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RIKEN People 2026年7月6日

雅楽譜をデジタル化する

関 慎太朗 日本学術振興会特別研究員PD(以後、学振特別研究員)は、日本の伝統的な宮廷音楽である「雅楽(ががく)」に関する歴史的資料を、デジタル化する手法を開発しています。具体的には、雅楽譜(雅楽の譜面)をコンピュータが解析可能な形に変換することです。西洋音楽では五線譜をもとにしたデジタル化の手法が確立していますが、多くの非西洋の伝統音楽は、依然としてコンピュータ処理が困難です。「音楽を通して人文科学と情報学をつなぐこと」を目標に掲げる関 学振特別研究員は、雅楽特有の記譜法や演奏慣習に合わせた符号化手法を設計し、計算音楽学の適用範囲を広げ、デジタル時代における多様な音楽遺産の保存と利用への貢献を目指しています。

関 慎太朗の写真

関 慎太朗(セキ・シンタロウ)

革新知能統合研究センター ドメインインテリジェンスグループ 音楽情報知能チーム 学振特別研究員PD

情報科学の扉を開いたバッハのカンタータ

幼い頃からピアノに親しんできた関 学振特別研究員。大学に進学した頃、バッハ作曲の「羊は安らかに草を食み」を演奏したことが転機となった。「この楽曲は、もともとバッハのパトロンだったザクセン=ヴァイセンフェルス公クリスティアンの誕生日を祝う世俗カンタータ(宗教的ではない声楽曲)として1713年につくられました。後にピアニストのエゴン・ペトリのピアノ編曲や、同じくピアニストのレオン・フライシャーが出したアルバムを経て広く知られるようになり、NHKラジオ番組のオープニングテーマとしても長く親しまれました。一つの楽曲が時代や形式、文化的文脈を越えて姿を変えながら受け継がれていく様子を目の当たりにし、音楽が"生き続ける連続体"であることを実感しました」。それ以来、演奏そのものだけでなく、音楽が時を経てどのように伝承され、変容し、保存されていくのかにも関心を持つようになった。「その気付きが、やがて音楽と情報科学を融合させる道へと私を導いたのです」と語る。

とはいえ、研究者になるのに「これといった決定的な瞬間はなかった」とも。学部生時代から大学院のゼミに参加し、修士・博士課程の学生たちの議論に触れていたことで、自然に学問の道を進むようになっていたのだという。大学院の研究室の協力的な雰囲気も、研究を続ける後押しとなった。

東京大学大学院で人文科学の環境に身を置きながら、雅楽譜のデジタル化の手法について計算科学的アプローチを伴う研究を進め、2025年3月に博士号を取得。「自然科学で知られる研究機関に人文科学系研究者として飛び込むことで、学際的な研究をさらに深めたいと考えるようになりました」

大学のコンサートで演奏する関 学振特別研究員の写真

図1 大学のコンサートで演奏する関 学振特別研究員(当時、学部3年生)

多様な音楽遺産の継承を目指して

「研究の現場で最もやりがいを感じるのは、ほとんど手つかずの分野で研究に取り組めること」だと語る。「雅楽には千年以上もの歴史がありますが、それに対する計算科学的なアプローチはまだまだです。つまり、ほとんどの場合、一からデジタル化の手法を構築しなければなりません。先行研究が少ないことは負担になることもありますが、同時に知的な自由と、新たな方向性を切り拓く機会も与えてくれます」

一方で課題もある。技術的な開発と文化的な理解のバランスを取ることだ。「日本の伝統音楽は口伝えでの伝承に大きく依存しており、五線譜と比べると同じ楽譜とは言い難いほどに含まれる情報が限られていることも珍しくありません」。それらを正確に理解するために、解説書や先行研究を参照し、演奏を注意深く聴き込む。「情報科学と音楽の架け橋になるには両分野に対する鋭い感性に加え、時間と忍耐が求められます」

チャンスは予期せぬ形で訪れる

2025年4月に理研に入所、スタートしたばかりの研究生活はどのようなものだろうか。「人文科学の出身である私にとって、理研の研究プロジェクトや共同研究の規模の大きさが特に印象的です。大規模で学際的な連携の中で自身の研究をどのように発展させていくべきか、具体的なビジョンを持つことができるようになりました。また、自然科学のさまざまな分野を網羅した研究機関の中でも、人文科学の研究者である私の学際的なアプローチには独自の価値があるのではないかと感じています」

海外の大学とのディスカッション風景の写真

図2 海外の大学とのディスカッション風景

関 学振特別研究員は、文化的な知見と計算科学的手法を融合させることで、音楽の伝統に対する理解を深め、音楽の保存と利用に貢献したいと考えている。「理研は研究に専念できる環境を提供してくれます。そして、強力な計算リソースが利用可能なため、今後データセットが拡大していっても大規模な分析を行えるという確信が持てます」

最後に、後に続く若手研究者へのメッセージを聞いた。「自分の専門分野にとどまらず、常に好奇心を持ち続けてほしいですね。チャンスは往々にして予期せぬ形で訪れます。私自身、理研で音楽の研究を行えることを知ったのは、イタリアで開催された国際会議でした。いつも柔軟な姿勢で関連分野を探求し、興味を引くものがあれば、躊躇せずに新しい環境に飛び込んでみてください」

2026年4月1日公開 RIKEN People「Bridging the humanities and informatics through music」をもとに翻訳、再構成

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