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2020年10月7日

母体から卵子、受精卵へ。その情報伝達に迫る研究者

生物はDNAの塩基配列を変化させずに遺伝子の働きを変えるエピジェネティクスと呼ばれる仕組みを持っている。生命医科学研究センター 代謝エピジェネティクスYCIラボの井上 梓 上級研究員(以下、研究員)は、卵子のエピジェネティクスの状態が受精卵そして次世代へ、どのように伝わるのかを明らかにしようとしている。「研究が大好き。研究があれば生きていける」と言い切る井上研究員、その素顔に迫る。


井上 梓の写真 撮影:STUDIO CAC

井上 梓 上級研究員

生命医科学研究センター 代謝エピジェネティクスYCIラボ

1984年、神奈川県生まれ。東京都立大学理学部生物学科卒業。東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻博士課程修了。博士(生命科学)。米国ノースカロライナ大学チャペルヒル校ポスドク研究員、ハーバードメディカルスクール リサーチスペシャリストなどを経て、2018年より現職。

マウスの2細胞期胚の染色体の図

図 マウスの2細胞期胚の染色体

受精直後にヒドロキシメチル化修飾(ピンク色)に変換された精子のDNAメチル化修飾は、卵割後に姉妹染色体の片方だけに受け継がれる。卵子由来の染色体にはヒドロキシメチル化はなく、メチル化修飾(緑色)が受け継がれる。青色はDNA、水色はセントロメアを示す。

「虫捕り少年でした」と井上研究員。「将来の夢はペットショップの店員。生き物好きは、高校生物の教員だった父の影響です。家には、いろいろな生き物があふれていました」

理科の授業が好きだったという井上研究員は、「中学校で細胞について習ったときは、どういう仕組みで生きているのだろうと不思議でたまりませんでした。それから興味の対象が、個体や生態などマクロな世界から細胞や分子などミクロな世界へと変わっていきました」と語る。そして高校の生物の授業でのこと。「その先生は研究者だったことがあり、自分の論文を配ってくれました。初めて見る学術論文。研究者って格好いい!と、生物の研究者になることに決めました」

東京都立大学理学部生物学科、さらに東京大学大学院へ進んだ。「研究テーマに選んだのは受精卵。卵子と精子が出会って受精し、受精卵になります。丸い小さな1個の細胞から、なぜ複雑で大きな生物ができるのか。私はそれを知りたいのです。しかし、その問いは大き過ぎるので、今はまず、エピジェネティクスに注目して研究しています」

DNAに直接、あるいはDNAが巻き付いているヒストンというタンパク質にメチル基やアセチル基などが付く化学修飾による制御によって、遺伝子の発現のしやすさが変わる。これがエピジェネティクスである。「卵子と精子のエピジェネティクスの状態は異なりますが、どちらも受精後に初期化されます。ところが、真っさらの状態になるのではなく、一部は初期化されずに残り、次世代に受け継がれるのです。なぜ全て初期化されないのか。エピジェネティクスの初期化と、それに抵抗する仕組みやその意義の解明に取り組んできました」

大学院修了後の2011年、米国ノースカロライナ大学チャペルヒル校へ。精子から受精卵に持ち込まれたDNAのメチル化修飾は、酸素が付いてヒドロキシメチル化修飾に変化することが分かっていた。井上研究員は、その先の展開を明らかにするため、マウスの受精卵を用いてDNAヒドロキシメチル化領域を染色してみた。「ものすごく美しい写真が撮れました(図)。そのときの感動は今でも鮮明に覚えています。この研究成果は、科学雑誌『Science』に掲載されました」。留学から5カ月という記録的な速さで上げた成果だった。

2017年には、受精後に初期化されていない卵子由来のヒストン修飾を発見し、『Nature』に発表。卵子から次世代へと継承されるエピジェネティクスとして注目されている。

そして2018年、オリジナルなテーマに挑戦し融合・戦略的研究を進める若手研究者を育てるための理研知(りけんち)融合領域リーダー育成プログラム(YCI)に採用された。「これまでの研究から、卵子のエピジェネティクスの状態が変化した場合、その状態が受精卵、そして次世代へ伝わる様子が見えてきました。次の目標として、母親の生活習慣や環境が卵子のエピジェネティクスを介して子どもの遺伝子の働きに影響を与えるということが起きるのか、もしそうならどのような仕組みなのかを解き明かすことを目指しています」

受精卵研究の魅力は?「細胞でありながら個体でもあること。受精卵で分かったことが、そのまま個体の理解につながります。受精卵を取り扱うには、愛が必要です。私以上に受精卵を愛している研究者はいないと思いますよ」。また「研究は自分のアイデアで勝負できるからこそ面白い」と言う。「いつも研究のことを考えています。家族からはあきれられていますが……やめられません」

(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)

『理研ニュース』2020年10月号より転載

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