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研究最前線 2022年9月16日

放射光施設でLEDが壊れる?その原因を解明

大型放射光施設「SPring-8」は、SDGsや2050年カーボンニュートラル達成に向けた研究を支える施設で、施設のグリーン化も積極的に進めています。しかし、その過程で意外なところにネックがあったのです。高エネルギーの電磁波である放射線にさらされると、長寿命のはずのLEDが数カ月で点灯しなくなってしまいました。田中 均グループディレクター(GD)らはその原因を究明し、驚くほど簡単な解決方法を見いだしました。

田中 均の写真

田中 均(タナカ・ヒトシ)

放射光科学研究センター 副センター長
先端放射光施設開発研究部門
SPring-8改修検討グループ グループディレクター

放射線環境下ではLEDが使えない?!

施設のグリーン化の一環として、SPring-8でも、蛍光灯からLEDへの置き換えを実施している。ところが、加速器トンネル内のLEDは数カ月ですべて故障してしまった。強い放射線(X線)の影響と考えられたが、当時、LEDのメーカーでさえそのような故障が起きるとは認識しておらず、原因も分からなかった。田中GDはその原因を探ろうとチームを立ち上げた。

そんな中、東北大学の敷地内に新設される次世代放射光施設の設計を請け負った企業から問い合わせが入った。「放射線環境下で使用可能なLEDを探している。原子力施設用のLEDがあるが、高価なため、照明だけで総額1億円を超えてしまう。何か策はないか。照明の仕様は一年以内に固めたい」

消費者目線で

次世代放射光施設のプロジェクトには理研も技術協力で参画しており、早急にこの難題を解決する必要に迫られた。LEDは省エネに貢献し、コストパフォーマンスが良いといっても短期間で故障してしまっては元も子もない。かといって原子力施設用の高いLEDを導入するほどの予算もかけたくない。田中GDらは、決して照明器具の専門家ではないが、安く省エネが達成できる照明を、と消費者目線で解決策を探した。

解決策は見つかった

X線放射線下で壊れたLEDをメーカーが分析したところ、"電源部"のMOSFET半導体チップ(電界効果トランジスタの一種)表面に黒く焦げた痕跡が見つかった。電流や電圧による過剰なストレスがかかっていたのではないかという見解も伝えられたが、ストレスの原因は不明のままだった。

LEDは光を発する照明部と、交流を直流に変換する電源部から成る。SPring-8では初期費用を抑えるため、照明部と電源部が一体型のものを導入していた。焦げていた電源部だけを放射線から守ればLEDは壊れないのではないか。そう予測して照明部と電源部が分離した照明器具を試してみた。加速器トンネルの中でも特に放射線量の高い場所に、分離型と一体型の照明を設置して放射線量の加速試験をすると、一体型はすぐ故障したのに対し、トンネルの外に電源部を置いた分離型は少なくとも10年は問題なく使用できることが分かった。

この結果から、次世代放射光施設には分離型のLEDを導入することが決定。原子力施設用LEDに比べて、照明設置費用を9割以上削減することができた。

研究者魂に火がついた

「解決策は見つかったのですが、『なぜ放射線で電源部に過剰な電気的ストレスがかかるのか』を追いたくなりました。研究者魂が騒いだのです」。解決策が見つかったことだけでは満足せず、田中GDらは原因の探求を続けた。

電源部にX線を試験的に照射し(図1)、照射量と電気的な特性の変化を調べたところ、照射量がある数値を超えると急に漏れ電流が増加し、故障した。「もしかして、これは漏れ電流が引き起こす"熱暴走"では?」と考え照射量と温度の関係も調べた。その結果、漏れ電流が一定量を超えると素子の温度が急上昇し、それが電流の漏れを加速、そして電流が漏れると温度上昇をさらに加速するという熱暴走の様子を捉えた(図2 赤丸と青四角)。発端となる電流の漏れが始まるポイントを調べるために、さらに精密な漏れ電流計測を行った。その結果、電流は、あるX線照射量で急に漏れ始めるのではなく、徐々に進行していると分かった(図2 緑ひし形)。

X線を照射する装置に取り付けたLED照明電源部のテスト用基板の図

図1 X線を照射する装置に取り付けたLED照明電源部のテスト用基板

実験用に、LED照明電源部のテスト用基板を用意(青四角部)。テスト用基板のうち、黄丸部がMOSFETチップ。X線を照射する装置にこのテスト基板をセットし、MOSFETチップにX線を照射(黄矢印)しながら、漏れ電流と温度が「その場計測」できる装置を組み上げた。

X線放射線量と漏れ電流、温度の関係の図

図2 X線放射線量と漏れ電流、温度の関係

極微量の漏れ電流(緑ひし形)は装置からテスト基板を外して別の装置で高精度計測をした。

すると今度は「なぜ放射線が当たると電流が漏れるのか?」という疑問が湧いてきた。調べるうちに、LED材料に関する論文に「放射線照射で生成された正孔(電子が抜けた部分)が絶縁膜表面に捕捉される、半導体との界面に正の電荷が溜まる」という記述を見つけた。

そこで「ゲート電圧がかかっていないのに、かけている状況になって流れないはずの電流が流れてしまうのか」と気付いた。これは、素子のソースとドレイン間に電圧を印加しなければ起こらない現象だ。議論を重ねる中で「だったらMOSFET電圧を印加しない、つまり照明を消していれば放射線が当たっても故障は起きないのではないか」とひらめいた。

早速、照明を消してX線を照射し、漏れ電流を測定するときにだけ照明を点灯して実験を行った。すると予想通り、照明をつけっぱなしのときならLEDを故障させてしまうX線量の10倍量を照射しても漏れ電流の急激な増加は起きず、LEDも故障しなかった。

「X線が当たるときに照明を消しておけば、一体型LEDでも十分に使えるということです。そもそも、照明にX線が当たり続ける状況は人には危険ですから、そこで作業はできません。つまり、照明をつけておく必要もないのです」

実験中に加速器トンネル内をカメラでモニタリングする際には照明が必要だが、それだけなら離れた場所から操作できるスイッチがあればよい。分離型に比べて安価で種類も多い一体型を使うことができれば、照明設備の設計の自由度が増す。

今回の実験は、放射線の中でもX線についての結果であり、中性子線やアルファ粒子、重粒子など"原子をはじき出してしまうような放射線"の場合は、また別の試験が必要になる。「LEDの専門家に任せておけばよいという考え方もあったかもしれません。でも、私たちが『なんとか安価な汎用品のLEDを使いたい』という消費者の目線と研究者の好奇心を持っていたからこそ、この結果にたどり着くことができました。先入観を持たずに実験してみるのは大切だと再認識しました。そうすることで思いがけない結果に出会えるという経験を他にも何度かしています」

進む放射光施設のグリーン化

SPring-8では今後、この成果を元に加速器トンネル内など放射線環境下の照明のLEDへの置き換えを計画している。通常(非放射線)のエリアのLED照明への置き換えと併せて、施設全体のLED化を進めていく予定だ。脱炭素を目指し、実験施設のグリーン化が着々と進んでいる。

(取材・構成:大石かおり/撮影:大島拓也/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

  • 量子科学技術研究開発機構と光科学イノベーションセンターを代表とする地域パートナーが新設する次世代放射光施設

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