な全能性を誘導したとはいえません。しかし、培養条件をさらに検討すれば、真の全能性を誘導できると思います」

iBLCは全能性の仕組みや、哺乳類の発生に必須の着床や胎盤形成に不可欠な条件を解明する重要なモデルとなる。さらに、ヒトの不妊治療の基礎研究にもつながるかもしれない。

(取材・執筆:立山 晃/フォトンクリエイト)

『理研ニュース』2019年12月号より転載

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